歴史と文化と和の心♪

薩摩発歴史好き管理人緑木の日々是奮闘記!!

歴史と文化と和の心♪-1 訪問ありがとうございます。歴史と文化と和の心♪-1

はじめまして!!

歴史大好きな薩摩おごじょ、緑木ともうします☆

小学時代、タイムリーに関ヶ原合戦400年だったことから、引きずられるように目覚めてしまいました←

日本史を学ぶうち、「本で出てきたあの場所」や「好きなあの方ゆかりの地」をぜひ五感で感じたいという思いから、地味に全国各地の史跡巡りに出かけております(笑)

・・・といっても列島南端の薩摩からなので、参勤交代で出費の激しかった薩摩のお殿様の気持ちが分かる分かる←


そして歴史書で「時空の旅」に出かけることも。

あしからず(何)


ジャンルは戦国&幕末を中心に考古~近現代、寺社仏閣、多ジャンルです。

どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _ )m


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歴史と文化と和の心♪-1 過去の史跡巡りレポ(地域別)

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こんばんは‼

史跡巡りレポ行田編、昨日の続きで埼玉古墳群をご紹介いたしたいと思います。

昨日は北エリアの円墳1基と前方後円墳4基をご紹介いたしましたが、本日は南エリアの古墳を巡って参りたいと思います。

 

早速行ってみましょう☆

ε=ε=ε= ヾ(*~▽~)ノ

 

●瓦塚古墳●

全長73mの前方後円墳になります。

整備に先立つ発掘調査によって、中堤から琴を弾く男子、躍る男女、武人などの人物埴輪、盾形埴輪、家型埴輪など多様な埴輪が並んでいたと推定されております。

墳丘内部は未調査なため、詳しいことは不明なのだそうですが、時期は6世紀前半~中頃といわれます。

造出し正面の外堀には、通路とみられるブリッジ状の彫り残しがありました。

・・・それにしても、どの古墳も見事な周溝が存在するのはなかなか圧巻です。

ここまでくっきり周溝が残されているのも、古墳好きには嬉しいところです。

 

●鉄砲山古墳●

古墳群の中でも3番目に大きな前方後円墳でして、西側くびれ部に造出しがあります。

堀からは、円筒埴輪の他土師器・須恵器の破片が発見されたといいます。

古墳の築造年代は6世紀後半で、名前の由来は江戸時代に忍藩が砲術練習場として使用していたからなのだそうです。

ちなみに後円部、発掘調査が行われておりました‼

うわー‼現場心惹かれるΣ(☆∀☆)←

何が出てきたのか気になる所です。

また新たな発見を期待したいですね‼

 

●中の山古墳●

埼玉古墳群の中では6位の大きさでして、全長79mあります。

堀からは須恵器の埴輪壺が多く出土しているといいます。

古墳の築造年代は6世紀末~7世紀はじめと考えられており、古墳群の前方後円墳としては一番新しいものと言われております。

 

この頃って・・・地域によっては装飾古墳が登場している時期ですね‼

ちょっぴりブームの過ぎた前方後円墳でしょう・・・。

 

●奥の山古墳●

全長66mの前方後円墳でして、「奥の山」の名は古墳群から東を見たとき、戸場口山、中の山、奥の山と並んで一番奥にあることから付けられたといいます。

発掘調査によって、それまで一重と考えられていた周堀が二重であることや、墳丘が二段に築かれ、段上には埴輪列が巡らされていることなどが発覚したといいます。

後円部墳丘に西側には張出部があり、子持壺や大型器台といった祭祀に使用される須恵器が出土したといいます。

これらの遺物から築造年代は6世紀半ば~後半頃と推定されております。

 

 

〇周辺施設〇

 

この辺一帯の地名は「埼玉」と書いて「さきたま」と言いますが廃藩置県の際、この辺りに設置された県の中では最も大きかった郡が埼玉郡だったことから、そのまま県名として名付けられたのだそうです。

埼玉は「幸魂」にも通じるので、なかなか好きな県名だったりします(´∀`)

