2009年06月17日(水)

写真です。

テーマ:2009年に書いた記事

どうもこんばんは。


★現役キャバ嬢雀荘経営者の愚論理哲学論考★


日本熊森協会基金チャリティー麻雀大会のときの、お写真を頂戴しました。


★現役キャバ嬢雀荘経営者の愚論理哲学論考★


他のお客様がたは顔出し云々の差し支えがもしかしたらあるかもしれないので、

とりあえず私の写真を一枚だけ貼らせてくださいな。


これね、まだちょっとお腹が痛くて、無意識にお腹に手を当ててしまっていたみたいなんですが・・・

後ろに立っている斉藤真史プロの「んん!?」って感じの険しいお顔が、個人的に非常に好きで。

すすすすみません、やややっぱ私、打牌おかしいかしら、みたいな。あー。


だいぶ元気になってきたのと、用事が3件ほどあったのと、で、

昨日は久しぶりに歌舞伎町へ行ってきました。


特にお仕事はしておりません。

仲いい女の子や、お世話になった方々に会いました。

★現役キャバ嬢雀荘経営者の愚論理哲学論考★ ★現役キャバ嬢雀荘経営者の愚論理哲学論考★

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だいぶ久しぶりに、プリクラなるものを撮りました。


自らプリクラを撮ろうと言わなくなったあたりが、

「なんだか私も歳くったなあ」なんて思ったりするんですが。


はしゃぎましたー。


個人的には、5枚目の鉛筆と消しゴムのヤツの、

るいちゃんのセクシーな御御足と私の色気の欠片もないガニマタに注目していただきたいわ。


・・・なーんてね。はは。


るいちゃん、ありがとう。

今年23歳っすよ彼女。ホント可愛い。オトナだし。


幸せだよなー私、と思いつつ。


また書きますねー。

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2009年06月15日(月)

熊森ありがとうとメールアドレス。

テーマ:2009年に書いた記事

どうもこんばんは!


昨日の日本熊森協会基金チャリティー麻雀大会、おかげさまでめちゃくちゃ楽しかったです!

来てくれた方々、本当にどうもありがとー!


ちゃっかり大好きなカフェパのチェリーを持って帰らせてもらいました。

うわあい!飲んじゃうぞコノヤロウ☆(←またテンション高めっぽいです)


そうそう、携帯のメールフォルダが絶望的なことになっているなと思いつつ、

しばらく恐縮しながらも無対策だったのでこれは何とかせねばとずっと思っていて・・・


ようやく、ひとつ対策をしてみました。本当に遅くなってすみません。


以前からお客さんがたにアドバイスをもらっていたんですよ。

「メール大変なら、携帯の返信もパソコンから打てばいいじゃん」って。


でも私、パソコンからのメールって聞くと、どうも、

もえはうすを始めたばっかりの頃で今までパソコンを触ったこともなくて一文字打つのも時間かかって・・・

っていう状態で業者さんやブログ読者様へ一つひとつ超時間かかりながら返信をしていた頃の記憶が色濃くて、


勝手に「すごく逆に大変」っぽいイメージがあったんですけど・・・

ちょっとだけやってみたら、そんなことないですね。バカだなあ、もっと早くやればよかった。

教えてくれたお客さんがた、どうもありがとう。心から。


まだまだブラインドタッチは出来ないんですけど、それでもパソコンなら携帯から打つよりは早いし、

携帯と違って打っている途中の受信や着信も全く問題ないし、なんて快適。ああ。


そんなこんなで、最近はごく近しい友人・知人のみ、パソコンからもメールを打たせてもらっております。

極一部の方々へ、ご勘弁くだされば、ということで。プライベート用PCアドレスで。よろしくどうぞ。


実は去年の11月に一度似たような対策を試みてとりあえずドメインをichinosemoe.comでとったんですけど、

すうぱあ機械音痴のわたくしめには、どうもうまくいかなくて。ダメで。


「うわー!送信はできるのに受信は出来ないよう!なんでだようバカヤロウ(-ω-`;。)」

「あああああ!また戻ってきちゃったよ!あああああ(* ノωノ)」


みたいな。


三日坊主の傾向が多分にある私は、今年の11月まで一年分ドメイン料を払ってあるにも拘らず、

そのまま放置状態で。新しいパソコンにも、今まで愛用していたbeckyすら未だインストールせずで。


完全にダメ人間で。マジでもう。罵ってください私を。本当に。


で、このお休みをもらっている間に無事、

becky2インストール&迷惑メール対策等のカスタマイズ&アドレス取得、できました。

わああい!やったよう!私にも出来たよう!ひゃっほう!!(←マジ涙流す勢いで嬉しいんです)


なんとかひとりで調べてhotmailもbecky2で送受信出来るようになりました。

なんだあ、やれば多少は出来るじゃん私、みたいな。(←ほんと初歩的ですみません)


そんなわけで、また心置きなく読者様とメールが出来るぜ!てかしたいよう!ということで。


よろしければ、ご意見ご感想やご要望やクレームやお悩み相談やコメント欄に書きづらいことなど、

もし何かありましたら是非、こちらへお気軽にメールをくださると嬉しいです。


info@ichinosemoe.com


うわああああ!しばらくプラウディアへ行っていないと、鬱憤がたまるよう!

仕事したいよう。今すぐ行きたいよう。あうあう。この鬱憤を(木)(金)まで、ためておくということで。


だいぶ元気になりました。


何かと色々、これからも宜しくお願いいたします。


ではまた☆

2009年06月13日(土)

アスパラ食べて明日ぱらだいす。

テーマ:2009年に書いた記事

「拾い食いはしたらアカンよお腹壊すでェ」


gくんという殿方から、先日、突然そんなメールを頂戴した。
どうやら、「腹痛だ」と書いた私のブログを、読んでくれているようである。


数ヶ月ぶりにgくんが連絡をくれたことに、私はひどく驚いて、すぐに電話を掛けてしまった。

すごい。どんくらいぶりだろう。とりあえず、あけましておめでとう。


彼は仕事上いろいろあったみたいで、最近まで、いわゆる「塀の中」に居た。
塀の中だ、という噂だけは聞いていた。そうか、出てきたのか。


・・・大変だったね、最近どうよ、元気なのかい。


ちょっと電話で話したところ、彼は、以前より40kgも痩せた、と言う。
前が多少ぽっちゃりしていたとはいえ、40kg減は尋常じゃないだろう。


最近ゆるやかに4kg痩せて、「ジム通いの甲斐があった!ひゃっほう!」と、

何だかぬか喜びしている私の、10倍だし。うーむ。


一時期話題になった「かわいがり」のようなものを受けました、かなり痩せました、
という話も「塀の中経験」のある人々からたまに聞くので、
「もしかしたら彼も、そんな感じのつらい目にあったのかな」、と最初は思った。


でも、違った。


・・・「看守」って言っていいのだろうか。
塀の中の人々のお世話をする警部補、とかのことを。
私には言い方がよく分からないから、「看守」ということにする。


gくんは、看守に恋をしたそうだ。


いや、「したそうだ」じゃない。「している」そうだ、今も。


塀の中では、同じ部屋の人々や看守との、携帯電話番号交換などが禁止されている。
出てきた後のストーカー問題や怨恨での事件などを防ぐためだろう。


だからgくんは、看守の女性に、惚れてしまった警部補に、
今はもう、基本的には会う術がない。


「叶わぬ恋だって分かってるんだけど・・・忘れらんなくて、色々考えちゃってさ。
ははは・・・野島伸司脚本のドラマじゃねぇんだから、なあ。バカだよな俺」


バカだとは思わないけど、出てきたわけだし、もう簡単には逢えないよね。きっと。


・・・でも、忘れなんないんでしょ?
そゆのって、「ダメだ忘れなきゃ」って思えば思うほど、逆に気持ちが強くなったりしない?


「そう!そうなんだよ、そのとーりなんだよ・・・」


そっかあ・・・。まあ私が下手なことはいえないけどさ、感情って、
あんま抑圧しようとすると、時として逆効果だったりする、よね。


どうせ忘れらんないんだったら・・・ひとりで悩んでいるよりは、さ。


なんか、逢える術はないの?一目でも逢えたら・・・逆に盛り上がっちゃうかもしれないけど、
もしかしたら、いい意味で気持ちの整理がつくかもしれないよね。どうなんだろう。


「あー・・・出てくる日に、最後の日に、“いつでも遊びにおいでね”とか、
 “就職決まったら、報告しに来なさいよ”とか、言ってくれたんだけどね・・・しかも、涙ぐんで、だよ。

 もうなんか、前から好きだったんだけどさ、そんな顔されたら、忘れられなくなっちゃってさ・・・」


そうなんだ。素敵な女性だね、きっと。


てか、遊びにおいでって言ってくれたんでしょ?
行けばいいじゃんか、遊びに。それこそ就職決まったよーとか言ってさ。


「いやいやいや、遊びにおいで、って言ってもさ、そんな社交辞令・・・」


いいじゃん、社交辞令でも。
行って追い返されたら、帰ってくればいいんだし。


何なら私、一緒に行くよ?


「えっマジで・・・?おまえ一緒に行って、どうすんだよ」


えっ、友達ですー!みたいな。ダメっすか。


「ダメだろ!てかおまえ、俺の好きな人を見てみたいだけだろ!(笑)」


あっ、ちょっとそれもある。うそうそ。


まあ職業柄、ストーカーとか敏感だろうし、
あんまり変に思われるといけないかもしんないから・・・


お茶菓子とか持っていってさ、
「ほんとお世話になりました、じゃ」って爽やかに退散するとか、さ。どうかしら。


「あー・・・近くを通ったから寄りました、みたいな感じとか?」


そうそう。いいじゃん、それ。
どうせ忘れらんないんだったら、一目でも逢えたほうがよくない?


