カラスに卵を奪われてみたり、自ら卵を捨ててみたり…。自然下での繁殖を目指し、新潟県佐渡市で進められてきた日本の特別天然記念物・トキの放鳥が奏功しない。放鳥から2年が経過してやっと卵を温めるまでにたどりつき、34年ぶりのひな誕生に期待が高まったが、障壁はことのほか高そうだ。まだ2組が樹上に営巣しているものの、今季の繁殖はほぼ難しいとの見方が大勢だ。佐渡市長がカラスの駆除に言及するように、カラスが悪者だったのか-。

 ■カラス再び

 5月21日。佐渡市の山中には自然下での34年ぶりのひな誕生を示す一瞬をレンズに収めようと、本紙をはじめ毎日、朝日、読売、共同通信、新潟日報、NHK、民放代表のカメラマンや記者ら20数人が午前4時すぎごろから集まっていた。

 巣は雄雌とも4歳という人間なら20歳代という適齢期ペアだ。産卵した4組のうち、失敗が分かった2組の雌が2歳(抱卵中は1歳)と若かっただけに、この4歳ペアには期待が集まっていた。

 そこに異変が起きた。これまで必ず、雄雌どちらかが巣に残って卵を温めていたというのに、午前5時24分、それまで卵を温めていた雌が巣を離れてしまったのだ。

 巣には卵が残されたまま。1時間、2時間と過ぎていく。不審に思った記者らが環境省の笹渕紘平自然保護官に「大丈夫なのか」と事情を聴いていたときだ。車の中でモニターに映し出される巣の様子をチェックしていた観察担当者が血相を変えて飛び出してきた。笹渕自然保護官は観察担当者と一緒に車に姿を消した。

 その理由はカラス。午前7時33分、1羽のカラスが卵をくわえて飛び去ったというのだ。その2分後にも、さらに1個が奪われてしまった。

 「カラスに卵を2個とられ、ヒナの孵化(ふか)はほぼなくなってしまった…」

 記者らに囲まれた笹渕自然保護官の表情は心なしか暗かった。

 ■カラスが原因?

 このペアが初めてではない。5月9日にも、雄4歳と雌2歳(抱卵時は1歳)のペアがカラスに卵をつつかれた後、卵を捨てた。

 10日には別の雄4歳と雌2歳(同)のペアがカラスに驚き、巣を離れたすきに卵を奪われてしまった。

 そこで一気に浮上したのが「カラス悪者説」だ。

 佐渡市の高野宏一市長は21日、「今年、トキの孵化が実現しないなら、駆除も含めてカラス対策を検討しないといけない」との考えを示した。

 9月に予定していた3次放鳥に向け、順化ケージで訓練中のトキ11羽が3月9日、テンに襲われて9羽が死に1羽が重傷を負った。

 テンはもともと佐渡にはいなかったが、畑を荒らす野ウサギ対策のため天敵として人が持ち込んだ外来種だ。木登り上手のテンの駆除の必要性も専門家の間から指摘された。

 しかし、テンについては反対の声が上がった。順化ケージでトキを襲ったとみられるテンがわなに捕獲されると、佐渡自然保護官事務所には「殺さないで」と同情する声が多数寄せられたという。ケージの中でクリッとした目をした愛らしいテンの姿が報道された影響とみられる。それに比べて、都会で残飯あさりの印象が強いカラスを味方する声はなかなか上がってこなかった。

 ■カラスも生態系の一部?

 「駆除しても、その空白地区にまた新たなカラスが来るだけ。意味があるとは思えない」

 カラス駆除にこう疑問を呈するのは、日本野鳥の会佐渡支部の土屋正起副支部長だ。

 佐渡市のカラスについて新潟県の委託を受けて過去に調査協力したことがある土屋副支部長によると、市内のカラスの数が増えているわけではないという。カラスもトキと同様、繁殖期を迎えている。縄張りからあぶれたカラスは群れで生活しており、あいた縄張りがあればその空白を埋める。

 笹渕自然保護官は「カラスのせいでトキの繁殖が失敗したというより、トキが巣をあけてしまったことに原因がある」と話す。卵が無精卵だったか、途中で発育をやめてしまった可能性も高い。成熟していると期待されていた4歳同士のペアとはいえ、雌は初の抱卵。人工飼育下でも孵化するのは3分の1程度であるため、カラスというより卵に問題があったという説は信憑(しんぴょう)性がある。そうであれば、カラスは巣を掃除したことになり、“自然の摂理”といえそうだ。

