2008年08月05日(火)

Mon 080804 ソルジェニーツィン死去 ラヴェンナ紀行3

テーマ:昭和の人々の記憶
 ソルジェニーツィン死去、のニュースがあった。中2のとき「イワン・デニーソヴィチの一日」を新潮文庫で読んで、「シューホフ」という人物が主人公で「イワン・デニーソヴィチ」などという人物は全く登場しないことを不思議に思ったのを記憶している。別にファンになったわけではないが、「ガン病棟」「煉獄の中で」「マトリョーナの家」(すべて新潮文庫)など、文庫で出るたびに必ず読んだ。今では信じがたいことだが「収容所群島」発売の時には、書店の前に行列ができるほどで、その人気ぶりはほとんど「ハリー・ポッター」と同じようなものだったと思う。

 ソ連の政治体制に抵抗する「反体制作家」のレッテルを貼られた作家だったことを考えれば、70年代から80年代にかけての西側社会でソビエト連邦に対する恐怖感がどれほど大きかったかの証左になるかもしれない。西側の市民はとにかくソ連が嫌いで、ソ連の脚を引っ張ってくれるなら何でも構わなくて、「ソ連の反体制作家」ということであれば、作品それ自体に対しては興味がなくても、ソ連を批判していさえすればそれでよかったのだし、ソ連に何か欠点を見出せるなら、しかもソ連の内部からそれを指摘する作家がいるならば、それでよかったのである。

 そのことについては、いまの中国に対する先進国国民の感情と同じことである。日本国内における北京オリンピックについての報道には「とにかくオリンピックの脚を引っ張れればそれだけで嬉しい」「中国を批判できればそれだけで安心」という狭量な人々の雄叫び(というより、遠吠え)のようなものが見え隠れする。報道されるとおりに「みっともないものは塀でおおって隠してしまえ」「不完全なビルには絵を描いてごまかしてしまえ」「まずいところには外国人を近づけてはならない」というような稚拙な指示が本当に政府当局から出ているとすれば、そのことに苦笑を禁じえないことは確かだが、だからといってそういうことばかり大袈裟に報じて、勝ち誇ったように「心配です」「不安です」「こんなことで大丈夫なんでしょうか」とか、人の国全体をコバカにして済ませても、あまり大した意見の発信にはならないように思う。冷笑だか、失笑だか、嘲笑だか、何でも同じことだが、せめて何か評価できる点を探して、それを取り上げて報道するほうが好ましい。何も今になって「ニイハオ・トイレ」について大々的に報道し、恥ずかしそうに苦笑している中国の庶民をバカにする必要はないのである。
 「何でもいいからソ連の脚を引っ張りたい」という欲望からソルジェニーツィン氏の作品に列を作っていた人々の存在からみると、ソルジェニーツィン氏にとって「ソ連体制が崩壊した」というのは、むしろ致命的だったかもしれない。だれでも言いそうなことだが、反体制にとって最も重要なことは、体制が崩壊しないことなのである。体制が崩壊すれば、反体制の存在の余地がなくなる。ニーチェが「人間的な、あまりに人間的な」の中で「キルケとしての真理」として同じことを書いていたような気がする。
 「収容所群島」で書店の前に行列ができるほどだったのに、またその行列がTVニュースで報道されるほどだったのに、ソ連体制が崩壊して以降は、彼の存在意義は一気に薄れてしまった。ノーベル文学賞は受賞したけれども、その後ソルジェニーツィン氏がどう生きたのか、日本人で最後まで興味を持ち続けた人はどのぐらい存在するのだろうか。昨年からのロシア文学ブームでドストエフスキーばかりがバカ売れしているが、むしろ研究すべきなのはショーロホフとソルジェニーツィンではないのか。体制というツッカエ棒を外された反体制がどのように生きようとしたのか、例えば砂漠を踏破した冒険者が20杯目の水をどう飲み干そうとするのか、学部生の卒業論文にはピッタリのテーマかもしれない。
 ソルジェニーツィンは、まずゴルバチョフを批判して「政治的に未熟」と切り捨て、エリツィンについても「民衆の生活に関心を持たぬ政治家」と切り捨てて、最後にプーチンの政治を高く評価して、逝った。彼のそうした変身を、単なる老いの表出と見るのか、平凡なロシア人の愛国心を代弁したものと見るのか、他国人には捕えがたいロシア人独特の屈折した精神の揺らぎと見るのか、ソルジェニーツィンを継ぐ批判精神が今のロシアに現れうるのか、だとすればそれはどのような世代からどのような形で現れるのか、卒論のテーマは、いくらでも大きく広がりそうである。
 4月18日、ラヴェンナの後半戦はサン・ヴィターレ教会から始まる。ここの歴史も古い。6世紀初め、東ゴート王国の時代に始まった建築が、548年ビザンチン帝国の支配下で完成したというのである。日本なら、仏教伝来の頃である。「天皇も、ゴサンパイ(538年)して、手を合わせ」。ユスティニアヌス帝と皇后テオドラのモザイクが「キンキラキンにさりげなく」壁面を飾っている。はなはだ、近藤真彦的である。ただし「近藤真彦」といっても、今の私の生徒(すべて平成生まれ)で知っている者はまず一人もいない。こちらとしては、生徒の反応など無関係に「さりげなく生きるだけ」であり「そいつがオレのやりかた」とウソぶくしかない。この段階ですでにクラシックなのだから、目の前にあるユスティニアヌスだのテオドラだのいう人物像となれば、アルカイックもいいところである。

