2006年11月26日

中国講演用資料 その4

テーマ:過去のテキスト
さて話が少し逸れましたが、この基本数値には非常に面白い特徴がありまして、ある値段がモミアイ相場の中心的価格を形成する時には、その値段をつけた日から数えた基本数値の日に同水準となるか、高値、安値をつける、という傾向が極めて強いのです。

20061126図6
図6 上海A株日足均衡表

図6を御覧下さい。これは上海A株の日足均衡表グラフでありますが、このグラフで1月4日から4月13日、あるいは5月23日から先行スパン上限を上抜くまでの変動はそれぞれ1月4日の値段を中心、5月23日の値段を中心としたモミアイ相場であると言えますが、1月4日から9日目は1月14日で同水準、2月25日高値は32日目で基本数値33と一日違い、4月13日は65日目で同水準であると同時にそこから下に離れています。同じ様に5月23日を起点として基本数値の顕れ方を見るならば、26日目が6月27日高値、37日目が(これもまた一種の基本数値)7月12日安値、42日目が7月19日安値となっており、8月18日高値は64日目となっています。

つまり相場変動を上げと下げが交互に起こるという捉え方ではなく、モミアイとその離れが交互に起こる現象であると捉えるならば、基本数値を一種の節目として離れが起こりやすいと言う事なのです。

この基本数値の中で最も重要な数を26と置くのでありまして、基本的には遅行スパンも、基準線と転換線の好転逆転も基本数値での離れをチェックしその瞬間に乗ずるものであります。

以上短い時間の中に多くを詰め込みましたので、判りにくい点もあるかと思いますが、皆さんの勘を養う為には独学でも充分均衡表は理解しうるでしょう。

終わり
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2006年11月23日

中国講演用資料 その3

テーマ:過去のテキスト
20061123図5

図5 AからLまで安値から記号を入れる。

今一度ドル円日足均衡表グラフを御覧下さい。今度は上昇、下降日数の日数を入れて波動の変遷がわかるようになっておりますが、AからDまで19上げ20下げ20上げの三波動形成を成した押しの限界がEの先行スパンの位置となっており結果的にAD57日間の上昇に対し、EL56日間の上昇で三波動を形成する相場となっている事理解されると思います。またE以降の上昇も、それぞれ均衡表を押し目としながらEG25日に対し、GJ24日のような三波動をとりながら上昇しています。

このように均衡表各線と実線の交わり、反発は相場にとって非常に重要な関わりを持ってきますが、このようなポイントが売買ポイントとなるのは、均衡表各線の交差を売買のポイントとする事と、本質的には同じ意味があります。
結論から申し上げればこれらは基本数値による離れの瞬間を示唆するものでありまして、誤解を恐れずに言えば、均衡表では基本数値での離れを売買のポイントとするのです。


17(9×2-1)
26
33(17×2-1)
42(17+26-1)
51(26×2-1)
65(33×2-1)
67(17+26+26-1)
76(26×3-2)
83(42×2-1)
97(33×3-2)
101(51×2-1)       基本数値

基本数値は9と26を一種の絶対数として組み合わせた数ですが、これらの組み合わせは、同時に対等数の関係にもなっている事から、一つには安値あるいは高値を起点として波動変遷を探るという活用目的があります。
例えば安値から高値まで26日の上昇であったならば、その後重要な節目として51日目76日目はあらかじめ見当をつけておくことが出来ますが、同時に基本数値で高値あるいは安値をつけた直後に均衡表を悪化させるような場合、相場の転換を強く示唆する場合が多いので、皆さん実際に数えてみて下さい。

続く
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2006年11月18日

中国講演用資料 その2

テーマ:過去のテキスト
さて一目均衡表の目的の一つが相場の方向を直感的に判断する事である事はひとまず理解されたと思います。
もう一つの目的は売買のポイントを見出す事にありますが、これは後ほど簡単に述べるに留めまして少し今の話を続けます。

何度も「直感的な判断」と述べておりますように、ここまで述べた均衡表での判断は客観性にかける判断であります。単純に押しだから上げ相場、という判断方法は確からしさにかけるのでありまして、ドル円相場で例えば7月の天井の時に上げ相場を判断する事は非常に危険だと言えるでしょう。そのため相場の方向性について把握している事が重要になってきますが、均衡表では次のような捉え方で相場の方向性を把握しようとします。

