サラダチキン日記

市民レーサーの甲子園とも言われるツール・ド・おきなわ。その市民最上位カテゴリー210kmに挑戦する40半ばのオヤジの日記です。タイトルのサラダチキンは、ほぼ毎日ランチに食べているダイエットフードの名称。


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(前編からのつづき)

スタートはローリングスタートで、リアルスタートは宮里4丁目(北)交差点を左折した少し先。3列目からのスタートだったので、楽々前方キープ。集団右側最前列をチームのシードメンバー4人(サイカちゃん、フミさん、ヅカさん、いいじま)で固まって進む。去年は後方スタートでよく分からなかったリアルスタートの瞬間も、今年は手旗が赤から緑に変わり、車がクラクションを鳴らすと共に、集団前方が加速する様を最前列で眺めることが出来た。

その瞬間、飛び出していくSHIDO安藤選手となぜかサイカ(爆)。おいおい。ところが、サイカちゃんは2km程で集団に戻って来た。「いや~、ガチ踏みだったのでごめんなさいして戻ってきました」だって。SHIDO安藤選手はその後数名と逃げ続けて、結局1回目の山岳賞まで獲っていた。ゴイス―。もちろん、その後はヘロヘロになって自分よりはるか後ろで完走してました。

スタート後はしばらく集団前方をキープ。というのも、cyclowired綾野さんがカメラバイクで撮影していたのが分かったので、少し意識していた。いや、かなり意識してましたw 見事にシクロワイヤードに載りました。すみません、目立ったのレース序盤だけです。

しばらく経つと、チームメイトのツッチーが前に上がってきた。「お、ツッチー来たね~」と声を掛ける間もなく、なぜかそのままガチ踏みで集団から飛び出していく。

「え~、ツッチー行っちゃったよ!」

集団からはぱらぱらと追走の選手が飛び出し、前を行く安藤選手に合流。ツッチーもその中の一人。


ところが、そのツッチーも20km地点を過ぎた辺りで集団に戻って来た。

私「おかえり~w 何やってんの!」

ツ「自分の限界を超えていたので帰って来ました!」

完走が第一目標のツッチーが無理して逃げてはいけません。TTスペシャリストのツッチーだけど、平地のスピードはともかく、登りでも速いので諦めたとか。本部半島を半周する間に、逃げとプロトンには2分以上の差が付いた。プロトンもけして遅くはなかったと思うんだけど、すごいな逃げの皆さん!

そうこうしている間に本部半島区間も終わり、やんばる西海岸へ。去年はここから強烈な向かい風だったが、今年は若干追い風基調。落車リスクを避けて可能な限り前方をキープするが、逃げとの差を考えると前を牽くならそれなりに力強く牽かなければいけないので、ローテに入るか入らないかぎりぎりくらいの位置をキープ。それでも何度か先頭牽いたけど。

ツッチー以外の非シードメンバー、こけし会長やTAGさん、それにしまひろさんらも無事集団の前に上がって来ている。しかし、今年初参加のTOSHIAKIの姿はない。TOSHIAKIは残念なことに19km地点での落車に巻き込まれて、この頃ははるか後方をたった4人で追走していたらしい。南無。

普久川ダムへの登坂が始まる与那の分岐を前にして、高岡選手がトイレ休憩。しかし、誰も付き合わない。この日は結構暑かったので、自分も全く尿意は無かった。高岡選手、ブログで小言を書いていたけど、純粋にみんな尿意なかったんだと思うよ。それに、西海岸入ったばかりならともかく、もう与那の分岐まで20km切ってたから、あそこでトイレに誘われても、なかなか付き合おうと思う選手はいないんじゃないかな。もっとも、ここで脚使って追走したにも関わらず、最後は独走してしまうんだから、高岡選手はやっぱり異次元です。

さて、問題の普久川ダムへの1回目の登坂。ここまで殆ど脚を使っていないと思っていたけど、サイコンでNPを確認すると250とか行ってる。あれ?結構脚使ってるんだな。去年は頂上まで残り3kmの辺りで辛くなって、残り2kmで千切れた。しかし、今年は早々に第一パックを見送り、第二パックからも残り3kmの辺りで千切れる。第二パックのお尻は見えているが、追い付く脚はない。チームメイトではヅカさんが常に付かず離れずの位置で登坂している。他のチームメイトは見えない。

(サイカちゃんが前にいるのは分かっているが、こけしは?)
(フミさんとツッチーは?この辺も前に居るのかな?)
(ヅカさんはオレと一緒に登ってるってことは、あまり調子良くないのかな?)