ひとりで「もう逢えない」ってずっと悩んで痩せ続けるよりは、
ちょっとだけでも何か行動したほうが、逆にスッキリすることもあるかもしんないし。


って、こんな、のせちゃっていいのかしら私。分かんないけど。


「でもさあ、やっぱ、行けねえよ・・・だって、むこうは俺の気持ち、知ってんだぜ?」


マジっすか。なんで?なんで知っちゃったの。


「いやー・・・俺もさ、最後の日までに勝負掛けようと思ってたからさ・・・
この中に好きな人が居るとか、徐々に周りに言ったりしてたんだよなー・・・」


なるほど。「まわりから固めよう作戦」的な。いいじゃないすか。


「で、gの好きな人、誰?誰?みたいな感じで・・・
 だんだん、みんな、盛り上がってきちゃってさ。
 最後の日に、その、好きな人がね、俺に訊いてきたんだよ。結局好きな人、誰だったのって」


ほほう。なんかドキドキするね。


「アイツ、酷いんだぜ。なんつったと思う?
 “好きな人って、誰なの?てか私でしょ?”って(笑)」


あー。言う前に言われちゃった感じで。
おちゃめな女性ですな。ちなみにそれ、何て答えたの。


「あー・・・もうねー・・・。“あ・・・は、はい。”しか、言えないよね」


そりゃそうだ。・・・頑張ったね。


「てか私でしょ、とか、本当ひでえよなー・・・」


うん、いろんな意味で、きっと素敵な女性なんだろうね。


ところで、ちょっと訊いてもいいかしら。


「なに?いいよ」


こんな言い方も確実にどうかと思うけどさ、
そこに居たのって、ぶっちゃけ、いわゆる「囚人達と少数の警部補」なわけでしょ?


「好きな人が居る」「誰?誰?」って・・・なんか中学生の修学旅行の夜みたいな、
「○○くんでしょー!」「キャー!」みたいな、そゆとこの生活って、そんな楽しそうなノリなの?


「ああ、周り全員女だったからね・・・なんか、そんなノリだったよ。
あんなに女性に囲まれるのは、人生最初で最後かも。あ、キャバクラ以外で、な(笑)」


何言ってんのう。最初で最後ってことは、ないでしょうに。
でも、周りが全員女性なら、たしかに姦しくなるのかもね。


てか、女性ばっかり、だったんだねー。へえ。


「うん、他んとこはどうなのか分かんないけど・・・
 少なくとも、俺が行ったところは、同性ばっかりだったよ。
 まあ看守には男も、たまには一人二人居たけど・・・基本的には女ばっかりだったね」


あ、そっか。


セクハラとかレイプとか諸々の可能性も考えると・・・
たしかに、部屋割りはそのほうがいいんだろうね。そうだよね。


でも、どうなのそれ。


「そうなんだよー。いやー、もう俺、超幸せだったー!マジで」


・・・そんなこんなで、もうしばらく雑談をしてから、gくんとの電話を切った。






ハイ!変な時間ですけど、変に起きました。

どうもこんばんは。いや、おはようございます。へへへい。


察しのいいかたは、お分かりかな、と思うんですけれども・・・

そう、gくんは戸籍上、女性なんです。


見た目も中身も完全に男性だし、ギャグとかすんごい冴えてるし、

私にとっては心から「面白い殿方」「気のいい男友達」で。


友達として彼の恋は勿論うまくいって欲しいと思うんだけど、うーん・・・

そりゃ、彼自身も色々考えちゃうよなー・・・そうだよなー・・・と、思いつつ。


もしもあるならば・・・私に出来ることは何だろう。

40kgも痩せた彼は、なんだか見ていられない。


でも、んんー・・・。

私は彼に、何て言ったら、よかったんだろう。


・・・考えちゃうなー。

きっと私が考えてもしょうがないんだけど、考えちゃうよね。これ。


変な意味じゃなくて、私は大好きだし、gくん。心から。


そうそう。


この流れでこんな話もアレなんですが、そういえば皆様は、

「生まれ持った体が女性で、外見も心も男性のひと」を、なんて表現しますか。


「おなべ」でしょうか。何でしょうか。


・・・実は私ね、「おかま」とか「おなべ」とかって言葉を、あんまり使いたくないんです。


私自身に知識がないので偉そうなことは言えないんですけれども、

私が色んな友人達を見ていて勝手に推測する限り、いわゆる「おかま」「おなべ」等の表現は、

恐らく当人達にしてみれば、ちょっと侮辱的なんですよね。「ホモ」とかも、そうでしょうか。


「うるさいわね!私は生まれたときからホモなのよッ」

「聞いてよ!ちょっと、あのオカマ(←友達のこと)がさあ・・・」


なんて感じで、あくまで「同類意識のある人間同士」が、

自分や自分たちのことを半ばギャグで自虐的(?)に使うのはいいのだけど、

完全なる素人が彼らにその言葉をぶつけるのは、なんか微妙な雰囲気で。


純粋に、失礼にあたらない表現って、何だろう。


って、変に意識するほうが逆に失礼かもしれませんけど、

「無知」ゆえに悪気なく失礼な言葉を使ってしまうよりは、なるべく勉強したほうがいいかなと。


ちなみに、厳密には同性愛者のことを全部ひっくるめて「ゲイ」と言うらしいんですが・・・


勝手に私が思うに、主にゲイって言ったら、

「生まれ持った体が男性で、外見も男性で、男性として男性が好きなひと」

な、気がするんですよね。(←まちゃこ みたいな。感じ。)


「生まれ持った体が男性で、外見は女性で、女性として男性が好きなひと」は、ニューハーフですか?

でも「ニューハーフ」は、「そういうお店で働いているひと」的なニュアンスも強いみたいなので、

また、別なのかもしれません。んー。よく分かんないや。


「生まれ持った体が女性で、外見も女性で、女性として女性が好き」は、

多分レズビアンでもいい、ような気がするんです。ダメかな。どうかな。


一応「レズ」と「ホモ」は一般的に対になっているようなイメージですけど、

「この前レズの娘がさあ」「ビアンがね」みたいな感じで、

なんだかそちら方面にリアルな皆様もわりと普通に使っているようので、

「レズ」は少なくとも「ホモ」よりは、そこまで侮辱的な意味合いを含んでいない雰囲気が。分かりませんが。


さて、「生まれ持った体が女性で、外見は男性で、男性として女性が好きなひと」は、

何か「レズ」じゃないですよね。きっと。


「体が女性で、男性に興味がない、女性が好き」という面では一緒であっても、「レズ」という単語には、
「男らしい心、男らしい外見、男らしい振舞」という要素は、含まれないような気がするんです。
むしろ「女性で男性として女性が好き」な人へ「レズ」って言ったら、何だかすごく失礼な気が。


でも、先ほど申し上げたとおり、「おなべ」も失礼な気が。


たとえば、私はgくんのことを「知り合いのおなべがね・・・」とは、あんまり言いたくないんです。

人にそこを説明しなきゃいけない機会なんて滅多にありませんけど、ただ・・・まあ、アレですよ。


一般的に浸透している言葉で、特に見当たらないなあ、何だろなあ、と。


ふと疑問に思って。


最近たまに耳にする、「ニューボーイ」でしょうか。


でもさでもさ、「ニューハーフ」って「ハーフ」じゃん?どっちでもいいじゃん?

なんで「ニューガール」じゃないのに「ニューボーイ」なの?みたいな。


gくん曰く、「トランス」「FTM」などと言うらしいんですが、

その言葉を果たしてどれだけの一般の人が分かるでしょうか。


んー。

色々細かい区分があるみたいですしね。難しいなあ。


あっ、そうだ。

わざわざ言うことでもないかもしれませんが、念のため。


「男性で男性が好き、女性で女性が好き、だから何なんだい」みたいな感じで、

私は同性愛を「恥ずかしいこと」でも「後ろめたいこと」でも何でもないと思っているので、

だからこそ、変に避けなくてもいいかなと思って、こうやって普通に書いているわけなんですが・・・


私は世の同性愛者に対して差別的な意識は全くありません、とは言っても、

自分が同性愛者ではないので、「本当に?」「全く?」って言われたら証明する術がないと思うんです。


ただ、少なくとも自分では、差別的な意識は微塵もないつもりです。

もしも万が一お気を悪くされるかたがいたら、ごめんなさい、ということで。


てか、人情に厚いひと、多いような気がするんですよねー。

たまたま今までに出会ったひとが、素敵なひとばっかりだったのかもしれませんけど・・・

そんなイメージです。うん。私にとっては、素敵なひとばっかり。好き。


あとね、ついでにね、全く別の人の話なんですけど・・・尊敬しているお姉さまがカウンセラーをやっていて、
そのお姉さまの患者さんに、同性愛者の若い子が居るらしいんですよ。


その、「同性愛者の若い子」は、「体は女性で、心は男性で、男性として、男性が好き」らしいんです。

これ、何て言ったらいいんでしょうか。


何か私のような考えなしには、一瞬、

「えっ?端折ると女性で男性が好きなんでしょ?一応は表面上、別に問題なくね?」みたいな、
早合点で「360度回ってノーマル」に聞こえなくもないんですけど、きっとそんな簡単な話ではないですよね。


その子は、女性として見られるのはすごく嫌だ、と。自分は男性だ、と。

これまた、私が考えてもしょうがない話なんですけど、恋愛する場合はどうしたらいいんですかね。


とりあえず、その子の体が女性で男性が好きなんだから、好きな男性が出来れば結婚も子供も出来るし、
ふたりが一緒に居ればパッと見「普通のカップル」ですよね。


でも、「体が男性で、男性として、女性が好き」な、いわゆる「普通の男」じゃ、ダメなわけですよね。

女性として見られたくないんですもんね。うーん。


完全なる私の勝手なイメージなんですけど、きっとその子、
「女性としての魅力もすごく持っている子」なんじゃないでしょうか。


そもそも、同性愛者に美形って多いような気がしませんか。
はたまた美形に同性愛者が少なくないのか、卵かひよこかどっちが先なのかは分かりませんが。


デザイナーとか美容師とかネイリストとか、

「美」「アート」に関する世界なんか、特に多くないですか。気のせいですか。


某ブランドのデザイナー(男性・超美形)が、たまたまお客さんの友人で、

むかーし一緒に居酒屋へ行ったときに・・・


「だって、女ってみんな、ブサイクじゃなあい?(←半笑い)」


と言っていたのが、当時ゲイバーとか二丁目とかへも全く行ったことがなく免疫が皆無だった私には、

色んな意味で衝撃的だったので、未だに記憶に色濃いんですよね。


「ああう、おっしゃるとーりで・・・。たしかに、そこらへんの女より間違いなく、綺麗だもんなあ・・・うんうん」

と、口には出しませんでしたが、心の中で妙に納得したというか何というか、感動しました。たしか。




まあ、そんなこんなで。

深夜の、いや早朝の、意味のないつぶやきですけれども。

読んでくれてありがとう。


そうだ、gくん、ちゃんとご飯食べなね。本当に。

お母さん、心配だわー。って、「いつおまえから生まれたんだよ」ってね。そりゃそう。


よし。今日もいい日にしようね。私は片付けでもしようかなー。うん。

2009年06月12日(金)

