2008年08月28日(木)

Mon080825NHK大河ドラマの歴史 重要無形文化財・秋田弁 ヴェネツィア紀行2(写真のみ)

テーマ:アーカイブ
 先に断っておくが(というか、実際には先にたくさん書いてしまった後で、一番上に戻ってきて断り書きを書くのであるが)、今日はイタリア紀行はお休みする。つい夢中になって書いているうちに、気がつくとA4丸々4枚書いてしまっていたからである。写真のみ、ヴェネツィアの定番を貼っていくから「おお、ヴェネツィア到着当日は、こういう定番をしっかり回ったんだなあ」と思っていてくれたまえ。文章の内容と写真とのアンバランスも面白い。何の関係もない文章と写真のコントラストの妙味も楽しんでくれたまえ。このアンバランスな雑居状態こそ、私の頭の中の本質なのである。


(写真上:ヴェネツィア・サンザッカーリア付近のゴンドラ)

 さて、北京のオリンピックが終わってしまうと、1964年に東京オリンピックが終わってしまったときの日本の寂しさを思わずにはいられない。少年たちは皆、次のメキシコオリンピックを思ってコブシを固めたものだし、中年の者たちは市川崑監督の映画「東京オリンピック」に列を作ってオリンピックの栄光を懐かしんだものである。
 昭和40年代に入ろうとしていて、NHK大河ドラマは「花の生涯」「赤穂浪士(長谷川一夫)」「太閤記(緒形拳)」「源義経(尾上菊之助)」「竜馬がゆく(北大路欣也)」「三姉妹(山崎努・栗原小巻)」「天と地と(石坂浩二・高橋幸治)」、朝の連続テレビ小説は「たまゆら」「おはなはん」「うず潮」「旅路」(順番は適当)と続いて、高橋洋子・清水章吾・左時枝の「北の家族」や大竹しのぶのデビュー作「水色の時」などは、まだまだはるか先のことであった。


(写真上:ヴェネツィア・サンマルコ広場のカフェ・フローリアン)

 私はそういう時代に育ったから、かつ記憶力抜群であったから、そういうドラマのセリフまで、いまだに記憶している。「竜馬がゆく」で、北大路欣也の坂本龍馬が暗殺される最終回で「脳をやられた、もう、いかん」と呟いて死ぬシーンがあるのだが、それが恐くてトイレに行けず、紅白歌合戦が終わった後のトイレが死ぬほど恐かったのも忘れられない。当時のトイレは汲取式。父がひどい痔で、汲取トイレにはいつも血の跡が生々しく残っており、その血液が直前に見た「竜馬がゆく・総集編」(当時は紅白歌合戦の直前だった)の坂本龍馬の頭蓋骨からダラダラ溢れ出した血の色(白黒テレビだったから黒に近い濃い灰色)と頭の中で混じりあって、せっかくの元旦の夢に出てきそうだった。
 源義経が藤原泰衡に裏切られ立てこもった平泉・高舘の前で、武蔵坊弁慶(緒形拳)が立ち往生するシーンも印象的。全身に無数の矢が刺さった血まみれ弁慶のカッと開いた両眼が焼き付いて、やっぱり大晦日のトイレにいけなくなった。義経が自害した高舘に、片岡八郎(草野大悟)が泣きながら火を放つシーンも記憶している。平成生まれの高校生など、片岡八郎はおろか片岡鶴太郎すら知らない可能性があるが、片岡八郎は源義経に最後まで付き添った一騎当千の強者。「強者」は「きょうしゃ」ではなく「つわもの」と読む。他に最後まで義経に付き添ったツワモノには亀井五郎・六郎。伊勢三郎。武蔵坊弁慶。鷲尾三郎。おお。
 うーん。こういうことも知らないで、常陸坊海尊も金売り吉次も静御前も「しずやしず」も知らないで、「古典」や「古文」、そういう教養科目を「古文単語頻出500」とか「チョー速・古文征服」とか軽薄きわまりないタイトルの参考書で勉強する高校生はあまりに可哀想である。NHK「源義経」の最後は、源頼朝(作家芥川龍之介の息子・芥川比呂志、演出家として有名)が「九郎は、三十一であったな」と寂しい顔で呟くシーン。九郎とは義経のこと。三十一歳にこだわるのは、黄瀬川の陣で頼朝と義経が初めて出会った時に、頼朝が三十一歳だったから。「あの時の自分と、同じ年か」、という苦渋の表情が悲しかった。
 義経が尾上菊之助(現・菊五郎)、静御前が藤純子(現・富司純子)。この2人はその後結婚したりいろいろあるのだが、「その後」などというものは、ほとんどの場合いろいろ醜いものである。しかし少なくとも滝沢クンなるものが登場する最近の「源義経」よりは美しかった(何しろ歌舞伎界を背負って立つ本職の俳優なのだ)し、ウッチャンナンチャンのナンチャンとか、そういう本来は俳優ではないものが準主役みたいな顔をして、平気で舞台に出てくる学芸会的ドラマとは別格のものだった。当時の舞台演劇をリードしていた劇団民芸の滝沢修が、後白河上皇を好演していたのを今でも記憶している。それを記憶しているのが、昨日のブログに掲載した白黒写真の私であるのがまた恐ろしい。小児ぜんそくとは、あんなに可愛らしい子供を「岩石と鉱物の図鑑」「世界歴史の図鑑」に夢中にさせ、滝沢修・小沢栄太郎・仲代達矢・米倉斉加年、そういう余りにも渋い俳優たちのトリコにしてしまうひどい病気なのである。


