2008年08月11日(月)

Sat 080809 北京オリンピック1 ボローニャ紀行1

テーマ:スポーツ
 北京オリンピックの開会式が、事故もテロもなしにまずは平穏に終わったとのことで、誠におめでたい。慶賀の至りである。これから長い長い競技の毎日が連続して、報道もますます過熱していくだろうが、とにかく悲惨な事件が起きないのが一番。このスポーツ大会が、最後まで嘆き悲しむような事件なしに終わってほしいと、心から願っている。
 ただ、私はこの北京オリンピックに余り興味をもつことができない。興味が湧かないのは「中国の国家としての威信」などというつまらないものがかかっている、あるいはそう報じられているからである。オリンピックはあくまでスポーツ大会にすぎないのであって、そういうところに「国家の威信」などをかけると、どうせ碌なことにならない。焦点は一人一人の選手の活躍に当てられるべきであり、世界中から集まった選手たちが死力を尽くす姿に感動して喝采するなら素晴らしいことだが、「中国が大国に成長したこと」に喝采したり、「5千年に及ぶ悠久の歴史」に喝采したりするのは、何かもっと別の場所で行われる性質のことである。
 「国家の威信をかけて」「悠久の歴史」の末に「一つの夢」「一つの地球」「一つの未来」を描こうとするのは、明らかにスポーツと政治を絡める行為である。国内で発生した民族問題に触れられると眉を逆立てて怒りを表明し「政治とスポーツを絡めてはならない」と発言する国が、スポーツ大会の開会式をナショナリズムの高揚と発露に利用するのは、私には矛盾にしか感じられない。
 「夢」も「未来」も本来は多様であってしかるべきものであり、夢や未来を一つにまとめようというのは、自由で民主的な発想に正面から挑戦する発想である。「一つにまとめる」ということは「異端の排除」であって、きわめてナショナリスティックな感情の発露である。「国家は一つであり、他民族は排除しなければならない」という発想を世界規模に広げる端緒にならないことを願うのみである。
 開会式で描かれた「中国悠久の絵巻物」の最後に「一つの地球」らしきものが登場し、その「一つの地球」に人々が熱狂し絶叫し涙し喝采するのをみて、私はやはりこのオリンピックに喝采するのはやめにしたほうが良さそうだと感じた。何もヒトラーや彼の「国家の威信」を決定的にしたベルリン・オリンピックを引き合いに出すような陳腐な話にもっていく必要はないかもしれないが、大衆の熱狂と国家の威信が結びついて渦巻く奔流の有り様は、我慢して好きになれと言われても、それは無理な要求である。
 見られてはならないものを塀で隠蔽し、自分が何を隠しているかを知られれば憤怒の表情をあからさまに示し、激昂した国民を動員し、彼らの絶叫と涙と突き上げたコブシとシュプレヒコールによって反対者の口を塞ぎ、数の力で沈黙させ、言論を封殺し、気に入らないものをすべて排除した上で「我々は1つだ」と絶叫する様子は、サヴォナローラのフィレンツェでも、ヒトラーのミュンヘンでも、国家総動員法の東京でも、ほぼ同じように見られた人間の苦々しい経験と同質のものである。
 問題なのは、「1つだ」という絶叫の主語である「我々」なるものが、どこまでの広がりをもつのか、という点である。それが漢民族の中国なのか、国境線の中に包摂される中国の民の全てなのか、東アジア経済圏のことか、華僑まですべて含めた国境線の外側に広がる中国の民か。もちろんそうではなくて「1つの地球」に住む「人類の全て」が「我々」の指示する範囲なのだろうけれども、そうであるとするならば、多様性こそ最も尊重すべきものであり「一人一人が世界に一つだけの花」であるという民主主義の価値観には決して合致しないものである。
 今回のオリンピックで示される「国家の威信」の下で1つにならなければならない「我々」の輪の中に、少なくとも私は入りたいと思わない。こういうお祭に見せかけたナショナリズムの高揚には、できれば背を向けている方がいい。そういう本能は古くさいのかもしれないが、厭なものは厭なのだから、やむを得ないものはやむを得ない。
 報道の仕方にも、大きな疑念を感じる。大気汚染、食品への不安、厳重すぎる警備、外国人の応援についての腑に落ちない規制の多さ、視線を遮るあらゆる意味での「塀」、良好とはいえないグラウンドコンディション、そういうものについていかにも皮肉たっぷりに「不安です」「心配です」「大丈夫なんでしょうか」と発言して、結局は「笑いを取ろう」とするだけである。開会式の「絵巻物」が終わった段階で、その本質について疑いを投げかけるような人は誰も登場してこない。皮肉なニヤニヤ笑い、何でもいいから足を引っぱってやろうとする卑劣で卑屈な笑い、こういうのは報道でも批判なくて、単なる冷やかし、あるいは「茶化し」に過ぎない。堂々と本質を突き、疑念があればそれを表明し、正せる不正があるなら直ちにそれを正す努力を怠らないのが使命であるはずの報道が、冷やかしと、茶化しと、遠巻きの冷笑と、および腰の嘲笑と失笑に終始して、それで終わりという態度でいるのが歯痒くてならない。
 予備校講師としては、まあせいぜい授業や講演会に集まった生徒たちにこうしたことを問いかけるしかない。信じがたいほど無力な存在である。しかも、私は英語の講師であって、時事問題を論じる資格もないし、論じれば職業を逸脱してしまう。授業の息抜きに語ることが出来るとしても、最近の生徒は「雑談」を嫌う。奥井潔先生(080808参照)も、彼の下で伝説のテキスト「CHOICE」(明日080810で詳述)を担当した哲学好きの先生方も大いに嘆かれると思うが、生徒たちは「英語の講師が英語以外の話をする」ことに嫌悪と強い違和感を感じるらしいのだ。一部の生徒は膝を乗り出し、真剣に我々の発言を聞き、納得すれば彼らなりに仲間同士で語り合うし、納得できなければ質問や議論に訪れ、授業終了後の講師と激論を交わすこともある。その姿は一昔前の受験生と同じである。しかし「英語と関係ねえ」「無駄話が長過ぎる」「授業料かえせー」というレヴェルで終わりになる生徒が増えたのもまた事実。冷やかし、冷笑、嘲り、遠巻きの及び腰。マスコミの姿勢と、生徒たちの変化に、相通じるものは少なくない。