ご連絡。

テーマ:2009年に書いた記事

どうもこんにちは。


今日は暖かかったっすねー。

皆様が今日もハッピーなら、何よりです。


相変わらず「うう、お腹痛いよう」とひとりでつぶやいている私です。さえないなあ。くそう。


いきなり尾篭な話で恐縮なんですけれども、遅れていた生理がやっと今日はじまりまして、

もしかしたら逆にはじまってしまえば少しはラクになるかなあと期待しつつ、

明日が生理二日目、明後日が三日目かあ、明後日は横浜だしなー・・・大丈夫かなあー・・・と。


遅れてきた生理って、得てして重いことが多いような気がするのは、私だけかしらー。


うち、母親がものっすごく生理、重かったんですよね。(←今はもうあがってる。)

完全に「寄るな触るな近づくな」状態で。まるで寝たきり老人がヒステリックになったような感じで。昔。


幸い私は軽かったんで、「遺伝しなくてよかったなー」と思っていたんですけど、

気づけば年々、なんだか重くなっていくような気が。あれっ。

「母娘は歳を重ねると似てくる」って言うけど、どうなんだろう。


実は私、二年ほど、生理がとまっていた時期があるんです。

病んでいた頃かなー。何か、ダイエットかストレスか分かりませんが。


「さすがに二年とまっているのはマズいかも」と思ってお医者さんへ行ったんですけど、

しばらく「お医者さんから薬をもらえばくるけど、飲まなければ来ない」、状態で。


今は、精神的に元気になったからでしょうか。

まだムラが少々あって前後するものの、何もしなくても、ちゃんと自然に月一回くるようになったんですよ。


ちゃんとくるって、いいですねー。なんか幸せ。なんだ私も女じゃん一応、みたいな。

でも、再開してから、以前よりもだいぶ生理前や生理中の症状が重いことが多くて。困った。ぬー。


「病んでるとか鬱だとか甘えだと思ってた、ごめんなさい」に続いて、

生理で非常につらい女の子の気持ちも、今まで、自分がそうなるまで分かっていなかったなーと思って。

甘えって言われても何でもいいけど、ごめんつらいわ。うん。本当ごめんね。痛いよう。みたいな。


そんなこんなで、いろいろ迷ったんですけど・・・

疲れもあるので、先週に引き続き、今週もプラウディアをお休みにしてもらいました。

そのかわり、日曜の横浜の麻雀大会は、ちゃんと元気に行けるようにしますんで。

(※そうだ、タケちゃんごめんね!わざわざコメントにまで書いてくれたのに・・・)


・・・あ、麻雀大会、本当もしお時間があったら、

どなたでも参加できますので、是非一緒に遊んでくださいまし。

私に、元気をください。あれ。趣旨まちがってるかな。まあいいや。


そうだ、あと、来週20日(土)は、這ってでも(←大袈裟)池袋れっど´s へ行こうと思っていて。

勝負ドレスの初音ちゃん に、逢いに。お誕生日お祝いに。わーい。おめでとう初音ちゃん。

お昼すぎか夕方かなー・・・行けるのは。たぶん。こっそりと。ゆるい私服で。

初音ちゃん、しばらく逢ってない間に、また一段と素敵な女性になっていそうだなー。楽しみだあ。


現在、一応プラウディアを(木)(金)(土)の出勤にしていますけれども、

「初音ちゃんのお誕生日お祝いをしたい!!」プラス、翌日の21(日)がヤボ用で朝早いこともあって・・・

来週20日(土)はお休みします、と現時点で分かっているので、ご報告までに。すみません。


よおし。

ごろごろしよう。


ゆっくり休んで体調を整えておきます。

合間にちょこちょこブログの下書きをして、もしかしたら更新するかもしれません。


そんなこんなで、また書きまっす。


ごろごろごろー・・・。(←転がり中)

2009年06月09日(火)

チャレンジ。

テーマ:2009年に書いた記事

さてさて。


三度目まして、どうもこんばんは。ギリギリ「今日中」に間に合ったー。

って、今日「三度目まして」のかたは、少ないかな。


どんだけ熱心に見てくれているんだ・・・何て有難い!!そして読むの早ッ!!天才だな!!

って感じじゃないですか。あー。なんか今日テンション高いな私。熱あんのかな。大丈夫かな。まあいいや。


そうそう、コメントを拝見しました。色々どうもありがとう。

まだレスが書けていないんですが、現在いただいているコメントは全部読みました。


ちなみに個人的にメールでくださったかたのご意見とかは、

見たのとまだ見ていないのがあります。すみません。


(※あっ。完全に余計なお願いなんですが・・・ちょっと書くだけ書いてみてもいいでしょうか。

最近ブログに関するご意見やご感想を、個人的にメールでくださるかたが非常に多いんです。

それって「コメント欄だと万人が見るから、もし何かないように差支えがあったらアレだし・・・」的な、

優しいお心遣いもあると思うんですよね。友人・知人は特に。勝手にそう思ってる。私。ありがとう。嬉しい。

勿論どんなカタチでもどんな内容でも反応をくださるのは嬉しいんですけれども、
ちょっと、もしもワガママを言わせてもらえるなら・・・本当に「もしできれば」なんですが・・・

できれば、ブログに関する意見や感想はブログに関する意見や感想で、
なるべくブログのコメント欄へ書いてもらった方が私が若干助かるかなあ、という感じなんですが、どうでしょうか。
完全に私の処理能力が低いのが原因なので、こんなことを言うのも本当に申し訳ないんですけれども、
諸々が諸々で埋もれちゃうぶん、日常の連絡等が、余計に遅れちゃう事実があったりなかったりで・・・。

ぶっちゃけメールの前半がブログの感想とかだと、最後のほうに大事な用件があったとしても、

「あ、ブログの感想かあ。急がない感じかな」と1スクロール以内で思ってしまい、

「今日出勤?」とかよりは急がなそうだから、心の中で「ありがとう」と言って、ハイ、次!ごめん!

・・・みたいなこともやっちゃうんですよ・・・たまに・・・。

でも「イキナリ自分の用件を言うのではなく、まずは相手の健康や最近のことに触れてから」ってほうが、

気遣いに溢れているオトナの文章だっていうのは私にも分かるんです。んんー。どうしよう。

本当、すみません。できれば、もしできれば、という感じで。日々、心にかけてくれて、本当にどうもありがとう。

大丈夫、もし万が一、内容に差支えがあったら、それはそれで対処するし、

そんなことで嫌いになったりとかも有り得ないし、もしできたら、という感じで。本当ごめんね。早く読むね。)


今回は、「いただいたコメントとか、これからの記事内容とかに触れてみようかな」と思っています。


で、ちょっと、数人だけお名前を出してもいいですか。
前回のコメント欄から。お気を悪くされたらごめんなさい。


まず、sumiresumiresumire様!

あーりーがーとー!!嬉しい。気づいてくれて嬉しいよう。
何が嬉しいって、アレです。「お金とか差別とか、叩かれそうな話題を・・・」ってくだりです。

「率直に思っただけ、別に何も褒めていないよ、むしろ苦笑いだよ、勘違いすんなよ」かもしれませんが、
そうなんですよ。勇気要るんですよ。こゆ話題。分かってくれてありがとう。


あのね、昔の「叩かれそうな内容で叩かれそうな書き方」が、そろそろ20代も後半で、

「はねっかえりで、それはそれで可愛げがある」とか思ってもらえるような歳でもないし、

最初は「やってみたら面白いかもな」と思って、安易に始めたんですけど・・・しばらく続けると、

反論や嫌がらせへの対処を含めて結構エネルギーが要るもので、やりすぎて麻雀プロも除名になるし、

なんかもう、疲れたなあ、アレだなあ、やめよう、と。


でも、最近の「無難な内容を無難な書き方で」も、そろそろ毎回こうだと、ちょっとつまんないなあ、と。


だから、ここ数回、実はこっそりチャレンジしていたんです私。

イイ肉を食べたいと言いにくい。 」だけでなく、NさんRさん の記事とかも、そうです。(←白状)


「叩かれるかもしれないような要素を含む内容を、なるべく叩かれ度合いの少なそうな書き方で」、と。徐々にこう。


「叩かれるかもしれないような要素を含む内容」とは言っても、

もちろん「誰か」「何か」へ向けた特定の批判や悪口などではなく、

「こゆの、イイよね」「こゆの、どうなんだろう」「私はこう思うんだけど」「こゆことがあったんだけど」
にとどめるのことを最初の信条として。


ただし、それこそ「お金」「お客さん」「差別」「男の仕事と浮気」「品」「嘘」等の、若干デリケートであろう題材にも、

ほんのちょこっとだけ「普通は言わないであろう綺麗事や建前以外のこと」を、たまに書いてみようかな、と。


昔、加減やフォローを知らないで失敗しているんで・・・って、まだよく分かっていないと思うので、

ちょこちょこと、様子を見ながら。こう、ちびちびと。ドキドキしながら。うん。


そう思ったものの、毎回毎回はお互いに疲れると思うんで、
また適当にお知らせとか「完全なるだらだら」とかを挟みながら、ゆる~い感じで。


あー。でも、記事の傾向を混ぜこぜにすると、
読者様の中で「読みたい」「読みたくない」の好みがでてきちゃいますか。どうなんでしょうか。


初音ちゃん みたいにタイトルに「◆」マークとか、つけてみようかしら。
「◆」があると、「今日は試みちゃってますよー」「ちょっと頑張って言っちゃってますよー」、みたいな。


途中から読んだかたとか、場合によっては、
「えっ、イキナリ何言い出してんのこのひと」って思うこともあるでしょうしねー・・・。

まあいいか。こんにゃくのような意思の私にはどうなるか分かんないし、まいっか。うん。


sumiresumiresumire様、勇気要る話題をこっそりドキドキしながら書いてみたことを、
ちょっと察してくれてありがとー!という話に戻ります。


たとえば「スゴイ!」と言われたとして、

それが「素晴らしくてスゴイ」であっても「呆れてスゴイ」であっても、どっちでもいいんです。


自分が内心ドキドキしながらやっていることって、
「誰かがそこに気づいて反応を示してくれた」っていうこと自体が嬉しいんですよね。


寒いギャグとかでもいいな。「面白い!」でも「面白くない!」でもどっちでもいいんだけど、
完全スルーとか、誰も気づいてくれないとかは、ちょっと独りで凹むかもな、あうーちくしょう、みたいな。


そうそう、「叩かれる」で思い出した。
「何を叩きとするか」なんてのは難しいんで、おいときますけれども。


「批判・反論」と、「ただの悪口・中傷」「今言うべきじゃない揚げ足取り」って、
私自身も含めて、自分で言いながら区別がついていない場合も多いですよね。私もいっぱい失敗しました。


