2008年09月03日(水)

Sun 080831 08年入試英語問題について 出題者に望むこと ヴェネツィア紀行8(リド島)

テーマ:予備校講師の日常
 今日もまた先に断っておくことになるが(というか、いつもと同じように、実際には先にたくさん書いてしまった後で、一番上に戻ってきて断り書きを書くのだが)、今日のヴェネツィア紀行はお休みである。いつも通り、夢中で書くうちに、またまたA4丸々4枚書いてしまったのでである。またまた写真のみ、ヴェネツィア第2日を貼っていくから「おおおお、ヴェネツィア第2日は、まずリド島をこんなふうにしっかり回ったんだな」と考えて許してくれたまえ。文章の内容と写真とのアンバランスは、相変わらず。何の関係もない文章と写真のコントラストの妙味もいつもと同じことである。いつも言う通り、このアンバランスな雑居状態、または混沌こそ、私の頭の中の本質なのだ。


(写真上:リド島のヴァポレット乗り場。ベネチア映画祭の島だが、船着き場は意外なほどに地味でである。到着は11時過ぎ、快晴の日曜なのに思惑通り閑散としている。さすが達人、見事に雑踏をかわすことができた)

 このところ毎週火曜日と木曜日は、東進・吉祥寺1号館で授業収録である。8月は何を収録していたかといえば「過去問演習講座」の早稲田大学編であって、私の担当は政経学部・法学部・国際教養学部・文学部の合計4学部である。収録時間は「実際の試験時間のおよそ2倍」という規定になっているので、例えば政経学部(試験時間90分)なら180分で全問題を解説しなければならない。法・文・国際もだいたい180分から200分で全ての問題を解説し、それに「全体概観」約20分をつけて完了する。「全体概観」では、合格点をとるために、各設問を何分で解き、それぞれの設問で何割正解し、どういう順番で取り組むか、その作戦を「伝授する」ということになっている。


(写真上:リド島ヴァポレット乗り場の近くでレンタサイクルを借りる。2時間5ユーロ。一応大人用を貸してくれたが、私は極端に短足であってサドルが痛い。しかもイタリアの自転車は車道・右側通行。つい歩道を走ったり、左側を走ったりすると、大きな非難の声が飛ぶ。この直後おじいちゃんと正面衝突しそうになった)

 もし自分が受験生の立場だったら、2008年政経学部の問題5問を90分ですべて解くことにはさほど困難を感じることはないと思う。国際教養でも法学部でも同様、自分で解き自分で合格するというなら、自分が受験生だったころから長い時間が経過しているけれども、いまだに大きな自信があり、その自信は少しも衰えておらず、実際(もしそうでなかったらもちろんたいへんなことなのだが)授業を行う前に自分で時間を計って解いてみても、制限時間の約2/3程度の時間ですべて解き終えることが出来るし、どの学部でもまあ満点が取れている。しかし、それを「解説する」ということになると、問題は全く別であって、全ての受講生が理解できるように、また生徒自身が近い将来制限時間内に解けるようになるように、それを念頭に指導するとなると、たった180分でそれを実現するのは難しい。当たり前だが「生徒が解けるように指導する」のと「自分ではまあ満点が取れる」というのは全く別の次元のことだからである。


(写真上:ヨーロッパ人の憧れ、リド島の波打ち際。何の変哲もないが、映画「ベニスに死す」の舞台である。砂浜には巻貝と二枚貝の大きな貝殻が驚くほどたくさん落ちている。10分もかからずに、両手で持ちきれないほどに拾える)

 「自分では満点がとれる」に「まあ」という変な形容詞がついてしまうのは、正解が大学側から示されていないからであって、実際に本当に満点かどうかは分からないせいである。正解と採点基準を発表するのは、大学入試がこれほど大きな社会的関心を集めている以上、大学側の社会的義務ではないかと思うのだが、なかなか実現しない。早稲田とか慶応とか東大とか、その入学試験が新聞雑誌の大きな見出しになりTVニュースのトピックになるほどの人気の高い大学なら、ますますその責任があると考えるが、とにかく今のところ、大学が正解を発表することはまず考えられない。