そして敷地内には「さきたま史跡の博物館」があり、埼玉古墳群より出土した副葬品や埴輪を見ることができます。

水鳥や犬埴輪、鏡やヒスイの勾玉、武具や馬具など充実の展示品ですが、中でも見ものは稲荷山古墳出土の金錯銘鉄剣。

そう、「ワカタケル鉄剣」です。

ここを訪れた目的の一つが、前年訪れた熊本の江田船山古墳とリンクしてだったのですが、遂に2ヶ所コンプリートしたので、次回、この両古墳の「ワカタケル鉄剣」に迫ってみたいと思います。

 

 

ちなみに。

江田船山古墳近くに移築民家を並べた「肥後民家村」がありましたが、埼玉古墳群にも移築民家がありました←

何と、両古墳の共通点は鉄剣だけではなかった!∑(゚Д゚)

 

 

そんなこんなで、次回に続きます。

 

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こんばんは‼

史跡巡りレポ行田編、本日は「埼玉」発祥の地、埼玉古墳群のレポ参りたいと思います☆

埼玉古墳群はワカタケル大王の名が刻まれた鉄剣出土の稲荷山古墳をはじめ、大型前方後円墳4基(稲荷山(120m)、二子山(138m)、鉄砲山(109m)、将軍山(90m))、中型前方後円墳4基(愛宕山(58m)、瓦塚(75m)、奥の山(70m)、中の山(79m))、大型円墳1基(丸墓山(105m))、方墳1基(戸場口山(42m))で構成されており、時期は大体5世紀後半(稲荷山)~7世紀半ば(戸場口山)と言われます。

 

とにかく埼玉に来たら絶対行っておきたい古墳群。

どの古墳も、訪れる価値ありでしたので、一つ一つご紹介してまいりたいと思います。

その前に古墳は複数あり、写真の容量も重たくなるため、「北エリア」と「南エリア」の2回に分けてレポをお送りいたします。

 

まずは、北エリアの古墳たちをご紹介してまいりたいと思います。

 

●丸墓山古墳●

直径が105mもある丸墓山古墳は、円墳の中では日本最大と言われております。

墳丘は埼玉古墳群の中で最も高く、19mもあります。

盛土量の多い古墳でして、出土した埴輪より6世紀後半のものと推定されております。

埋葬施設に至っては、今のところ確認されていないのだそうです。

登ってみましたが、この傾斜‼

なかなか急でしたね‼

墳頂は綺麗に整備されております。

忍城の戦いのレポでもご紹介いたしましたが、この丸墓山古墳は石田三成の陣地だったことでも知られます。

ここから忍城がよく見え、なかなかの絶景が広がります。

・・・絶景だった分、降りるのも怖かった・・・(笑)

 

●稲荷山古墳●

全長が120mある前方後円墳になります。

周囲には長方形の堀が中堤を挟んで二重に巡り、墳丘くびれ部と中堤には造出しが施されております。築造時期は5世紀後半と言われ、埼玉古墳群の中では最古のものとなります。

ちなみに前方部は昭和12(1937)年の土取り工事で失われた(!?)といいますが、平成16(2004)年に復元されております。

昭和48(1968)年の発掘調査では、後円部から二つの埋葬施設が発見されました。

中でも礫槨がよく残っており、多くの副葬品が出土しております。

 

さて、その副葬品の中に、例の有名な「ワカタケル鉄剣」があります。

ワカタケル鉄剣と言えば、以前熊本の江田船山古墳を訪れた際にもご紹介いたしておりますが、江田船山古墳&稲荷山古墳のワカタケル鉄剣についてはまた別記事でご紹介いたしたいと思います。

 

●将軍山古墳●

全長90mの前方後円墳になります。

明治27(1894)年に横穴式石室が発掘され、多くの副葬品が出土したといいます。

この石室には千葉県富津市付近で産出する「房州石」が用いられていることから、当時の関東地方の地域交流をうかがわせる重要な手がかりとなっております。

周りには長方形の堀が中堤を挟んで二重に巡り、後円部と中堤には造出しが見られることから、稲荷山古墳や二子山古墳と同じ形態をしております。

築造時期は出土品を元にすると6世紀後半と推定されているといいます。

 

●二子山古墳●

全長は138m、ご覧の通り結構大きな前方後円墳です。

かつて「武蔵国」の中では最大の古墳だといいます。

こちらも稲荷山・将軍山同様造出しと堀を持つ古墳です。

ただ、本格的な発掘調査が行われていないため、埋葬施設の形や大きさ、副葬品の内容など詳しいことは分かっていないのだといいます。

出土した埴輪などから、築造時期は6世紀初頭と推定されております。

 

