困った。

テーマ:

北関東 風がビュウビュウ。

気の小さな母は

きっと怖がっている。


笑。

以心伝心。


ここで、母からの電話。

白内障の眼薬を差して、目を瞑っていなければならない、

その一分が暇だから「あんたに電話した」と。


風が強くて心配で電話したんでしょ。

って聞いたら

「あら、わかっちゃった?ゲラゲラ。

うちが吹っ飛んじゃったら、どうしよう。ゲラゲラ。」


ゲラゲラして居られるなら、まぁ、いい。


私の気が大きくなったのは 笑

彼女の気が小さかったから。


多分。


面白いのに、とても。

こんなにいつも陽気なのに

何かアクシデントがあると「困った、困った」という。

いや、お母さん、そんなことはたいして困りません!

と言うことでも、「困った困った」ってね。


そう。私の気が大きくなってしまった

一つの要因。


反面教師じゃなくてね、

大丈夫だって。へっちゃら、へっちゃらって言ってあげないと

めんどくさくなったから。

(当時、私はドラゴンボールの唄の「へっちゃら~♪」が気に入っていた)


つまり、感謝している。

きっと、今頃、大いに困っている母に。


母の話題が多いのは

これまた歳をとった証拠。


困る・・・。









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可笑しい。

テーマ:

実家で採れたての山菜のてんぷらを

満腹にいただいてきた。


幸せ。



恒例の新聞まとめ読み。

母から面白いから読めと言われしぶしぶ目を通した

読売新聞日曜版「わが家のあたしンち」


勝手に引用させていただく。

「正直すぎるよ」さんからの投稿記事。



[ 「きょうだいげんかをして、弟が泣いた時、

あなたはどんな気持になりましたか?」


と幼稚園の先生に聞かれた娘は

「ハイ、とてもうれしい気持ちがしました」


と元気よく答えた。]


くくくっ。

確かに笑える。

こえ~。子供。笑


ゲラゲラとそしてくくっと笑う私を

父は訝しげにみていたけど。


笑う私を見て

ね?ね?面白いでしょ。

笑っちゃうでしょ。

と嬉しそうに寄ってくる母と

盛り上がって話を進めたが

良く聞くと母の笑った話は違う投稿記事だった。


それも笑える。


なんだか可笑しなことばかりだな。








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ゼロ。

テーマ:

ティッシュの箱の中身が無くなった

あの瞬間は、とてつもなくショックを感じる。


笑。

だってそうなんだもん。


ただ、そのすぐ後に

ふと見た時計の表示が

誕生日の並びと一緒だったり

意味はないけどぞろ目だったりすると

とてつもなく・・とは言えなくても


ちょっとした楽しみを感じる。





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カップ。

テーマ:

新聞は実家でまとめ読み。

36歳、会社員としてどうかと思うと言われたら

反論できないが


が、日経流通新聞のMJは届けていただいて

拝読する。


契約時、安いじゃん!と思ったら週3回の配達だった。

丁度いいことに

私は三日位かけてやっと目を通す。

丁度いい。


そのMJで、調査によると

自宅で珈琲を飲むカップは

1位がノリタケだと・・。

カップに支出してもいい値段は平均2158円だと・・・。



そうか。そうか。

やっぱり、良いものはいいよね。

口に触れる部分の厚みだったり

カップをつまむその部分の感触だったり

そのカップの自信に満ち溢れた立ち姿だったり。



そうか。そうか・・・。



人生悔いなし


そして、私。

以前、母の新婚時代からのレトロなカップが

私のお茶の時間のおともであると

記事にしたが


わお。と思って自分のカップとして迎い入れたこのカップ。


見切り品で500円だった。

赤い色。丸いフォルム。

つまむのではなく指をしっかりかけられる取っ手。


大好き。


話は戻って、ノリタケ。

それは引き出物。

そんな勝手なイメージだった。

今度、じっくり見てみよう。

姉からもらったノリタケの小皿(?)みたいなのは

あるけれど

磁器の質の良さとか、わかるようなわからないような。

ただ、姿は華奢で素敵なことは認める。

専ら、お醤油入れだけど。


何が言いたいのか。

わからくなってきたけれど。


つまるところ

思っているよりも

世間はカップに結構な代価を支払っているんだな。と。笑


そういや、私が10年くらい前に

益子でろくろを回して作り上げた

あのカップはどこに行ってしまったのだろうと。

(楽しかったな)