 カラスに驚かされて巣を離れたすきに別のカラスに卵を盗まれたペアは経験不足が要因とみられるが、一方的な“カラス悪者説”や“カラス駆除”には疑問符をつけざるをえない。

 土屋副支部長は「カラスの群れの近くで生活していれば、天敵であるタカの接近を教えてくれることもある。共存共栄。放鳥は2年前に始まったばかり。まだ慣れずにびくびくしており失敗もいたしかたない面もある」と静観の構えだ。

 ■ひな誕生…早とちり?

 34年ぶりの自然下でのトキのひな誕生とあって、報道は過熱した。まず、NHKが5月17日早朝のニュースで「鳥類の専門家が観察したところ、ひなの姿は確認できないものの、ひなが誕生した可能性もある」と報じる。

 理由は前日の新潟大学の専門家の観察。「雄が巣の上で立ったまま首を膨らませてくちばしを下に向け、餌をひなに与えるようなしぐさをした」というのだ。

 同じ話を根拠に「ひな誕生か」というニュースが流されていった。夕刊1面で報じる新聞もあった。

 しかし、トキの人工繁殖に携わっている複数の関係者は当初から「餌をあげるとき、親はひなを食べるがごとく覆いかぶさる。くちばしを閉じていることはありえない。エサは胃からはき出すため首がふくらむこともないのでは」と否定していた。

 新潟大学の専門家が親がひなに餌をやる「給餌」と見た行動は16日早朝。報道までに1日という時間があり、飼育関係者はすでに否定していたわけだが「ひな誕生か」という報道がなされた。地元だけだったが「ひなとおぼしきものが見えた」という報道もあった。

 4月24日が最初の「孵化予定日」。5月15日には期待が最も大きかった4歳ペアの予定日。そのたびに、カメラマンや記者が待機するものの、いずれも空振りに終わる。はやる気持ちが“ひな誕生報道”につながった。しかし、4歳ペアにひなは生まれていなかった。「報道が先走りすぎている」と笹渕自然保護官は苦虫を噛みつぶしたような表情を見せた。

 ■一番の敵は人か

 実は、トキの何よりの天敵としてあげられていたのが「人間」だ。

 写真を撮ろうと近づくと神経質なトキは驚いてせっかくのエサ場を放棄してしまう。そうなると、栄養が足らなくなり、パートナー探しも難しくなる。環境省の指導のもと、報道の撮影場所は数百メートル先からなど規制されていたが、今回も全く影響がなかったとは断言できない。

 3年前からトキの分散飼育を行っている多摩動物公園(東京都)によると、産卵が近づいたトキには、通常の約1・2~2倍の量の餌を与える。トキは自分が食べたものを胃から出してひなに与えるため、子育て中はひなの数にもよるが4~5倍に増えるという。

 杉田平三飼育員は「運動量が少ない飼育下でそれだけの量の餌が必要であるため、自然下では餌探しにさらにエネルギーを消費するため、もっとたくさんの量を食べなければならないかもしれない」と指摘する。

 人工飼育下では繁殖シーズン中同じペアが複数回、卵を産むという。ただ、それも栄養が足りてこそだ。餌が足りない時期には、安全な場所で餌をまくなどの措置をしてはどうかという声は根強い。

 ■佐渡に定着するか

 今年9月、雄11羽、雌10羽の計21羽を放鳥する計画だったが、テン襲撃で9羽を一気に失ってしまった。

 小沢鋭仁環境相はテン侵入を許した260カ所以上の穴やすき間の補修をすませ、専門家の意見を聞いた上で9月の放鳥を計画通り行うことに意欲的だ。

 国は平成27(2015)年までに60羽を佐渡に定着させるという計画を立てており、「自然下での繁殖」ということで餌を与えることに反対している。しかし餌が少ない時期、落ち着くまでに餌をまくなどの一定のサポートも一理あるように思う。

 もともと佐渡に定着していたトキを絶滅させたのは、テンでもカラスでもなく人だったのだから。

 (杉浦美香・社会部環境省担当)

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