どうも、こんにちは。
うー。生理前かな。胃腸かな。ここんとこ、非常にお腹が痛いよう。
一部の方々へなんですけど、本当にすみません。
5日(金)6日(土)と、あまりにつらいので急遽プラウディアお休みにしてもらいました。
前もって「飲みに行くね」と私に言ってくださっていた親愛なる数人の殿方には、
「来たのに居ない」とか申し訳ないので謝罪の旨だけ個人的にお伝えしましたが、
その方々以外、誰とも連絡をとっておりません。正直メールがたまりまくってます。ごめんなさい。
「ブログ更新する暇があったら、コールバックなり返信なりしろよ」
っていう話なんですけどね・・・とまらなくなっちゃうんで。何かと。色々と。本当すみません。
そうそう。
「おまえ、病んでないか?長文書くときや更新多いときは病んでるじゃん」
って、ここ最近、数人の紳士に言われました。
んー。困った。
更新しなきゃしないで心配されるし、頻繁に更新したらしたで心配されるという、何とも恐縮な現実が。
いつもご心配をおかけしてすみません。
ありがとう、大丈夫。体調は芳しくないんだけど、心はすごく元気。
むしろ心が最近やる気出ちゃって、ちょっと無理して体調崩したかな、という感じなんですよ。
相変わらず後先を考える能力に乏しい面があって。「やりたい!これやる!それもやる!」みたいな。
直さなきゃなあ、これ。まあいいや。昔だったら仕事へ行っていたけど今日は休むから。ちょっと成長。うん。
最近「心に残った言葉シリーズ」連荘なんですけど・・・
Tさんという紳士の言葉で、ひとつ、印象深いものがあって。
今日はちょっと、それを書いてもよろしいでしょうか。
「あのね、○○さん(←某作家さん)が本にね、“九割のものはお金で買える”って書いていたんだよ。
俺、若い頃それ見て少しショックだった記憶があるんだ。えええ、世の中やっぱ金かよ、ってさ」
んー。九割。どうなんだろう。「愛はお金じゃ買えない」ってよく言うけど、どうなんでしょうね。
「でもさ、お金で買えるものは、たしかにすごく多いよね。きっと、大抵のものは買えるんじゃないかな。
お金がなくなると、人間、心の余裕がなくなるしね・・・やっぱ、お金の力は大きいと思う」
・・・お金がなくなると、心の余裕がなくなる。全員が全員じゃないだろうけど、そんなような気もしますよね。
私も昔、キャバクラを始める前に極貧だったことがあって(だからキャバクラで働き始めたんですけど)、
それこそ「電気のつけっぱなし」とかで大喧嘩しましたよね。お互いの若さもありましたけど。懐かしいわー。
「もちろん貧乏でも幸せに暮らしている人はいくらでもいると思うけど・・・
お金の余裕のある夫婦ってさ、見ていると長続きしている率が高いんだよね。
旦那さんが頻繁に飲みに行っていても、彼女や愛人が居ても、何であっても、さ」
なるほど。お金や名誉があっても、浮気とかで離婚する芸能人は結構居ますけど、
それはニュースになるからであって、普通ならたしかにそんな気も・・・でも私の感覚は怪しいかもしれません。
「人間データ」がかなり偏っていると思うんで。それこそ「彼女や愛人が居ても」みたいな既婚者が、
ハナからそんな殿方の居る率が決して低くない場所だと思うんですよ、私の今居る職場って。まあいいか。
「俺、思うんだよ。夫婦で何十年とか一緒に居たら、ずっとお互いに大好き大好き・・・ってのも、
滅多にないだろうし、トラブルって多少はいつか絶対あると思うの。
たとえば、分かりやすく・・・んーと、旦那さんが浮気するとするじゃん?
