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2011-01-30 00:11:19

身を持ち崩さないために

テーマ:バンド関係
 ブラジルセッションの録音を聴いていて、無性にドラムが叩きたくなってきた。「ああいう所は、もっとこういう風に」とか、「こういう風に叩くとダメ」とか、そういうのが見えて来ると、いろいろやってみたくなる。練習へのモチベーションが高まってきた感じだ。

 こんな風にやる気になるというのは、自分にとっては喜ばしいことなのだが、多少のブレーキをかけないといけない。

 私は、子供の頃からとんでもない凝り性なので、そういう気持ちを抑えないと、生活のバランスを崩してしまうのだ。楽器が好きな人は、それなりの集中力がある人ばかりだるから、みんな、多かれ少なかれ凝り性な人がおおいと思う。

 小中高と野球に全エネルギーを注いでいる私を見て、私の母は、「お前は、絶対に麻雀は覚えないでね」とくぎを刺した。母は、私の凝り性を見抜いていて、この凝り性で人生を持ち崩すことを心配したようだ。

 私も母の教えを忠実に守って、何かに熱中するあまりに人生を持ち崩さないようにと気を配ってきた。

 野球をやっていた頃も、「ちゃんと大学に入る勉強はしよう」と思ったし、楽器に熱中した時代も「ちゃんと就職はしよう」と思った。社会人になってバンドに熱中したが、「ちゃんと仕事はしよう」と思った。仕事を一生懸命やり過ぎると健康を崩すので、「家庭のことを考えて、仕事も健康を保てる範囲にしよう」と思った。

 放っておくと私は、人の何倍も夜討ち朝駆けをして、ネタをとり、睡眠時間も取らずにそのままバンドの練習に行ったりする。それで身体をこわしたこともあるので、「家族のためにも、ちゃんと睡眠時間と休みをとろう」と心がけるようになった。

 大学時代に始めたドラムも、朝から練習して、気がつくと外が暗くなっていることもしばしばだった。

 30代で英会話を始めた時ものめり込み、起きている間、仕事している時間以外のほとんどの時間、英語の勉強をしていた。よく身体をこわさなかったと思う。

 今の「ドラムの練習がしたい」という気持ちは、凝り性の自分にスイッチが入りそうな感じなので、警戒している。そのスイッチが入ると、自分の直したい部分を全速力で直そうとするあまり、生活を省みずに突き進んでしまいそうなのだ。

 今は、「プラッサオンゼのセッションで見つけた自分の直すべき部分を、5年ぐらいかけてゆっくり直そう」と自分に言い聞かせている。

 こういう時は、「自分は何のために音楽をやっているか」と考えるようにしている。

 「自分は何のために音楽をやっているか」→「いい演奏をしている所を見てもらって、家族に喜んでもらうため」→「家族に喜んでもらうためには、家族が私の音楽を聴いて楽しむ環境がなければならない」→「そのためには、家族の生活が安定する余裕がないと楽しめない」→「家族の生活が安定する余裕を生むには、ちゃんと仕事をして、私も健康でないといけない」→「結局は、私がちゃんと仕事をして、健康も保つ範囲で、音楽をしないといけない」。これが結論だ。

 私にとって最悪のシナリオは、「音楽に没頭」→「仕事がうまくいかず、家族に八つ当たりし、家庭もうまくいかなくなる」→「仕事を辞めざるを得ず、家庭も崩壊」→「演奏が上手くなったはいいが、見て喜んでもらうはずの家族がいなくなる」→「つまらなくなって、楽器をやめる」という感じか。(まるでジャコみたいな人生だが、結構、こういう人は多いように思う)

 毎日1時間ずつ365日やって、それを5年やり終えた頃に直すべき部分が直っていると。そんな感じでやらなければ、と思う。

 自分が見つけた直すべき部分を箇条書きにして、手帳に書きだして、それを上から順に1つずつ消していくことにしようと思う。
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2010-12-29 17:40:05