20061119図3

図3は図1で示した高値安値の切り上げ波形の最も単純な形でありまして均衡表では三波動Nと言います(下げの場合は逆の形)。
均衡表の場合三波動とは単純な形ではありませんで、①から③までの時間関係あるいは計算値を達成した三波動をNとして捉えますが、上げ相場も、下げ相場も基本的にはNもしくはNの連続として捉えられることを利用して、相場の方向を確定していくものです。
考え方としてはAからBまで上げた後、Bからの下げが押しの限界で留まるならばCから①から③のいずれかのNを形成する形でDまで上げる。という考え方であります。

20061119図4

そうしますと、D以降の下げが押しならばFまでCを起点とするかAを起点とする三波動を形成して上げ、Fからの下げが押しの限界に留まる時にはA、C、Eのいずれかを起点として三波動が形成されていく事となりますが、一般的に上げ幅の半値を押しの限界として見るという見方が古くから知られております。
この場合EFの半値、CFの半値、AFの半値がF以降の相場の押し目として重要なポイントであるという事ですが、一目均衡表の図表はこれらのポイントを端的に見るものでもあるのです。転換線は9日間の半値、基準線は26日間の半値、先行スパンは52日間の半値を26日先行させたものですが、図4で言えばそれぞれ大雑把にG1、G2、G3のポイントを相場の起点にこだわらずにチェックするという意味があるのです。

続く
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2006年11月16日

中国講演用資料 その1

テーマ:過去のテキスト
一目均衡表は現在相場の世界で広く知られるものとなっています。特に日本では罫線を活用する人ならば、知らない人はいないほど有名なチャートですが、その本来の活用法を熟知しているのはごく僅か、というのが実際のところです。

今日は、中国の皆様に一目山人の思考法の結晶とも言うべき一目均衡表について解説する機会を頂きました。時間の関係で、全てをご理解いただくことは難しいのですが、何か一つでも得るものがあれば幸いであります。

それでは早速この図表の活用目的を二点挙げたいと思います。
一つは名前の通り、一目で相場の方向性を判断する事。これはあくまで直感的な判断でありまして、この判断が売買に直結するかどうかは相場次第なのでありますが、図1を御覧下さい。

20061116図1

図1 上げ相場  押しを入れながら上昇  安値、高値の切り上げ
   下げ相場  戻りを入れながら下降  高値、安値の切り下げ

テクニカル分析では
上げ相場は安値、高値の切り上げ、下げ相場は高値、安値の切り下げという捉え方で相場の方向を論じます。相場の値動きが如何なるものであっても、安値高値を切り上げつづけるものは上げであり、切り下げ続けるものは下げるという事は誰も否定し様の無い真理でありまして、形を見るだけで直感的な判断が成り立つ事は理解されるでしょう。

つまり図2のドル円日足のように安値高値が切り上げているグラフを上げ相場と判断する事は暫定的なものとしては充分でありまして、この判断方法では、7月21日安値を割るような時に相場の転換を想定する事になります。

図2  ドル円相場日足ローソク足グラフ(上)と日足均衡表グラフ(下)

20061116図2

この日足グラフの一目均衡表は下になります。一目均衡表のどれかの線が押し目のポイントに位置する事はそれこそ見ればお判りになるかと思いますが、一目均衡表を使う事によって直感的な判断が容易に、しかもより適切に成される事お分かりでしょうか。
上のグラフでは安値を完全に割り込むまでは判断を変える事が出来ませんが、均衡表はそれぞれが適切に押しあるいは戻りとして機能しやすい傾向があるのです。

つまり
均衡表各線が押しとして働いているものは上げ相場
戻りとして機能しているものは下げ相場
どちらも機能しない、どちらも機能するという特殊な場合一種のモミアイ相場、あるいは転換
という判断が成される事。先ず理解いただきたいと思います。

続く
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2005年12月11日

テキスト補足

テーマ:過去のテキスト

 10月12日に載せた文章を書く前に、シャーロックホームズの方法論を例に挙げ、本質的な意味で一目山人の思考法はシャ-ロックホームズと同様であることを書きました。パソコンを壊してしまい、当時の文をお見せする事が出来ませんが、参考文献として、「シャーロックホームズの記号論」「シャーロックホームズの論理学」のどちらを紹介すべきか少しだけ悩みました。


 結果的には岩波から出ている「シャーロックホームズの記号論」を選んだのでありますが、前者は実際にはアメリカの哲学者パースとホームズの共通点を論じたものであり、後者は題名通りホームズの方法論が論理学そのものである事、明快に説明している本でした。


前者を選んだのには次の二つの理由がありまして、一つはパースの「アブダクション」、直観的判断の重要性を特に強調すべき、と考えたからです。

もう一点は「シャ-ロックホームズの論理学」の結論を私自身素直に受け入れがたい事が理由としてありまして、同様に確からしい結論に対してどのような対処を取るべきか、という点において、均衡表読者に早合点をしていただきたくなかったのであります。