お金があったらさ、欲しかったあのバッグ買ってよとか、
どっかイイところへ旅行に連れて行ってもらったりとかさ、女がそこで発散できるじゃん。
お金がないと、女がその手の発散もできないよね。
むしろ私はこんだけ切り詰めてきたのに、一生懸命あなたのために、とか、なっちゃったりするよね」
ううむ、なるほどう・・・。言われてみれば、そこらへんの違いって、あるかもしれません。
高いバッグを買ってもらったりとかでコロッと簡単に世の女性が浮気を許せるかどうかは別として、
ただ何かストレスを発散できる具体的な「イイモノ」をプレゼントされたら、それは無いより遥かにイイだろうし、
大抵のそゆ「イイモノ」はお金で買えますしね。たしかに少し、女性の心持ちが違うかもしれないっす。うん。
「まあ、田舎でのんびりと・・・お金なんか使わなくても仲良く、ってのが、俺は一番幸せだと思うけどね」
・・・そう言ってTさんは、残りの鮭のバター焼きを、自分の口へ放り込んだ。
なんかTさんの話を聞いて、「お金って何だろう」と考えましたよね。私。
実は以前から、ちょっとお金関連で考えていたことがあるんですよ。
まだ答えが出ていなくて。よかったら聞いて欲しいんです。奥様。
ただ、わりと具体的な「キャバクラでのお金の話」になってしまうんで、
もしも気分を害されるかたがいらっしゃいましたら、ごめんなさい。
あのね、ある尊敬している女の子のひとりが昔、こう言っていたんです。
私は「全てのお客さんに平等なの」というスタンスで接客をしているよ、と。
すごく某キャバクラで人気のある娘なんです。
「客単価」以上に「客数」がすごく多いタイプです。彼女も。
「平等」って、好い言葉ですよね。
だから、「お金がないから・・・」って言われても態度を急に冷たくしたりとか、私はしないよ、と。
ただそのかわり、「俺はこんだけしてやってんだから優遇しろ」とかにも、応じないよ、と。
皆様はどう思いますか、コレ。
「平等営業」、と勝手に名づけてもいいでしょうか。
分け隔てなく、ひいきなく。だからその娘には、沢山の笑顔のお客さんが居ました。
お客さん同士が仲良い、とかもよくあったみたいです。彼女は本当に素敵な女性です。
ただ、私は・・・
昔は「お客さんみんな平等」って、素敵だと思いました。
今は、実際それは美徳なんだろうかと、ちょっと悩んでいます。
たとえば、ですよ。
こんな話もアレですけど、同じ頻度で使うお金が、
5万円のお客さんと、50万円のお客さんが、居るとするじゃないですか。
「どっちも同じように、ひいきなく、差別なく。同じくらいのサービスで。平等だから。」
これ聞いたら、5万円のお客さんは、嬉しいですよね。
でも、50万円のお客さんにとっては、どうなんでしょうか。
これがまた切ないことに、得てして50万円のお客さんのほうが、
「俺はこんだけしてやってんだから優遇しろ」的なことを言わない人率、が高いんですよね。経験上。
今これをご覧になっている皆様なら、どうしますか。
「自分を指名して使ってくれる金額」でお客さんを差別をしますか、しませんか。純粋に。
「差別」っていうと聞こえが悪いですね。でも極論、差別と言えば差別なんじゃないでしょうか。
ただ、「使ってくれる金額が安い人には罵ったり冷たくしたり明らかに態度を変えたりするか否か」とか、
勿論そゆ意味ではありません。
たとえば、5万円のお客さんと50万円のお客さんに同時に何かを頼まれて、
都合上どっちかしか応じられない場合、他条件が大差ないなら、どちらへ応じますか、とか。
「連絡しなきゃいけない人」が沢山居て、とても一日では処理しきれない場合、どこから手をつけますか、とか。
ついでに、もしもそこで50万円のお客さんを優先したならば、
その人は「金で人への態度を変えるあさましい奴だ」と言われてしまうのでしょうか、みたいな。
メールの返信とかも、似たような疑問があるかも。
数がある場合、「平等に、順番に」が好いんでしょうか。