中身の濃い一年だった

テーマ:バンド関係

 昨夜は、穂高くんと今年最後のセッションに行った後、まったりとメシを食いながら今年一年を振り返りました。


 濃い一年だった。


 穂高君も同感だったようで。


 私にとっては、18年も途絶えていたバンド活動を本格的に再開した年ですから。


 生ドラムをまず叩いて感触を戻さなくてはいけないという。戻すと行っても、誰かと一緒にアンサンブルしないと感覚は戻らないのに、バンドはないという状況で。選んだのがセッションです。


 いろいろ行きました。完全アマチュアのからほぼ全員プロみたいなのまで。知り合いもたくさんできて、業界の状況もわかってきて。


 そこまで8か月程度で行き着けたのは、とんでもない実力派ベーシストの穂高くんと、同じく実力はギタリストのWanさんのお陰ですね。1人じゃ行けないようなお店も、二人、3人なら行けますから。


 ほとんどすべてのセッションを録音して、同行した穂高君とWanさんと、お互いの演奏を批評しあって。良いノリを出すためにどうするかっていうテーマで延々と話し込んで。いやあ。こんなに濃密に音楽と接していたのは、18年ぶりです。


 昔は、ジョージさん、古館さんを始め、音楽仲間と、何時間もノリの話をしていたもんで。その時代と同じようなことを延々と話していて。楽しいです。


 穂高君もいろいろなミュージシャンとコネクションが出来たようで、学生として勉強していた昨年と比べれば、相当の進歩をしていると感じます。机の上の勉強と社会での実戦は全く違うので。



 自分が追い求める世界を深めるのは大切ですが、深めることに集中し過ぎると、世界が狭くなってしまいます。広げるという努力も必要で、どういう方向に深めて広めるかを決めるには、ある程度、どういう世界があるのか、全容を知る必要があるわけです。その全容が見えてきて初めて、どういう道をたどるかがわかるというか、自分が進むコースの青写真が描けます。


 ことし一年は、その全容を調査するような作業でした。いろいろなライブハウス、セッションに顔を出して、知り合いを作って。セッションは、ライブで見ているだけなのとは違って、自分の演奏も周囲に見てもらえるわけで、人間関係作りでは、ライブの比ではありません。


 私と穂高くんとWanさん、それにセッションで知り合ったミュージシャンと、ああでもない、こうでもないと情報交換をしていると、やはり昨年とは違う世界が見えてきますね。


 本格的な音楽活動再開の2年目となる来年は、どんなコースをたどるか。視界がかなり開けてきました。


 来年は、岩手時代にお世話になったピアニストの及川ジョージさんとのコラボも実現しそうで、楽しみです。

 

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2010-12-27 23:53:43

タマ・チャールズさんの追悼ライブで、ジョージさんとポンタさんが共演したとの情報が

テーマ:バンド関係

 岩手界隈からのうわさで、先週末、タマチャールズ(玉山秀之)さんの追悼ライブで、及川ジョージさんと村上ポンタ秀一さんが共演したとの情報が流れてきました。


 なんでも、石巻と水沢で予定されていたタマさんのライブを、主役の急死により主催者が中止しようかとしたら、ポンタさんがやろうと言い出したとか。


 それで、ジョージさんもかり出され・・・・・・。


 にわかには信じられない話ですが、どなたか、事実関係をしりませんか?


 実際にそういう共演があったとしたら、ユーチューブに共演の様子を是非アップしていただきたいですね。タマさんと言えば、18番はジョージアオンマイマインド。この曲をピアノで伴奏を入れるとして、岩手で最適任者はジョージさん意外にいないでしょうから。


 ジョージさんとポンタさんのバトルというものを、是非とも見てみたいです。ポンタさんのソロはすごいですが、多分ジョージさんも見劣りしないんではないでしょか。というか、ポンタさんのレベルの演奏とバトルをして見劣りしない岩手のミュージシャンは、ジョージさんしかいないかも。(こんなことを書くと、「俺がいるぜ」と怒っている人がいそうですが。そういう人がいたら、多分それは勘違いです。ヘタにからんだら、「こんなクソ演奏、やってられるか」ってスティック投げられそうです)