それ、違いは何だろうって、この前考えたんですよ。


で、ちょうど、ぼーっと考えているときに、この前たまたま喫茶店で耳にした隣の席のカップルの会話が、
もちろん私の間違いで早合点かもしれませんが・・・「あ!そうか!」って思ったきっかけになったんです。


そのカップルの、女性のほうが、男性にこう言ったんです。
言いづらそうに、でも優しく穏やかな口調でした。


「あのね、今更なんだけど・・・・前から思ってて。言ってもいいかな。
 もしできたら、食事のときは、あんまり肘をつかないほうが・・・」


うん、マナーなんか全然なっちゃいないから人のことは言えないんだけど、
私も若干「肘つき」と「口内くちゃくちゃ音」だけは気になるふしがあって、分かるよそれ!
でも特に殿方へは言いづらいし言い方も難しいし、いま頑張ったわねお姉さん、
なんて余計なお世話なうえに女性びいきな私は、ひとりで勝手に思ってしまったんですが。


間髪いれずに、男性は言いました。


「いやいや、それはオマエだって同じだろ」


「えっ?・・・何が?」


「普段、何でもかんでも出しっぱなしでさ・・・服とか、バッグとかさ!?」


「・・・それは、私が悪いけど、同じじゃないでしょう!?」


「いやいや同じだよ!!」


あら、口論になりかけに。


まあ、ふたりの関係や背景は本人同士には分からないので何とも言えませんし、
もしかしたらすんごい裏事情があるかもしれないし、私があーだこーだ思うことでもないんですけれども。
実際にどっちが悪いかとかは、どうでもいいんです。第一、知る術も必要もありませんし。


ただ、この会話だけ抜き出して聞くと、私は最初に男性のほうへ、
「ん?ちょっと待って」「その返し、違わない?」と思ったんですけど、どうなんでしょうか。私だけでしょうか。


「そうか、それは気をつけるよ。ごめんな。でも、実は俺も、前からおまえに言いたいことがあってさ・・・
 ちょっと気になるんだよね、普段。色々出しっぱなしなのが、さ」


とかならまだ、「お互い直そうか」で和やかにすすみませんか。余計なお世話ですか。


ちなみに「オマエだって同じだろ」の「同じ」って何だろう、って考えたんです。


「オマエだって俺と同じように、直すべきところがあるということ」
「俺だって、オマエと同じように不満に思っていることがあるということ」


聞いている限りだと、そんな感じでしょうか。あくまで推測ですが。


でも恐らく女性からしたら、「肘つき」と「家で服やバッグを出しっぱなし」は同じじゃないんですよね。
「出しっぱなしは」外で見えないけど、「肘つき」は外で恥ずかしい、とか。いや違うな。関係ないか。
妥当なところで「今その話じゃないでしょ」って感じでしょうか。


このあと、女性は言いました。


「・・・わかった。たしかに出しっぱなしとかは、私が悪いから、まずそれを聞くわ。
 話して?他にも悪いことがあったら、全部。・・・全部聞く。
 でも、私の言いたいこともまだ言い切っていないから、あとで、もうちょっとだけ言わせて?」


男性は、しばし沈黙。


そして、こう言いました。


「・・・いいよ。・・・で?・・・続きは?肘つきの話でしょ?」


この後、しばらくしたら和やかな感じで。


個人的に、なんかちょっと、可愛いなと思いました。若いカップルだったんですよねー。
いいじゃん、このお姉ちゃんイイじゃんオトナじゃん、とか。お兄ちゃんも悪気はないんだろうなー、とか。


そんで、こっからが本題なんですけれども。


どうして私はカップルの男性の「オマエだって同じだろ?」という台詞に、
「ん?ちょっと待って」「「その返し、違わない?」って思ったんだろう、って考えちゃったんです。


だって、非常によくある話じゃないですか、痴話喧嘩や夫婦喧嘩で。
「アンタ、何よ!」「何だとう、オマエこそ!」みたいな。


お互いに相手の言い分を認めたりワンクッションを置いたりせずに、
お互いの悪いところを、売り言葉に買い言葉で言い合っちゃう感じ。話になってない、みたいな。


◆キーワードは、「何だとう、オマエこそ!」かな、と。


そこで頭によぎったのが、

過去に「麻雀プロ批判」的な記事を書いていた時期に、鬼のようにいただいた賛否のメールと、

和解の試み。【前】 」に書いた、Fさんからのメッセージなんです。


「私の行き過ぎた麻雀プロ批判に対する批判」に関しては、正直、
主に同じ業界のひとからの「何だとう、オマエこそ!」的な内容が多かったんです。

私の書いた内容自体よりも、私自身の人格やイメージや行動への感情的な批判、というか何というか。


ちなみにFさんの、あの記事 に紹介したメッセージって、皆様がもしも私の立場だったなら・・・
ひとによっては、ちょっとだけ、自分が「批判された」「侮辱された」と思ったりもしませんか。
(全く思わなかったらごめんなさい。)


だって、極論「品のある人を目指したい」と言っている奴に、
「麻雀とかキャバクラとかやっている時点で無理だ、てかもう生まれや育ちの時点で無理だ」
って言っているようなもんですよ。曲解かもしれませんが。


でもFさんの意見は「感情的な批判・侮辱」には思えないんです。
何度読んでも、彼はあくまで「自分の意見」と「自分にとっての事実」を述べているだけ、
プラス「読んだ一ノ瀬萌のことを考えた随所のフォロー」だと、思うんです。


よく読めば否定的なことも言っているのに、

むしろFさんのほうが生まれや育ちなど「どうしようもないこと」で否定しているぶん、

見方によっては「否定の根が深い」のに、この違いは何だろう、と。


ああ、「記事内容以外の個人的な否定をしているかしていないか」じゃないかな、と。


以前紹介させてもらったiwatam さんの「議論の仕方」にも書かれていましたよね。
意見には意見を戦わせるべきで、ある意見に対して自分が違う考えならば、
「それは賛成できない、自分はこう思う」と冷静に言えばいいだけの話で、
「ムカついて意見主へ悪態をつく」とかは、お門違いだと。
意見主への人格否定や日頃の行いについての言動は、意見ではない、と。
(※私の受け取り方がiwatamさんの書いた内容や意図とズレていたらごめんなさい。)


そもそもFさんは、彼自身の紳士的な性格はもちろんですが、「彼の立場上」でも、
「やか」に関する記事を読んで私へ感情的になる可能性が、とても低いひとなんです。


彼は「やか」側の人間なんですよ。大まかに分けると。


だから、それに関する記事を読んで、彼が私を見下すことはあっても、
彼が私に「見下された」と感じることは、そうそうない。はず。

だって「やか」方面に関して、誰が見ても彼の方が確実に、私よりも上の立場だもの。


何かをブログ等で書いたときに、内容が誰かにムカつかれるっていうのは、
「多かれ少なかれ、その人も心のどこかで同じことを思っているふしがある」

・・・っていうことが少なくないと私は思うんです。


(ああ。ポジティブすぎかしら。)


あまり好い方面じゃないほうに、思い当たる。好ましい方面じゃないほうに思い当たる要素があるからこそ、
「なにをう!オマエが何を言うか!オマエはこうじゃないか!!」って、食って掛かっちゃう、わけじゃないですか。


ブログだけじゃなくて、口喧嘩でも何でも、そうかもしれません。

全く思い当たらないと、多くのひとの場合、ムカつきはしないんですよね。


自分が微塵も予想も出来ないようなことを他人に言われた場合、
「え、そうなの?」「マジで、なんで?」「ははあ、そうか、そゆ見方もあるか・・・」ってな感じで、
ムカつくより「きょとん」としませんか。意外すぎると、臨戦態勢にはあんまり発展しませんよね。


あと、意外かどうかはともかく、

「あきらかに内容が酷くおかしい場合」「自分が相手を見下した場合」も、そうじゃないでしょうか。


たとえば私が「明日から無差別に人を殺してもOKって法律になればいいのに!心からそう思う!」って、
今からここに書いたとするじゃないですか。本気で。切々と。ビバ無差別殺人!OH!YEAH!!みたいな。
何なら「海って真っ黄色だよね!バナナみたいじゃない!?超甘そう、きゃは☆」とかでも、いいかしら。


・・・ムカつきますか。せいぜい「アイツとうとう気がふれたか」とか。
優しいひとなら、とりあえず「な、なんで突然、そう思ったの?」って訊いてみるとか。


そんな感じじゃありませんか。


「その意見、俺は間違っていると思うよ」「自分は違う考えだな」という状況は一緒であっても、


◆「自分的には一切、心から微塵も全く思い当たる要素がない場合」
◆「相手が明らかに酷く頭のおかしいことを言っている場合」
◆「自分のほうが完全に相手より立場が上だと無意識に判断している場合」


上記三点だと、たとえば純粋に「相手の言っていること」を不思議に思ったり、

いたずら心でおちょくったり、むしろ可哀想に思ったりすることはあるかもしれませんけど、
「ムカついて相手を感情的に批判する、文句を言う、何なら人格や普段の言動までどーのこーの言う」は、

滅多にありませんよね。


私ね、思うんです。


「理性的」とか「感情的」とか、よく耳にしますけど・・・


誰かが誰かを責めたり文句を言ったりするときって、
感情に関する言葉が多く出ていれば理性が中心になっているし、
理性とか肩書きとか道理とか一般論とかに関する言葉が多く出ていれば、
感情が中心になっていることが多いような気がするんですんけど、気のせいでしょうか。


(↑自分にも身に覚えがありますよねコレ・・・)


「何その言い方!?普通こうじゃない!?」
「おまえだって○○で△△なのに、おまえこそ言う資格あるのかよ!ないだろ!?」


たとえば上記の例文、どっちかって言うと感情的な台詞に思えませんか。


でも、「普通」とか「資格があるない」とか、
言っている単語自体はちょっと「理性的ちっく」なんですよ。よく見ると。


分かりやすいところで「常識」「みんなそう言っている」とかも、そうでしょうか。


「(事実として)オマエは日頃こうなのに、部下のクセに、上司なのに、
男(女)なのに、仕事としてこうだろうに、プロのくせに、etc・・・」


「相手の普段の行いを責める」とか、
「相手の地位・肩書きや職業に関することで当然だろうと責める」とかも、たぶんそう。


理性とか肩書きとか道理とか一般論とかに関する言葉が先に出たり、
何かの根拠を示し相手を責めるようなことを真っ先に言ったりする場合、
大体「中心になっているもの」というか「根底にあるもの」というか「最優先のもの」は、