それとも、「よく飲みに来てくれている順」「お世話になっている順」のほうが好いんでしょうか。
ちなみに、返信を催促する人と、しない人が居ますよね。
皆様の周りにも居ませんか、どちらの人も。
何事も催促は、諸々の事情により「我慢が出来ないから」、相手に言うんだと私は思っているんですけれども・・・
「我慢が出来ないくらい欲してくれているんだろうから催促する人優先」、
ってのもおかしいような気がするんです。なんだか「ガタくれたもん勝ち」みたいじゃないですか。それじゃ。
・・・昔もえはうすの従業員待遇を考えたときに思ったんですよね。「真面目な人間が損するカタチは駄目だ」と。
たとえば「待遇に不満を言った者から給料を上げる」、とかおかしいじゃないですか。完全に。
私自身もそうなんですが、「どうでもいいから放置、黙っている」とは限りませんよね。人間。
「どうでもよくないけど相手の都合を考えて我慢する」って場合もあると思うんです。私それ結構好きです。
とか言いつつ、アレですよ。
こんなん「おまえ水商売8年目で何を今更ひとに訊いてんだ、自分で考えろよバカ」
って怒られそうな話だと思うんで・・・
「私どうしたらいい?ねえ、お金ってナニ?優先順位ってナニ?平等ってナニ?分からないわ!!」
って今日これから声を大にして言いたいわけでも、ないんですよ。別に。
ただ、私以外のひとの見方はどうなのかな、と。
マジョリティは?んー、他の人はどう思うんだろう、みたいな。どうでもいい呟きです。
そう、たとえば、誰かがね、
「日々感謝、周りのお世話になっている人に、なるべく恩返しをしたい」と、言ったとするじゃないですか。
「そうだね、これはイイことだね」って大抵のひとが思いますよね。
そのときに、ついでにその人が、こう言ったとするじゃないですか。
「みーんな大事だけど、自分の力にも限りがあるから、
特にいつもすごくお世話になっている人に真っ先に、なるべく多く恩を返したい」
「人類皆兄弟と言えど、周りの全員に満遍なく、極近しいひともあまり喋ったことのないひとも全く平等に手厚く、
っていうのはさすがに無理だから、まずは極近しいひとから、いつもよくしてくれているひとから・・・」
これも、別に変じゃないと思うんですよね。
どうしても人間である限り、体はひとつだしエネルギーにも限界があるから、
優先順位も出てきちゃうような気がするんです。
「知らねえヤツにはいいや気を遣わないでおこう、どうでもいいし」とかじゃないんだけど、
率先して恩返しをするときの優先順位は、なるべく「日頃お世話になっている順」かな、みたいな。
「ああそうか、そうだよね」って私は思うんですけど、どうなんでしょうか。
でもね、そこに「お金を払うこと」が絡むと、なんだか急に、
一般的には「微妙にあさましいイメージ」になるような気がするんですよ。
変な言い方をすれば、「女性が殿方へ対応をよくしたとき」に、
「性格がイイ」とか「外見がカッコイイ」とかを理由にしたときよりも、
なんかこう、「お金関連」だと一線を画してダークな感じに。気のせいでしょうか。
ここで、さっきの「5万円のお客さんと50万円のお客さん」の例え話に戻りますが・・・
キャバクラで働いていて「お客さんに恩返しをしたい」と思った場合、
「お世話になっている順」って・・・「長年通ってくれている」とかでも何でも、正直ある程度の額が嵩むわけで、
ぶっちゃけ「使ってくれたお金の額」との関係は、決して無関係ではないですよね。
女の子のもらうお給料は、女の子ひとりひとりの生活費は、
他でもない「お客さんの払ってくれたお金」から、生まれているわけですし。
沢山払ってくれた人は、それだけ沢山お給料に貢献していることは事実であって。
そりゃお世話になっていますよね。ね。
でも、「だから」50万円のお客さんを優遇したりすると、5万円のお客さんは、
「じゃあオマエは金なのか、金で態度を変えるのか、所詮金持ちが良いのか」