今後の新発見に期待したい古墳になりますね‼

 

●愛宕山古墳●

駐車場から早速お出迎えしてくれる古墳が、こちらの愛宕山古墳になります。

埼玉古墳群の中では最も小ぶりな前方後円墳で、全長53mあります←(それでもでかい)。

築造時期は6世紀前半と推定されており、最小ではあるものの、他の前方後円墳同様、周囲に長方形の二重掘があることが分かっております。

墳丘内部は未調査なため、こちらも謎の残る古墳になります。

ただ出土した遺物には円筒埴輪をはじめ、人物・盾・大刀・蓋(きぬがさ)などの形象埴輪が出てきており、円筒埴輪に至っては高さが40㎝前後とほかの古墳のなかでもコンパクトサイズなのが特徴的だといいます。

 

お出迎えしてくれるのがこんなコンパクト古墳というところ、何となく癒されました←(何)

 

 

・・・ちなみに、現在大阪府堺市の百舌鳥古市古墳群が世界遺産を目指して頑張っておりますが、どうやら埼玉古墳群も頑張っている模様。

これはぜひ古墳の世界遺産登録目指して欲しいですね‼

 

 

ということで、南エリア編に続きます。

 

 

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こんにちは☆

本日はお休みでしたので、西郷南洲顕彰館で行われている『村田新八展』を観に行ってまいりました‼

・・・そもそも、西郷南洲顕彰館自体めっちゃくちゃ久しぶりに訪れます。

近場ほどry

西郷南洲顕彰館は西郷隆盛ら西南戦争で命を落とした薩軍2023人を祀る南洲墓地に隣接する資料館になります。

来年の大河ドラマが『西郷どん』に決定いたしましたが、彼の予習をするにはうってつけの場所です。

 

そんな西郷南洲顕彰館で・・・

村田新八展ーーーーー!!!!

₍₍ ◝('ω'◝) ⁾⁾ ₍₍ (◟'ω')◟ ⁾⁾

 

つ、ついに村田さんの時代がやってきましたか‼(違)

西郷の為なら流刑も下野も何のそのな村田どん何気に好きなので、こーれはさすがに嬉しかったですネ←

展示スペース自体そんなに多くなかったものの、大分充実している上展示物を網羅したリーフレットがありがたかったですね!

今なら、村田が岩倉使節団随行の際パリで新調したホワイトシャツや燕尾服、革製のレターケースや筆箱、会津戦争の際に佩刀していた脇差などが見れますよ!←

村田は身長が180cmと当時にしては大分高めであったといいますが、その伝説通り着用していた洋服も現代人サイズ。

お顔もなかなか美形なので、現代に生きておられたら普通にモテておられたかと(*´ω`*)

 

また、村田と言えばアコーディオンですが、今回の展示にアコーディオンは無かったです←

その代わり、

「桜島の有村温泉に半月ほど滞在してたよ、勢戸洋で大きなカツオ釣ったよ(超意訳)」

といった意味の村田直筆の掛け軸を見ることができ、思わずくすりと笑ってしまいました(笑)

さらに近親宛の書状には珍しいことに「新八・経満・花押」が添えられており、村田の几帳面さが全面推しされた筆跡も見られました。

 

とにかく村田ファン、西南戦争ファンには是非ともお勧めしたい企画展でしたネ‼

そして来年の大河では誰が村田どんを演じられるのかかなり気になるところです。

長身のイケメンお願いいたします←

最後に、隣接する南洲墓地に眠る村田どんに手を合わせてまいりました。

きっと、来年はこの墓地賑わうんだろうな・・・(´ω`)

村田どんに浸った後はそのまま天文館に繰り出し、割子そばを食べてまいりました(笑)

無性にそばが食べたかったのです←

『吹上庵』のそばは鹿児島ならではの黒豚そばも食べられるのでオススメですゾ☆

割子そばはお昼にぴったりのボリュームでした♪

 

村田新八展は1月2日(月)~3月26日(日)まで西郷南洲顕彰館にて開催されておりますので、お近くの方、また薩摩に史跡巡り予定の方、ぜひ☆

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