「シャーロックホームズの論理学」では当時の新しい学問である確立、統計学の影響を重視しておりまして、合理的に結論づけられるいくつかの仮説に対しては確立の高いであろう方を選択するするのがホームズの方法論であると説明しています。

これだけを読んでしまうと頭でっかちな単純な論理系だけで相場変動を捉えてしまう人が出かねないと言う事で「記号論」の方をご紹介しました。


 それは別にして、当時読書を進める中で、ホームズ物語の作者であるドイルとマックスウェイバーと一目山人の共通点が気になって仕方ありませんでした。共に近代人的価値観を共有しておりまして、山人と同世代の日本人に対する視点が変わる事となりました。

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2005年11月09日

テキスト補足その2

テーマ:過去のテキスト

 均衡表原著を読むと、一目山人の相場変動論が多くの先人達の方法論を模したものでである事、山人の告白から判ります。哲学、論理学の先人達を模しているとは言うものの、その解釈、活用方法が極めて独創的といえるのですが、私は知識が増えるにつれ、山人の仏教研究者(この様に言うと祖父は怒るでしょう、自分は単なる仏教者であると)としての質の高さに改めて驚いたものであります。


 例えば相場変動は西洋論理学では捉える事は出来ない。東洋論理学でなければならない。という記述をご記憶の方は多いかと思います。このコメントに対するテキストとして井筒俊彦の晩年の著作である「意識の形而上学」という本を興味がある方には読んで頂きたいと思います。

故井筒氏はイスラーム学の世界的権威でありまして、岩波文庫からも「コーラン」「イスラーム文化」等判りやすく、優れた書籍が多くありますが、晩年の研究テーマは東洋思想の論理構造について明らかにする事であったようです。

東洋論理学の特徴は二点ありまして、一つは人間の認識をも含めて論理が展開していく事、もう一つは西洋哲学と異なり、言葉も論理も常に両義的意味を持つ、という事であります。

私は色々と本を読んでおりますが、井筒氏ほど明晰に東洋哲学の本質を語っている人を知りませんでした。一目山人はさらに以前からこの本質について理解、整理出来ている事に驚きました。


 例えば「準備構成」一つにしても上げ相場の為の準備構成が、ある時間を経過し、一本の騰あるいは落によって直ちに下げの準備構成として意味内容を変える。という相場変動論は西洋論理学で説明出来るかどうか疑問であります。

 それは別として、これらに対して理解が深まった事で私の波動論に対するこだわりは更に強くなりました。

三波動を基本として変遷を捉える、という事自体、実は相場の「方向」という両義的意味合いの強い概念を明確にするための最大の工夫である事が理解できたからでありますが、一般の方は勿論ここに書いたような事を知らねばならない訳ではありません。


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2005年11月08日

テキスト補足その1

テーマ:過去のテキスト

カントから、一目山人が何を得たか、について私なりの想像であります。


一つは売買において、基本的に上げるから、または下げると考えるからアクションを起こすわけですが、その判断の大元は何か、について徹底させる事が出来た事でありましょう。

つまりカントの言うようにAはBである。だから上げるまたは下げる。という形式にならざる得ない。ということです。

そうしますと、「押しだから上げる」「下げきったから上げる」「戻りだから下げる」「上げきったから下げる」という4つが大元になるのであって、時間関係が一致したから、あるいは転換サインが出たから、といった条件が大元の判断になっていない事が判ります。ただしこの様に論じてしまえば必ず客観性の問題が出てくる訳でありまして、その解決策もカントから得た事と思います。

すなわち誰が、いかなる個人的な捉え方をしたとしても、必ずこうだと言いえる命題のみで論理を組み立てる。と言う事ですが、均衡表の波動論こそ、その最も大なる工夫と言えるでしょう。


 上げ相場は安値、高値の切り上げ、下げ相場は高値安値の切り下げであり、人によって高値安値をどのポイントと捉えるか判りませんけれど、この事自体は絶対に正しいものといえるのであります。


この続きは、つたないながらも公式ホームページ「一目均衡表とは」http://ichimokusanjin.hp.infoseek.co.jp/whatkinkou.htm で書いていきましたが、このブログでも何度か述べていますように、波動論こそ方向性把握の大元だと考えます。

とは言え、均衡表の波動論については、定義が難しいのでありまして、それは諸個人の認識を一旦は許容する点にあるのであります。


 続きは後日書きますが、カントについてコメントした後、故井筒俊彦氏の晩年の研究テーマである東洋哲学の論理構造について、またゲーデルの論理学について書いていくつもりでありました。しかしながら私には荷が重過ぎますし、均衡表に徹底する事が私の仕事でありますからいつ書くことが出来るか判りません。