 ただ、二人のバトルも興味深いですが、タマさんが生きていたらなあと思うと、つくずく惜しい人を亡くしたと思います。 


 

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2010-12-24 00:36:24

そろそろ今年の総括を

テーマ:バンド関係

 今年はいい年でした。特にバンド関係がね。


 昨年まで、電子パーカッションをドラムにみたてたなんちゃってバンドでしたが、今年4月からは、本格的に生ドラムに戻りました。


 とはいっても、いきなりバンドは組めないので、メンバー捜しも兼ねてセッションへ。


 昨年夏に見つけたベースの穂高くん、昨秋に見つけたギターのWanさんと、素晴らしいメンバーがいるのですその二人に見合ったバンドを作りたいんですが、どうしても鍵盤担当がいませんね。


 手がよく動く人は多いけど、いかんせんパルスにはまってない。それ以前に、自分でパルスを出せない人がほとんどで、そういうジャンルを演奏するには、最低でも数年はかかる人ばかりです。


 ああ、いいかな? と思うと、もうプロ活動をしている人だったりする。(ギャラが出せないし、メンバーの仕事上とい家庭上の予定を優先するバンドだから、プロを誘うのは申し訳なくてできません)


 というわけで、そのプロジェクトは頓挫中。


 でも、女子二人を入れたサックスメインのバンドは、予定さえ合えば動けるし、たまちゃんとの歌モノバンドも、メンバーがその気になれば、いつでもライブができる状態なので、全く気にしておりません。


 そんな感じで足踏みしていたら、岩手で社会人の駆けだし時代にバンドに交ぜて頂いていたピアニストの及川ジョージさんが、「俺、東京に遊びに行くから、一緒にやってみよか?」とのこと。確かにジョージさんが入ったら、文句なしで完成してしまいそうです。


 

 来年は、いろいろな可能性を模索しようと思っています。


 ジョージさんが演奏してる所を見てもらえれば、私が何を求めているか、わかってもらえると思うんですが。(口とか文章じゃあ、説明するのは限界あります)


 

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2010-12-14 01:09:56

タマ・チャールズさんの娘さん

テーマ:バンド関係

 きょうは、とてもうれしいことがあった。玉山秀之さんの娘さんが、このブログを見て連絡をくれた。


 びっくりです。


 20年ぐらい前、ランドセル背負って玉さんスタジオの周りをウロウロしていたちょっと肥満気味の小学生が、今ではお母さん似のものすごい美人になって。告別式に来た人はみんなびっくりしておりました。(こんなことなら、当時、「甘いもの、ちょっと控えなさい」なんて言ってからかわなければよかった。後悔)



 「追悼ライブ、やってくれるなら、楽しみ」とのこと。これはやらねば。



 今は、結婚なさって金沢の方に住んでいるそうです。


 今回、思ったのは、新幹線で3時間もいけば昔のバンド仲間にいつでも会えるんだということ。昔を懐かしんでいる暇があったら、やっぱり岩手まで行くべきですね。


 追悼ライブ、絶対に実現しましょう! できるなら、「玉山秀之音楽祭」として、毎年やりたい!

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2010-12-06 00:15:22

故・玉山秀之(タマチャールズ)氏追悼、メロディズオブラブ

テーマ:バンド関係
2010-12-05 23:40:28

故・玉山秀之氏追悼、ジョージアオンマイマインド

テーマ:バンド関係


 急死した玉山秀之(タマチャールズ)さんの告別式の前夜、盛岡市内のピアノバーで泥酔し,涙をボロボロ流しながら思い出のジョー­ジアオンマイマインドを弾く及川浄司。所々、手元が狂っているのは眼鏡が曇っているせいです。聴衆=いくぼん(泥酔して演奏を強要)、古館哲(全く聴いておらずマスターと雑談)