「自分が蔑ろにされたり馬鹿にされたりしたような気がして悲しい、淋しい、悔しい」とか、
「相手の言い分にもちょっとは思い当たるところがあるのだけど認めて素直に応じるのがちょっと嫌」とか、
主に「悲しい」「淋しい」「悔しい」「嫌」等の、「自分にとってマイナスの感情」じゃないでしょうか。

そのマイナス加減が相手に向く、みたいな。・・・本当はお門違いなんですけどね。きっと。


だから、受ける側も、食いつきどころを考えなければいけませんよね。(←これも主に自分に言ってる)
「普通」等の定義について異論を唱えてみるとか、指摘された普段の自分の悪いところへの弁解をしてみるとか、
そゆ対処法はあんまり意味がないし、不毛な会話になっちゃう。


逆に、


「そっか・・・ごめん、私は楽しいと思ったんだけど・・・なんか、そゆこと言われたら、悲しいな」
「言いにくいんだけど、あゆの、ちょっと嫌でさ。こゆふうにしてくれたら、嬉しいんだけど」


こゆ感じだと、少なくとも先ほどの例文に比べたら、ちょっとは理性的に思えませんか。
そんなに感情的な言い方ではないって言うか、言われた相手のことを少しは考えているっていうか、何ていうか。


でも、「楽しい」「悲しい」「嫌だ」「嬉しい」など、言っている単語自体は、
自分の感情に関することばかりなんですよね。


「理性的ちっく」なものを前面に出すと感情的っぽくて、

自分の感情に関することを中心に話すと、理性的っぽい。なんか逆で、面白くありませんか。


で、もうひとつ、コメントを拝見して思ったんです。


「カカ」様のコメント。「萌さんファン」様が、ちょっとフォローしてくださってますけど(勘違いだったらごめん)、
私、カカ様も素敵なひとだなーと思うんですよね。真面目に。


「イラつく」「ムカつく」「悲しい」って、しっかり、自分の感情を口にしているじゃないですか。


こんな言い方もアレですけど、下手な正論や「おまえだって」的な指摘でむやみに責めようとするひとより、
よっぽど理性的な物言いををする人だなと私は思うんです。


締めくくりは、それが社会的に「良い」「悪い」とかじゃなくて、
あくまで「悲しいかな」だし。完璧。だと思う。


まあ厳密には「人をイラつかせる」「ムカつかせてまで」ですので、
「自分がそう思った」とは、どこにも書いていらっしゃらないんですけれどもね。


でも、ぶっちゃけ、「50万円のお客さん」はあの記事を読んでも恐らくムカつかないと思うんです。
少なくとも「一ノ瀬萌に見下された」と思うことはないでしょうし。てか、むしろどうでもいいでしょうし。


「ああ、アイツ何か変なことごちゃごちゃ書いてるな・・・黙って笑っとけばいいのに」
って、強いて言えば苦笑いするのが、いいところじゃないでしょうか。


だから、カカ様の意見は、どちらかと言えば「5万円のお客さん」側として、
何となく自分や自分と同じ側の人間が、見下された感じがする。だからイラつく。ムカつく。悲しい。

っていう受け取り方を私はしているんですけれども、もしも間違っていたらごめんなさい。


って、こゆこと書くから余計に「見下してる」って言われるんだろうなあ・・・うん。ごめん。


ついでに「ハンドルネームひとつ」といえど、名前を挙げてわざわざ本文で触れてしまっているわけですが、
ちょうど「理性的だな」って思った例のひとつとしてタイムリーなので勝手に挙げさせてもらっただけであって、
「否定的な意見を書かれたからここで個人的に攻撃しよう」とかそういうんじゃないので、何卒どうかご勘弁を。
私、カカ様は、きっと実際に会ったら素敵なお話を沢山聞けるひとだと思っています。はい。


あーだこーだ考えて、コメントや人の会話とかも勝手に題材にして、

結局何が言いたいのかというと、アレですよ。


久しぶりに、結論めいたものを書いてもいいですか。


昔書いた内容や、あちこちで勉強のために読んだ本と、どうしても、ある程度かぶりますけどね・・・。


こーるばっく。 」とか、違うな、あー・・・何だっけなー・・・

どっかに似たようなことを書いたのは覚えているんですけど、いったいどこに。まあいいや。


たとえば、誰かが連絡をくれないとしますよ。(※最近電話や連絡ネタ多いなー・・・乏しくて申し訳ない。)


「どうせ連絡くんないし・・・嫌いなんでしょ、私のこと。そうよね、都合が悪いとあなたはいつもそうよね」
「なぜ何度かけても電話に出ないの!?せめてコールバックは社会人として当たり前でしょ」


などと、卑屈に責めたり下手な理論や常識を振りかざす暇があったら、


「連絡をくれなくてとても淋しいんだ・・・」
「ごめん、忙しいかもしれないけど、どうしても連絡が欲しいんだ・・・」


などと、「淋しい」「欲しい」等、ストレートに感情を伝えてみるほうがいいんじゃないか、と。

(※でも「逢いたい」「かまってほしい」等、要求ばかりはダメですよ。たぶんね。)


「もし自分が同じことを言われたら」と考えたら、

責められるよりは、まだ、そのほうが連絡をしたくなるのではないか、と。


そう、結論の途中だけど、思い出した。


あなたのために。 」等に書いたこととかぶっちゃうかもしれませんが。


小さい頃に皆、「ひとに何かをしてもらったら、ありがとうって言いなさい」って教わるじゃないですか。
これ、落とし穴があるんですよ。たしかに「ありがとう」と言え、と教わりましたよね。それは正しい。
でも、「人に何かしてあげたら、ありがとうと言わせなさい」とは、決して教わっていないんですよね。


察しのいい読者様は、何が言いたいかお分かりかもしれません。


たとえば人に何かしてあげたとして、
「礼を言うのがスジだ」「ろくに礼もせずに何様だ」「こんだけしてあげたのに」・・・。


一見「常識」とかそういう意味で正しそうですけれども、「親や先生の教えを勘違いしている」と私は思っています。


だって、親や先生が教えてくれたのは、あくまで「自分が」礼を言うことですもの。
いったい誰が「礼を言われなかったら愚痴れ、責めろ」と教えたんでしょうか。

誰もそんなことは、言っていないはず。なんですよ。


でも、やってしまうひとは、見ていると結構多いんですよね。んんー。


「自分がされたら嫌なことは、人にしてはいけません」
「自分がされたら嬉しいことを、人にしましょう」


これも似ているかもしれません。たしかに、正しい。でも、だからと言って、


「自分が嫌なことをされたら、人にも嫌なことをしましょう」、
「自分がされたら嬉しいことを、人にさせましょう、してくれなかったら怒りましょう」


とは、教わってはいないはずなんですよね。


皆がよく持ち出す社会常識や道徳的な正当性は、
ほとんどが「小さい頃に教わったこと」の延長だと私は思っているんです。


だから、それらはあくまで「自分が生きていくうえで勝手に心がけるためのもの」であり、
間違っても周りの特定の誰かを責めるために使う便利な「一見合っていそうな口実」ではないよ、と。

「小さい頃に 習っただろ」と人に言ってしまったら、その時点で間違いかもしれないよ、と。

(※私も言ったことありますけど、「人に言え」とは習ってないな、と最近思いました。はい。)


「多くの人がお互いに心がければお互いに過ごしやすくなるであろう」どまりのもの、ですよね。


まあ、アレですよ。


小難しい理論を振りかざすより、そのまんま感情を出したほうが、余程理性的な会話になるのでは。

感情と言っても「何だとう、オマエこそ!」は違うよ。だって、そのあとに続くのは「責めるための理論」でしょう。


という結論で。


・・・私も、気をつけよっと。たぶん、色々出来ていないから。はははん。


今日も長く書いちゃったー。満足だー。


また、そのうち書きますねー。

2009年06月09日(火)

着エロ。

テーマ:2009年に書いた記事

ああ、そうだそうだ。


どうも、二度目ましてこんにちは。いや、こんばんは。

「今日中か今晩中にもうひとつ」とは、別の更新なんですけど。これ。


プチSMのススメ。
http://ameblo.jp/ichinosemoe/entry-10052793729.html


↑この記事に一時的にアップした、「SMやってみました写真」に関して、

「アレ見損ねた!くれ!!もしくはどっかに出せ!!PCにあるだろう?持ってるんだろう?」

という、物好きなかたが、今までに何人か。


その方々へ向けて、ちょいとひとつ。


いやー。お客様や読者様が私なんかに言ってくださるご要望には、

簡単に出来ることであれば尚更、なるべく多く応えたいんですけれどもー・・・。


申し訳ないんですけど、どうしようかな、と。


「消すって言って消したのに、二度とアップしないつもりだったのに、吐いたつばを飲むようなこと・・・」

とか、特にそゆのはなかったり、いやほんのちょっとだけあるかもしれませんが、それより何よりも、


「CDRをごっちゃ混ぜに仕舞いすぎていて探して引っ張り出すのがほんのちょっと面倒なの」

「いや、引っ張り出すのはそこまでの手間じゃないんだけど、写真百枚以上もあるしなー・・・どうしようかなー・・・」

とかが本音だったりするんですが、まあアレですよ。

もったいぶるわけじゃないんですけど、いつか気が向いたら。うん。気分で。


代わりにと言っちゃなんですが、


小倉ありす。【弐】
http://ameblo.jp/ichinosemoe/entry-10003840028.html


↑これに書いた、「すでに笑い話にできるから大丈夫」的な着エロ写真は、ダメですかね。

主に、むかあしサイドバーとか背景に使っていて、誰にも一言も何も言いもせずにいつのまにか消した写真。


ちっちゃくしたヤツだけど、まだ画像フォルダにあったー。これは簡単。

あ。なつかし。バナナとか。


「最近になって全部さかのぼって読んで、今になってSM写真に関して興味を持ってくれている方々」って、

たぶん着エロ写真も知らないんじゃないかな・・・?あ、これじゃダメかしら、と思って。




★現役キャバ嬢雀荘経営者の愚論理哲学論考★ ★現役キャバ嬢雀荘経営者の愚論理哲学論考★

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昔からの読者様へは、また今更くだらない写真を出してごめんね、ということで。

これも、「何か嫌だな」と思ったら、そのうち消すかもしれないので・・・よろしくどぞ。


よっし、飽きも懲りもせずに、また今から長文書きまあす。

皆様はそろそろ、お仕事の終わる頃かしら。お疲れ様ッス!!アニキ&アネゴ!!