(写真上:これもヨーロッパ人の憧れ、リド島の誰もいない波打ち際。右側に延々と並ぶ小屋は、海水浴用のもの。さすがに季節外れだが、それでも冷たい海に異常に強いヨーロッパ人をチラホラ見かける。砂浜に見える白いつぶつぶはすべて貝殻である。これも「ベニスに死す」の舞台。遠くに「ホテル・ウェスティンエクセルシオール」が見える)

 「正解と採点基準を公表してほしい」ということについては、97年に亡くなった駿台予備校・伊藤和夫師の思い出とともに明日のブログで詳述するけれども、とにかく大学側は正解を発表してくれないから、予備校や出版社の側の苦労はたいへんなものである。2008年については早稲田の法学部が特に問題で、長文読解問題で2カ所「どれが正解なの?」で大モメにモメている箇所がある。法学部第1問「古代中南米とアフリカの世界観とアイデンティティ」についての読解問題で1箇所。法学部第2問イタロ・カルビーノの小説からの問題で1箇所。なぜ法学部でイタロ・カルビーノなんか出題するのか理解に苦しむけれども、まあそれはまた別の問題として、各予備校・各出版社で解答の食いちがいが出てしまった。食いちがいが起こるときは、何故か「東進・駿台・河合塾」派と「旺文社・代ゼミ」派の2つに分かれる傾向があるのだが、今回も同じ。生徒たちは「いったい、どっちが正しいんだ」と右往左往し、東駿河連合軍vs旺代枢軸の戦いを息をのんで見守ることになる。
 しかし、ここまで食い違い、ここまでモメるような問題については、まず「そんな問題を作成するヤツが悪い」のであり、また「そういう問題は合格不合格にはまったく影響がないから、無視していい」というのが正しいだろう。少なくとも、高校の先生方や20年近く入試問題の解説を続けてきた予備校講師で意見が食いちがうようでは、作成者の意図があまりにも曖昧だったということであり、受験者の英語力を測る物差としては完全に不的確。しかし受験生は不安のカタマリだから、ついついこういうところに夢中になってしまうし、ダメな予備校講師だと「自分だけが正しい。自分は神だ、自分は天才だ、他は全部バカだ、間違いだ、ついていってはならない」とか言って大いに盛り上がるところだが、そういう先生にこそ、ついていかない方がいい。
 ここはあくまで冷静に「一流の先生方が、辞書もしっかり引いて、いくらでも時間をかけて、教師仲間どうし討論もして、それでも答えが食いちがってしまうような問題で、合否が決まることはない。無視して構わない」という指導が正しいだろう。「緊張で心も頭もこわばっている受験生が、短い時間との戦いの中で、辞書も引かずに解いて、そんな難問で正解をつかめるはずはないのだ。だから、他の問題でしっかり稼げば合格できる、心配はいらない」とも言ってあげたい。


(写真上:リド島、ホテルウェスティン・エクセルシオール。ベネチア映画祭などの舞台になるあたりである。船着き場からレンタサイクルで30分ほど走った)

 こんなふうに、2000年を過ぎた頃から大学入試の英語にはいろいろ問題が生じてきているのだが、何と言っても大きな問題は、その量のあまりの多さである。正直言って「これは、大学側の悪ノリじゃないか」と言いたくなるほどの量である。雑誌「アエラ」などによれば、早稲田大学は今「英語維新」ということらしくて、まず入試問題から「21世紀に合わせた問題」なるものを作成し、入試の段階で「英語力の秀でた人材を選んでいく方針」らしいのだ。しかし、むかし(70年代・80年代)早稲田で学んだ者としては、こういう方針を聞いて首を傾げざるを得ない。「ええっ、大丈夫なの? 早稲田に、そんなに英語の出来る先生がたくさんいたっけ? そんなに英語の優秀な学生ばっかりになって、ホントに教えられるの?」というのが正直なところ。で、たとえば早稲田大・法学部の2008年入試問題が下の写真である。

