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2012-02-08 21:21:11

浦野君のスペイン便り

テーマ:ブログ

スペインに来て85ヶ月、シッチェスに来て80ヶ月
今年になってから温かい日が続いています。どうやら今年は暖冬で雨はほとんど降らず、スキー場は雪不足で大変みたいです。一昨年の大晦日カウントダウンに合わせ、ぶどうを12個食べたので去年は良い年になると思っていたのですが、東日本大震災等最悪の年になったので去年の大晦日は何もせず早寝をしました。
新年早々風邪を引いてしまいました。毎年正月に行く激安ツアーですがどうもホテルの暖房が強すぎて私には合わないみたいです。私は少し寒いくらいの部屋で布団をかぶって寝るのが良いのですが、ホテルは毛布が一枚で暖房を消すと寒すぎるし、暖房で喉を痛めて咳がもう2週間以上止まりません。
正月早々のホテル住まいはこれで3年連続です。そして3年連続風邪を引いたみたいです。また3食付きなので、いつもはコレステロールを気にして食べ物に注意するのですが、ホテルでは思い切り好きなものを食べまくりました。多分またコレステロール値は大分高くなっていると思います。3週間以上ジムに行かなかったので、急に5歳くらい老けた様な気がしています。
今週になってやっと少し収まりかけているので、またジムに通う様にしました。ジムに通う様になると生活にリズムが出て来て、体調が良くなります。朝は5時半に起き、ルディやリナに食事をやり、自分の食事を用意して7時にはジムに出かけるのですが、体調が良くなるのは私だけではないようです。ルディもホテル住まいでだんだん朝食が遅くなり、7時過ぎまで寝ている様になりました。シッチェスに戻っても体内時計は7時にセットされたのか、朝は7時過ぎまで起きません。もしかしたら、私が風邪を引いているので起きて入るけど騒がないでいてくれたのかもしれません。そのルディも私がジムに行く様になるとまた5時半には騒ぐ様になりました。少しぐらい眠たくてもやはりルディには元気に騒いで欲しいものです。
数日前、とんでもない手紙を受け取りました。スピード違反の罰金の通知です。家内にぶつぶつ文句を言われよくチェックしてみるとスピード違反を犯した日が去年の7月25日でスピード違反の場所を見るとなんとマジョルカ島。マジョルカ島なんか行っていないので多分、私のと似たプレートナンバーで同じ様な車種の車があるのではと思い、どのように違うと言う事を証明したら良いのかいろいろ考えました。7月25日の夜9時半頃にマジョルカにいるはずが無いと言うアリバイがあればとクレジットカードの履歴を調べてみました。7月22日と26日にシッチェスのスーパーで買い物をしている記載がありましたが時間が特定できません。
車の持ち主は家内になっているので、家内がその督促状に書かれてある電話番号に電話しました。督促状の番号や、持ち主の名前、プレートナンバー等でコンピュータからデータを見たもらい、「マジョルカ島へは行っていない」と言ったら、「写真がある」「その写真を見せて欲しい」「どこに住んでいるのか」「バルセロナ」「バルセロナだったらこの警察署に行けば写真が見れる」などと会話をしているさなか、「ちょっと待って、番号が違っているかもしれない、数字は合っているがアルファベットは違うみたい」と言い出しました。
「どうやら間違いみたいで、ここで修正できるかもしれないので、やってみるから、明日、修正されたかどうか確認の電話をしてくれ」とのことでした。後日電話をすると間違いが確認できたので、本当の持ち主の所へ督促状を送ったとの事でした。あまりもあっけないので逆にビックリしました。スペインの人は入力して間違いが無いかチェックする事は無いみたいです。
スペインに来てすぐ、レジデンスカードを申請するためにまず、住民登録をするのに市役所へ行き、部屋の賃貸契約書を見せ、住民票をもらいました。契約書の住所をそのまま入力するだけのことで間違い等起きるはずが無いと思い、家に帰って良く見ると、全く違う住所が書かれていて、翌日再発行してもらいに行きました。
銀行で金を振り込んで、帰り際コンピュータから打ち出された紙を良く見ると振込者の名前が間違っています。作り直す様に言ったら、「これくらいの間違いはいいじゃないか」との返事でした。コンピュータの入力データは一文字間違っても駄目だからといってやり直させました。
電話会社に固定電話の設置を申し込みに行ったら申込日の入力が10年先となっていて、申し込み順に工事をするので、1ヶ月以上待っても工事が来ませんでした。
携帯電話のカタログに希望のサービスに印を付け申し込みに行ったら、送られて来た請求者にはとんでもない高い料金が書かれていました。クレームに証拠のカタログを持って行くと、申し込み用紙に間違って高い方の料金体系の所に印を入れて契約書を作ってしまったとの事でした。
スペイン人は思い切りがよく、柔軟な考えが出来るのですが、集中力が足りません。ミスが起きたら訂正すれば良いと言う事であまり確認すると言う事は無いみたいです。今日の新聞では失業者が527万人で史上最悪と言う事です。スペイン経済は大変ですが、もう少し仕事に集中すれば、経済も大分良くなると思うのですが。


  注(ルディ、リナは愛犬です)

2012-01-24 13:43:41

1月21日、神足教会で祈祷した祈りです

テーマ:ブログ

天にまします父なる神様、本日、主の日、礼拝を持てたことを感謝致します。クリスチャンは地の塩、世の光だと聖書に記されています。.