そんなことを考えながら必死で脚を回した。

なんとかKOMポイントに到達。Stravaのデータによると19分35秒。去年の1本目より1分も遅い。KOM直前までは第二パックのお尻が見えていたけど、下りに入るとその気配はなし。第二パックで登り切ったサイカちゃんの話だと、補給所で第一パックに追い付いたそう。せめて第二パックで登れていれば。。。

下りでは頑張って踏んで前を追う。ペースが合う1人と下っていたら、すぐにヅカさんとが追い付いて来た。3人でローテしながら前を追うが、前は全く見えずに補給所に到着。落ち着いて補給していると後ろからもう何人か合流。今回の補給所は水とスポドリが明確に分けられ、ボトルの色分けもされていたのでとても分かりやすく、受け取り易かった!スポドリの分量も受け取る前に中身が透けて確認できたので、安心して受け取ることが出来た。自分はまだCCD入りの持参ボトル1本が9割がた残っていたので、空になった1本目だけを交換。

補給所を過ぎても下り基調のアップダウンがしばらく続く。補給所で合流した7~8人でローテを回す。登りで上げようとする選手がいたので、登りは抑えて下りと平地で頑張ろうと声を掛ける。そしたら、ローテの中に(片山)右京さんがいた。右京さんも登りがちょっと速めで飛び出してしまうので、「右京さん、速いよ!」と声を掛ける。自分とヅカさん、それにもう2、3人はまだ脚が残っている感じだが、その他残り半分のメンバーは下りや平地でも牽けない感じ。

(あ~、なんか去年と全く同じパターン)

そして、少し見通しの良い登りで前の集団のお尻がチラリと見えるのも去年と全く一緒。さらに、奥の手前で後ろから大集団が追い付いて来るのも去年と全く一緒だ。

後ろから追い付いてきた大集団にはツッチーとこけし会長がいた!

チームメイトの状況を確認する。フミさん、TAGさん、しまひろはどうやらさらに後ろらしい。それにしても先週まであんなに好調そうだったフミさんがなぜ後ろに。TOSHIAKIは誰も見ていない。前はサイカちゃんだけと判明。

(サイカ、頑張れよ!)

というワケで、去年とほぼ同じ状況になって奥の登りを迎える。奥の100kmスタート地点を通過する際に、まだスタート待ちしているカテゴリが居ることに気付く。

(あれ?市民210kmが通過する前に全カテゴリがスタートしてるはずなのに)

どうも国際レースのペースが遅く、市民210kmが速かった為に全てのカテゴリをその間でスタートさせることが出来ずに、100kmオーバー40と女子国際100kmが市民210kmの通過後にスタートとなった様だ。

ツッチー曰く、彼が連れて来た集団はペースがかなり速かったので、まだ前に追い付けるかもしれないと。しかし、普久川ダムへの登りで千切れた面子、奥の登りでの登坂が前の集団より決定的に遅い。さらに、奥の登りを登り切った後は、2回目の普久川ダムへの登り備えてか、向かい風ということもあってか誰も前を牽きたがらず、ローテが上手く回らなくてペースが落ちてしまった。見通しが良い海岸線では前の大集団が遥か前方に見えるが、その差は広がるばかりだった。

そして2回目の与那の分岐がやってくる。その時点では100名程の大集団だったが、ここからまたふるい落としが始まる。自分は集団前方でペースを作る。この後のことを考えると、集団を減らし過ぎてもキツイが、どうせ10人以上いてもローテしてくれる選手は5~6人しかいないだろうから、10人残ればいい。

