S.H@IGTのブログ

大阪府泉佐野市にある、ゲートタワーIGTクリニックの院長のブログ


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昔、大阪の北にある大学病院から、関空近くの病院に移動になった。

大学の親しい友人は、『Deep Southへ飛ばされるのかあ・・・』と言った。

 

どうも大阪の北と南の境界は、大和川らしい。古代、飛鳥のあたりから流れ出た大和川は大坂平野に流れ出た後、北に向かい淀川に合流していたらしいが、江戸時代に西にまっすぐに付け替えられたとのことだ。

大和川のすぐ南は堺で、ここに長く住んでいる私は歴史の街だと思っていたが、北に住む人たちは、ここから南が始まる町と思っているらしい。

どうも、大和川を渡ると、なんだか落ちぶれた気分になるらしい。

更に南に下ると岸和田という町があって、だんじり祭りで人々は喧嘩ばかりしており、話す言葉はコワーイらしく、関西弁とは違うと考えられている節がある。

この街を超えると、とうとうそこは文化果てるところ、玉ねぎ畑が広がるばかりで、更にその先は海に転がり落ちるしかない・・・と、くだんの友人は言う。

彼の視野には、和歌山は入っていない。

 

今から30年以上前、大阪空港の近くに住む人たちは『大阪空港騒音協議会』とかいう組織を作り、こんなやかましい危険な空港はけしからんと叫び、騒音もなく危険もない空港を海に作れとシュプレヒコールを上げた。

神戸の人たちはそんな迷惑なものを作られてはたまらんと断固反対し、結局、文化果てた海の中なら問題なかろうと、泉佐野の沖合に関西空港が出来上がった。

関西空港ができたころ、バブルがはじけ、こんな空港作ったの誰だと責任論まで出たみたいだ。

そんなこんなでどうも大阪北方人からは、関西国際空港は愛されていない。

遠くてあんな不便なところにある空港なんていやよと大阪人はつぶやき始め、今も大阪国際空港は、元通りある。

あまつさえ、大阪空港けしからんと言った同じ人達が大阪国際空港に国際便をと運動まで始めている。

でも、もう関西空港は立派な国際空港になり、中国なんかどこにでも簡単に行ける。

 

私はもう人生の大半をこの地で暮らし、何の不満もない。

高速道路の渋滞なんて年に数回しか起こらず、土地代は下がりお陰で固定資産税は安くなった。

物価も安く、美味しいレストランだの料理屋がたくさんあるが、ありがたいことに値段は格段に安い。

風は大阪湾を渡ってくるので、なんだか爽やかだ。

東京から来た患者さんなんか、いつも言う。

『ここの看護師さんの関西弁、優しくて温かくて気が休まるの』、、、 違う、関西弁ではない、大阪南部弁だよ、と私は言いたい。

 

でも、私の悩みは尽きない。

私のクリニックに同じ志を持つ医者をいつもリクルートしている。

その訳はいつもこの南北問題にある。

大阪北方人の医師からは、『エー、大和川超えてまだ南!』と言われる。

その奥さんからは、『私たち、そんな南に住めなーい。』とか言われるらしい。

そんなわけで、医者の定員枠にははいつも空きがある。

 

南北問題を解決できないのは、どうもこの地が『オシャレな街』ではないことがあるようだ。

どこを探しても『オシャレね』と言ってもらえるところはない。

 

山の手はあるが、高級住宅街はない。

美味しいパン屋さんはちゃんとあるが、名前は知らてれいない。

最近は外国人で溢れているが、アジア人ばかりでエキゾチックな雰囲気はない。

日本有数のアウトレットがあるが、人々はオシャレ用品を買うと、すぐにこの街からキタに帰ってしまう。

夕日はピカイチだが、デートコースはない。

 

そんなわけで、私のクリニックの入っているビルの1階に、美味しくて心地よくて、そして『オシャレ』なコーヒーショップが出来ればと願っている。

ビルはなんだか変わった形をしているし、駐車場は広くて安いし、隣は公園だし、その向こうは関西空港が見える海岸だ。

私のクリニックのラウンジにならないかと大いに期待している。

問題は、オーナーになるかも知れないのが泉佐野のオッちゃんで、イタリア語が少し喋れたりするが、とにかくオシャレの文字からは遥かに遠い泉佐野の人間である。

私と二人でデコチン合わせて作戦を練って、『へぇ~、Deep Southにこんなお店があったんやー』と、思ってもらえる、そんなお店ができればいいなと願っている。

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その日が来るまでに一つしておきたいことがある。

司馬遼太郎の著作をすべて読み切ることだ。

かなりむつかしい気がするけれど、私はまだ余命というものを知らされていないので、可能かも知れないとも思っている。

いまはまだ仕事に忙しいこともあってゆっくり本を読む時間もないので、手あたり次第に買ったりしないが、実は本棚には司馬遼太郎がたまるばかりだ。

これは絶版になるなと思った、『司馬遼太郎が考えたこと』という本は、全部買ったが、その後続々と続きの巻が出て切りがない。

 

時には同じ本を二度読みしたりするので、命がいくら続いても読破の見通しが立たない。

最近、何か気になることが書いてあったような気がして,二度読みした本が、『以下、無用のことながら』という本である。

 

1996年に亡くなられるずっと前に書かれた文章なのだが、今の世界の問題をまさに予言している。

 

