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2017-03-07 21:36:51

がんから6年目

テーマ:ブログ

昨年 国立病院機構 大阪医療センターでがん検診を受けました。6年前に大腸がんの手術を受けましたが、それ以来何度も検査を受けていました。この度、池田担当医から「今回でがんの定期健診は終わりにしましょう」と言われました。がんは完治しました。大腸からがん細胞を摘出しましたが今では何の後遺症もない状態です。

 私が大腸がんを手術した時から、いやそれ以前からWEB印刷は日の出の勢いで伸びていました。しかしWEB印刷の品質は高くありませんでした。安価で大量生産、それ故に品質に拘らない印刷です。その対極として当社は高品質印刷を目指してLED-UV8色印刷機を設置し、NPCの印刷物は高品質であるとの評価を多々戴くようになりました。当社に印刷を発注されるお客さんは厳しい品質を要求してきます。自分で言うのもなんですが、お客さんの要望に答えられているからこそ、仕事を頂け続けています。それは当初の目的である、高い品質の印刷物をお届けする、ということが達成できているからだと思います。

しかしこの6年間で印刷物は大きく減ってしまっています。その影響で当社も約3割の売上げが落ちてしまいました。品質の高い印刷物を目差したのは間違いではなかったのですが、品質だけでは食べていけない時代になりました。まるで、日本の家電製品が品質で勝っても機能の多様性で負けたように、印刷物も創造力、多様性が必要なのではないかと思います。それで当社は昨年からARAugmented Realityを活かした印刷物に力を入れています。当社では当社内に大学問題研究所を設置しています。当社主催でシンポジウムを毎年開催います。文部科学省の審議官に講演をお願いしています。そんな関係から多くの学校に出入しています。そこで学校案内等にAR付きの印刷物をご提案しています。しかしARはコンテンツが勝負です。それには企画力と販売力、システムを組み立てる力が必要です。ARの競争は印刷と違います。ARのブランドでナンバー1企業に成らなければ利益の出る企業になりません。当社のブランドはまだ確立出来ていませんが、ナンバー1になる覚悟で経営して行きます。ここでポジションを取らなければ敗退します。負けても何とか成るの世界ではありません。

処で今、読んでいる本ですか、ベン・ホロウィッツ著「ハードシンキング」の中に「私が知る真に優秀で、真に経験あるCEOたち全員に共通した重要な特徴がある。彼らは、組織的問題に対してあえて困難な答えを選択する。全員同じボーナスを渡して丸く収めるか、実績を強く反映した報酬を与えて事を荒立てるかという場面に立った時、彼らは事を荒立てる。人気のプロジェクトをあらかじめ長期計画に入れていなかったという理由で今直ぐ打ち切るか、士気を高めるために継続するかという選択に迫られたとき、優れたCEOは今日打ち切る。なぜか?それは、優秀なCEOには以前、(経営的に安易な方策を採り)負債を支払った経験があり、2度と同じ失敗をしたくないからだ」と記されています。

 ARもベン・ホロウィッツが述べるようにあえて困難なことにチャレンジしなければ、当社の将来は見えてこないと思います。どうかこの成り行きを見守って下さい。おそらく、この次にはもう少し具体的なことを書いていると思います。

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2016-07-31 22:10:21

友人の浦野君

テーマ:ブログ

スペインに来て139ヶ月、シッチェスに来て135ヶ月です。

6月の終わり、急に旅することにしました。シッチェスの6月のイベントの締めは6月23日の夜のサンフォアンの火祭りです。魔除けの意味があるので、この数日前から道路や広場に臨時の花火売り場が出て、数日間はそこらじゅうで花火の音がしています。
23日には朝から夜明けまで、あちらこちらで花火が打ち上げられます。
レニィには初めてのことでこれがトラウマになるとまずいので、避難することにしました。

当初、2−3日のピレネー付近を考えていたのですが、だんだんエスカレートしてきて、最後は12日間、プロバンスのラベンダー街道の旅になってしまいました。
今回泊まった場所は標高630メートルぐらいの山奥の小さな村、中心部は20ぐらいの建物がありますが、実際は5世帯が住んでいるだけで、一番近い街まで車で30分以上かかり、携帯もほとんど通じないところですが、インターネットは繋がりました。地図的にはアビニヨンの右、マルセイユの真上あたりです。

