侘寂伝文

樂菜わさびや公式HP http://wa-sabiya.jp/ 
Facebook公式ページ https://www.facebook.com/rakusaiwasabiya


テーマ:

文学290518  

(前編)H29 春季文学遺址研修会1  

事前予定に組んではいたものの 事情で訪問しなかった箇所も加筆しています ご了承の程 

 
文学290533  
文学290532  

大應寺(天王寺区餌差町3) 木村兼葭堂墓所 

木村兼葭堂 (1736~1802)は江戸時代中期の大坂を代表する町人学者で 本草学.文学.物産学に通じ 黄檗禅に精通し出版に携わり オランダ語を得意としラテン語を解し 書画や煎茶.篆刻を嗜むなど極めて博学多才で 自宅サロンで当時全国の識人達と広く交流し“大坂知の巨人”と称されました 

 
文学290534  
文学290535  

宝国寺(大阪市天王寺区餌差町11) 志太 野坡墓所 
志太野坡 (しだ やば 1662~1740)は蕉門十哲の一人とされ“軽み”の俳風では随一ともいわれた江戸時代中期の俳諧師 元々は両替商の三井越後屋に奉公し番頭にまで登りつめた経緯も 「続虚栗」で初入集 孤屋.利牛らと共に連句「炭俵」を編集しました 蕉風を上方や九州に普及させた業績は大きいです 

 
文学290527  

円珠庵 悪縁を絶つ鎌八幡 (大阪市天王寺区空清町4) 契沖庵跡 

江戸時代に国学研究の基礎を築いた契沖 (1640~1701) その足跡を顕彰する重要な場所として1922年(大正11)に国の史跡に指定 古典研究の底に流れる復古思想は荷田春満(かだのあずままろ).賀茂真淵(かものまぶち).本居宣長(もとおりのりなが)らに引き継がれ和学/国学の主流を形成しました 

 
文学290529  

空堀跡の一部(餌差町/高津中学校北側) 谷間を挟んで向こうが豊臣側/此方が徳川方の陣地 

 
文学290536  
文学290537  

楞厳寺(大阪市城南寺町1) 織田作之助墓所 

織田作之助 (1913~1947)は大坂生玉生まれの小説家 戦後無頼派.新戯作派と呼ばれ“織田作(おださく)”の愛称で親しまれ 大坂庶民の生活を描いた作家として知られています 小説「夫婦善哉」「世相」「土曜夫人」 評論「可能性の文学」など有名 カレーライス好きで自由軒の常連だったそうです 

 
文学290538  
文学290539  

大福寺(大阪市天王寺区上本町4丁目1) 浪華仮病院跡 

明治元年の布告では大坂に本格的な医学専門教育学校と病院建設を計画していました 学校については舎密局(前述)が発足しましたが 病院は財政難で明治2年に漸く大福寺で仮病院として開業 院長は緒方惟準(緒方洪庵二男).主席教授はオランダ人ボードウィンで 医学教育にもあたりました ここにあったのは僅か3ヶ月足らずでしたが これが後の大阪大学医学部へと発展します 

 
文学250940  
文学250941  
誓願寺(大阪市中央区上本町西4丁目1) 井原西鶴墓所/中井一族墓所  (私塾/懐徳堂を経営した一族) 

 
文学250942  

井原西鶴墓所 

墓は幸田露伴(こうだろはん)達が境内の無縁墓に押し込められていたのを発見 元禄6年(1693)没 享年52歳 
 
文学250943  

懐徳堂跡(淀屋橋日生ビル横壁)-後の大阪大学文学部 
中井家は代々儒学を家業とし 江戸時代中期の1724年(享保9) 大坂に在住する五人の有力町人が出資し創設された私立学問所“懐徳堂 ”を 1689年(明治2)に学制改革で廃校となるまで約140余年に亘って経営しました 誓願寺には中井一族の祖/竹庵をはじめとし代々の墓が祀られています 
 