 4月19日、パルマからボローニャに帰ったのは14時過ぎである。疲労がなくはなかったが、酸っぱいホテルに戻って酸っぱい空気を吸いながら午後を無駄に過ごすのは厭だったから、ポルティコの街(080729参照)を旧市街に向かって一気に南下して、ボローニャの中心マッジョーレ広場に向かう。大きさではローマのサンピエトロに次ぐ、巨大なDuomo(写真上)を見なければならない。ボローニャもすっかり雲がとれて春の直射日光が降り注いでおり、人々は半袖姿。私も長い袖を肘の上までまくり上げて歩いたが、それでも背中を汗が流れた。ボローニャにすでに3泊しているが、朝のちょっとしたウォーキングを除けば、本格的にボローニャの街中に探検に出るのはこれが初めてである。雨を防いでくれるポルティコが、晴れた日には徹底的に鬱陶しいのに気づいたのもこの日の午後だった。

 まず、何と言っても「トッリ・ペンデンティ」を見なければならない。トッリは「塔」の複数形、ペンデンティは「傾いた」という形容詞。傾いた2つの塔が街の中心に隣り合っており、背の高い方が「アジネッリ」低い方が「ガリゼンダ」としっかり名前がついている。アジネッリは12世紀の作品で100mほどの高さ。ガリゼンダはもっと古くて11世紀のもの、余りに傾きが激しいので上の方を削ったのだという。2つの塔についてはダンテ「神曲」にも登場する。
 この2つの塔を写真に収めるのが一苦労である。2つを一緒にまとめると、どうしても塔の決定的な傾き具合が表現できない。どちらも絶望的に傾いていて、「うわ、やっちゃったねえ」と絶叫したくなるほど絶望的なのだが、2つをまとめて写真に収めると、写真のトリックか何かのように見えて、傾きの激しさと絶望の大きさを見るものに伝えることが出来ないのだ。