心から、みんなにいいことがありますように☆

2009年06月09日(火)

トイペ。

テーマ:2009年に書いた記事

どうもこんにちは。


あー。安静って、気力が要りますね。

からだのためにゴロゴロしたほうがいいのは分かってる、でも気持ちは外に出たくてどうしよう、みたいな。


前回に引き続き「ブログを更新している暇や元気があったらコールバックや返信を・・・」状態なんですが、

恐縮なことにどうしても、ブログと携帯いじりは、圧倒的に使用エネルギー量が違うんですよねー・・・。


やはり基本的に「不特定多数に投げっぱなしのもの」は、ラクな気がしますよね。ブログ。そう、ブログ。

コメントや個人的なメールなどで、ブログへの反応を返してくれる有難いかたも複数いらっしゃいますし、

その反応の一つひとつがまたこれからの励みになっていたりするんですけれども、やっぱり、

「全体チャット」と「ささやき」は違うっていうか、何ていうか。(←たとえが合っていなかったらどうしよう。)


対・不特定多数だと、自分が発言する時点では良くも悪くも「受け取る相手が見えない」ので、

自分の発言を読むであろうひとりひとりの心情とか、相手が前回どんなことを言っていたかとか、

個人的な電話やメールに比べたら、あんまり考えなくていいし。期限とかもないし。


一人で勝手に駄文をだらだら書いているぶんには、とても気ままでリラックスできるんです。

電話やメールと違って「リアルタイムで反応をしてくれているひと」が誰も居ないので、

たとえば途中で腹痛のビッグウェーブがきたりしても、

いつでもトイレにこもって好きなだけ、「あ゛ー」とか「う゛ー」とか唸っていて平気だし。

着信のタイミングとか関係なく、疲れたら自分のタイミングで、本当に休み休みで・・・

途中で寝っ転がってごろごろ、好きなだけひとりでローリングしていて平気だし。何なら寝てもいい。


電話やメールで、すぐにコールバックや返信をくれるひとが多いっていうのは非常に有難いことなんですが、

すぐにレスポンスをくれる有難いひとが多いからこそ、やっぱり「気ままに」は出来ないんです。

「複数人に返信×それらに更に返ってくる返信へ返信+合間にコールバック、終話すると受信メール沢山」

に、なりますからね。どうしても。やり始めると。変な話、トイレでくたばっては居られない、みたいな。


「一度の返信を複数人じゃなくて、一人や二人に限定すればいいじゃん」、

・・・って思うじゃないですか。思ったんですよ私も。体調悪いし、全部は無理だし、みたいな。

でも、その一人や二人を選ぶのが難しいかも、みたいな。

そんな流れで前回の「優先順位ってなんだろう」の話題だったんですけれども。


「平等に、完全なる到着順」だと、常に数ヶ月前へ遡って「オマエいつの話してんだよ」ってな返信ばかり、

になっちゃいますしね・・・。誰とも「活きた会話」が出来ない、みたいな。いや自業自得なんですけど。はい。


やっぱ、「やりたいときに、やりたいことを、やりたい感じで」になっちゃうかなあ・・・。

というわけで、今日もブログだけ更新するけど、ごめん「今メールをくださっている方々を無視したい」とか、

決してそんなんじゃないんですよ、もし、お気を悪くされたらすみません、ということで。


・・・と、恒例の長めの前置きを書きながら、ふと思ったんですけど。


私もたぶん偏屈で人付き合いが苦手なんだろーなー。と。


品よくあれ。 」のRさんの台詞って、「なるほどう!」と思っただけじゃなくて、

もちろん私なんかがRさんに親近感とか沸いちゃ失礼なんですが・・・

何となく、きっと心のどこかで、「私もちょっと似てるかも」って思っている面があるような気がするんです。


もしかしたら多少うまくは出来るかもしれない、でも恐らく本当は非常に苦手、みたいな。


どうでもいいけど誰かに電話で「いま何してんのー?」とか訊かれるのがあんまり好きじゃないしなー。

誰かに訊かれて困ることをしているわけじゃないのに、何でなんだろう。なんか嫌なんですよね。

別に悪気ないだろうしイイじゃんね、「何してんの?」って訊いたってね、って自分でも思うんですけど。

私はあんまり好きじゃないから人にも訊きません。「今大丈夫ですか」「忙しいですか」以外は。

うーん。両親の過保護さの影響もあるのかしら。分かんないけど、監視と束縛がすごい嫌い。たぶん。


病んでいなくても病んでいるように見えたり、「たまーに、すごい冷たいよね」とか言われたりするのって、

そゆ面を持っているせいもあるかもしれませんね。んんー。相変わらず欠陥が沢山だなあ私。




そうそう、前回のTさんの話ね、鮭のバター焼きでお分かりかもしれませんが・・・・

たまたま一緒にご飯を食べているときだったんですよ。町の洋食屋さんで。


そのとき私、帰り際にひとりで笑ってしまったことがひとつあって。

ちょっと、お話してもいいでしょうか。


私ね、キャバクラで働いていて、今まで密かに思ってきたことがあるんです。

気のせいかもしれないけど、「女の子の年齢層が若いお店ほど、女子トイレが汚いような気がする」、と。


(※お食事中のかたへ→すみません。こっからは、読まないほうがいいかもしれません。)


キャバクラの女の子用トイレの、「汚物入れ」的なゴミ箱ね。

使用済みの、広げたままのナプキン。赤茶色だったり、おしっこ色だったりとかして。
態々漁って見ているわけじゃないですよ勿論。


たまたま蓋の付いていない汚物入れだったりすると、
用を足し終わって目線を落とした瞬間に嫌でも目に入るんです。


伝線して履き替えたんでしょうか、脱ぎ散らかしたストッキング等が床に転がっていて。


トイレットペーパーホルダーからは、びろーんと、
引きちぎられたトイレットペーパーの先が長く垂れて、床についていて。


かと思えば、目の前に替えロールが山ほどおいてあるんだから次の人のために替えればいいのに、
トイレットペーパーホルダーの中が空で芯だけ残っているまま、とか。


ちなみに「外でトイレットペーパーが芯になっても替えない人」は恐らく、
ものっすごく多いですね。キャバ嬢。ぶっちゃけ、営業時間中にトイレに入ると私、
「二回に一回」と言っていい頻度でトイレットペーパーを替えているような気が。
うーん。だって、ないんですよね。よく。ペーパーが。みたいな。


そういえば昔、西日暮里のキャバクラで働いたときでしょうか。

そこのお店は、女の子用のトイレが凄く綺麗だったんですよ。


何ならトイレットペーパーの先が三角に折ってありました。よく。

三角に折ることが衛生的に気分が良いか悪いかは賛否両論あるでしょうけど、
とりあえず、「トイレットペーパーが芯のまま」ってのはなかったんですよね。
使用済みの生理用品がそのまんまポーンと捨ててある、とかもありませんでした。


なぜか。


黒服がしょっちゅう入って掃除している、とかではありません。


・・・実は、私にも確固たる理由は分かりません。


ただ、あくまで私の予想なんですけど、「在籍キャストの3分の2が30歳以上である」ということが、
わりと大きく関係していたのではないでしょうか。


たまたまかもしれませんが、トイレを使っている人たちのほとんどが、「オトナの女性」だったわけですよね。

多くのひとが綺麗に使うから、いつも綺麗だったんではないか、と。思うんです。


(そんな中で私を含めて2~3人だけ、当時19~20歳のガキだったんですけど。

 キャストの中には40代、50代も居ました。すごく勉強になりました。)


なんか、キャバクラのトイレや更衣室が往々にして、決して綺麗じゃないのって・・・うまくいえないけど、

みんな物凄く綺麗に着飾っている素敵な女性なのに、裏側がこれじゃ絶対もったいないよな、と。


「トイレの使い方に無頓着なひと」よりは、「なるべく自分の使った後を綺麗にして行こうとするひと」のほうが、

女性としても人間としてもイイよなあ、と。そのほうがオトナだよなあ、と。


自分の「人としてのダメさ」を棚に上げつつ、昔、そんなことを思ってしまいまして。


そんなわけで、近年は私も、他人がどうこうとかは別にいいんですけれども、

自分が使うときは若干、「トイレ後の有様」を気をつけるようにしているんです。


もっとも、100%じゃなくて、泥酔しているときや時間に余裕が無いときなどは、

出来ていなかったりしますけれども・・・まあなるべく、ということで。


「完璧じゃなくても、やらないよりは、いい」。病み明け後のモットーです。

そうだ、斎藤茂太さんが書いていらっしゃいました。「八割精神」。私も大事だと思う。


バーなど、どっかお店に入ったときとかは特に、

トイレットペーパーを三角に折って、便器の蓋を閉めて、洗面台のまわりにある水しぶきを拭いて、みたいな。


トイレットペーパーを三角に折るか否かだけじゃなく、便器の蓋を閉めるか便座をあげるかとか、

その辺はどちらがいいか賛否両論あるようですけれども。まあ私はそうしてます、ということで。


でね、そう、Tさんとの食事の帰り際ですよ。


トイレへ入ったんです。私。


咄嗟に「時間短縮になる」とでも思ったんでしょうか、何なんでしょうか。

気がついたら、用を足しながら私、トイレットペーパーを三角に折っていましたよね。


待ってくれ、オマエは拭かない気か、と。


ひとりで突っ込んでニヤニヤしてしまいました。


自分で作った三角をくずして拭いて、もう一回三角に折る自分が。

ああ何やってんだろう、と、ひとりで苦笑ですよ。もう。


前の「頑張ってください。 」のときも思いましたけど、ほんと私、

トイレで用を足しているときって、無意識っていうか何ていうか、いつもに増して頭の中が空っぽなんだなあ、と。


・・・最近おうちのトイレでも、たまに三角に折っちゃっているんですよね。んんー。


あああ。オチが中途半端、かも。


まあいいや。


るるるるるー♪(←無駄にハイテンション)






安静にしているけど気持ちは元気なんで、しかも休み休み自分の都合で好きにやれるんで、

なんだか今日はいつもに増して、ブログが楽しくて。


んん、出るなー。内容はともかく、書けるなー。文字が。

だぁーっと。勢いで。わーい。


もしまだ、このくだらないつぶやきにお付き合いくださるのであれば・・・


恐らくもうひとつくらい今日中か今晩中に書くんで、

よろしければまた、お暇のあるときに読んでくださいませんでしょうか。


コメント欄はそっちにつけますねー。


では☆

2009年06月06日(土)