登坂スピードは1回目よりもさらに遅いペース。KOMが近づいて少し余力があったので、最後のひと踏ん張りで集団から抜け出してKOMを通過した。後は補給所で追い付いてきたメンバーで行けばいい。2本目は21分24秒。これも去年の2本目より40秒遅かった。明らかに登れていないのは、やはり体重オーバーなのか(苦笑)

しかし、ここのところ鬼門だった130kmを超えても、まだスタミナが残っている!完走はもう確実。後は一つでも上の順位を目指そう。まだ前には60~70人はいそうだが、この先エネルギー切れで前からこぼれてくる選手はたくさんいるはず。

下りは1回目と全く同じ3人だった。そして補給所で、また1本だけボトルを交換してスポドリをもらう。補給後の下りですぐにツッチーが追いついて来た。こけしはいない。登れるはずのこけしが千切れたのは意外だったが、奥で会話した時に脚が攣ったと言っていた。残った市民210kmの選手は20名くらいだろうか。

下りきって学校坂。登っていると、後からクラクションが近づいてきた。

「オーバー40の先頭集団が来ます。左に寄って道を空けて下さい。」

市民100kmオーバー40の先頭集団が追いついて来た。+100km以上走って来て、しかもグルペットの我々より明らかに速いだろう。素直に左に寄って集団が通り過ぎるのを待つ。すると、その集団に混ざって行こうとする210kmの選手がいたので、「210の選手、そこに入っちゃダメだよ!」と諌める。そしてオーバー40の集団を見送ってから、自分たちのレース再開。と思っていたら、30名くらいいるオーバー40の集団が思ったより遅い。抜いてしまいたいくらいに遅い。

「おーい、100km、早く行ってよ!」と何度か声を掛けるが、

「100kmなんだからカンベンしてよ。」

だってw え~、だってここまでいいスピードで追いついて来たじゃない。オーバー40の集団の後ろに210kmのグルペットという状況がしばらく続く。

そうすると、300mくらい前方にそこそこ大きな集団が見え、そのゼッケンがオレンジ色っぽいことに気付く。オレンジ色は市民210kmだ!オーバー40の集団の遅さにいらいらしてる他の選手に、声を掛ける。

私「あれ、もしかして210の集団?ゼッケン、オレンジ色じゃない?」

他「ですよねぇ。。。」

私「とりあえず追い付いちゃおうか!」

ペースの上がらないオーバー40の集団の前に出て下りをガン牽き。谷一つで前に追い付いた。案の定、市民210kmの別のグルペットだった!2回目の普久川ダム登坂で千切れた約20人くらいの集団。これを吸収。サイクルフリーダムの店長もここにいた。

私「てんちょー、なんでこんなとこにいるの!」

店長「先頭集団、登り速すぎだよ~。」

あらら。そう言えば、去年も店長にこの辺で追い付いたな。またまたデジャブ。去年のレースをトレースしている気分だ。

どうにもこうにもペースの上がらないオーバー40の集団のことはあまり気にしないことにした。前に出たり、後に下がったり。登りではほぼ並走。

「オレら着関係ないんだから、100kmの邪魔するのやめようよ」と言う210kmの選手もいたが、自分は一つでも上の順位を目指しているので、オーバー40の集団に過剰に気を使うことはやめた。結局、オーバー40の先頭争いをする面子7~8人は、羽地ダムを前に有銘の登りで抜け出して行った。これでオーバー40に気を使う必要は全くなくなった。しかし、自分はというと慶佐次の登りを超えた辺りで1度目の攣り兆候がやって来た。お守りでポケットにMAGONを入れていたのを思い出す。下りを利用してMAGONを服用、有銘の登りに備えたが、一度攣りかけているので有銘では無理は出来ず、オーバー40の数名を大人しく見送った。それに追随する210kmの選手はいなかったので助かった。

