建設的コミュニケーションの妨げになるもの

 

これまでの経験から、ちょっとめんどくさいと思うタイプの人がいることに気がつきました。

 

一応カウンセラーを自称しているので、人をラベリングするのもあれなんですが、ややこしやなコニュケーションについて書いていきます。

 

 

早速、本題に入ると、それにはコンプレックスが大きくかかわっています。

 

大まかに分けた場合、以下の傾向が見られます。

 

 

 

・ささいなことで心を閉ざす

 

 

・別に責めてないのに責められたと受け取る

 

 

・自分の弱さを認めたくないが故に他人を責める

 

 

 

こういった傾向が見られるので、話す時に気を遣う感じになるわけですね。

 

いじけるぐらいなら可愛げがあるものの、怒り出すタイプは手に負えません。

 

 

……そして、なんだか見覚えがあると思ったら、以前の僕がそうでした(笑)

 

あるいは、今もそういった傾向が出てくる時もある気がします。

 

 

懺悔タイムはおいといて、先に進めます。

 

 

こういう人たちは、プライドが高いように見えますが、ちょっと違うんですね。

 

自分(というか自我)を守ろうと頑なになっているだけで、プラスな意味の「誇り(プライド)」は当てはまらないでしょう。

 

 

ちなみに、これには職業や年齢などはあまり関連がありません。

 

ニートやひきこもりでなくても、こういう傾向が見られると思います。

 

 

 

それでは、なぜこういうややこしいことになるのでしょうか。

 

 

その根底にあるのは、「他人は自分を理解してくれない」とか、「自分はみじめな存在である」などの認識が関係していると考えています。

 

後者は自覚するのに勇気がいるので、当事者が意識することは少ないかもしれません。

 

 

ケースによっては、コンプレックスから無駄なカウンターを食らわせているのに自覚がないこともありそうです。

 

もしかしたら、「この怒りは正当なもの」と認識されていることもあるでしょう。

 

 

現時点での対処法

 

残念ながら、自分は変えられても、他人は変えにくいところがあります。

 

菩薩のような心で接するか、当たり障りなく接するか、めんどくさいと思いながらも普通に接するか。

 

ストレスフリーで過ごすには、意外と二番目がいいのかもしれません。

 

 

メリットというと少しズレがありますが、こういう人を見た時に自分もそうなっていないか省みるのもいいと思います。

 

むしろ、それが必要なことなのかもしれません。

 

 

例えば、親と同じことをしていないか、目の前の人と同じような振る舞いをしていないかなど。

 

 

関係を深めようと思ったら、自然体でいられることは大事だと思います。

 

心を閉ざされたり、責められたと取られたり、逆に責めてきたりということが多いようなら、付き合い方を考えた方がいいかもしれせん。

 

 

自身が振り返ると、こういうタイプの友人がいたのに、惰性で遊んでいたことがありました。

 

 

フランクな関係で言葉を選んだり、理解してもらうのに背景を説明するのって、けっこう面倒だと思います。

 

やたらと決めつけてきたり、なんやかんやと口出しする人も、個人的には苦手です。

 

 

ここまで書いてみて、それなら一人の方がいいやと気づきました(笑)

 

 

見出しが対処法なのに、方法に触れてなかったので、少しだけ書いておきます。

 

 

 

・最初は言葉を選んでみる

 

 

・ややこしい反応は想定内と先に決めておく

 

 

・相手のコンプレックスは本人が解決すればいいので、ほどよい距離感で付き合う

 

 

 

類友の法則もなきにしもあらずなので、そういう人が周りにたくさんいるようなら、自分自身の考え方、物事の受け取り方を見直すのもいいかもしれません。

 

 

せっかくなら、良好な関係を築きたいですよね。

 

それには、今回のテーマに当てはまることがあると、少しむずかしいと思います。

 

 

 

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