ってなっちゃったりもしませんか。たまに。(←万人じゃないですよ勿論)
それはそれで、分かるんです。てか額じゃなくて気持ちだろ、と。
払えるなら払ってるよ、仕方ないじゃんか・・と私だって思うかも。
そもそも、50万円のお客さんにとっての50万は、5万円のお客さんにとっての5万かもしれませんし。
って、「50万円のお客さんは金銭的に痛くないんだろうから別に50万円払ってもらっても有難くない」とか、
決してそゆ意味じゃないんですけど、「その場で払ったお金への本人的な重さ」は、もしかしたら多々、
5万円のお客さんのほうが大きいこともあるかもしれませんよね。
しかし、もしも「本人的な重さ」が違ったとしても、いやむしろ「違うからこそ」かもしれませんが、
たとえば文句のひとつも言わずに大金を使ってくれるひとを「ラクだからいいや」って放っておいて、
あんまり来なくて文句を言うひとや色々細かく求めてくる人によくする、ってことは、大抵の娘はしませんよね。
もちろん「俺なんか二の次三の次でいいから」「良いお客さんに良くしてあげて」って言う、
5万円のお客さんも世の中に少なくないですし、人それぞれですけど。
んー。難しいなあ、キャバクラって。
そりゃ不景気だろうし、5万円のお客さんと50万円のお客さん、
どっちが人口的に多いかって言ったら、圧倒的に5万円のお客さんじゃないですか。
だから、「5万円のお客さんに優しい考え方」をマジョリティにしたほうが、
万人へ発信した場合、嫌悪感を抱かれるリスクが少ないんじゃないかと思うんです。
でも、自分がいざ50万円のお客さんになったなら、「みんな平等よ」って言われて、
「5万円と全く同じであること」が嬉しいかって言ったら、別に嬉しくないと思うんです。
かといって腹立ちもしないかもしれませんが。分かんないけど。んー。
何て言えばいいんだろう。
「5万円と50万円を一緒にすると、50万円のお客さんに失礼になるのではないか」
っていう考え方は、5万円のお客さんに失礼か否か、みたいな。
「金で優先度を変える女」or「万人に平等な女」って書くと、
どう考えても「万人に平等な女」のほうが美しいような気がするのだけど、
果たして「その平等さ」は、本当に接客業として心がけねばならぬ「万人に喜ばれるもの」なのか否か、
てか「万人」というくくりの中に50万円のお客さんは含むのか否か、もしも「喜ばないだろうから含まない」のなら、
そもそも「万人」って言葉の定義は何だ、でも大抵の人の「万人」は「自分」のことだったりして、みたいな。
その前に、そこでマジョリティを求めることが、おかしいのか。
自分的な方針の答えは、出ているんですよね。実は。
うん。
とある尊敬している素敵な大先輩に、言われた言葉があるんです。
「考えるな、感じろ」と。
自分は、お客様に「あれを話そう、これを話そう」と思ったことはない、と。
計算して、戦略を立ててってより、感じたままに振舞ってるアンタのほうが魅力的だよ、と。
笑顔には凄い力があるんだよ、と。
そう?そうなの?みたいな。影響されやすくて単純なんで私。
それ以来、接客中に、見事に何も考えてませんよね。何にも。
あまりにも考えな過ぎて最近どうかと思うんですけど、話しているときにあれこれ考えていない分だけ、
お客さん達の「素敵だなあ」と思うところが心に強く残るんですよ。(←残る残らないの明確な基準は不明ですよ)
最近いくつか書いている「心に残った言葉」も、そうなんです。
なんか、ピンポイントで残る。自分の中にダイレクトに入る。気がする。
だから、「この人によくしよう」とか「この人はよくしない」とかも、いちいち一所懸命考えることはなくて。
でも、「計算とか戦略とか考えていないから万人へ平等よ」じゃないんですよね。間違いなく。
私は「みんなに平等よ」って言えないと思う。だって、きっと、平等にはなっていないもの。
自分がイイと思ったらイイし、嫌なモンは嫌だから・・・