カヌチャリゾートを超えて大浦湾に出ると、いよいよ最後の勝負どころ、羽地ダムの登りまではすぐだ。羽地を前に一旦緩む集団。そして登りが始まった。一度攣りかけているので自分は既にいっぱいいっぱい。先頭付近でゆっくり目のペースを作ろうとするが、すぐに周りがペースアップする。まあ、そりゃそうだ。前でペースを作る3~4人に必死でくらいつく。何度も遅れそうになるが、なんとかトンネルに到達。トンネルの先を右に曲がり2段目、最後の力を振り絞る。ギャラリーが多く気合が入る。一旦下って、最後3段目の登り。これを登り切れば後は下り。集団はバラバラ。なんとか前の方で登り切った!ここで脚を緩めずに、下りも踏んで後続を引き離す。下りで追い付いて来た選手もいるが、集団は15名くらいに絞り込まれた様子だ。

最後の川上関門を抜けて国道58号線に出た。イオン坂をクリアしたら後は平坦。去年と違い向かい風。去年はこの後鬼牽きして最後ずぶずぶだったので、今年は絶対に牽かないと決める。周りの出方を伺いながら、最後の数kmをこなす。残り1km、小集団は徐々にペースアップ。自分は両脚が限界、四頭筋が攣りかけている。ペースアップにはなんとか付いて行けたが、最後に腰を上げてスプリントすることは出来なかった。集団では10~11番手くらいか。ヅカさんは少し前でゴールした。

リザルト
50位 5時間55分11秒988

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ジャスト50位だった!一応、目標達成のリザルト1枚目。

ヅカさんは45位。今年も負けた。というか、スタートからゴールまで、6時間弱ずっと一緒だった!お疲れ様!

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優勝はラスト28km独走の高岡選手。

サイカちゃんは21位。今年もまこっちの次の順位w

ツッチーは62位。フミさん、TAGさんも無事完走。

こけし会長は残念ながら安陪で足切りだったそうだ。しまひろさんは慶佐次の手前で落車しリタイア。TOSHIAKIは、80kmに及ぶ追走もむなしく奥で足切りだったらしい。

笑った人もいれば、笑えなかった人も。これがTdO市民210kmの厳しさ。自分は、ラッキーなことに2年連続で笑うことが出来た。

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急性腸炎による緊急入院から2か月。目標を下方修正したとはいえ、ここに至るまでの過程を考えれば最上の出来だったのではないか。今年は神に与えられた試練だったと思おう。『ロードレース人生の集大成として30位以内を目指して臨む』はずだった今大会。「集大成なんて言うのはまだ早い!まだまだ現役で頑張れ!」ということか。50位ということで来年のシードもほぼ確定。これは来年も挑戦しろっていうことだよね?

今年もオヤジの我儘を許容してくれた家族に、そしてこんな自分を応援してくれた全ての皆様に感謝します。

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【機材メモ】

フレーム:Specialized S-Works Tarmac SL3(改)
コンポ:Shimano Ultegra Di2 6870(ブレーキのみDura-Ace 9000)
クランク:Quarq ELSA 52-36
カセット:Shimano CS-6800 12-25(11スピード)
ホイール:FFWD F5R(非DARC)
タイヤ:Veroflex Carbon 23c 前後7.5BAR

【補給メモ】

PowerGel  x 9(フラスク3ヶ)
ウィダーインゼリー エネルギーマスカット味1ヶ
ウィダーインゼリー ゴールド1ヶ
CCD 500mm用 x 2(600mmLボトル、500mmLボトル)
MAGON x 2(1ヶは上記600mmLボトルに混入、もう1ヶは途中で服用)
+補給所でスポドリ500mmボトルx3(1本は手付かず)

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グリコーゲン・ローディングはレース本番の3日前、つまり10/5(木)から。その日の朝の計測。

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体重は去年とほぼ同じだった。

朝、出勤時に四谷のPAULに寄ってグリコーゲン・ローディング用のレーズンパン、アンシェンポール4レザンを購入。400g程の大きなレーズンパン。レーズンたっぷりでスライスすればそのまま食べられます。フランスパンの生地なので脂質をほとんど含まない、そしてレーズンはほとんど炭水化物。まさにグリコーゲン・ローディングにはもってこいのパン。