もっとさかのぼると

幼稚園の遠足で作った益子焼の湯のみは

父の入れ歯入れになっているな・・・。と。


そんなことを

休憩中に新聞を読みながら思ったのだった。










人生悔いなし

景品でいただいたこのグラスは

夏が良く似合うと思うのだけど


誕生日でいただいたトリスと炭酸のセットに

つまり、流行りのハイボールに

一番似合う手持ちのグラスもこれだと・・。


今年は早くもこのグラスが登場。


流行る前からその味を好み、好きでいる側は

ちょっと寂しい気がしてしまう。


ちっちゃいな。わたし。笑








菜の花

テーマ:


人生悔いなし


道端で菜の花を見かける度に

美味しそうと思う。

それが続いたので観念して買った。


ところでどうして

菜の花は他の葉物とは違い

こういう紙でギュウっとされてお店に並ぶのかしら。

不思議。



なぜに紙で巻きつけられているかについては

説明はなかったけれど

ある雑誌で

菜の花は紙を外したら、縮こまっている葉を広げ

水に浸けてのびのびさせてあげることが大切。


と書いてあった。

水水しさを取り戻してからの調理がいいと。


素直なのでその通りにしてみた。

自分が、丁寧な人のようで ちょっと嬉しい。


縮こまっていた葉はびっくりする程、大きくなった。



人生悔いなし


ほら。笑



人生悔いなし


辛子マヨ醤油和え。


旬をいただく。

美味しくいただく。

ありがとう。と思う。


人生悔いなし



笑。

というわけで、これが、そのトマト。


しばらく放置してみることにした。

素っ気ない味が人懐っこい味に変わるかもしれない

と、勝手に実験。


見た目は充分に愛らしい。


明日は休みで

明後日から出張だから

明日、パクっといただいちゃうけどね。


トマトの木のたくましさもさることながら

友人からいただいた・・・なんとかの木 

も春になって緑とも、黄緑とも言い難い、

若緑色みたいなおいしそうな色の新芽を数センチ伸ばし始めた。


そんな感じで

道端の菜の花がとても美味しそうで、困る。笑


「とても美しい」と言いたいのだけど。なんとなく。


その後のトマト。

テーマ:

非常に遅い成長をみせてくれているトマトの木に

立てかけてあった大きな絵の額が倒れて

枝が一枝切断されていた。


こてっと床に投げ出されていた。

地震の日。


泣きたいのをこらえながら

その枝を花瓶にさして見守ること数週間、

その枝にトマトが成った。

成った。成った。成った。


初めて手のひらに乗せて

このブログで

お披露目してからも


ひとつ、ひとつ、

ゆっくりと順番に赤い実が成りつづけているんだ。


でも、やっぱり、

笑ってしまうほど味がしない。笑


今、思うこと。

テーマ:

想っているから。

考えているから。


昨日も大きな揺れが。

静まれ、コノヤロー。と呟いてみたけれど

この地球は容赦なしに揺れやがる。


この部屋はたかがしれてる揺れだけど

きっとどこかでまた、悲しい想いが生じてしまうんだろう。


想っているから。

考えているから。


連日、今後足りなくなるであろう物に関するニュースが

報じられているけれど

電車の、雑誌の吊り広告の見出しも

「何が無くなる!」とか書いてあるけれど


桜の木は花を咲かせ

計画停電もしばらくなくなって

牛乳も納豆も電池も水もあるところに、存在し始めて

テレビも「いつも」を取り戻し始めて

ガソリンも充分に事足りるようになって


今まであった物事が戻り始めているこの関東。

だけど想いは忘れちゃいけない。

し、忘れていない。みんな。


微力ではあっても

自分にできることを考えて

やり続けよう。

先は長いけれど、自分の周りの環境が戻ってもやり続けよう。


元気である私たちは

節電で目にするそこが暗くても

顔や心まで暗くなっちゃいけない。

私は車窓からいつもより暗い街並みを見ると

偉そうだけど、みんなの気持ちが目に見えて

何だか嬉しいくらいだ。


私は「自粛疲れ」という言葉がどうにもこうにも

贅沢極まりなくて受け入れられない。


疲れる前にやめて

自らの力を取り戻して

やれることをやろうじゃないか。ってね。



皮肉にも震災が教えてくれた、当たり前が当たり前ではないこと。

だから、今、ここにいてくれる人や物に改めて感謝して生きながら

笑ってパワーを発信し続けよう。


私は今も生きている。


微力ではあるけれど、

やり続ける。


例外でなく我が会社も復興支援に力を注いでいる。

例外でないことに安堵し、喜び

私は仕事に励む。

好きな仕事だし。


正常心も大切だ。だけど

不安とは違う、なんというかわからないけれど

いつも以上の精神でやったろじゃん。



このたびの震災で被災された皆様に

心よりお見舞い申し上げるとともに

一日も早い復興を

心よりお祈りいたします。


また、現地で復興のために活動している皆様に

心より感謝申し上げます。


どうか宜しくお願い致します。