 試しに、根元だけ撮影してみた。これだと「傾きの絶望」が何となく伝わるが、美しくはない。やっぱりうまく表現することは出来ないのだ。ピサの斜塔を見た時にも経験することだが、「もう取り返しがつかない」という絶望は、これ以上のものは考えられないぐらいに楽しい。ボローニャ人は、これを1000年近くにわたって、破壊せずそのまま放置したばかりか、街のシンボルとして残してきたのである。おお。こみ上げてくる深い笑いを抑えることが出来ない。これだけ傾いて、これだけ無様で、これほど滑稽なものを、2つも保存してみんなでニヤニヤ笑い続けた1000年。特に「ガリゼンダ」の傾きは、本能的に危険さえ感じるほどだが、その本能的な感覚を先祖代々のニヤニヤ笑いに隠して放置してきたのである。
 私はこの街が好きである。いつ崩壊するか、むしろそれを楽しみにするかのようなユーモアはイタリア人の真骨頂である。文化、文明、人間、そうしたものの脆さと危うさとは、この2つの塔のようなものであり、むしろそれを全面的に受け入れて無邪気に笑っていることこそ、あるべき姿であり、強い人間の姿なのではないかと考える。世界最古の大学・ボローニャ大学から徒歩で5分もかからない場所に、絶望的に傾いた塔が2つ寄り添って1000年立ち続けていることは、あまりにも象徴的である。
 「地球は1つ」「文明は1つ」「夢は1つ」と絶叫し、その絶叫とシュプレヒコールによって襲いかかる不安を振り払い、「揺るぎないもの」や「確実に頼れるよりどころ」を求めて人の多様性をなで切りにし、「悠久」と名付けて1つの歴史観で統一してしまうような発想は、実は臆病なのである。激しく傾いた塔を2つ街の真ん中に放置し、むしろそれをシンボルにして世界最古の大学に隣り合わせたこの街の人々の深い笑いは、そうした臆病な絶叫の対極に位置する勇敢な笑いなのである。もちろん、彼らはそれを否定する。「勇敢だ」と形容されることを、絶対に許さない勇敢さこそ、彼らの勇敢な微笑みの本質だからである。

 15時半、マッジョーレ広場に到着。ネットゥーノの噴水(写真上)のあたりで少し遊んだあと、Duomoに入ろうとして拒絶される。私のリュックがいけないのだと係員が言っている。「テロ警戒」で、リュックをDuomoに持ち込むことは許可できない。ちょっと頑張ってみたが、係員は「いや、君のためには何もしてあげられない」といって首を振られた。目の前のイタリア人夫婦は、そのことで激昂している。ダンナはリュックを背負っているから入場出来ないが、オクサンはウェストポーチだからOKだ、と言われ、むしろオクサンの怒りの方が大きいようである。まあ、確かにそうなのだ。「ウェストポーチだとテロの心配がないが、リュックはテロの心配がある」というのでは道理が通らない。しかし、イタリアは「無理が通れば道理が引っ込む」という国ではない。無理は無理、道理は道理。それは別々のものであって、リュックがダメと決めた以上、いくら絶叫しても涙を流しても、コブシを突き上げて抗議しても、ダメなんだからダメなので、むしろダメであることをみんなで楽しむ余裕がないといけないのだ。傾いた塔でも、破壊するのが面倒であれば1000年でも放置してみんなで楽しむ国である。私は「それなら明後日リュックなしでまた来る」と間髪を入れずに決意し、もっと楽しい探検を探して街をさらに南下することにした。写真はポルティコの街、ボローニャ駅前付近。


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