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昼飯の弁当もこの日は玉子焼きなしでご飯いっぱい。夜はたんぱく質も減らしてご飯いっぱい。細かくは計算していないが、この日のカロリーは8割がた炭水化物だったと思う。総摂取カロリーも消費カロリーを600kcalくらいオーバーして、完璧なグリコーゲン・ローディング1日目のはずだった。

ところが、翌朝の計測では体重微減して60.10kg。やはり腸の吸収力はまだ完全には戻っていないのかも。

さて、今年は金曜日に単独で沖縄入り。14時の便だったので昼頃羽田へ。羽田でもPAULで昼食を物色。炭水化物多めなパンを3つ選び、ラウンジへ行ってオレンジジュース&グレープフルーツジュースと共に頂いた。

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飛行機は運よくアップグレード出来たので、機内でも軽食が提供された。さらに食後のアイスまで。おやつのレーズンパンを持参していたが食べる必要なし。というか、お腹いっぱいで食べられない。

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那覇に着いて、午前中に那覇入りしていたフミさんに連絡。那覇市内の食堂で落ち合う。今朝の体重微減もあって、ここでネジが一本飛んでしまったw 400gのサーロインステーキ(サラダ、スープ、ご飯付)をペロリと平らげ、さらにソーキそばにふーチャンプルー(これはフミさんとシェア)も注文。食後は国際通りのブルーシールでアイスダブル。この日の摂取カロリーは推定5000kcal。消費カロリーを1300kcal以上オーバーし、しかも炭水化物だけではなくたんぱく質や脂質も大量に食べてしまった。

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なんだろう?結果を気にしていないかったワケではないが、少し気が大きくなってしまったのと、元々の目標(30位以内)が達成不能とあってヤケを起こしていたのかも知れない。

食欲は翌土曜日(つまりレース前日)も止まらない。朝は南部半周サイクリング(51km)に一人で出掛けたが、その前に持参のレーズンパンやコンビニで買ったスープパスタなどを食べた。サイクリング後は普通にホテルの朝飯。まあ、ここまではいい。昼前の便で到着するチームメイトを空港で迎え、レンタカーでまずチキンの丸焼きを食いに。チキンのセットランチを食べた次はタコライス発祥の店でタコライスとタコバーガー。これおやつ?かなり大盛り。

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名護の会場に移動し受け付けを済ませ、さすがにそこでは何も食べず。但し、ホテルにチェックインした後夕食まで少し時間があったので、レーズンパンを一つまみ。そしてホテル飯は当然ビュッフェで食べ放題。この日も、炭水化物中心とはいえ推定5600kcal程摂取。2000kcalの超過。

ホテルの部屋に体重計がなかったので分からないが、恐らくレース当日の起床体重は63kぐらいあったのではないか。

夕食後チームでミーティング。注意点を確認し合った後、それぞれの目標を発表して行く。

自分は、

「最低限完走。出来れば去年の55位を上回ってリザルト1枚目(50位以内)を目指す。」

レース当日は4時起床。

前日あんなに食べたのに、朝にはお腹が空いている不思議。いい加減自分の最近の食欲には呆れる。ホテルの朝食は5時からで、レーススタート時間3時間前を切っているため、4時半くらいから持参のレーズンパンやコンビニのスープパスタを食べ始める。それに加えてホテルの朝飯も少し食べて推定1180kcal。レース当日の朝飯としては食べ過ぎか。

軽量化は昨年と同じくホテルを出発するまでに3回。食べるもん食べて出すもんは出す。体重測りたかったな。

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6時15分にホテルのエントランスに集合し、皆で会場へ移動。6時30分会場着。

今回自分のゼッケンは439番。市民210kmは401番スタート。450番までの50人には前方スタートのシード権が与えられるため並ぶ必要なし。ゼッケンは去年のリザルトを中心に、さらに過去のリザルト、過去の他カテゴリでのリザルトなどが考慮される。自分の去年の順位は55位だったが、去年の上位者のエントリーが意外に少なく、ラッキーなことに自分にもシード権が与えられた。

