2008年07月24日(木)

Wed 080723 東進河口湖合宿3日目 岩手北部地震 ボローニャ駅前

テーマ:河口湖夏合宿
 真夜中すぎに地震があって、河口湖もそれなりに揺れた。河口湖では震度2ぐらいかと思うが、嫌な感じの揺れ方だった。地震の気配があってから強い揺れが来るまでに長い時間がかかったから、震源はいかにも遠い感じ。強い揺れの時間が長かったから、地震の規模は大きい感じ。こういう動物的な「感じ」で判断すると、天災の時には実によく当たるのであって、震源は岩手と青森の県境あたり、震度6強の大きな地震だったらしい。

 東進・河口湖合宿は3日目。まあ「佳境に入った」ところである。生徒の疲労は明日のピークに向かって重く蓄積し始め、教室にも廊下にも生徒たちの音読の声が湧きあがり、冷房のない廊下には扇風機が立ち並び、扇風機の熱い風に吹かれながら生徒たちは夢中で音読を続け、開け放った窓からは富士山がいよいよ顔を出し始め、頭を雲の上に出しては、あっという間にまた雲に隠れてしまう。

 若いスタッフもすっかり状況に慣れて、叱るときも激励するときも喝采するときも、十分に大きな声を出してリーダーシップを発揮し始めた。この3日間ほとんど睡眠をとっていない東進の職員は、皆一様に血走った真っ赤な目をして、忙しく走り回っている

 私はひたすら授業に専念し、激励や叱責はほぼ全て若いスタッフ諸君に任せている。その方がスタッフが成長しやすいからである。生徒への激励も生活指導もうまく授業内容に入れてしまえばいいのだ。

 おかげで、私が一番気にしている「確認テスト」「まとめテスト」の成績は上昇を続け、ほぼ常に全員合格、ほぼ全員が満点というところまで来ている(同じ名前の連続は生徒が属する班の班長の名前である)。100点満点は「まとめテスト」、「確認テスト」は50点満点である。

 90名強のクラスを15人ずつの班に分け、班には若いスタッフを班長につけて班ごとに競い合わせる。この方式も実にうまく功を奏して、班ごとの成績表を貼り出すごとに、大歓声が上がる。初日に最下位だった班が3日目に2位まで上がってくると、その班の生徒たちは「下克上」と言ってはしゃぐのだが、こういう幼い様子も決して悪くない。

 このまま最終日に突入し、最終日はクラス全員午前5時まで徹夜で勉強に励む。もちろんそのまま徹夜して、帰りのバスに乗るまでずっと勉強を続けることも出来るし、それを選択する生徒も多い。だから私も明日は徹夜してそれに付き合うことにしている。

 4月17日、ボローニャのホテルで目覚めたのが午前9時。昨日は長い一日だったが(代々木上原から成田、成田からローマ、ローマからボローニャのホテルまで26時間かかったのだ)おかげでよく眠れたらしく、起きたときには疲れは殆ど残っていない。ただ、昨夜も感じたとおり、部屋が酸っぱい臭いで満たされている。

 昨夜はまさに疲労困憊の状態だったからあまり気にすることなく眠ってしまったが、疲れもとれて元気いっぱいなってしまうと嗅覚も元気づくのか、酸っぱさもひとしおである。私は食品でもなんでも酸っぱいのは(柑橘類を除いて)すべて嫌悪の対象にしているので、部屋の酸っぱさを全身で感じ取ってしまうのである。

 目からも耳からも酸っぱさを感じ、手で触れるものも何だか酸っぱい。原因はシーツである。枕カバーも酸っぱい。洗剤に酸が入っている可能性は昨夜も考えたが、これはどうやら間違いなさそうだ。

 上の写真は、ボローニャ駅前風景。朝の散歩を兼ねてホテル周辺の探検を済ませ、すぐそばの国鉄ボローニャ駅に向かう。ホテルを出て左、右、左と3回角を曲がればボローニャ駅である。私はいつも1つの町に1週間ほど滞在して、そこから周辺の町に小旅行を繰り返すことにしているから、駅の近いこのシチュエーションは悪くない。部屋が酸っぱいことと差し引きゼロにしてあげてもいいぐらいである。

 駅前には新しいものと古いものが混在している。ついこの前まで「ソフィテル」だったホテルが「メルキュール」にかわっていたりして変遷も激しいようだが、同じ駅前にローマ時代の城壁も残っているし、トロリーバスも走っている。

 頭上には架線があるのに地面に鉄道がないのはおかしな感じだけれども、こういう大昔の乗り物を大切に使っていたら、いつの間にか環境にやさしい最先端の交通機関になってしまったのである。

 上の写真はボローニャ駅。ESもICも、優等列車の全てが停車する交通の要衝である。駅舎の外観は、日本で言えば市役所の支所か出張所みたいな地味なものだが、何しろ「要衝」であって内部は複雑に出来ている。

 ESやICなど偉そうな電車が停車するホームにはすぐに出られるが、私が乗るD(準急)やR(各駅停車)などには、暗い階段を降り、暗い通路を通り、急な階段を上らなければいけないというイジワルな構造である。下の写真はその階段の入り口と、DとR用のホーム。


 すっかり新しくなったジュース類の自動販売機が、どの駅のホームにもどんどん設置されつつあるようだ。「イタリアも変わっていくねえ」と実感し、何だか返って寂しくなる。ほんの2~3年前のイタリアといえば、何を買うにもバールに並び、列はおなじみのおだんご状、いつだってワイワイガヤガヤ大騒ぎのイタリア人に混じってやっとのことでミネラルウォーター1本を手に入れるまでに、平気で10分でも20分でもかかる。

 それが面倒で自動販売機を使おうとすると、ジュース類でも電車の切符でも、まず例外なく壊れているか、つり銭が出ないか、カネは入れたのに商品が出てこないか、もう機械のほうで諦めてコインを入れる口をガムテープで(しかも汚らしく)塞いであったりしたものである。

 それがこんなに綺麗なスマートな機械に代わってしまう。どうだろう、イタリア人は寂しくないのだろうか。バール文化は大丈夫なのだろうか。すこし心配になるが、今のところ、自動販売機はあまり人気がないようだ。やはり彼らはワイワイガヤガヤが好き。それがなければ買い物ではない、ということかもしれない。

 今日はRでヴェローナまで北上し、1日中ヴェローナを見て回る予定である。ヴェローナはヴェネツィアからでもボローニャからでもほぼ同じ距離。今回の旅行は最後にヴェネツィアに2泊するからヴェネツィアからでもよかったのだが、ヴェネツィアではリド島とブラーノ島にそれぞれ丸々1日費やしたい。というわけで、初日がヴェローナになった。

 よく晴れた4月のロンバルディア平野を北上。手入れの行き届いた小麦畑がどこまでも続いて、イタリアの農業の豊かさと長い歴史を感じる。

 このあたりは元老院に追い詰められた危機のジュリアス・シーザーが「ルビコン河を渡るのか否か」を思い悩みつつ軍を率いた場所である。歴史は紀元前まで遡る。農業が豊かなのも当たり前なのだが、イタリアを思うとき日本人の殆どが見落としているのが、「農業国イタリア」という視点なのである。

 途中、小麦畑の真ん中でミランドーラを通過する。ルネサンスの思想家ピコ・デ・ラ・ミランドーラの故郷である。別に影響を受けたわけでもないし、著書さえ読んでいないが、ま、とにかく駅の写真だけはとっておくことにした。


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