イイ肉を食べたいと言いにくい。

テーマ:2009年に書いた記事

どうも、こんにちは。


うー。生理前かな。胃腸かな。ここんとこ、非常にお腹が痛いよう。


一部の方々へなんですけど、本当にすみません。

5日(金)6日(土)と、あまりにつらいので急遽プラウディアお休みにしてもらいました。


前もって「飲みに行くね」と私に言ってくださっていた親愛なる数人の殿方には、

「来たのに居ない」とか申し訳ないので謝罪の旨だけ個人的にお伝えしましたが、

その方々以外、誰とも連絡をとっておりません。正直メールがたまりまくってます。ごめんなさい。


「ブログ更新する暇があったら、コールバックなり返信なりしろよ」

っていう話なんですけどね・・・とまらなくなっちゃうんで。何かと。色々と。本当すみません。


そうそう。


「おまえ、病んでないか?長文書くときや更新多いときは病んでるじゃん」

って、ここ最近、数人の紳士に言われました。


んー。困った。

更新しなきゃしないで心配されるし、頻繁に更新したらしたで心配されるという、何とも恐縮な現実が。


いつもご心配をおかけしてすみません。

ありがとう、大丈夫。体調は芳しくないんだけど、心はすごく元気。

むしろ心が最近やる気出ちゃって、ちょっと無理して体調崩したかな、という感じなんですよ。

相変わらず後先を考える能力に乏しい面があって。「やりたい!これやる!それもやる!」みたいな。

直さなきゃなあ、これ。まあいいや。昔だったら仕事へ行っていたけど今日は休むから。ちょっと成長。うん。






最近「心に残った言葉シリーズ」連荘なんですけど・・・

Tさんという紳士の言葉で、ひとつ、印象深いものがあって。


今日はちょっと、それを書いてもよろしいでしょうか。


「あのね、○○さん(←某作家さん)が本にね、“九割のものはお金で買える”って書いていたんだよ。

 俺、若い頃それ見て少しショックだった記憶があるんだ。えええ、世の中やっぱ金かよ、ってさ」


んー。九割。どうなんだろう。「愛はお金じゃ買えない」ってよく言うけど、どうなんでしょうね。


「でもさ、お金で買えるものは、たしかにすごく多いよね。きっと、大抵のものは買えるんじゃないかな。

 お金がなくなると、人間、心の余裕がなくなるしね・・・やっぱ、お金の力は大きいと思う」


・・・お金がなくなると、心の余裕がなくなる。全員が全員じゃないだろうけど、そんなような気もしますよね。

私も昔、キャバクラを始める前に極貧だったことがあって(だからキャバクラで働き始めたんですけど)、

それこそ「電気のつけっぱなし」とかで大喧嘩しましたよね。お互いの若さもありましたけど。懐かしいわー。


「もちろん貧乏でも幸せに暮らしている人はいくらでもいると思うけど・・・

 お金の余裕のある夫婦ってさ、見ていると長続きしている率が高いんだよね。

 旦那さんが頻繁に飲みに行っていても、彼女や愛人が居ても、何であっても、さ」


なるほど。お金や名誉があっても、浮気とかで離婚する芸能人は結構居ますけど、

それはニュースになるからであって、普通ならたしかにそんな気も・・・でも私の感覚は怪しいかもしれません。

「人間データ」がかなり偏っていると思うんで。それこそ「彼女や愛人が居ても」みたいな既婚者が、

ハナからそんな殿方の居る率が決して低くない場所だと思うんですよ、私の今居る職場って。まあいいか。


「俺、思うんだよ。夫婦で何十年とか一緒に居たら、ずっとお互いに大好き大好き・・・ってのも、

 滅多にないだろうし、トラブルって多少はいつか絶対あると思うの。

 たとえば、分かりやすく・・・んーと、旦那さんが浮気するとするじゃん?

 お金があったらさ、欲しかったあのバッグ買ってよとか、

 どっかイイところへ旅行に連れて行ってもらったりとかさ、女がそこで発散できるじゃん。

 お金がないと、女がその手の発散もできないよね。

 むしろ私はこんだけ切り詰めてきたのに、一生懸命あなたのために、とか、なっちゃったりするよね」


ううむ、なるほどう・・・。言われてみれば、そこらへんの違いって、あるかもしれません。

高いバッグを買ってもらったりとかでコロッと簡単に世の女性が浮気を許せるかどうかは別として、

ただ何かストレスを発散できる具体的な「イイモノ」をプレゼントされたら、それは無いより遥かにイイだろうし、

大抵のそゆ「イイモノ」はお金で買えますしね。たしかに少し、女性の心持ちが違うかもしれないっす。うん。


「まあ、田舎でのんびりと・・・お金なんか使わなくても仲良く、ってのが、俺は一番幸せだと思うけどね」


・・・そう言ってTさんは、残りの鮭のバター焼きを、自分の口へ放り込んだ。




なんかTさんの話を聞いて、「お金って何だろう」と考えましたよね。私。


実は以前から、ちょっとお金関連で考えていたことがあるんですよ。

まだ答えが出ていなくて。よかったら聞いて欲しいんです。奥様。


ただ、わりと具体的な「キャバクラでのお金の話」になってしまうんで、

もしも気分を害されるかたがいらっしゃいましたら、ごめんなさい。


あのね、ある尊敬している女の子のひとりが昔、こう言っていたんです。

私は「全てのお客さんに平等なの」というスタンスで接客をしているよ、と。


すごく某キャバクラで人気のある娘なんです。

「客単価」以上に「客数」がすごく多いタイプです。彼女も。


「平等」って、好い言葉ですよね。


だから、「お金がないから・・・」って言われても態度を急に冷たくしたりとか、私はしないよ、と。
ただそのかわり、「俺はこんだけしてやってんだから優遇しろ」とかにも、応じないよ、と。


皆様はどう思いますか、コレ。


「平等営業」、と勝手に名づけてもいいでしょうか。
分け隔てなく、ひいきなく。だからその娘には、沢山の笑顔のお客さんが居ました。
お客さん同士が仲良い、とかもよくあったみたいです。彼女は本当に素敵な女性です。

ただ、私は・・・

昔は「お客さんみんな平等」って、素敵だと思いました。
今は、実際それは美徳なんだろうかと、ちょっと悩んでいます。


たとえば、ですよ。


こんな話もアレですけど、同じ頻度で使うお金が、

5万円のお客さんと、50万円のお客さんが、居るとするじゃないですか。


「どっちも同じように、ひいきなく、差別なく。同じくらいのサービスで。平等だから。」


これ聞いたら、5万円のお客さんは、嬉しいですよね。
でも、50万円のお客さんにとっては、どうなんでしょうか。


これがまた切ないことに、得てして50万円のお客さんのほうが、

「俺はこんだけしてやってんだから優遇しろ」的なことを言わない人率、が高いんですよね。経験上。


今これをご覧になっている皆様なら、どうしますか。

「自分を指名して使ってくれる金額」でお客さんを差別をしますか、しませんか。純粋に。


「差別」っていうと聞こえが悪いですね。でも極論、差別と言えば差別なんじゃないでしょうか。

ただ、「使ってくれる金額が安い人には罵ったり冷たくしたり明らかに態度を変えたりするか否か」とか、

勿論そゆ意味ではありません。


たとえば、5万円のお客さんと50万円のお客さんに同時に何かを頼まれて、

都合上どっちかしか応じられない場合、他条件が大差ないなら、どちらへ応じますか、とか。

「連絡しなきゃいけない人」が沢山居て、とても一日では処理しきれない場合、どこから手をつけますか、とか。

ついでに、もしもそこで50万円のお客さんを優先したならば、

その人は「金で人への態度を変えるあさましい奴だ」と言われてしまうのでしょうか、みたいな。


メールの返信とかも、似たような疑問があるかも。


数がある場合、「平等に、順番に」が好いんでしょうか。

それとも、「よく飲みに来てくれている順」「お世話になっている順」のほうが好いんでしょうか。


ちなみに、返信を催促する人と、しない人が居ますよね。

皆様の周りにも居ませんか、どちらの人も。


何事も催促は、諸々の事情により「我慢が出来ないから」、相手に言うんだと私は思っているんですけれども・・・


「我慢が出来ないくらい欲してくれているんだろうから催促する人優先」、

ってのもおかしいような気がするんです。なんだか「ガタくれたもん勝ち」みたいじゃないですか。それじゃ。


・・・昔もえはうすの従業員待遇を考えたときに思ったんですよね。「真面目な人間が損するカタチは駄目だ」と。

たとえば「待遇に不満を言った者から給料を上げる」、とかおかしいじゃないですか。完全に。


私自身もそうなんですが、「どうでもいいから放置、黙っている」とは限りませんよね。人間。

「どうでもよくないけど相手の都合を考えて我慢する」って場合もあると思うんです。私それ結構好きです。


とか言いつつ、アレですよ。


こんなん「おまえ水商売8年目で何を今更ひとに訊いてんだ、自分で考えろよバカ」

って怒られそうな話だと思うんで・・・


「私どうしたらいい?ねえ、お金ってナニ?優先順位ってナニ?平等ってナニ?分からないわ!!」

って今日これから声を大にして言いたいわけでも、ないんですよ。別に。


ただ、私以外のひとの見方はどうなのかな、と。

マジョリティは?んー、他の人はどう思うんだろう、みたいな。どうでもいい呟きです。


そう、たとえば、誰かがね、

「日々感謝、周りのお世話になっている人に、なるべく恩返しをしたい」と、言ったとするじゃないですか。


「そうだね、これはイイことだね」って大抵のひとが思いますよね。

そのときに、ついでにその人が、こう言ったとするじゃないですか。


「みーんな大事だけど、自分の力にも限りがあるから、

 特にいつもすごくお世話になっている人に真っ先に、なるべく多く恩を返したい」


「人類皆兄弟と言えど、周りの全員に満遍なく、極近しいひともあまり喋ったことのないひとも全く平等に手厚く、

 っていうのはさすがに無理だから、まずは極近しいひとから、いつもよくしてくれているひとから・・・」


これも、別に変じゃないと思うんですよね。


どうしても人間である限り、体はひとつだしエネルギーにも限界があるから、

優先順位も出てきちゃうような気がするんです。


「知らねえヤツにはいいや気を遣わないでおこう、どうでもいいし」とかじゃないんだけど、

率先して恩返しをするときの優先順位は、なるべく「日頃お世話になっている順」かな、みたいな。


「ああそうか、そうだよね」って私は思うんですけど、どうなんでしょうか。

 