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2010-12-05 21:09:44

玉山秀之さんの告別式

テーマ:バンド関係

 タマチャールズこと玉山秀之さんの告別式があり、岩手まで行ってきました。


 来られなかった方のためにご報告致します。


 胆沢区の若柳体育館に1000人ぐらいの人が集まりました。


 ああいう盛大な告別式は、仕事関係のスポーツ関係者では多いですが、プライベートでは初めてです。


 ジョージさんの車に乗せていただいて、開始時間ギリギリに到着したら、席はすべて埋まり、立ってみている人がすでに数十人はいました。


 場内を見回してびっくりしたのは、遺影です。私が20年ほど前に、ライブの時に撮ったものが使われていました。


 ストロボをたくとのっぺりとした写真になるので、ストロボをたかずに撮ったものだったので、記憶がありました。確か感度3600ぐらいのフィルムを使ったと思います。普通のフィルムの感度は200ぐらいですから相当の高さのものでした。


 私は新聞記者で、駆けだしだったので、自分の記事には自分で撮った写真を使わなければなりませんでした。なので、当時の私は、結構、室内で撮影する方法を研究していたのでした。


 8人の方々が弔辞を読み、エリカさんという最近まで一緒にツアーをしていたサックス奏者の方の演奏がありました。


 別れ際に奥さんや娘さんたち、お母様にごあいさつができてよかったです。


 式が終わった後、けんちゃん、安倍くんら昔の音楽仲間達とお茶をして楽しい時間を過ごしました。


 そこで、「落ち着いたら、玉さん追悼のライブをゆかりの人たちを集めてできたらいいね」という話になり、その時は、みんなで一バンド作って参加しようということになりました。


 昔あった、県南バンド連盟は今はないそうで、イベントを開くのは大変でしょうが、人材は豊富なのですから、できないことはないです。



 玉山秀之という東北の音楽シーンの一時代を築いたミュージシャンを失ったことは、悲しいことですが、これを機会にまた、地元の音楽シーンを盛り上げていけたらいいなあと、みんなで話をして別れました。


    ◇


 この告別式からさかのぼるのですが、前夜は、都内で仕事を終えた後、新幹線に飛び乗って盛岡入りしました。夜中だったのに、盛岡駅前の居酒屋で及川ジョージさんと古館哲さんが待っていてくれて、音楽談議に花を咲かせました。


 腹筋が痛くなり、脳が酸欠状態になるほど、何度も何度も爆笑していました。あんなに面白かったのは、何年ぶりでしょうか。結局、居酒屋、バー、ピアノバー、北海ラーメンとはしごし、午前4時に古館さんのお宅にジョージさんと二人で転がり込みました。


 そこでも、昔のビデオを見たりして爆笑の連続。腹が痛くて痛くて、大変でした。


 うれしかったのは、古館さんの神経障害の病状がだいぶ改善していたことでした。あのテンポで回復すれば、数年後にはまた一緒にバンドができそうです。


 「3年で、スタジオ練習にこぎつけ、5年後にはライブをしましょう」と約束して別れました。


 ライブをするとなったら、盛岡と花巻と水沢と東京の4か所でやります。私にとって、人生最高のバンドを再演できるわけですから楽しみです。(練習します!)


 昨夜は、3件目のピアノバーで、すでに泥酔状態だったジョージさんに泥酔状態だった私が、「玉さん追悼の意味で、ジョージア・オン・マイ・マインドを弾いてください」と強要。それを録音しました。(後ほど、ユーチューブに挙げておきます)


 多分、岩手では、玉山さんがギターを弾きながら歌って、ジョージさんがピアノで伴奏を入れるくジョージアオンマイマインドがベストでしょうね。


  その黄金コンビの演奏が聴けなくなるというのは寂しいことです。



  ◇


 先ほど、ジョージさんに「お世話様でした。東京に着きました」とメールしたら、ジョージさんからお返事がきました。


 「告別式が終わって外に出たら気づいたが、喪服に前日の運動靴をそのまま履いていたことに気づいた。こっぱずかしい」とのこと。


 大丈夫。私も、玉さんの奥様とお母様、娘さんたちに、涙ながらに挨拶をした後に、列から離れて涙をふいているときに気づいたのですが、ズボンのチャックが全開でした。(式の前にトイレに入った時、慌てて、締めるのをわすれていました。不幸中の幸いですが、一物はしまわれていました)