 ただ、私の気に入ったのはモザイクよりも天井画である。すでに昨日のブログにもその写真を掲載したが、ここで別の写真をもう1度掲載する。濃い赤紫の色彩が奥ゆかしく、美しく、しかし少なからず血液を連想させて生々しい。余りにも気に入ったので、いくらでも眺めていたかったのだが、何しろ相手は天井画である。あと1分眺め続けていたら首がつってしまう、というところまで息を止めて眺め、ギリギリのところで下を向き、深呼吸して首を振り、大丈夫と判断してまた天井を見る。見ると再び、余りの美しさに息をのむ。息をのんで、呼吸を忘れ、苦しくなって息をし、思わずヨダレを垂らし、ヨダレをぬぐい、「そいつがオレのやり方」とつぶやき、「さりげなく生きるだけさ」と、もう1度天井を仰ぐ。そういうことをしているうちに簡単に30分も経過していた。
 そろそろ陽も大きく傾いてきた夕方5時近く、サン・ヴィターレ教会の傍らに立つ「ガッラ・プラチディアの霊廟」を見に行く。ガイドブックによれば、予約制になっていて予約がなければ入場できないのだが、行列に並びさえすれば問題なく入場できた。もちろん、夕方5時近くなっていても遠足の中高生はまだ大量に列を作っていて、その列をかき分けながら進まなければならないのではあったが、それでも霊廟の係員が彼らを一喝してくれたのは嬉しかった。
 「キミたちだけが見学してるんじゃない。他にも見学している人がいる。静かにするんだ、いいから、黙れ」。
 おお。おお。おお。涙が流れそうなお言葉。この言葉を、今までどれほど待ち望んでいたことか。おお。もちろん、その言葉の効果はきわめて限定的。中高生が「黙った」のはわずか1分ほどに過ぎなかったし、1分後には係員を揶揄するように笑いだし、騒ぎだし、浮かれだしたのではあったけれども、「わざわざ東洋から来ていただいたクマ五郎さん、わが中高生のだらしなさを許してください」という係員の態度が嬉しかった。私のほかには「他にも見学している人」など誰もいなかったからである。

 で、その霊廟の中だが、ただ単にその古さだけでも感動する。プラチディアとは、ローマ帝国末期の皇帝テオドシウスの娘。蛮族に嫁がされたり、実の兄と恋愛関係になったり、ありとあらゆる悲劇的冒険の末にここに葬られたのである。藍色といってもいい濃い青色のモザイクは、おそらく宇宙をテーマにしたもの。「キリストによる贖罪をテーマにした」ことになっているが、それは要するにそうした宇宙観をテーマにした、ということである。時代的にも、日本なら石舞台古墳の中に入ってみたようなものである。これで感動しなかったら、おかしいだろう。ここでも、上を向いて、口を開けて、流れ出すヨダレを拭いながら飽きもせずに眺めていた。

 これでラヴェンナにも思い残すことはない。18時半の電車でボローニャに帰る。こんなあまりにもローカルな電車で旅をする東洋人は珍しいのかもしれない。確かに、駅のホームは写真の通り、地元の生活に見事に密着しすぎているようにも見える。電車に乗る人乗る人がみんな私に注目し、いちいちジロジロ見つめてくるのが面倒くさいが、知らんぷりをして車窓を眺めていれば、彼ら彼女らはロンバルディア平原の小麦畑の真ん中の駅で何事もなかったように次々と降りていく。車窓はやがてすっかり暗くなって、ボローニャ到着、午後8時だった。


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