 昔なら、受験生の運命が「紙切れ1枚」にかかっている、という表現をした。確かに昔は「紙切れ1枚」だったのである。最近、著書を出す予定があって、国会図書館などで資料を集め、昭和中期の入試問題をいろいろ研究しているのだが、昭和初期から中期にかけての英語の入試問題は、確かに、ウソでもなんでもなく冗談でもなんでもなくて、本当に「紙切れ1枚」。ひどい時には、その「紙切れ1枚」に、英語だけでなくフランス語とドイツ語の問題まで印刷されていて、受験生はその中から1カ国語を選択し、2時間まるまるかけて、たった10数行の英文を和訳するだけだったのだ。
 だから1970年代のフォークソングでは、山本コータロー「受験生ブルース」の中に「紙切れ1枚に身を託す、こんな受験生に誰がしたあ?」の一節があり、そこで聴衆は手を叩いて喜んだりしたのだ。「愛や恋より大事なものは、旺文社の参考書」という一節もあって「赤尾好夫サマ、ばんざあーい」とかけ声の入るところで、コンサート会場は爆笑に包まれもした。しかし、今では写真の通り「紙切れ9枚」であり、これに解答用紙を合わせると「紙切れ11枚」が現状である。国際教養学部なんか、これに英検1級レベルとさえ言われるリスニング問題(オジサマ&オバサマの皆さん、今はもう「ヒアリング」などという言葉はダサイのだ)が2問追加される。「紙切れ13枚」である。「紙切れ1枚」がどれほど幸せな時代だったか、ぜひ噛みしめてほしい。
 しかも昔なら「私立は、客観式。記号を選ぶだけ。または○×式」という、たいへん「お気楽、極楽」(CX「ウゴウゴルーガ」参照)な常識が通用したのである。今は、残念ながらそこも全く違っていて、2008年早稲田大学の英作文問題を見てみると「都心からクルマを閉め出す計画について賛成か反対か(政経)」「ITの影響で人間関係は深まったか否か(法)」「防犯カメラが至る所に設置されることをキミはどう考えるか(国際)」を100語程度で論じなければならない。パラグラフライティングの問題だが、こういう「国公立も真っ青」という記述式問題を約15分で片付けないといけないことになっている。早稲田出身のオジサマ、これから受験するとして、果たして大丈夫ですか。
 私などは、これは明らかに「大学側の悪ノリ」だと考える。「紙切れ11枚」を90分で仕上げるとすると、1枚8分程度の計算。8分で処理しなければならない1枚の分量は、下の写真で見てほしい。まず上が「法学部1番」の3枚。この問題に受験生が使える時間は、推定25分。下はそのうちの1枚。繰り返しになるが、古代中南米とアフリカの世界観とアイデンティティのあり方を現代欧米のそれと比較して論ずる論説文、難易度「高」である。


下が「法学部2番」の「紙切れ4枚」。この問題に受験生が使える時間も、推定25分。1枚6分程度、ということになる。下はそのうちの1枚。イタロ・カルビーノの小説文で、イタリア語の人物名やラテン語の植物名などがたくさん混じって読みにくい。難易度はそれでも「標準」か。


