編者の窓

左翼運動研究が一段落してしまった現在、ごく普通の人々までもが、反国家体制犯として検挙され、治安維持法違反ということで、実刑を受けていた事実を重く受け止めて欲しい。『治安維持法検挙者の記録』の編者、西田義信が文献から抽出した事例を公開する。


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 先日、本書(『治安維持法検挙者の記録』)の、

 

張 楽洙  [チョウ ラクシュ]    T13-3-33 s12,8,21検挙 s13,3,31起訴 民族革命党員 上海特別工作員(長崎:朝鮮)
  同                     予審 --------  ・地判 s13,8,24

 

 から、民族独立運動を「国体変革」とみなす最初の判例を発見したことを紹介した。

 このケースを、もう少し詳しく見てみよう。
 検挙された日時を考えて、特高月報12年8月号を探すと、156ページに、

「(昭和12年)八月中旬以降上海常人の避難帰国するもの相次ぎ著しく混乱を呈しつつある状況に鑑み、一味分子にして此の期に乗じ内地潜入を企図するの処濃厚なりしを以て、海港警備を厳にし極力警戒中の所、本月二十一日以降長崎入港の避難民を収容せる船舶中に於いて一味の張楽洙…避難民中に根治帰来せるを発見検挙せり」

 どうやら、あたりをつけて網を張っているところに、のこのこ避難民の中に紛れ込んで、長崎にやってきたところ、船から降りる前に、捕まったようである。
 さらに、
「目下不逞目的塘厳重取調中なるが、…. 昭和八年十二月中旬… 洛陽軍官学校に入学し、十年四月卒業に至る間、革命的軍事訓練を受けさらに同年七月より三ヶ月、朝鮮民族革命党軍事部訓練所に於いて重ねてテロ耕作に比須なる訓練を受けつつ大気中の処、昭和十一年三月初旬党軍事部長李青天より軍官学校学制募集其の他の指名を受けて上海に潜入策動しつつありたり」
 1936年11月に上海に潜入し、いろいろ活動を行っていたのに、1938年8月に、危険を冒して日本にやってきたわけである。何のために来たかは、この時点では取り調べ中だったのであろうか。
 『特高月報』昭和13年10月号で、この人物の判決文を読むと、何か、奇異な感じがした。

「求学の念抑へ難く此の目的を以って上海に渡航したるも志を得ずして」
「昭和八年八月頃朝鮮独立運動団体金九派の秘密連絡員とは知らずして金正植等により学資金給与制の廣東飛行学校入学方を斡旋すべき旨の甘言を以って浙江省嘉與県黄塘橋に誘致せられ」
「同所に於いて始めて金九等により朝鮮民族革命意識の注入を受け」
「同年十二月十六日頃同派の手に依り支那中央陸軍軍学校洛陽分校に入学せしめられ」
「昭和十年四月同校教官にして右一派に属する李青天等より民族革命の第一線闘士たるべき思想的軍事的教養訓練を授けらるに及び何時しか民族革命思想に共鳴を覚ゆるに至り遂に朝鮮独立のためには身命を賭せんとの決意を抱くに至りたる者にして」

 要するに、被告は、学問の志に燃えて上海に行ったのだが、生活に困り、学資金をくれる飛行学校に入れてやるという嘘に騙されて、中国に連れていかれ、ガンガンに洗脳されて、「民族革命党員」にされた、というのである。ここまで被告に寛容な判決文は珍しい。さきほどの取り調べ状況の話とは、トーンが全く違う。
 この部分に続く内容を読んでも、彼のやったことは、ほとんどが「民族革命党員」としての事務的な仕事のように思われる。不思議なことに、日本に潜入した理由などについては、まったく触れられていない。
 判決文を読み進んでいくと

「犯情及転向の状態等諸般の事情を媒酌し刑の執行を猶予するを相当と認め」

 なるほど、彼は転向しているのである。検挙されてから、特高の手を離れ、予審検事の取り調べがあって、予審終結となり起訴されるまで7か月、裁判が始まり、判決が出るまで5か月。私の印象では、朝鮮国籍の治安維持法違反者としては、短いような気がする。
 『特高月報』の昭和13年8月号の87ページには、
「張 楽洙に対しては八月二十四日、…懲役二年執行猶予四年の判決言い渡しあり、而して公判廷に於いては予審決定書の内容を全部承認し且つ本判決に対しても何らの意義なく服罪せり。執行猶予の恩典にいたく感激し、過去を悔悟し将来皇国国民として真面目に正業に励むことを洩らし居れり。」
 朝鮮国籍の人に関する記録には、検挙されても長い時間頑張ったものが多いが、ちょっと変わった例である。
 なお、判決文の中に出てくる金九は、朝鮮独立運動の巨頭と呼ばれる人物らしいが、同じ『特高月報』の昭和13年8月号の90ページに、興味ある事実が書かれている。
「五月末頃李雲煥は長州某所に於ける金九一味の会議席上に拳銃を潜めて侵入し、窓外より金九等列席者を突然狙撃したる為…金九は腰部銃創」

 他の2人は即死、犯人は憲兵司令部に逮捕され、即死刑。
 さらに朝鮮民族戦線連盟幹部の意見として、
「予ねて日本官憲との間に巨頭金九を斃すことの黙契あり此の機会に部下李雲煥をして決行せしめたるものと推測せらる」
 という記述を見ることができる。
 私は、本書のサポートのために、データベースへの入力と整理に、1日平均8時間以上を費やしており、興味ある事例(1日に一つくらいはある)にぶつかっても、調べる余裕がない。

 どなたか調べてみませんか。

 

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