スタートは7時47分。同様にシード権を持つサイカちゃん、フミさん、ヅカさんと共に列に並ばずに1時間程談笑して過ごす。その間、少し腹が減ったので、背中に入れていた羊羹をひとつ食べた。まだ食うかw

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7時半に前のカテゴリがスタートし、いよいよ市民210kmの選手がスタートラインに着く。多くのシード選手はこのタイミングで列に。前年2位、ゼッケン401の高岡選手と共にそのチームメイトのまこっちが最前列中央に。MCのDJガラパが優勝候補達にインタービューしている間に自分は最後のトイレに。

スタート時間、7時47分のはずが、トイレから戻ると7時45分スタートに向けてカウントダウン(といっても5分前とかね)が始まっていた。「あれ?」とは思ったが誰もしてきせず。そのまま7時45分に号砲がなったw

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当初の予定では9月からは11月のツール・ド・おきなわ(TdO)に向けて高強度のロング練(=td55)を増やして行くところでした。その矢先の急性腸炎発症。9/5(土)から9/10(木)まで入院していたのは過去記事の通り。

「退院すればすぐに練習再開できる」と思っていましたが、甘かった。主治医からは、「退院といっても安静が必要です。運動どころか本当なら仕事にも行かず家で寝ていて欲しい。」と言われ、取り敢えず退院一週間後の外来までは絶対安静で経過観察。

TdOに向けた練習会td55は、練習仲間の55(コーゴ)ちゃんが主催していたTdO市民210kmを完走するための練習会。通常の練習会と違うのは、一度スタートしたら短い自販機ストップ(水分補給)以外は休憩せずに山岳ロングコース(150~190km)を走り切るところ。機材トラブルや実力で千切れた場合は待たずに放置という厳しいルールがある。レース強度で200kmを走り切る為には何をどういうタイミングで補給すればいいのか、どこでどの位脚を使っても大丈夫なのかということを、各自が身をもって実験・実証するための実践的な練習会だ。今年は55ちゃんがTdOに出ないということで、WCUの仲間であるサイカ、クドウ、そして私が中心となって実施することになっていた。1回目を9/5(土)に、2回目を9/12(土)に予定していたが、私はこの急性腸炎でどちらも出られず。TdOに向けての調整は出鼻を完全に挫かれる形となった。

9/12、13の週末は自転車に乗ることも控えて、家の周りをウォーキングするだけに留めた。2日で20km以上歩いたのは、運動不足解消と、少しでもカロリー消費したかった為。ところが、歩き過ぎたわけではないだろうが、退院後体重が減り続けた。これにはビビった。発病前の体重から3kgダウン。驚いて、平日も消費カロリーを上回る量をしっかり食べた。しかし、体重が全く増えない。9/16には57.15kgを記録。激しい炎症で小腸の組織が破壊されてしまったのか、栄養分を吸収できていない様子。この辺のところをFacebookでつぶやいたところ、同じ様な経験をした自転車乗りが結構多いことが分かった。「回復するのに3ヶ月かかった」とか、「(パフォーマンスが)元に戻るのに半年かかった」とかいう話を聞いて絶望感に包まれる。TdOまで2ヶ月もあるから大丈夫と思っていたのは甘かった。2ヶ月しかない。いや、すでに2ヶ月を切っている。

それからはとにかく食べまくった。幸い消化機能は回復して便は正常。とにかくまずは体重を増やす(戻す)ことを考えた。退院1週間後の外来で尿と血液を検査。炎症が治まったことは確認でき、運動も徐々に開始して良いことに。但し、主治医曰く「3週間後にもう一度検査して異常がないことが確認できるまでは無理はしないこと。」この後立て続けにレースに出ることは黙っていた(苦笑)