でもね、そこに「お金を払うこと」が絡むと、なんだか急に、

一般的には「微妙にあさましいイメージ」になるような気がするんですよ。


変な言い方をすれば、「女性が殿方へ対応をよくしたとき」に、

「性格がイイ」とか「外見がカッコイイ」とかを理由にしたときよりも、

なんかこう、「お金関連」だと一線を画してダークな感じに。気のせいでしょうか。


ここで、さっきの「5万円のお客さんと50万円のお客さん」の例え話に戻りますが・・・


キャバクラで働いていて「お客さんに恩返しをしたい」と思った場合、

「お世話になっている順」って・・・「長年通ってくれている」とかでも何でも、正直ある程度の額が嵩むわけで、

ぶっちゃけ「使ってくれたお金の額」との関係は、決して無関係ではないですよね。


女の子のもらうお給料は、女の子ひとりひとりの生活費は、

他でもない「お客さんの払ってくれたお金」から、生まれているわけですし。

沢山払ってくれた人は、それだけ沢山お給料に貢献していることは事実であって。

そりゃお世話になっていますよね。ね。


でも、「だから」50万円のお客さんを優遇したりすると、5万円のお客さんは、

「じゃあオマエは金なのか、金で態度を変えるのか、所詮金持ちが良いのか」

ってなっちゃったりもしませんか。たまに。(←万人じゃないですよ勿論)


それはそれで、分かるんです。てか額じゃなくて気持ちだろ、と。

払えるなら払ってるよ、仕方ないじゃんか・・と私だって思うかも。


そもそも、50万円のお客さんにとっての50万は、5万円のお客さんにとっての5万かもしれませんし。

って、「50万円のお客さんは金銭的に痛くないんだろうから別に50万円払ってもらっても有難くない」とか、

決してそゆ意味じゃないんですけど、「その場で払ったお金への本人的な重さ」は、もしかしたら多々、

5万円のお客さんのほうが大きいこともあるかもしれませんよね。


しかし、もしも「本人的な重さ」が違ったとしても、いやむしろ「違うからこそ」かもしれませんが、

たとえば文句のひとつも言わずに大金を使ってくれるひとを「ラクだからいいや」って放っておいて、
あんまり来なくて文句を言うひとや色々細かく求めてくる人によくする、ってことは、大抵の娘はしませんよね。


もちろん「俺なんか二の次三の次でいいから」「良いお客さんに良くしてあげて」って言う、

5万円のお客さんも世の中に少なくないですし、人それぞれですけど。


んー。難しいなあ、キャバクラって。


そりゃ不景気だろうし、5万円のお客さんと50万円のお客さん、
どっちが人口的に多いかって言ったら、圧倒的に5万円のお客さんじゃないですか。


だから、「5万円のお客さんに優しい考え方」をマジョリティにしたほうが、
万人へ発信した場合、嫌悪感を抱かれるリスクが少ないんじゃないかと思うんです。


でも、自分がいざ50万円のお客さんになったなら、「みんな平等よ」って言われて、
「5万円と全く同じであること」が嬉しいかって言ったら、別に嬉しくないと思うんです。

かといって腹立ちもしないかもしれませんが。分かんないけど。んー。


何て言えばいいんだろう。


「5万円と50万円を一緒にすると、50万円のお客さんに失礼になるのではないか」

っていう考え方は、5万円のお客さんに失礼か否か、みたいな。


「金で優先度を変える女」or「万人に平等な女」って書くと、

どう考えても「万人に平等な女」のほうが美しいような気がするのだけど、

果たして「その平等さ」は、本当に接客業として心がけねばならぬ「万人に喜ばれるもの」なのか否か、

てか「万人」というくくりの中に50万円のお客さんは含むのか否か、もしも「喜ばないだろうから含まない」のなら、

そもそも「万人」って言葉の定義は何だ、でも大抵の人の「万人」は「自分」のことだったりして、みたいな。


その前に、そこでマジョリティを求めることが、おかしいのか。

自分的な方針の答えは、出ているんですよね。実は。


うん。

とある尊敬している素敵な大先輩に、言われた言葉があるんです。


「考えるな、感じろ」と。


自分は、お客様に「あれを話そう、これを話そう」と思ったことはない、と。

計算して、戦略を立ててってより、感じたままに振舞ってるアンタのほうが魅力的だよ、と。

笑顔には凄い力があるんだよ、と。


そう?そうなの?みたいな。影響されやすくて単純なんで私。

それ以来、接客中に、見事に何も考えてませんよね。何にも。


あまりにも考えな過ぎて最近どうかと思うんですけど、話しているときにあれこれ考えていない分だけ、

お客さん達の「素敵だなあ」と思うところが心に強く残るんですよ。(←残る残らないの明確な基準は不明ですよ)


最近いくつか書いている「心に残った言葉」も、そうなんです。

なんか、ピンポイントで残る。自分の中にダイレクトに入る。気がする。


だから、「この人によくしよう」とか「この人はよくしない」とかも、いちいち一所懸命考えることはなくて。

でも、「計算とか戦略とか考えていないから万人へ平等よ」じゃないんですよね。間違いなく。


私は「みんなに平等よ」って言えないと思う。だって、きっと、平等にはなっていないもの。


自分がイイと思ったらイイし、嫌なモンは嫌だから・・・

「結果的に私の対応・反応が良い悪い」は多々生まれている。はず。

そうそう、「葉。 」で、「光合成をしたい」みたいなことを書いてしまったからでしょうか。


「おまえが葉?はあ?笑わせんなよ、俺は全然癒してもらっていないし、だいたい返信もないし」

っていう内容のメールを、ちらほら貰うんですよ。主に疎遠なお客様から。いや、「主に」じゃないわ。

ぶっちゃけ「滅多に来ない人」「最近全然来ない人」オンリー。


それって、もしかしたら私が無意識に、「滅多に来ないから」「最近全然来ないから」、

他のお客さんを優先にしてしまっていて、そのぶんレスポンス頻度が低くなっていたりとか・・・

何らかのカタチで対応を変えているっていうことかもしれませんよね。


んー。怖いなあ。

本心で私はどう思っているんだろう。


てかそゆ場合、お客さんには何て言ったらいいんだろう。


私自身の力にも限りがあるから、「周りの全ての人にとって最高の癒しの存在」になることは、

確実に無理があると思うんです。全力で頑張って、一人とか二人とかが精一杯かもしれません。


ただ、みんな癒しは欲しいだろうし、何らかの理由であまり他から癒しを得られない人は、

ここに「癒したいんだぁ」って公言しているメスブタが居れば、そりゃちょっとだけでも期待するわけで。

それは悪いことじゃないし、むしろいいことだと思う。


されど、


「俺の使った金や労力がどうであれオマエは俺を癒してくれるんだろ?なあ?」

ってスタンスで来られると、どうしたらいいか分からなくなる。

そゆときは、先ほどの「平等営業」のほうがスジが通るような気がする。


「お客様は神様だ」ってよく耳にするけど、別にお客様じゃなくても、

「とりあえずみんな笑顔だったらいいよね」って、私は思うんです。

「笑顔に加担できるんだったら、もっといいな」って。


でも、くどいけど、限界があるんですよね。


「加担を欲している人」と「加担したいと思う人」と「加担したら得するであろう人」は、

全てイコールじゃなかったりして。必ずしも比例しない気が。


「欲している人」と「得するであろう人」は何となく考えたら分かるかもしれないけど、

じゃあ私が「したい人」って何だ、と。「したい」って強く思うときと思わないときの差は何だ、みたいな。


日頃が感覚のままだから、自分で分かっていないんですよ。

そこで「平等ってなんだ?」「平等は本当に美徳か?」「万人に喜ばれるってなんだ?万人ってなに?」

っていう、よく分かんない疑問が生まれちゃったわけなんですけど。んー。


「自分がネガティブになると、他人の言動もネガティブに捉えがちになる」っていう話があるじゃないですか。

たしかに、落ち込んでいる人のほうが「怒りだす地雷」が多いんですよ、経験上。

同じことを言っても、相手によって、喜ばれたり悲しまれたりしますよね。難しいなあ。


・・・あれっ。オチを考えていなかったわ。どうしよう。


まあ、お金の話から「平等って何だろうねー」って感じで、特に結論は無くて。

案の定「深く考えず垂れ流し」なんで、また「何が言いたいか分からない感」が満載で。

どうでしょうか。いいでしょうか。そんなんで。まとまんないまんま書いちゃってすみません。


いやー。でも最近また、どうでもいいこと書けるようになったなー。嬉しいなー。超自己満足。


極度に落ち込んでいたりすると、お知らせ的なものはわりと簡単に書けても、

「思ったこと」「悩んでいること」みたいなのは書きづらいんですよね。

だって、何か言われたら、立ち直れないじゃないですか。自分が辛い状態だと。


あああっ。トイレットペーパーの話を書きそびれたー。書きたかったー。


・・・いいや。また近々、ということで。


ちょっと腹痛が治るまで、ごろごろしてみます。


腹痛の酷さによる吐き気、とか何だろうこれ。すげえ腹がつらい。変なもの食べたかしら。

気持ちは元気ありあまっているのが悔しいわ。ぬー。おそといきたい。いや、ごろごろせねば。


では☆

2009年06月01日(月)

もえはうす・2。

テーマ:2009年に書いた記事


★現役キャバ嬢雀荘経営者の愚論理哲学論考★-20090531170548.jpg



もえはうす裏方で、爆笑した物体です。


・・・・・・ハイセンスだなあ、マコさん。


(※本当に極一部の麻雀好きの方々にしか伝わらない話題ですみません。

   特に東風が好きなひとには伝わるのかなー・・・このニヤリ的な笑い。って、私が言うのもアレですけど。)

2009年05月31日(日)

もえはうす。

テーマ:2009年に書いた記事

こんばんは。

雨でしたね。ダービーでしたね。


今日もえはうすへ、行って来ました。

遊びに来てくださった皆様、本当にどうもありがとうございます。


おかげさまで、久しぶりの満卓状態を見ることが出来ました。

すごく幸せです。私のワガママに付き合ってくださった方々、感謝してもしきれません。


今すぐに一人ひとりにお礼を申し上げて回りたいのですが、ちょっともう・・・

完全に言い訳にもなりませんけど、実は朝5時から全力で動いていて、そろそろ並々ならぬ疲労が(>_<、)


遊びに来てくださった皆様、どうか個人的に後日改めて、お礼を申し上げさせてください。大変申し訳ありません。

重ね重ね、今日は本当に本当に、どうもありがとうございました。


皆様に明日も素敵な夜が訪れますように。心から。


(※そうそう、日給以上に麻雀を負けたことは、内緒ですよ。誰にだ。)


かしこ。