大晦日の晩餐

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2005年の後半は忙しかった。
師走は更に忙しかった。
年賀状は30日にやっと投函できた。
ゆえに、お正月準備が全く出来ていない。
なのに、もう、大晦日。
凝った料理は出来ないなと思って、お刺身の盛り合わせを買った。そしてそのまま食べるのも何かあまりにも素っ気ないと思って・・・

《海鮮丼》
丼仕様にしてみた。
普通の白飯の上にきざみ海苔と青じその千切りを掛けて、その上にお刺身を盛りつける。プロはどうしているんだろう?昆布を入れて炊いたご飯とか?酢飯とか?
醤油はふつう濃い口やたまり醤油を使うものだろうけど、小豆島の丸島醤油のうす口を使った。ワサビを溶いて回し掛ける。
ただそれだけ。
ただそれだけのことなのに、美味しかった~~~!!!
この海老は何だろう?ボタン海老?甘くてとっても美味しかった。
マグロはなんだか筋張っていたが、鯛、サーモン、イカ、ホタテ・・・
刺身として食べるよりも美味しく感じた。
あぁ、on the riceって大好き。
うす口醤油も大好き。

一度お刺身をうす口醤油で食べてみて下さい。
お魚の美味しさが際立ちます。



《年越し蕎麦》
--夫の手料理--
そして年越し蕎麦はやっぱりはずせない。
主人が作ってくれた。
エノキとか舞茸とか色々入ってて、とっても美味しかった。出汁も昆布と削り節から丁寧に取っていた。薫り高くて最高。関西人の蕎麦はやっぱり出汁も重要視しないといけない。
関西人=饂飩人という公式はかなりのパーセンテージで成り立つ。しかし、年越しはなぜか蕎麦を食べてしまう。本当は長いものなら何でもいいらしいのになぜ?マスコミのすり込みの功績?
子供の頃は、お蕎麦を食べるのは見事に年1回、この年越しの時だけだった様な気がする。それくらい素麺とうどんばかり食べていた。夏場は素麺、冬場は釜揚げうどん。毎日、イタリア人がパスタを前菜にする感覚で、必ず出てきていた。香川県小豆島出身の父にはそれが当たり前なようだ。私も高校に行くくらいまでそれが普通だと思っていた。あと、ラーメンが月1回くらいかな?外でラーメンを食べることは無かった。大昔、人肉スープを使ったラーメンの話が一時マスコミを賑わし、それ以来、母が嫌ったからだ。サッポロ一番シリーズがローテーションで登場していた。私は断然塩ラーメンファン。そして、スパゲティーが2ヶ月に1回くらい。これはミートソースとナポリタンが交互で父が晩ご飯を食べない日に登場した。アルデンテには程遠い茹で加減だったが、とっても好きだった。
私の麺事情はそんな風だったから、18歳の頃に高校の同級生達と蕎麦を食べたとき、蕎麦湯をどうやって飲んだらいいか、判らなかった。友達3人も全員知らなかった。うちみたいな頻度で素麺とうどんを食べないにしても、生まれながらの大阪人ってこんなものなんだろうか?蕎麦にはからっきし弱い。
ゆえに、そのまま飲んでしまった。
美味しいか?これでいいの?大人の味やな。
とか言ってた様な思い出が蘇ってきた。

今でも蕎麦を食べる機会はなかなかない。
2005年も5回食べたかどうか・・・?
年を無事越して来年も再来年も長生きできますようにとお願いする大事なお蕎麦。
滅多に食べないのでどうせなら美味しいものをと、十割蕎麦を買った。
繋ぎが入っていないのでブチブチと切れやすく、年越し蕎麦には本当は向かないのかもしれないけれど、やっぱり蕎麦の味がとっても濃くて美味しかった。私たち的には大正解。
そして、蕎麦湯が旨い!
もちろん、今ではちゃんと解ってます。ざる蕎麦ではないので、蕎麦湯の為にかなり多めに作っていたお汁を少し煮詰めて濃くしてから蕎麦湯に注ぎ、戴いた。
本当に美味しかったので年を越すまでに全て飲みきってしまった。


《刺身のけんサラダ》
おまけ。うちは刺身のけんの大根を冷たい水で何回も洗い、シャキッとさせてサラダにしちゃうのだ。今回は十分足りたけれど、付いているものが少ない時は更にけん用の極細千切りスライサーで作って足す。飾りとして付いているパセリや青じそも刻んで混ぜる。ベビーリーフも彩りとして混ぜる。練りゴマ、マヨネーズ、醤油、砂糖、塩でドレッシングを作る。もちろん、美味しかった。


そういえば、結婚するまで、家庭で食べる年越し蕎麦は除夜の鐘を聞きながら食べるものだと思いこんでいた。今では晩ご飯の時の一品として食べるが、実家では毎年NHKの行く年来る年を見ながら食べ、食べ終わると同時くらいに明けましておめでとうと言っていたと思う。正しく年越し蕎麦。律儀と言おうか何と言おうか・・・。
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