しかし自分を振り返れば、信仰生活において、どれだけ地の塩、世の光になれたか疑問であり、時に塩の役目を担っていることもありますが、ある時は自分に与えられている環境を嘆き、またある時は自分以外の問題だと責任転嫁します。また問題が起これば、その状況に縛られ、光を見出すことがなかなか出来ません。

しかし天にまします、父なる神様は我々を常に見守り、私が闇の中を歩んでも、かすかなの光を灯してくれます。

聖書のヨブ記の中で.ヨブはどんな試練、艱難が起こっても神を信じ、信仰生活はぶれませんでした。

どうか今後の私の生活において、如何なる問題が生じても、神のご加護があると信じる生活が送れるようにお守り下さい。

この小さき祈りを主イエス・キリストに捧げます。



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2012-01-16 23:42:27

暴力団排除条例

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 暴力団排除条例として大阪府条例58号が平成22年11月4日に次のように定められました。この目的は「この条例は、暴力団による不当な行為その他暴力団を利する行為を防止し、及びこれらにより府の事務若しくは事業、府の区域における事業活動又は府民の生活に生じる不当な影響を排除すること、その他の暴力団の排除に関し、基本理念を定め、府、府民及び事業舎の責務を明らかにするとともに、暴力団の排除のために必要な事項等を定めることにより、社会全体で暴力団の排除を推進し、もって府民生活の安全と平穏を確保するとともに、社会経済活動の健全な発展に寄与することを目的とする。」

 大阪の印刷業界ではヤミ券(ボートレース、競輪の投票券)を指定暴力団から受注したとして、府公共工事等排除措置要綱に基づき、公共事業から1年間の指名停止処分を受けました。また暴力団が組員の追放を他の組織に周知する「破門状」などの印刷を請け負ったとして府内の印刷会社の社長に12月15日付けで指導書が交付されました。


 暴力団関連のコメントはさて置き、最近の新聞・テレビに金銭目当ての殺人事件が多く報道されていますが、私もその度に心を痛め、考え込むことがあります。そこで私の考えを少し纏めてみました。金銭目当ての殺人は殆ど無職者の犯罪です。食べる事に困り、何の罪もない人々を殺害しました。そんな犯罪は厳罰に値すると思います。殆どの犯罪者は学生時代から友達もなく、家族とのコミュニーケーションも希薄いです。また職場でも人と上手く人間関係が作れず、孤立している場合が多いように思います。このような孤立感や孤独感にさいなまれ、援助の求め方を知らないこと等から犯罪に走ることになるのでしょう。食べる為の方策として犯罪しか思いつかなかったのだろうと思います。私も犯罪は憎みますが、犯罪者の生活環境には同情を憶えます。その犯罪者が幼いときからどんな家庭で育ったか、どんな人間関係を構築してきたか、知る事は難しいですが、人にはそれぞれ固有の能力があり、それを認め、個性を伸ばしていくように見守る責任が社会にあると思います。家庭での個人の役割、社会人としての役割は必ずあります。それ故に自尊心を持って生きていけるなら、犯罪に走る機会は減少するはずです。

 聖書のコリント人への第一の手紙12章15節16節に「たとい、足が、(私は手ではないから、からだに属さない)と言ったこところで、そんなことでからだに属さなくなるわけではありません。たとい、耳が、(私は目ではないから、からだに属さない)と言ったところで、そんなことでからだに属さなくなるわけではありません。」と書かれてあります。人間には足、目、耳、鼻、がありますが、それぞれに役割があり、何処が優れているのかと序列をつけることは出来ません。

私は社長だから「賢明で、能力が有る」とは言えないと常々言っています。たまたま社長職を担っているに過ぎません。

 能力、才能、美しさ、等々、それを持たない人を排する。それを持たない人はくずのように扱う。そんな価値観が社会の根底にあり、その思考が犯罪者を作っていませんか。

能力には固有の個性があり、その個性を認めることが現在の社会には欠けていると思いますが。

暴力団も同様に社会から単に締め出しされた人々の集団でないか。暴力団を肯定するわけではありませんが、社会全体が個人の固有を認めていけば、それぞれの人々の生き場が見出され、その事の結果として、不当な行為の防止にも繋がるのでないかと思えてなりません。

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