(写真上:夕闇のサンマルコ広場・大鐘楼)

 「天と地と」の川中島で、石坂浩二の演ずる上杉謙信(ドラマの中では長尾景虎、改名して政虎)に攻め込まれた武田晴信(信玄)が「臆したか、政虎」と呟きながら軍配を握りしめるシーンも印象的。有名な謙信vs信玄の一騎打ちの場面だが、石坂浩二・高橋幸治とも時代を代表する名優。ちょっと変わったシンガーが俳優のフリをして出てくる最近の川中島とは大差のある名場面だった。音楽の冨田勲については、言及する余地もないだろう。彼の音楽は30年以上経過した今でもCDがショップに並んでいるほどである。
 それが日本の「高度成長期」。北京が、上海が、大連や天津や南京や西安が、いま同じような状況にあるかどうか分からないが、東京オリンピック後の日本は、テレビドラマまでそんな絶好調期だった。俳優、演出、音楽、全てに突出した才能があふれ、むろんたくさんのパッチものも含まれていただろうが、国民の多くがゴマカシとホンモノをキチンと峻別していた。
 8年後にオリンピックを開催しようとするなら、日本はもう一度ゴマカシとホンモノを峻別すべきではないか。野球の1イニングごとに「あきらーめなあーいでー」「きみはひとりじゃないよおー」の一節を入れずにはいられない軽薄で軟弱なテレビ。「選手が全力を尽くしさえすれば、メダルの色なんかにこだわらない」と最初から一言キチンと宣言すればいいのに、毎日毎日、何度も何度も「いちばんキレイなイロって、なんだろおお?」と同じ歌の一節を聞かせたがる国営放送。こういう幼い(というより正直いって面倒くさい)マスコミと一緒に8年間、オリンピックに向けて努力出来るだろうか。私なんかは古い人間だから、たいへん不安である。


(写真上:ヴェネツィア・嘆きの橋、裏側から)

 さて、そういう迫真力のあるコワいドラマを見たあと、トイレに行けなくてモジモジしていると、父に「なぬすでるでが、うんが。おが、おがねがででも、だめだべせ」と怒鳴られた。これで、日常会話が成り立つのが恐ろしいが、少なくとも秋田周辺では、国鉄職員はみなこういう言葉、こういう発音で話は通じ、人々は理解しあっていた。
 こうした父・今井三千雄の言葉の発音のしかたについて、ブログを読んだ人からの反響が非常に大きい。多くの読者が文字を見て感動し、文字を追って発音を試み、多くの人が挫折しているようである。反響がこれ以上大きくなったら、ブログに音声をつけて実演することも検討中である。私はパソコンについて無知もいいところなので、ブログに音声(ついでに映像も)を掲載することなど思いもよらないが、余りの反響の大きさに、一度トライしてみるのも面白いかと考えている。しかもこういう言葉を発するときの表情や迫力にも大きな特徴があって、実際に発音を聞きそのときの表情や迫力を見ないと、私の人生最大の敵であり最大の友人であった今井三千雄の本質はつかめないだろうからである。


(写真上:最高級には見えないヴェネツィアの最高級ホテル「ダニエリ」。三千雄語で「だぬえる」)