文学290544  

青い山脈歌碑 (大阪市中央区上本町西/東平コミュニティプラザグランド内) 

天王寺区が産んだ大坂を代表する音楽家/服部良一 (1907~1993)の代表曲“青い山脈”を刻んだ歌碑 
 
文学290545  

薄田泣菫文学碑(大阪市中央区上本町西/東平北公園内) 
岡山県倉敷出身の詩人.随筆家/薄田泣菫(すすきだきゅうきん 1877~1945)が明治36年に発表した詩集「ゆく春」より 大坂から見る金剛山に心を動かされて歌った“金剛山の歌”を刻印した文学碑 

 

文学290531

楠木大神(大阪市中央区谷町7丁目交差点東) 

戦前に焼失した本照寺境内跡 樹齢500~600歳の楠木にはミイサン(白蛇神)が宿ると伝承されています 

文学290546  
文学290547  
文学290548  

近松門左衛門 墓所(大阪市中央区谷町8丁目) 国の指定史跡 

江戸元禄時代を代表する“和のシェイクスピア”にしてはお粗末過ぎる墓所 写真一番上の案内板からは墓所に入れないという不憫さもあり 疑問の声も多い 
 
文学290549  
豊臣政権より大坂は寺町としても有名ですが 谷町筋を挟んで西と東で寺の造りが違う事に気付きます 

これは1970年開催の大阪万博時 幹線道路拡張工事のため西側の寺社が移転した経緯に由来します 

東側は従来の瓦建屋 西側は新しい造りの寺社がそれを物語っています 

 

昭和30年代まで 谷町筋は約3㍍幅の細い道路だったそうです 

 
文学290550  
文学290551  

常国寺(大阪市中央区中寺2丁目2) 梶井基次郎墓所 

結核により31歳の若さでこの世を去った小説家/梶井基次郎 (1901~1932)の代表作「檸檬」に因んでか レモンが大好きだった? 彼を偲んで墓前にはレモンがお供えされていました 
 
文学290552  

巡検のクライマックスは千日前通りを挟んで生國魂神社へ 
 
文学290553  

織田作之助銅像 

代表作「夫婦善哉」生誕100周年を記念し平成27年(2013)10月26日に建立 彫刻家/岡村哲伸作 
昭和15年頃に大坂心斎橋あたりを闊歩するコート姿がモチーフ 大の煙草好きだったそうです 

 
文学290554  

井原西鶴像 

西鶴生誕350年を記念し 1992年6月10日に真田山ライオンズクラブが建立 西鶴は「好色一代男」「好色五人女」「本朝二十不孝」「武家義理物語」「世間胸算用」など多くの名作を輩出し 延宝8年(1680)には一昼夜4千句の独吟矢数俳諧の新記録を生国魂神社南坊で樹立したそうです 
西鶴の作品は世界各国で翻訳されその文学的評価は高く 1968年ユネスコは“世界的偉人の一人”として西鶴を選びました 

 

ここにて手仕舞い/解散 思えば西鶴に始まり西鶴で終わる巡見でした 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

文学290501  

H29 春季文学遺址研修会-文化.文学の生まれる町 大坂上り下り 

毎日新聞連載「わが町にも歴史あり-知られざる大坂-」で大坂案内人として登場する西俣先生を招き 現地講師をお願いする“文学遺址研修会”も今年で節目10年 今回は(文化や文学を生み出す豊かな土壌を持つ町 大坂)をテーマに西俣先生の名調子ももと巡見してきました 
 

井原西鶴に始まり井原西鶴で締めた今回の巡見 先生方皆様 休日の参加お疲れ様でした

きしくも舞台はわさびや周辺 何時もの散歩と違い専任の方々と愉しく歩け沢山の学びを頂きました  

  
文学290502  

集合-地下鉄/谷町四丁目 江戸時代/昭和初期の古地図と参考資料を手に 史跡を巡っていきます 
 
文学290503  
井原西鶴 終焉ノ地碑(谷町三丁目2 谷3交差点東南) 