廃村になりかけたところを外部の人たちが入ってきて今も生き残っているような村です。泊まったところのオーナーはイギリス人のおばあちゃんで息子はイタリアで働いていて一人で住んでいるとこのこと。その他はベルギー人、スイス人など国際的で、この村の公用語は英語みたいです。隣のおじいちゃんはフランス人ですがパリに家があり、こちらでは真っ赤なフェラーリのオープンカーに乗っていますが、他に4台フェラーリを持っているとのことです。

石造りの家は洞窟みたいで外が40度近い猛暑でも中は寒いぐらいです。街灯は村の中に5−6個ある程度で、窓明りも漏れないので、外は真っ暗で、見上げた夜空の綺麗なのにはビックリしました。1メートルぐらい厚さのある石の壁は遮音効果もあるのか全く人声がせず、非常に静かです。時々聞こえてくるのは少し先の家で飼っているペットの牛の鳴き声ぐらいです。

前回のフランスバスクのテーマは食でしたが今回はラベンダーです。食事は朝市でとれたての野菜、パン、チーズなどを買ってきての自炊だったので、おいしいフランス料理は探せばあるのでしょうが、行き当たりばったりのレストランにしたので、おいしいレストランは2軒ほどでした。

ラベンダーは満喫しました。ラベンダーの里を訪れるのは今回で3回目です。最初は4年前、イタリア旅行からの帰りでルディが元気で動き回れた時の最後の旅でした。その2年後、ベルギー旅行の帰りに寄りましたが、その時はリナ一人でした。今回はレニィも一緒で、そのレニィがルディによく似ているので、ルディが帰ってきたように感じられました。我が家ではラベンダーにはルディのイメージが付いて回ります。


私もiPadを持っていたのですが、写真はほとんど撮りませんでした。写真を撮りたい場所ではいつもリナとレニィを連れて、荷物を持って立っているか、車の運転席です。で、もう写真を撮るのは諦めて、家内のフェースブックを勝手にコピーすることにしました。


ソーの村には朝市が行われている日に訪れました。ラベンダーでは有名な所なので駐車場の施設もしっかりしており、混雑していましたが楽しめました。別の日には小さな村のラベンダーフェアに行ったのですが、ここは最悪でした。小さな村に多くの人が訪れているのですが、レストラン、カフェなどの施設が全くないので、公衆トイレは男女共用が一つだけ、ゴミ箱などもなく、買ったコーラの缶を捨てることができず、家まで持ち帰ることになりました。


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2015-11-01 19:38:39

アメリカ対ジャパンの為に浦野君宅を訪ねた人々

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スペイン人に来て130ヶ月、、シッチェスに来て126ヶ月です。

10月のシッチェスは急に寒くなってきたみたいです。夏物の布団では寒く、秋物の布団もあるのですが、一挙に冬物の羽布団に変えました。

日本から4人のラグビーの友人がラグビーのワールドカップを見たついでにスペインにやってきました。もう60歳の後半で心臓に問題があったり、肉が厳禁だったり、私から見るとほとんど病人です。そんなことは知らなかったので、家内が用意したのはイベリコの生ハム(ベジョータ)1本丸ごと、イベリコ豚のセクレト(1頭の豚から少ししか取れません)、ソーセージ、チーズ各種、取れたての手長海老、ムール貝、イカと彼らの健康に悪いものばかりです。家内から相談されたのですが、「最後の晩餐かもしれないから好きにさせてやれば」と言って用意したものを少しずつ出しました。

この4人シッチェスに来るまで結構ハードなスケジュールでやってきました。土曜の夜ロンドンについて翌日、レンタカーでグラスゴーのアメリカ戦を見て、翌日はラグビー校に行き、火曜の朝早く出てバルセロナの空港に1時前に着きました。それから私の車で40分ほどの、ワインの街のレストランで昼食、そこで3人でカバ(発泡酒)を一本開け(私ともう一人は全く飲まないので)、更にワイナリーでワインをテースティングして我が家にやってきました。
ルーフテラスでバーベキューを予定していたのですが、雨だったのでリビングでの食事になりました。3人はバルセロナ産の缶ビールを各自1缶、赤と白のワインを一本空にしてしまいました。ホテルに送ったのは12時過ぎです。