 上記の三千雄語(なぬすでるでが、うんが。おが、おがねがででも、だめだべせ)は、和訳するなら「何をしているんだ、お前。余りにも怖がっているようじゃ、ダメだろう」である。「うんが」とは「んが」と書いてもいいが「おまえ」あるいは「おめえ」のこと。最初の「う」は聞こえるか聞こえないかが非常に微妙なところで、アルファベットで表記すれば「wnGha」である。「おが、おがねがでも」とは「あまりにも、おっかながっても」の意。「おが」は「あまりにも」の意味で「おが、あめぐすな」(和訳:余りにも甘くするな)「おが、ふざげればだめだ」(和訳:余りにもふざけてはいけない)「おが、さげばりのむな」(和訳:余りにも酒ばかり飲んでいてはならない)「おが、けばだみだ」(和訳:余りにもたくさん食べてはならない。語注「けば」=「食えば」)「おが、あづして、なもかもなね」(和訳:余りにも暑くて、どうにもこうにも仕方がない。語注「なもかもなね」=「どうにもこうにも仕方がない」=「何もかも、ならない」の転訛)。こういう使い方をする。
 こういうふうにみてくると「おが」とは「あまりにも」「突出して」の意味であることが分かってくる。すると、秋田県の「男鹿半島」という地名に何か関係があるのではないか、ふと気づく読者も少なくはないかもしれない。「おが」が「あまりにも」「突出した」であるなら「突き出た」「突き出した」の意味にごく素直につながるのである。「おが半島」とは、平坦で単調な秋田の海岸から「突き出た」「突出した」半島なのだ。なにせ8世紀までは日本の一部として認識されていなかった地域である。8世紀初め、新潟から派遣されたヤマト国の長官(地方公務員もいいところだが)をオダテルために「古四王神社」(こしおう=越の国の王)などを建築した地域である。語源がどこまでたどれるか分からないが、そういうことなのではないか、と考える人はいないだろうか。
 ま、予備校講師である。大学教授と違って、仮説を自ら検証・証明する責任も趣味もないから、こういう勝手なことを言って、酒の席が盛り上がればそれで十分である。面倒なことは、地道にいろいろ検証する努力の才能のある人に全て任せて、私はこの種の勝手な仮説を次々と並べていたいと思う。この程度の仮説なら、楽しく酒を飲んでいる時には3分か5分に一つずつ口から飛び出してくる。1時間で15個平均。無責任とは、クリエイティブな宝物庫みたいなものである。論文に行き詰まった学部生諸君、大学院生諸君、ぜひ私を酒の席に誘いたまえ。三千雄のモノマネで爆笑しながら、こういうブレストで夜が更けていくのは素晴らしいことではないか。


(写真上:塔の上からのヴェネツィア。後日詳述)

 私が何となく語学に強いのも、こういう世界で育ったからかもしれない。要するに、私はバイリンガルなのである。この言葉を完璧に理解し、この言葉の支配する世界から25年間離れて生きてきたからこそ、純粋な秋田弁が私の頭にも心にも100%残っている。2008年の段階で、秋田の少年も青年もこうした純粋な言葉を話すことが出来ない。おお。私は世界遺産として秋田の言葉を未来に残す責任を痛感するのである。重要無形文化財、人間国宝、秋田弁、今井宏。ほっほ、うわっは、おっほ。「すぉぃうぁゆぉ、うぉいすかでぎねぶえぬあ」。このセンテンスの発音は、完全に上級者向け。和訳すれば「それは、私にしか出来ないだろうなあ」である。

1E(Cd) Perlea & Bamberg:RIMSKY-KORSAKOV/SCHEHERAZADE
2E(Cd) Chailly & RSO Berlin:ORFF/CARMINA BURANA
3E(Cd) Pickett & New London Consort:CARMINA BURANA vol.2
4E(Cd) Menuhin & Bath Festival:HÄNDEL/WASSERMUSIK
5E(Cd) Diaz & Soriano:RODRIGO/CONCIERTO DE ARANJUEZ
6E(Cd) Miolin:RAVEL/
WORKS TRANSCRIBED FOR 10-STRINGED & ALTO GUITAR
7E(Cd) Queffélec:RAVEL/PIANO WORKS 1/2
8E(Cd) Queffélec:RAVEL/PIANO WORKS 2/2
9E(Cd) Martinon:IBERT/ESCALES
12D(DvMv) CAST AWAY
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