「結果的に私の対応・反応が良い悪い」は多々生まれている。はず。
そうそう、「葉。
」で、「光合成をしたい」みたいなことを書いてしまったからでしょうか。
「おまえが葉?はあ?笑わせんなよ、俺は全然癒してもらっていないし、だいたい返信もないし」
っていう内容のメールを、ちらほら貰うんですよ。主に疎遠なお客様から。いや、「主に」じゃないわ。
ぶっちゃけ「滅多に来ない人」「最近全然来ない人」オンリー。
それって、もしかしたら私が無意識に、「滅多に来ないから」「最近全然来ないから」、
他のお客さんを優先にしてしまっていて、そのぶんレスポンス頻度が低くなっていたりとか・・・
何らかのカタチで対応を変えているっていうことかもしれませんよね。
んー。怖いなあ。
本心で私はどう思っているんだろう。
てかそゆ場合、お客さんには何て言ったらいいんだろう。
私自身の力にも限りがあるから、「周りの全ての人にとって最高の癒しの存在」になることは、
確実に無理があると思うんです。全力で頑張って、一人とか二人とかが精一杯かもしれません。
ただ、みんな癒しは欲しいだろうし、何らかの理由であまり他から癒しを得られない人は、
ここに「癒したいんだぁ」って公言しているメスブタが居れば、そりゃちょっとだけでも期待するわけで。
それは悪いことじゃないし、むしろいいことだと思う。
されど、
「俺の使った金や労力がどうであれオマエは俺を癒してくれるんだろ?なあ?」
ってスタンスで来られると、どうしたらいいか分からなくなる。
そゆときは、先ほどの「平等営業」のほうがスジが通るような気がする。
「お客様は神様だ」ってよく耳にするけど、別にお客様じゃなくても、
「とりあえずみんな笑顔だったらいいよね」って、私は思うんです。
「笑顔に加担できるんだったら、もっといいな」って。
でも、くどいけど、限界があるんですよね。
「加担を欲している人」と「加担したいと思う人」と「加担したら得するであろう人」は、
全てイコールじゃなかったりして。必ずしも比例しない気が。
「欲している人」と「得するであろう人」は何となく考えたら分かるかもしれないけど、
じゃあ私が「したい人」って何だ、と。「したい」って強く思うときと思わないときの差は何だ、みたいな。
日頃が感覚のままだから、自分で分かっていないんですよ。
そこで「平等ってなんだ?」「平等は本当に美徳か?」「万人に喜ばれるってなんだ?万人ってなに?」
っていう、よく分かんない疑問が生まれちゃったわけなんですけど。んー。
「自分がネガティブになると、他人の言動もネガティブに捉えがちになる」っていう話があるじゃないですか。
たしかに、落ち込んでいる人のほうが「怒りだす地雷」が多いんですよ、経験上。
同じことを言っても、相手によって、喜ばれたり悲しまれたりしますよね。難しいなあ。
・・・あれっ。オチを考えていなかったわ。どうしよう。
まあ、お金の話から「平等って何だろうねー」って感じで、特に結論は無くて。
案の定「深く考えず垂れ流し」なんで、また「何が言いたいか分からない感」が満載で。
どうでしょうか。いいでしょうか。そんなんで。まとまんないまんま書いちゃってすみません。
いやー。でも最近また、どうでもいいこと書けるようになったなー。嬉しいなー。超自己満足。
極度に落ち込んでいたりすると、お知らせ的なものはわりと簡単に書けても、
「思ったこと」「悩んでいること」みたいなのは書きづらいんですよね。
だって、何か言われたら、立ち直れないじゃないですか。自分が辛い状態だと。
あああっ。トイレットペーパーの話を書きそびれたー。書きたかったー。
・・・いいや。また近々、ということで。
ちょっと腹痛が治るまで、ごろごろしてみます。
腹痛の酷さによる吐き気、とか何だろうこれ。すげえ腹がつらい。変なもの食べたかしら。
気持ちは元気ありあまっているのが悔しいわ。ぬー。おそといきたい。いや、ごろごろせねば。
では☆