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以下は私の妄想である。二十一世紀では、普遍的文明は世界をおおうだろうということだ。むろんこのことは世界国家ができるといったふうの政治的なことではなく、普遍的慣習の世界化とか、英語などの共通語の普及、またはファッションなど生活のソフト面での共通化といった文化的要素の共有性が高まるだろうということである。ただし----以下が大事なのだが-----一方において、その大傾向に背を向けるようにして、少数者がはげしく自己主張をし、多数者に背をむけ、少数者が特異性を不必要なまでに主張し、そのことによって多数者に顔色をうかがわせ、ときにバクダンを投げつけて自己の存在を示そうとする時代がくるにちがいない。しかもそのことが、集団(国またはその類似団体)の唯一に近い目的になりそうである。人類は、普遍性に覆われつつ-----その便利さを享受する一方-----特殊性を声高く叫ぶことに精神の安寧を感じる時代が来そうだということである。

(『以下、無用のことながら』文春文庫、154-155ページ)

//////////

 

いま、まさにこのことで世界が揺れていて、解決の糸口を見つけられないでいる。

更に司馬さんの著作を読み進めれば、次の世界がどうなるのか、そんなことが記されているかも知れない。

 

ところで私のクリニックの医療法人は『龍志会』という名前だが、なんだかその筋の団体に間違われそうな名前で、私のことを組長と呼んだ奴がいる。 

『竜馬がゆく』を読んだ私の思いが込められていることを分かってほしかったのだが・・・。

 

司馬さんの本のどこかに書いていたと思うのだが、『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』のだという。

私もせっかく作ったクリニックを潰すわけにはゆかないので、せっせと本を読まなければならない。

 

最近は『坂の上の雲』を読んでおり、今はバルチック艦隊がマダガスカル島に停泊しているとのことだ。

日本は戦費を使い果たし手持ちの軍艦を修理し、バルチック艦隊をどう迎え撃つかと作戦を練るばかりの状況だ。

毎晩、ベッドで案じているが、でもすぐに目が閉じてしまうのでバルチック艦隊はマダガスカル島からなかなか離れない。

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私の部屋に前のクリニックから持ってきたスライドが、中ぐらいの段ボール箱に詰められて、それが5つもある。

大学で研究していたころ、市民病院で仕事をしていたころの研究内容と症例写真がスライドになっている。

こんな症例、あんな症例、もうざっと数えて1万枚以上ある。

全部自分で作ったもので、作るのに合計何千時間もかかったのだろう。

学会で発表したり、講義で使ったり、研究資料にしたり、大活躍し、秘かに私の財産だと思っていた。

 

でも、もう時代はすっかり移り変わり、研究資料はパソコンで保管し、病院のデータはでかいサーバーで保管している。膨大な画像データも捨てられる恐れなんかない。どんな資料もコンピューターから直ぐに引っ張り出せるし、学会発表や講演会のスライドだって、パソコンでたちどころにできる。

 

昔はスライド作りが本職か思うほど苦労したが、ラクチンな時代になったと思う。

そのうち、スライドの語源なんかを説明すると、『そうだったのかー』とか言われてしまいそうだ。

 

だから、もう、貯めに貯めたスライドなんかちっとも役に立たない。

あまつさえ、フィルムにカビが生えたりして、もうすっかり邪魔者になり始めている。

 

後輩の医者のこんな症例、あんな症例と見せて勉強になるかなと思わなくはないが、懐古趣味だと言われたら癪に障る。

それに、プロジェクターなんかどっかに片づけてしまい、家探ししないと出てきそうにない。

おまけに古いCTで撮った写真なんか研究材料にも使えない。

 

そんなわけで、もう捨てるしかない、そう決めた。

ここは博物館じゃないもんね、とか思いながら、

でも、捨てる前に一度目を通しておこう、、、、、 これがいけなかった。

 

疾患別にまとめたスライドホールダーを明るい窓にかざしてみる。 

ほとんどが20年以上前の症例だ。 

あんな症例、こんな症例あったよなー、と思いながら見ていると、スライドには番号が振ってあるのではなく、患者さんの名前が書いてある。

スライドのCT写真とともに患者さんの名前を合わせて見ると、そのころの診療がアリアリと目の前に浮かんでくる。

 

この患者さん、おなか痛がってたよなー、とか、大出血で大変だったよなーとか、治療中に泣いてたよなーとか、もう、いろいろ鮮明に思い出すのだ。

 

もう、20年も30年も経っているのに私の頭の中は、フラッシュバックで収拾がつかない。

 

何十年も一度も思い出さなかった患者さんのことを、昨日診た人のように思い出す不思議

机の横に置いた大きなゴミ箱に、それを投げ入れたら、その患者さんのことを永久に葬り去るような気になる。

 

研究発表に使ったスライドだって、それを見れば、時間のかかった研究作業をあれやこれやと思い出す。

研究結果は役に立たないものもいっぱいあるけど、少しは自慢している結果だってある。

あのゴミ箱に放り込めば、自分の記憶細胞まで引っ剥がして捨てるような気がする。

 

そんな訳でどうしても捨てられないスライドがある。

時間はかかるが、患者さんのスライドも、研究結果のスライドも最小限にして、小さな箱にぎっしりと入れている。

でも、私もいつかそれを有効活用する自信も計画もない。

無駄かなーと思いながら、どうしても捨てられない。

 

それでもいつか捨てる時が来るに違いないから、今風に、『断捨離OK』とでも書いておこうか。

 

でも捨て損ねて、私が死んだあと、息子なんかにそれを見られて、『未練たらしいオヤジだったよな』とかと思われるとコケンに拘るので、箱の表に、『すべて捨ててよし』、とでも書いておこうか。

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