2008年09月19日(金)

Tue 080916 参考書執筆の苦労について 正確さと分かりやすさ  ヨーロッパの「中央駅」

テーマ:予備校講師の日常
 調子に乗って、参考書の執筆をどんどん進めようと張り切って、いよいよ下巻の執筆を開始。午後いっぱい書斎に閉じこもってPCに向かい、第5章「形容詞・副詞・比較」に取り組んだ。第5章は全部で10講程度に分割し、各講6ページだから約60ページ。出来れば1週間ぐらいで完成したいと考えている。
 ところが、実際に書き始めてみると、これがなかなか思うようにはかどらない。適当なヤッツケ仕事で書き進めるなら、私のことだ、いくらでも進むのだが、話が「大学受験の参考書」ということになるとそういうわけにも行かないだろう。「こう書けば正確なのだが、正確でも分かりにくくなる」「こう書けば分かりやすいが、分かりやすくても正確さが犠牲になる」、参考書の執筆とは、そういう「正確さ」と「分かりやすさ」の微妙なバランスをとりながら、きわめて慎重に進めていかなければならない仕事であって、私のようなチャランポランの見本のような人間には、一番つらい仕事なのかもしれない。

(写真上:ついにバーベルを持ち上げたニャゴロワの迫真の表情。この写真の掲載については、本人ともよく話してみた。PC画面で拡大してみると、あまりに恐ろしいからである。トイレから戻ってきてPCを見たとき、恐ろしさに鳥肌が立った。赤塚不二夫のニャロメを遥かに超えた神秘性に満ちている。読者が拡大してご覧になることは、オススメしないばかりか、本来は禁止にしたいぐらいである。ただ、本人は「いいですことよ。わたくし、本来はオシャレキャット以上の美ネコでございますから。美ネコショットも同時に掲載していただけますかしら。美と、迫力は、同居可能でございますわ、おほ」とのことだった)

 あくまで学習参考書であって研究書や学術書ではないのだ。大学学部に合格させるのが第1の使命なのだから、ある程度の正確さは犠牲にしても構わない、というより仕方がないことなのである。それが真実なのだが、本を書く者にはプライドがあって、不正確なことは出来るだけ書かないでいたい。それに、「分かりやすさのために、やむなく正確さを少しだけ犠牲にする。泣く泣く譲歩する」そういうつらい努力をして、やっとのことで完成させた本なのに、出版してみると「間違いがいくつかあった」「不正確な記述があった」という批判にさらされたりもするのだ。そんなことは出版する前から分かっていて、あくまで「分かりやすさのために仕方なく犠牲にした」部分なのに、オニのクビでもとったかのように嬉しそうに批判するのだ。批判とか非難とか、そういう他人に向けられた言葉の攻撃とは、実に容赦のないものである。この7~8年私が本を出すことにあまり積極的になれなかったのは、そういうトラウマに悩まされてきたせいであって、今日の自分の様子を客観的に見ると、どうもそのトラウマは卒業できていないようである。
 というわけで、執筆は一進一退を繰り返す。正確に書くことにこだわり、こだわりすぎて難しくなり、「難しすぎる、これでは分かりにくいだろう」と判断して、こだわりすぎた部分を削除する。すると今度は非常に分かりやすいのだが、しかし正確さに欠ける記述に変わってしまい、ある部分とある部分とのつながりが分かりにくくなったり、矛盾を生じたりする。そこで構成や細部の順番を考え直して、最初から書き直すことにする。ところがそこでまた細部にこだわりすぎて、理解しにくい部分が発生、その部分を書くか書かないかで20分悩む。書きかけては止め、削除してはまた書き込む。その連続である。

(写真上:で、「美ネコショット」。)

 私は非常に飽きやすい人間だから、こんなことをして3時間も経過すると、思わず「もうやめた」と怒鳴って机を殴り(さすがにPCは殴らないが)、散歩に出て、店に入って、そこでコーヒーを飲もうなどと殊勝なことを考えるはずはなくて、「ビール」「白ワイン」うまくいけば蕎麦屋で「おっ、冷えた日本酒があるねえ」などということになれば、4~5時間はそのままになる。4~5時間ということは、つまりその1日がそれで終わるということであるが、4~5時間酒を飲めば、その影響は翌日にも及ぶ。俗に「2日酔」というものであって、小説やエッセイならイザ知らず、大学受験の参考書をそんな状態で書くのは不謹慎である。不謹慎だから、やっぱり散歩に出て、それも電車に乗って散歩に出かければ、気がつくと遠いところにいる。6月にはそれが三崎だったり江ノ島だったり、8月には真鶴だったりした。私がやたらにふとヨーロッパにいたりするのも、その散歩の一環であって、だから執筆は言語道断に遅れ、それでこの7~8年の空白が出来てしまった。

(写真上:ミラノ・ドゥオモ屋上からの、ドゥオモ前広場、朝9時頃の様子)

