これまで個人的なボランティアとして数回訪れましたが、議員団として訪れさせて頂くのはこれが初めてです。
ご多忙にも関わらず、南三陸町の遠藤副町長、震災復興事業推進課の方々に対応していただき、被災自治体としての今後、カウンターパートとして南三陸町へ職員の派遣が始まった南あわじ市の立場として今後何ができるのか等を意見交換しました。
遠藤副町長からは延べ600名を超える全国の自治体から職員派遣を受けて申し訳ない気持ちでいっぱいだとおっしゃられる一方で、「まだまだ職員が足らない」とは言い出しにくそうにしつつも、できることならとの趣旨の発言もありました。
このブログを読まれている自治体関係者の方で、もし「被災地への職員派遣は間に合っている」と思われる方がいるのであれば、是非その考えは改めていただきたいと思います。
南三陸町は今現在でも亡くなった方々の人数分を職員派遣により補われているだけであり、全くと言っていいいほど今後の復興事業推進に人材が足りていません。
そして、遠藤副町長のような行政を知り尽くしているベテランの方からすれば他の自治体も整理統合の時代で余っている職員がいないと知っているだけに被災地からは思い切った要請がしにくい状況なのだと推察します。
南三陸町に限った話ではありませんが、今の被災自治体は国の予算がついても圧倒的に復興事業に携わる現場の職員が足りない状況に陥りつつあります。
是非、それぞれの自治体でも話題に上げていただきたく思います。
政府の「復興庁」の対応についてもお聞きしました。
窓口がワンストップとなり、被災地からの要望事項の「査定」をされ、ビシバシ却下されるとか。おまけに「これから国民に消費税増税をお願いしなければならない時なので、そのような事業はいくら被災地と言えどももっと精査してからきなさい」と言われたそうです。
私がその場にいれば机をひっくり返したい気分です。
移動途中、以前に漁業支援でお世話になったボランティアの方々にも再会できました。
被災地にはもうすぐ一年を迎えるという空気もそれとなく感じつつも、「1年」を静かに迎えようとしている方、一つの区切りにしようと考えている方、まだまだこれからだと気を引き締め直している方、数名の方とお話しさせていただいただけですが捉え方はそれぞれでした。
なかでも「一年経っても何も進んでいない!」という声がある一方で、「一年間頑張ってはみたけれど・・・」という声もあることに、なんとも言えない心境になります。
特にボランティアに携わっている方々の言葉の端々から聞いて取れた疲労の言葉が今でも頭から離れません。
「遅すぎる行政」とは言われつつも、行政の利点である「地味に継続できる行政」が今こそ必要とされていると感じました。
南三陸町は毎年約80億円(土木費に限っては5億円程度)の支出をしてきた自治体でしたが、集団移住を含めて今後五カ年で2600億円の復興事業を見込んでいるとのこと。
翌日は「釜石の奇跡」で有名となった釜石市の鵜住居地区へ。浸水した校舎はすべて解体されるようです。一年経ってこのような状態とはある程度想像はしていましたが、やはりやりきれない思いになります。
宮古市田老地区。粉々になった堤防の傍らで、漁業関係施設の工事が始まっていました。
街の機能すべて(住居・職場・店舗・公的施設)を失われたそれぞれの沿岸地域は復旧作業と復興計画策定が同時に進められているようですが、難航を極めているのは誰の目にも明らかです。
「1年」という時間とはどういうものなのか、そんな事も考えさせる余地のない光景が延々と続いています。
時とともに個々の支援に限界も見え隠れしつつある今、やはり遠方の行政も、今一度立ち上がるべきではないかと強く感じています。

