おお、こりゃひどい。正直、これ1枚6分で処理できるなら、何も早稲田大学なんかに通わなくても、明日からでも外資系企業で働けるような気がする。そんな高速の読解を、日本の普通の公立高校で教えられる状況だとでも言うのだろうか。
 こういう悪ノリがどこで始まったかも明日のブログで書くけれども、考えるべきことは2つ。まず「自分が受験生だった頃、こんな問題がスラスラ解けたのか、出題者として自ら顧みるべきだ」ということ、そして「受験の段階でこれほどの英語力を求めるのではなく、大学の学部4年間で学生を鍛えることにもっと重点を置くべきだ」ということである。特にこの第2点は重要。これほどの難問(高校教師や予備校教師の解答が食いちがうほどの難問)をスラスラ解いて入学した学生たちが、なぜか卒業する頃になると、企業サイドの評価として「マトモにビジネス英語が使えない」という惨状を呈するのである。完成品を合格させるより、自分たちで育てる、そのための才能を選別する、そういうスタンスの入試を作る努力をすれば、イタズラに難問を作る必要はなくなるはずである。
 最後に、だからこそ、いまの大学受験には、予備校と、一流と言われる講師が必須であるということも付け加えておく。これほど大量の難問を短時間で処理できるようになるには、さすがに「その道のプロ」が必要。中学入試のときの「算数」と同じことである。「そんなの、お父さんでもできる」と言って、勉強自慢のお父さんが登場すると、必ず悲劇が起こる。「算数」だって「(四谷大塚などの)その道のプロ」が「面積図」「線分図」「はじき」で解いてみせれば、小学生の子供だってすぐにマスターできる。そこに「お父さん」が登場すると、まさに地獄絵図。たかが「虫食い算」一つ教えるのに、「移項」「プラスマイナス」「逆算」あげくのはては「平行根」まで登場して、ムカつく子供と苛立つ父親が「もう口もききたくない」という結末になるのはよくある話である。大学受験では、英語がその算数と同じ立場になる。大学院生のアルバイトや、講師を初めて3年4年の新米講師にも、やはり指導は無理である。
 「お父さんの頃はな、大学受験は自分で勉強したもんだ」「1冊の参考書をボロボロになるまで繰り返せ」みたいな気楽な素人のアドバイスも、地獄絵図への道。「1冊ボロボロ」で合格できたのは「紙切れ1枚」だった古き良き時代だったからである。時代は変わった。「旺文社の参考書」1冊ボロボロにしても太刀打ちできるような代物ではなくなったのだ。だから今や「旺文社の参考書」は流行らないし、「旺文社の実力テスト」「赤尾好夫」など、高校生は「それなあに?」と聞き返すぐらいだ。山本コータローみたいに「岬めぐりの、バスは走る。窓に広がる青い海よ」とか言って、三浦半島や城ヶ島で「悲しみ深く海に沈め」る程度でも「旅」と呼べたのどかな時代は、すでにはるか彼方に去ったのである。
 さすがに私は「ベテラン超人気うにゃうにゃ講師」だから、早稲田のどの学部の解説も誠に見事なものである。政経学部など、完全に余裕で解説していて、自分でも小憎らしい(「こぞうらしい」ではなく「こにくらしい」)ほどである。うぉっほっほっほ。がほがほ。早稲田志望者諸君は、ぜひ積極的に「過去問演習講座」にチャレンジしていただきたい。

1E(Cd) Kazune Shimizu:LISZT/PIANO SONATA IN B MINOR
BRAHMS/HÄNDEL VARIATIONS
2E(Cd) Barenboim & Berliner:LISZT/DANTE SYMPHONY・DANTE SONATA
3E(Cd) Perlea & Bamberg:RIMSKY-KORSAKOV/SCHEHERAZADE
4E(Cd) Chailly & RSO Berlin:ORFF/CARMINA BURANA
5E(Cd) Pickett & New London Consort:CARMINA BURANA vol.2
6E(Cd) Menuhin & Bath Festival:HÄNDEL/WASSERMUSIK
7E(Cd) Diaz & Soriano:RODRIGO/CONCIERTO DE ARANJUEZ
8E(Cd) Miolin:RAVEL/
WORKS TRANSCRIBED FOR 10-STRINGED & ALTO GUITAR
11D(DvMv) MR. & MRS. SMITH
total m321  y1087  d1087
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