編者の窓

左翼運動研究が一段落してしまった現在、ごく普通の人々までもが、反国家体制犯として検挙され、治安維持法違反ということで、実刑を受けていた事実を重く受け止めて欲しい。『治安維持法検挙者の記録』の編者、西田義信が文献から抽出した事例を公開する。


テーマ:

 私の年代(1935年生まれ)では、内田穰吉、名和統一といえば、学生時代に経済学の勉強で、多くの著書や論文でお世話になった、著名な経済学者である。
 本書(『治安維持法検挙者の記録』)を見ると、この2人が検挙された理由であろうか、「共産主義集団」という記述がある。1930年代の後半、春日庄次郎などを中心とする「日本共産主義者団」という、共産党の再建運動(今後の社会運動史の重要な研究課題だと思うので、機会があれば紹介したい)があったが、1938年ごろには、大量の検挙者を出して、崩壊してしまっている。この二人がつかまった1943年3月には、存在しないはずである。
 本書をめくっていくと、同じ「日本共産主義者団」という名目で3月15日に検挙された人が数十人も存在する。本書に指示に従って、特高月報にあたると、これは、いわゆる「大阪商大事件」を指すことが分かる。よく見ると、3月28日に検挙された「宮上一男」の「犯罪被疑事実」は、「大阪商大左翼グループ」となっている。
 大阪商大は、大阪市立大の前身であり、1942年ごろから、自由主義と厭戦の雰囲気を持っていた。
 しかし、いわゆる「大阪商大事件」は、3つから4つのグループが複雑に絡まるもので、ここでは、詳しい解説は避けさせていただく。
 本書の指示に従って、特高月報の1943年3月の「治安維持法違反検挙者調べ」を見ると、「日本貿易研究所」の関係者が多いことに気付く。この「日本貿易研究所」は、「財団法人日本貿易振興協会」の中に、大阪の財界人の要望で作られたものだそうで、当時「輸出ブラシ工業」の実態調査を行っていた。検挙者の中には、「綿スフ統制会書記」、「北海開発株式会社事務長」なども存在する。残りは、この調査研究のために駆り出された大阪商大の学生である。
 この調査研究の成果は、1942年に刊行され、戦後1989年に日本経済評論社の手で復刻されている。これが、どうしてこの研究の「犯罪被疑事実」が「共産主義集団」なのか理解に苦しむ。何が治安維持法に違反したのか、不勉強のためにわからないが、今後研究さるべきであろう。
 興味を引くのは、「産業経済新聞社」の政治部長、調査課長、社員の3人が、検挙されていることである。
 この中の一人「田口寛一」(社員)の「学歴」欄は「不詳(自供せず)」となっている。この事件における特高の取り調べは過酷であったようで、数人の獄死者を出しているし、嘘の自白を強いられ、いたずらに自由主義者や社会民主主義者にまで、検挙の手が広がった、と言われている。
 その中で、学歴さえも言わなかった新聞社員がいたとは、驚きである。「産経新聞」も、水野成夫が現れるまでは、立派なジャーナリストがいたようである。
 いっぽう、新聞社の社員とわかっている人物の最終学歴など、調べればすぐわかるはずである。それを、「自供が取れなかったのでわからない」という報告書を挙げた理由にも興味がわく。
 ここで書いたのは、この事件のほんの一側面である。上林貞治郎を中心とする経済学の研究、また学生たちの実践運動も存在した。
 同じころに起きた「横浜事件」に関しては、数十冊の書籍が存在するし、マスコミを通じて、多くの人に知られている。しかし、この「大阪商大事件」については、経験者によるわずかな書籍しか存在しない。私の不勉強かもしれないが、ほんのわずかの論文しか知らない。
 しかし、この大阪商大事件は、社会運動史の観点からも、思想統制史の観点からも、非常に大きな問題を投げかけている。今後、多くの研究者の手が入るべき問題だと思う。私自身も、データベース完成の暁には、これを詳しく調べてみたい、と思っている。

 

AD
いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)

治安維持法検挙者の記録さんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。