近松門左衛門と並び江戸元禄期を代表する大作家/俳諧師 西鶴の没後300年を記念し平成5年に建立 

辞世の句「浮世の月 見過ごしにけり末二年」 墓所は城南寺町/請願時 文学碑は本町/高速道路出口 

 
文学290504  

大坂舎密局跡 (大阪府庁新北館南出口) 舎密=蘭語のchemie(化学)に対する当て字 

舎密局は明治維新期における化学技術の研究.教育 および勧業のために作られた官営.公営機関 明治2年(1869)に大坂/翌明治3年(1870)京都にそれぞれ設置され 前者を“大阪舎密局”後者を“京都舎密局”と称しました 大阪舎密局は第三高等学校(後の京都大学)の源流に 

 
文学290505  
文学290511  

 
文学290506  

難波宮跡東辺 (法円坂1丁目1 中央大通森之宮入路交差点/南側歩道) 

大坂市街東辺‐南北に長く連る上町台地は 日本史では早くから開発されていた地域で 古史にしばしば見える難波の地は此処にその姿を確認出来ます 続日本紀/聖武天皇天平16年2月の条に「今以難波宮定爲皇都」と確認でき 難波宮は首都でしたが翌17年5月に都は平城(京)に移されています 
 

最新の研究で難波宮は飛鳥時代.奈良時代の2度に亘り都となった事が立証されています 
 
文学290507  
文学290508  

越中井 (大阪市中央区森の宮中央2丁目12) 

細川越中守忠興屋敷の台所があったと伝えられる場所で 細川ガラシャ最期の地として知られる史跡 井戸は大正時代に一旦埋め立てられますが 地元住民により昭和34年(1959)に復元 現在も30軒ほどからなる“越中町会”により交代で管理されています 

 
文学290509 

文学290510 

大坂カテドラル聖マリア大聖堂 (大阪市中央区玉造2) ※敷地内は写真撮影禁止です 

敷地が細川大名家屋敷跡という由縁もあり 大聖堂内内陣左側に細川ガラシャ画が掲げられています その“最後の日のガラシア夫人”と聖堂正面の壁画“栄光の聖母マリア” 右側の“高山右近”は堂本印象の筆 大小100の窓に施されたステンドグラスは羽淵紅州の作 十字架.聖像はオーストリアの彫刻家ルンガルチエの作と 当時一流の芸術家を集めて造られました 

 

私達が訪問した時 丁度中では聖書の朗読が英語で行われていました(信者は殆ど外国人の方でした)

 
文学1905  
阿波野青畝 句碑 (大坂カテドラル聖マリア大聖堂敷地内) 

奈良県生まれの俳人で敬虔なカトリック教徒であった青畝は高浜虚子に師事 昭和初期には山口誓子.高野素十.水原秋桜子らと“ホトトギスの四S”に並び称された詩人 句碑「天の虹 仰ぎて右近 ここにあり」 
 
文学290512  
文学290513  

玉造稲荷神社 (大阪市中央区玉造2丁目3) 

利休井豊臣時代の千利休は玉造/禰宜町(玉造神社南側)に屋敷を構えました この一帯は清水谷などの地名が表すように“玉造清水”と呼ばれる良質の水が得られ 利休が茶の湯に愛用したと『摂津名所図会大成』に記されています 

 
文学290514  

伊勢迄歩講 (浪花講-お伊勢参り発祥の地) 

街道.宿駅制度が整えられた江戸時代 全国的に流行したお蔭参り 「一生に一度は伊勢参り」「伊勢に七度 熊野に三度 お多賀様には月参り」と歌われた様に江戸時代の人々はこぞって伊勢参りの旅へでたそうです 普段旅に出られない人々は「抜け参り」をするほどの社会現象で 伊勢参詣は勿論道中の物見遊山も旅へでる目的の一つでした 伊勢参りの起点としてここ玉造は大変賑ったそうです 

