2008年08月14日(木)

Wed 080813 生徒たちからの手紙1 シエナ紀行2

テーマ:生徒のお手紙と返事
 全国の東進で、私の授業を現在受講中であるという生徒諸君から、たくさんの手紙をもらう。私は授業中に生徒諸君に向かって「ぜひ講演会に呼んでくれたまえ。呼ばれたら、全国どこへでも駆けつける準備がある」と発言しているので、私に直接手紙をくれて(東進には「バックアップサービス」というものがあって、そこに手紙を出せば、その手紙が講師に届けられるという仕組みになっている)「どこでも来てくれると言っていたから、ぜひ自分が所属する校舎来てください」と要請してくる生徒も少なくない。
 しかし、東進の講師はみんな多忙を極めているから、生徒諸君からの直接の手紙一通一通に応じて「全国どこへでも駆けつける」わけにはいかない。もしそんなことをしていたら身体がいくつあっても足りないのである。「どこへでも駆けつける」というのは「正式なルートを通じて依頼があれば、そしてスケジュールがあえば」という前提つきなのはいうまでもない。
 生徒諸君が所属している校舎の塾長先生または校長先生が、東進本部に要請を出してくれることが第一の条件である。当たり前のことだが、生徒個人が「来ると言ったんだから、来てくれるのが筋だ」と手紙をくれても、校舎側からの要請もなしに、突然のこのこ出かけていくわけにはいかないのだ。だから生徒諸君としては、まず塾長・校長先生に「今井を公開授業に呼んでほしい」と頼み込むこと。先生方が「じゃ、そうしようか」と言ってくれたら、初めて私の所に依頼がくることになる。そうなってはじめて、私としても「全国どこへでも飛んでいきます」ということもできる。
 高校生ぐらいの年齢では「どこでも行くと言ったから、先生にハガキを書いた。それなのに来てくれない」と考え「ムカ」ついてしまうのも無理はない。その「ムカついた気持ち」をハガキに書いてくる生徒もいる。このあいだ九州の小倉から「せっかくハガキを書いたのに来てくれない。子供の期待を踏みにじるようなことはしてほしくない」とハガキが来たが、そんなに簡単に腹を立てているようでは、英語の成績だってなかなか向上しない。まず正式なルートで要請すること。何度でも塾長先生に頼んでみること。それでもダメな時は、もっとたくさん仲間を集めて、粘り強く何度でもお願いしてみることである。繰り返すが、塾長先生から東進本部に依頼がない限り、私が個人でノコノコ出かけていくようなことはルールに違反するのだ。
 ただ、講演会にしても公開授業にしても、依頼は非常に多くある。せっかく依頼しても、スケジュールがなかなか空かないというのも、また事実である。誠に申し訳ないのだが、こういう時も粘り強く、あきらめずに、何度でも依頼を出していただければ幸いである。スケジュール的には、年間で70校から80校ぐらいにお邪魔するのが可能である。そういうさまざまな制限と限度はあっても「可能なら全国どこにでも行きます」というのは事実なのである。それでも無理だったら、大学生になってから、学園祭などのイヴェントに呼んでくれてもいい。そういうのもアリである。というか、キチンとした出演依頼ならば、それが一番嬉しいかもしれない。ぜひ、いろいろ企画を練っていただきたいものである。

 4月20日午後のシエナで、マンジャの塔の後に訪れたのはDuomoである。日差しはますます強くなって、眩しさはもう真夏のものと言ってもおかしくないぐらいだったが、強い直射日光の中で、シエナのDuomoは(写真上)フィレンツェのそれに劣らないほど美しく輝いていた。規模こそフィレンツェのDuomoに一歩譲るにしても、バラ色の大理石と深い青緑色の石を巧みに組み合わせた色彩は、確かにかつてフィレンツェとライバルだったという街にふさわしい。写真下は鐘楼である。

 中に入ってみても、派手な色彩の使い方は同じである。北イタリアの教会の内側と比較すると、特にその派手さが目立つのだが、考えてみればボローニャから相当な距離を南下してきたのだ。少しずつ南イタリア的要素が増えてきてもおかしくないのである。写真下はDuomo内部。

 外部の壁面にしても内部の床一面にしても、過剰とも思える装飾が溢れていて、ふとアラビアの香りさえ感じたりする。今回は時間がないから、こういう装飾も駆け足で眺めるしかないけれども、これは是非たっぷり時間をとってじっくり見て回るべき街のようである。下の写真はDuomoの天井である。

 残り1時間になって、「細く入り組んだ中世の街並み」を思いつくままに歩き回ることにした。確かに狭く入り組み、薄暗く、坂道の勾配も険しく、思いがけず突然カンポ広場に出たり、Duomo前にいるはずがマンジャの塔の裏だったりする。

 美しい果物屋を見つけたと思えば、マズそうなピザ屋があったり、とにかく自分がどこにいるのか分からなくなりやすい町並みなのだ。

 街のどこへ行ってもマンジャの塔の頭の先は見えているのだが、こう薄暗いと、思わず「家路を急ぐ」気持ちが高まってくる。狭い街路は日が隠れるのも早くて、早くも灯をともす店も出始めた。

 何しろ、あのイヤイヤながら走る怠け者の電車でボローニャまで帰らなければならないのだ。それ以前に、この山の上の旧市街からでは、シエナの駅にたどり着くことさえそれなりに困難を伴いそうである。
 駅までのバスは当分来そうにない。「流しのタクシー」というものが見つからないのはイタリアならどんな大都市でも同じことだが、シエナの場合はその困難がもうワンランク上である。つまり、タクシースタンドというものを発見したのだが、そこで待っていてもタクシーが来てくれる気配は完全にゼロ。タクシー会社の電話番号を発見して電話をかけてみたが「そこで待っていろ、いつかタクシーはくる」と言われたきり、いくら待っても来てくれる気配ゼロ。歩いて駅に向かうとすれば、その段階で予定の列車を諦めなければならない。仕方がないからフィレンツェまで長距離バスで帰る選択肢に切り替えて、バスターミナルを探すことにした。