9/19-28 JBCF南魚沼大会
9/23 富士チャレンジ200
9/26 全日本実業団
10/3-4 JBCFいわきクリテリウム

既にエントリーしていたり、チーム遠征を主導していたりと、出場を決めていたレース。レースには出るが、無理はしない。レースに出ることで自分の状態を把握し、同時にコンディションを上げて行こうという狙いもあった。その代わり練習はかなりセーブした。練習していないので満足な結果は出るわけないが、レースを重ねる毎に復調への手応えは感じていた。但し、南魚沼の日目はタイムトライアルだったので完走は出来たが、他のレースは皆DNFもしくは予選落ち。富士チャレンジも130kmを越えた辺りからの急にきつくなって集中力もなくなってきたので、大事を取って150kmで自らレースを降りた。

10/2(金)に再び外来で尿と血液検査。全ての数値が正常に戻ったことが確認でき、主治医からは完治のお墨付を頂いた。とにかく食べまくったおかげで体重も発病前の水準に戻った。

そして怒涛の連戦が終わるとTdOまではたったの5週間。体重は戻り、短時間のパフォーマンスの回復は実感出来ていたものの、長距離となると話は別だった。

10/10(土)、ようやく今シーズンのtd55初参加。2本目の登りまではあまり上げ下げなしでという申し合わせもあって、そこまでは問題なく走る。しかし、120kmを超えて2本目の登りが始まると最初からペースについて行けずに千切れて、後は一人旅。後半の短い登りの連続では何度も足を着いて休憩するという体たらく。やはり長距離高強度に耐えられる身体ではなかった。この時点ではTdOは完走にも黄色信号が灯った。

『今年の目標は完走』

ここで大きく目標を下方修正。『今年のTdO市民210kmで30位』という目標はずっと前から決めていたが、完走のイメージすら湧かないこの状況では仕方ない。断腸の思い。

10/17(土)、td55を予定していたが雨天中止。日立方面は天気がもちそうだったので、タケチとTOSHIAKIを誘って急遽日立山岳練115kmへ。td55よろしく補給を持ってノンストップで実施。登りでは全くタケチの相手にならなかったが、一週間前よりは登れていると実感。もっとも辛くなるのは120kmを超えてからなので参考にはならないか?

10/25(日)、今シーズンのtd55もこの日がファイナル。結局2回しか参加出来なかった。この日は2回目の登りも、その後の仮想TdO学校坂である房総スカイラインの登りもなんとか集団でクリア。しかし、養老渓谷に至る登りで集団から脱落した。ただ、集団から脱落したもののその後も一人でしっかりと走ることができたので、なんとなく「完走はいけるのではないか?」という手応えを掴むことはできた。

10/31(土)、最後の調整レースとしてもてぎエンデューロの4時間ソロに出場。もうここでダメだったら絶望的。フリーダムによる逃げを容認して比較的まったりペースだったとはいえ、最終周まで余裕をもって集団で走ることはできた。スプリントに向けたペースアップには付いて行けず10位だったが、4時間走り切れたことでTdO完走に関しては確かな手応えを感じていた。

この間、平日の練習はどうしていたかと言うと、基本的には週2でジムに通って有酸素運動。エアロバイクやスピナーを使って、徐々に負荷を上げて行くプログレッシオーネだったり、L3の15分インターバル2本だったりと、割と軽めの練習に留めた。夏まで続けていたバーベルを担いでのスクワットは封印。というのも、実は富士チャレンジ200で途中落車に巻き込まれて右わき腹を強打。肋骨が痛むので胴体に負荷のかかるトレーニングは控えた。

体重の推移は以下のグラフの通り。青い線と左側の目盛が体重、オレンジの線と右側の目盛が体脂肪率。平日は消費カロリー+400~500kcalを目安に多めに食べ、週末のロングライド後はドカ食いを繰り返した。この2か月は、ここ数年で一番食べた2か月だったと思う。おかげで体重は戻って60kg以上をキープ。脂質や炭水化物もあまり気にせず食べていたので、体脂肪率も徐々に上がってしまったが、これは体力の回復を優先した結果なので仕方がないだろう。それでも去年のTdO直前と比べて体重、体脂肪率共に遜色のない数値だ。

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やれることはやった。毎週末のロングライドでは走るたびに回復を実感することも出来た。TdO本番は最後のもてぎエンデューロよりさらに回復していると信じよう。

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