 
文学290515  

豊臣秀頼公像 (右) 難波.玉造資料館 (左) 
 
文学290516  

秋田實 笑魂碑  

東京帝国大学文学部卒業後に作家の道を歩むも 吉本興業の専属/花菱アチャコとコンビを結成した横山エンタツと出会い漫才作家の道へ 当時男性客中心の卑猥で低俗だった萬歳を 女性や子供にも安心して聞かせられる“無邪気な笑い=漫才”へと脱皮 これが現在の“しゃべくり漫才”の基礎となり後世に引き継がれています 

笑魂碑に刻まれた辞世の句「渡り来て うき世の橋を眺むれば さても危うく過ぎしものかな」 

「笑いを大切に 怒ってよくなるものは猫の背中の曲線だけ」 

 
文学290519  

三光神社 (天王寺区玉造本町14) 

反正天皇の時代に創建したと伝えられ 創建以来武内宿禰末裔/武川氏が神職として奉職 現在86代目 
嘗ては“姫山神社”と称し この一帯は“姫の松原”と呼ばれていました 御祭神は「天照大神」「月読尊」「素戔嗚尊」三注を祀っているため 別名“日月山神社”とも言われています 

 
文学290521  
文学290522  

真田幸村公之像(上) 真田の抜け穴(下) 

 
文学290523  

宰相山公園(真田山陸軍墓地 ) 
敢えて写真は掲載しませんが無数のお墓が並ぶ旧陸軍墓地 霊堂(納骨堂)の遺骨は約4万3,000余柱/墓標は4,800柱あるそうで 古くは明治期の西南戦争や日清.日露戦争 そして太平洋戦争までの戦没将兵の遺骨が眠っています 

 
昨年“真田丸ブーム”で沢山の方が三光神社を訪れたと思いますが すぐ傍の陸軍墓地まで足を運ばれた方はどれくらい居られるのだろう... 
 
文学290526  

この辺りは“真田丸出城跡”ですが割愛します 

  
H29 春季文学遺址研修会2 へ続く 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

桜29401  

3月末にカメラを新調しました これで料理の写真もより良いモノを掲載できそうです...が先ず撮る練習を 
丁度 桜が満開に差し掛かる時期なので 朝/昼/夜と散策がてら試撮を まだまだ初心者です 

 
桜29402  

接写や望遠.夜景 天候毎の撮り比べ 最新機種は携帯電話でリモート撮影もできて何かと便利です 
 
桜29403  
桜29404  
桜29405  
桜29407  
桜29408  
桜29411  
桜29409  

フラッシュ無しでこういう画像も撮れるんですね 早く上達できるようがんばります 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

一生餅291  

一生餅 (いっしょうもち) 

日本古来より満1歳の誕生日を祝う伝統行事で “人間の一生”と“餅の一升”とを準えて 

・一生(一升)食べるのに困らないように 

・一生(一升)健康に育つように 

・一生(一升)丸く(円満に) 

などといった願いを込め 1歳まで無事に成長したことを祝い これからも健やかに成長することを祈願します 一升餅には「背負いきれない程の食べ物-一生食べ物に不自由しないように」という願いが込められています 

 
一生餅292  
転ばせ餅 

日本は欧米のように誕生日その日を祝う風習は存在せず 正月を迎える都度年を重ねていく“数え年”という風習が専らでした しかし生まれて1年目の初誕生日だけは 親類縁者を含めた家庭の祝事として古くより“一生餅”の行事が行われていたようです 

 

地方によってその呼び方は 誕生祝い餅/踏み餅(踏餅)/立ち餅/転ばせ餅/転ばし餅/背負餅(しょいもち).しょわせ餅/力餅/タッタラ餅...等々あるようで お祝いの仕方も地方ごとに様々です 

 