翌日はバルセロナ観光で朝9時にホテルを出て、列車でバルセロナへ、サグラダファミリアを見てから昼食、タパスやピンチョスを食べにレストランへ行き、ここでも3人はワインを一本、そして買物をしながら旧市街を散策し、バスでシッチェスに帰り夜は8時半からレストランで夕食、ここでもワインを2本空けました。

翌日は11時45分発の便なので朝9時にホテルへ迎えに行き、丁度2時間前に空港で降ろして別れました。午後3時ごろ、家内と「もうロンドンのホテルへ着いて休んでいる頃かな」と話していると突然固定電話がなりました。固定電話にはスペイン人からしかかかって来ないので「オラ」と言って出た家内が突然、大きな声で「どうしたの、何があったの、なんでまだバルセロナ」など言い出すので、てっきり誰か倒れたのではと思いました。よく聞くと、買い物に夢中になり、3人が飛行機に乗り遅れ、夕方の便で帰るとのことでした。なんでも笑って済ませて落ち込むことのないタフな病人たちです。


サグラダファミリア
IPad mini4で撮ってみました。


やっとiPadmini4を手に入れました。 音声コマンドSiriのすごいのには驚きました。
アプリケーションを開かずに何か言うと勝手にそのアプリケーションを開いてやってくれます。例えば明日のスケジュールを言うとスケジュール表に勝手に入れてくれます。webの検索も勝手にやってくれます。音声入力の精度も格段に上がっています。これではキーボード入力よりも早いかもしれません。何かコマンドを実行させて「ありがとうと」言うと「どういたしまして』と返ってきました。思わず「あんたはエライ」と言うと「私をおだてても何も出ませんよ」と返ってきたのには吹き出してしまいました。使い方を勉強するのに数日間部屋に閉じこもってしまいました。

しかし、よく考えればここ数年は引きこもり状態でした。ジムには毎日行って顔見知りは居るのですが、親しく話すわけではなく、買い物、リナの散歩などこれも毎日のように出かけているのですが、私は車の運転をするだけです。話すのは家内とリナだけです。家内は日本人の女性たちとの付き合いやラグビーの仲間の奥さんたちやいろいろつきあいがあり、外出の機会も多く、楽しんでいるみたいです。
私は1日誰とも話さなくても全く苦にならない性格ですので、知らないうちに引きこもり状態になったみたいです。タッチラグビーと4人の病人のおかげで引きこもり状態から脱した様です。

タッチラグビーは水曜日と金曜日週⒉回練習があります。夜8時ごろから約1時間の練習ですが結構ハードです。私が一番遅く入ってきたメンバーみたいで、皆が私にアドバイスしてくれます。アドバイスもいう人によって違うので、インターネットでルールを調べ、タッチラグビーのワールドカップの映像を見たりして少し勉強しています。

我が家は24日にシッチェスを出て車で約6時間、スペイン国境の北フランス、バスクのサン・ジャン・ド・リュズに来ています。2年前に半日だけ寄った所で綺麗な街で、パンが美味しかったので今度は1週間滞在することにしました。24日はラグビーワールドカップ、準決勝、南アフリカとニュージーランド戦が行われた日です。スペインではラグビーのワールドカップは有料チャンネルしか放送されませんが、ここフランスはやっぱりラグビーが盛んなので一般のテレビで見ることができました。25日のアルゼンチン、オーストラリア戦も見ることができました。そしてそのあとの映画はなんと「インビクタス」でした。

この映画、ネルソンマンデラと南アワールドカップ優勝を描いた映画ですが、2009年、公開される前にシッチェスの映画館でラグビー関係者だけの試写会があり、見ることができました。原作者のジョン・カーリンとシッチェスラグビークラブのドクターが友人で、特別に試写をしてもらい、見せてもらったものです。
「インビクタス、負けざる者たち」はマンデラ大統領が獄中で精神的な支えとなったウイリアム・アーサー・ヘイリーの詩から来たものですが最後の一節、「私が我が運命の支配者、私が我が魂の指揮者なのだ」には勇気を与えてもらえます。ネルソンマンデラが私の今の歳の時はまだ獄中にいて、釈放されたのが1年後で大統領になったのは更にその4年後とのことですので、私ももう少し頑張ってみようと思います。

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