 しかし、さすがに「タクシーをつかまえる達人」である。バスターミナルに向かう交差点で、客を乗せていないタクシーを発見。「流し」という発想がないから、たとえ客を乗せていなくてもイタリアのタクシーは路上では客を拾わない。しかしこれは千載一遇の大チャンスである。「流し」という発想がないなら、今日ここで運転手の彼に教えてやればいい。
 「イタリア人はやる気がない」とよく言われるが、そんなことは決してない。発想が固定的で「決まりにないことはしない」「決められたことはキチンとこなすが、やれと言われていないことは決してしない」というだけなのだ。「流し」は儲かる、路上で止められて客を乗せたら思いがけず臨時収入が入る、そういうことを分からせれば、彼らはむしろ積極的にサービスする。
 左手を、というより左腕を大きく開き、身体全体でタクシーの進路を阻み、タクシーを止める。ニューヨークでもイタリアでもパリでも、遠慮がちの及び腰ではタクシーは止まらない。TVドラマSex & The Cityで、主人公キャリーやサマンサがいくら頑張ってもタクシーが止まってくれないシーンがよく出てくるが、あれは「遠慮がちな女だ」または「このシーンではタクシーを止められる迫力をなくすほどに精神的に落ち込んでいる」ということを視聴者に伝える演出なのであって「ニューヨークのタクシーは手を挙げても止まらない。サービスがなっていない」というメッセージや風物詩ではないのである。全身で積極的に進路を阻みにいけば、どこのタクシーでも必ず止まる。要するに迫力の問題である。
 シエナの彼は、驚いたというより「おお、なかなかやるな」という表情でクルマを止めた。ただし、決してこの段階で気を緩めてはならない。止まっただけで、ツベコベとワケの分からないことを並べて言い逃れしようとする運転手も少なくない。とにかく「困っている」「何とかしてもらわなければ困る」「大ピンチである」ことを表情からジェスチャーから総動員して表現し、彼の心を動かさなければならない。この場面が日本人の最も苦手な部分なのだが、私はここが最も得意である。表情を引きつらせて、自分でもワケの分からないことをツベコベ言いまくればいいだけである。
 「綺麗に」「美しく」「優雅に」という願いは、世界標準ではほとんど価値をもたない。日本人がオリンピックの柔道や体操競技で学ばなければならないのは、まさにそういう事実である。大きくポーズをとり、大きくアピールし、とれるポイントはマイレージでもビックカメラでもナナコでもEDYマイルでもマツキヨでも遠慮せずに集め、使い、見せびらかし、勝ち誇る。それと同じ態度で、イタリアのタクシー運転手にもニューヨークの運転手にもアピールしてみたまえ。そういうことさえ出来れば、評判は下がっても、世界標準の金メダルならもらえるのである。さすが、エコノミー搭乗回数で稼いだマイルのみで、アリタリア最高クラスを獲得した珍VIP会員だけのことはある。
 というワケで、私はイタリアの田舎町としては「奇跡」と言っても過言ではない「流しのタクシー」をゲットし、列車の発車時間5分前にシエナ駅に到着。はっは。ほっほ。うにゃうにゃ。正義は勝つとは限らないが、世界標準は必ず勝つのである。うわっは。ぶるぶるぶわくしょっ。こういう激しいクシャミもして、勝利の余韻を背中に漂わせつつ、夕方の気配も濃厚な田舎の駅のホームに出た。いろいろあったけれども、これで予定通りにボローニャに戻ることができる。
 ただし、そういうことばかりやっていると、小さな天罰が下ることもある。この日の天罰は「電車が運休する」という天罰だった。せっかくぎりぎりで間に合ったのに、走るはずの電車が、今日に限って走らない。何故そう決まったのか、そういうことはイタリア国鉄は教えてくれない。「何故」などということを知っても、乗客には何の利益もないからである。イタリア国鉄が運休と決めれば、それでもう電車は走らない。やむを得ないものはやむを得ない。いくら私がタクシーをつかまえる名人であっても、走らないと決まった電車を走らせることはできない。仕方ないものは仕方ないから、次に出る電車まで、駅でションボリ座って待つことにした。

1E(Cd) Menuhin:SCHUBERT/SYMPHONY No.9
2E(Cd) Gunner Klum & Stockholm Guitar Trio:SCHUBERT LIEDER
3E(Cd) Wand & Berliner:BRUCKNER/SYMPHONY No.4
4E(Cd) Blomstedt & Staatskapelle Dresden:BRUCKNER/SYMPHONY No.7
5E(Cd) Wand & Berliner:BRUCKNER/SYMPHONY No.8 1/2
6E(Cd) Wand & Berliner:BRUCKNER/SYMPHONY No.8 2/2
7E(Cd) Wand & Berliner:BRUCKNER/SYMPHONY No.9
8E(Cd) Ricci:TCHAIKOVSKY/VIONLIN CONCERTO・PAGANINI/CAPRICES
9E(Cd) Maazel & Wiener
:TCHAIKOVSKY/SUITE No.3  R.STRAUSS/TOD UND VERKLÄRUNG
12D(DvMv) BEN-HUR 1/2
15D(DvMv) BEN-HUR 2/2

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