 さて、何の脈略もなく、というか何となく脈略もうまくつながったような気がするが、旅の話がしたいのである。昔話になるが、2005年2月にベルリンにでかけた頃には、まだベルリンには中央駅(ドイツ語でハウプト・バンホフ)が2つあって、西欧に向かうならツォーロギッシャー・ガルテン、東欧に向かうならオストバンホフ、というふうに分かれていた。その後ドイツでサッカーワールドカップが開催され、それを機会に2つの中央駅が1つにまとめられて、ベルリンの街はすっかり変わり、また遥かに便利に、21世紀的に変貌したようである。確かに、西に向かうか東に向かうかで駅が違う、しかもその2つの駅が地下鉄で20分近くも離れている、というのでは不便である。「西欧」「東欧」という分け方も、いかにも米ソ冷戦の影を21世紀に引きずっているようで、古くさい。
 3年前には、オストバンホフの周辺にはまだ「ベルリンの壁」の廃墟が生々しく残っていた。2月の冷たい雨の中を傘もささずに歩き回ったのだが、瓦礫、廃墟、雨の中に真っ白く凍る人々の吐息、そういうものに囲まれていると、ソ連軍の戦車の轟音や機関銃の鈍い輝きまで、身近に、すぐそこに、ついさっきまでそこに存在していたかのように、生々しく感じられた。あの日の雨は決して弱くはなかったのだが、ベルリン市民は誰も傘をさしていなかった。翌日には雪に変わり、その雪はやがて大雪になり、その雪の結晶の一つ一つが綺麗に見えるほど冷え込んでいったのだから、おそらくドイツの人々でさえ凍えるほどの冷たい雨だったのだろう。傘をささずに、布地の奥まで雨がしみたコートにくるまって震えていると、ケネディの演説どころか、ヒトラーの甲高い声まで、雨粒の中に響き渡っているような、そういう金属的な手触りのある寒さを感じた。

(写真上:ヨーロッパ人の憧れ、マッジョーレ湖。真ん中の島はペスカトーリ島。明日のブログで、やっとマッジョーレ島、ヴィラ・アミンタに到着する予定)

 20世紀の大都市には、中央駅が複数存在したのである。NYはいまでもグランドセントラルとペンステーションに分かれているし、パリとなるとそれより遥かに激しくて、リヨン駅・オーステルリッツ・モンパルナス・サンラザール・北駅・東駅、行き先によってこれほど細分化されているのでは、パリ市民だってなかなか区別がつかないし、それをメトロで行ったり来たりするのでは大いに不便なのではないか、よそ者のこちらが心配になるほどである。
 ただし、都市の品格というか風情というか、便利さ以外の話になればそれは全く別であって、「マルセイユだからリヨン駅へ」「ルーアンの父の家に帰るからサンラザール駅へ」「ランスの大聖堂を見に行くから東駅へ」「アミアンの大学に向かうから北駅へ」というような使い分けは、いかにも奥ゆかしい風情を感じる。会いにいく人、見に行きたい絵、風景、建物、それらによって出発する駅が違うなら、出かける時点での心も気持ちも違うのである。それはベルリンでも同じことで、かつてのベルリンなら、ツォーロギッシャー・ガルテンからの旅とオストバンホフからの旅では気持ちや心構えばかりか、旅の匂いや手触りさえも違っていたはずである。東京は、今では東京駅に1本化しつつあるが、かつてはパリ並みに、いろいろな駅がそれぞれ中央駅としての機能を持っていた時代がある。そのあたりは分かりやすい話で、東京から東海道を博多や長崎に向かう旅と、上野から津軽や庄内に向かう旅とでは、重さは同じでも色彩と匂いは完全に別種のものだったのである。旅の色彩や固さ、旅の重さや手触り、そういうものを楽しめたのは、20世紀的に駅を分割した都市だからこそであり、中央駅を1本化するというのは、実はそういう文化との決別という、とても重たいことだったのである。

1E(Cd) Rilling:MOZART/REQUIEM
2E(Cd) Jochum & Bavarian Radio:MOZART/THE CORONATION MASS
3E(Cd) Böhm & Berliner:MOZART 46 SYMPHONIEN 1/10
4E(Cd) Böhm & Berliner:MOZART 46 SYMPHONIEN 2/10
5E(Cd) Böhm & Berliner:MOZART 46 SYMPHONIEN 5/10
6E(Cd) Böhm & Berliner:MOZART 46 SYMPHONIEN 6/10
7E(Cd) Böhm & Berliner:MOZART 46 SYMPHONIEN 7/10
10D(DvMv) COYOTE UGLY
total m166 y1253 d1253
最近の画像つき記事
 もっと見る >>

Ameba芸能人・有名人ブログ

芸能ブログニュース

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。

      Ameba芸能人・有名人ブログ 健全運営のための取り組み