 黒いズボンに白いパンツが丸見えの姿で涙に暮れる中年のオヤジというのもなかなか素敵な光景だったことでしょう。




 告別式後のお茶会で知ったのですが、今回の「玉さん急死」の報道を一番最初にしたのが、私が勤める新聞社だったそうです。私は全くこの報道には絡んでおらず、むしろ、その情報で悲報を知ったのですが。


 何かの巡り合わせなのでしょうが、私の何代目かの後任の記者の方が書いてくれたのでしょう。お世話になった玉さんに少しでも恩返しができたこと、感謝しています。

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2010-12-02 23:27:54

遠雷

テーマ:バンド関係
2010-12-02 22:42:50

こだわり

テーマ:バンド関係

 先日、セッション帰りに日高屋メシをしながら、穂高くんに「きょうの○○を演奏してる時に、途中からタッチのタイミング遅らせただろう? 何か心境の変化か?」と聞いたら、驚かれた。


 「ええっ? わかりますか?」と。そりゃわかるよ。何年、穂高のベースを聴いてると思ってるんだ。(実際には、せいぜい一年ちょっとだが)


 「実は、おととい参加したセッションで他の人が弾いていたノリに影響受けまして。今日のノリはおかしかったですか?」と穂高くんが言うので、「遅らせるタイムの幅をあと半分ぐらいにした方がいいと思うけど。でも、いろいろなタイミングを試した方がいいよ」とアドバイスした。(実際は、彼のレベルの方が上なので、アドバイスも何もなく、私からみた定点観測程度なのだが)

 

   ◇      ◇      ◇



 自分がこだわって、積み上げてきたものって、誰でもあると思う。


 その積み上げてきたものなんて、他人から見れば他愛のないことかもしれないし。世の中の99パーセント以上の人が、積み上げてないものと積み上げているものの差に気づくことさえない。


 でも、その差にこだわって積み上げ、磨き上げてきたもの。


 自分にとってのそういうものに、気づいてくれる人がいるってことは、幸せなことだし。気づいてくれる人が死んでしまうということは、とても悲しいことだ。


 玉山秀之さんは、スタジオで個人練習していた私のドラムのこだわりに気づいてくれたし。私は、タマさんの歌とギターがただものじゃないことに気づいたし。だからタマさんのバンドにまぜてもらったのだろうと思う。


 ジョージさんは私の演奏のこだわりに気づいてくれたし、古館哲さんも気づいてくれた。だから、まだまだ稚拙な若造のドラマーをバンドに入れてくれたんだと思う。


 私は、影田穂高くんのベースがただものじゃないことに、気づいたし。Wanさんのギターがただごとじゃないことに気づいたし。二人とも、私のこだわりに気づいてくれているようだし。だから、今一緒にバンドをしている。


 毎度のボーカルはただものじゃないと思っているし。


 音楽じゃなくても、私は、小学生の時に初めて見たS君の絵で、「こいつはただものではない」と思ったし。それって間違ってないと思うし。


 そんな、私の人生の中で、重要な登場人物の1人だった玉山秀之さんが亡くなって以来、ずっとショックが消えません。


 「この人に自分がこだわって積み上げた演奏を見てもらった時、何て言うだろうか」ってのが楽しみな人が、自分には何人かいて。そのうちのとても大事な1人でした。


 今の自分の演奏を見てもらって、「いくちゃん、ドラムの腕を上げたね」と言ってもらいたかったですね。そのために、岩手と東京と別々になっても、18年もコツコツとドラムの練習をしてきたような気もします。


 世の中の99.999999パーセントの人が気づいてくれなくても、重要な登場人物が気づいてくれるだけで、本望だという。こだわりってのは、そういうもんなんではないでしょうか。


 そのこだわりをわかる重要な登場人物がこの世からいなくなったら、ドラムをやっていても面白くないので、やめるでしょうね。きっと。



 なんだか、ここしばらくドラムを叩く気が起きないのは、きっと、重要な1人がこの世からいなくなったからなんだと思います。 

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