多くの場合は一升餅を風呂敷やリュックに入れ 赤ちゃんに背負わせて祝う方法で行われているようです しかし一升は約1.8㌔と重いため 一才の赤ちゃんには重過ぎてなかなか背負えるものではなく 多くの場合 背負ったまま動けなかったり泣いてしまったりと 中々上手くは歩けないようです 
 
この一升餅を背負えるかどうかで その子の将来を占うといった意味合いが込められている地方もあります ただ背負えずに尻もちをついてしまった場合も 全く不吉なものではなく「厄を落とす」という意味で喜ばれているようです 

 
一生餅293  
選び取り(将来占い/知恵比べ) 

“一生餅”と共に1歳の誕生日祝いには“選び取り”を行う家庭も多いようです 選び取りは並んだ複数の品の中から 赤ちゃんが最初に取るもので将来の職業や才能を占う記念行事です 

 

並べる品物は地方によって様々ですが 一般的なのは「筆/そろばん/お金」の3種類です 筆など選ぶのは知恵比べ(将来占い/選び取り)と言い 本来日本の儀式ではないそうですが 何もマニュアルにそって用意しなくても大丈夫です お家にある品を いろいろと並べたり 父親の職業を連想させる品を置くのも良いかもです 
 

選び取りの一例としては 
・「筆/ペン/クレヨン」-芸術家/文筆家の才能ありかも 
・「そろばん」-商人向き? 計算が得意になるかも 
・「お金/財布」-金運に恵まれ将来裕福になるかも 
・「はさみ」-手先が器用 衣装関連の仕事にご縁があるかも 
・「定規」-几帳面で職人向き 将来大きな家を持てるかも 
・「箸/米/スプーン 」-食べ物に困らない 料理人向き 
・「辞書」-成績優秀 物知りに 
・「ボール/バット/靴」-スポーツ選手 運動神経抜群 
・「風船」-大きく羽ばたく 世界に通用する 

 
現在は筆やそろばんがない家庭も多いと思いますので この行事を現代風にアレンジして楽しんでも良いかと思います 筆→鉛筆やクレヨン そろばん→電卓に替えても良いかもしれません 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

謹賀新年2901  

鏡餅 (かがみもち) 餅を神仏に供える正月飾り(床飾り) 穀物神である“年神(歳神)”への供え物 
古の鏡は青銅製の丸形で神事などに用いられるものでした 三種ノ神器の一つ“八咫鏡”を形取ったものとも言われています また三種の神器の他二つ“八尺瓊勾玉”に見立てた物が橙 “天叢雲剣”に見立てた物が串柿であるとされています 

 
楊洲周延 『千代田之御表』  

楊洲周延 「千代田之御表」  
江戸城内での公式の場である「表」に於ける年中行事を大判三枚続きの浮世絵で記録した錦絵シリーズ 

 

鏡開き (かがみびらき) 

一般的には年神(歳神)へのお供えが松の内(1月7日)に終わった後の1月11日に行われます(土日祝等で異なる場合も有り) 元々は松の内が終わる小正月(1月15日/旧暦)後の1月20日(旧暦)に行われていましたたが 徳川家光公が亡くなったのが慶安4年(1651)4月20日(旧暦)であったため 1月20日を忌日として避け 後に松の内後の1月11日(旧暦)とされ現在に伝承されています 

 

上方(関西)では1月15日(グレゴリオ新暦)に鏡開きをする家庭が多い様です 

 

刃物で餅を切るのは切腹を連想するため 手や木鎚で割り“切る/割る”という言葉を避け“開く”という言葉を使用します(開きは割りの忌み言葉) 鏡は円満を-開くは末広がりを意味します 

また鏡餅を食すことを“歯固め”といいます 

 

造り酒屋では祝宴に酒樽の蓋を鏡に見立て木槌で開封する事を鏡開きと呼んでいます で松の内後に酒樽を開封する儀式を鏡開きでは無く“鏡抜き”と呼ぶ地域もあるそうです 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。