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2005年11月07日

テキスト「カントについて」

テーマ:過去のテキスト
判断の形式

 私たちの判断は、常に「AはBである」という形で表現されます。論理学ではこれを命題といいますが、直感的に得られるものと、論理的な推理によって導かれるものの二つに大別されます。さらに、この推理も直接推理と間接推理に大きく分ける事が出来ます。

 直接推理は、前提となる判断が一つで、そこから直接に結論となるべき判断が導き出されるもので、例えば「四月一日から二十日まで相場は上げた」➡「四月一日から二十日までの相場は下げではない」というような推理になります。推理と言っても同じ事を言っているにすぎません。 間接推理は、二つ以上の前提から結論を導き出すもので、一般的には三段論法と呼ばれます。例えば「一目均衡表は相場変動を見るのに適している」「為替変動は相場変動である」➡「一目均衡表は為替変動を見るのに適している」という推論形式です。

 以上の事を踏まえた上で、哲学者カントは判断を証明可能な判断と証明不可能な判断に分けます。例に挙げた「為替変動は相場変動である」という判断は証明可能であれば三段論法で表現されます。この場合「為替変動は相場変動である」を導く二つの前提が存在する事になりますが、これらの前提もまた複数の前提によって支えられるものであります。しかし、論の出発点を限りなく追いかけていくと必ずや直感で得られたとしか言いようの無い、証明不可能な判断にぶつかる事になるでしょう。
 カントは、三段論法によって導く事が出来ないものをアプリオリな判断、証明可能な判断(三段論法で導く事が出来るもの)を経験的な判断、とした上で、私たちの思考がこの二つの判断によって成り立っている事を説明します。そこで人間の思考、判断の過程から限りなく経験的なものを排除していくと、直感的に得られる、三段論法では導くことの出来ない判断だけが残ります。判断は常に「AはBである」と言う形で表されますから、Aという概念を、Bという概念に置き換える「概念化」こそ、思考、判断におけるアプリオリな姿である、と説くのであります。

 さて、カントが認識過程を
1、ある現象を、五感を通じて直感として受け入れる
2、受け入れたものを思考して判断を下す
という直感と思考の形式として捉えている事は以前ご説明しました。この人間の精神作用から経験的なものを全て取り除くならば、次のような事が言い得るでしょう。

時間と空間という内なる直感形式で受け入れた直感を「AはBである」という命題に言語化する。
これこそあらゆる人に共通する精神作用である。と言うのがカントの結論であります。ここでカントは極めて重要な事を指摘しております。私たちが「AはBである」と直感的に判断する際、A自身の明晰性によってBと判断されるというよりもむしろ、B概念自身の明晰性によってBと判断される。という指摘であります。
 私たちは相場の上げ、下げを論じる際に(罫線を使う場合顕著にその傾向があらわれますが)、上げの期間と下げの期間が交互に存在するかのように捉えがちであります。テクニカル分析における転換サインや、サイクル論が成り立つ前提は、「相場変動というものが明らかに上げの方向性、下げ方向性、という性質を持っている」と捉える事にあります。
 しかし方向性という概念には、相場の価格推移の方向性に関しては、山人の言うように「動くか、動かないか」「動くとすれば上げか下げか」しか無いのでありまして、方向性という概念自身の明晰性によって上げ、下げを認識せざるを得ない。そういう認識論の立場を認めるならば、存在論のみに立脚したテクニカル分析は批判されるべきではないでしょうか。
 さて一目山人の相場研究は大正時代に始まっておりますが、この時代テクニカル分析、ファンダメンタル分析、などというものはありません。同時代の高橋亀吉氏はファンダメンタルズ分析の評論家として現在でも評価が高いのでありますが、この人の著作を読むと現代のファンダメンタルズとは随分趣が違っておりまして、思考方法は現代の証券アナリストよりもむしろ山人に近いものがあります。おそらく一目山人は自分自身の判断方法だけではなく、手法の異なる高橋氏のような相場関係者の相場判断が、何に基づいているものなのかを整理して考えた事でしょう。私なりに想像したものを、新しいテキストでご説明しておきましたが、主観的、直感的に捉えた相場が、客観的に正しい、と言いえる瞬間こそ、山人にとっての売買ポイントになるのでありまして、カント哲学を出発点として相場を捉えなおすとすれば結局は波動論が中心にならざるを得ないと思います。ただし認識論を含んでいる以上、波動も多義的な意味内容を持つ物になりますので、その点を御注意ください。

基本波動

 罫線を見ると、上げ方向、下げ方向が存在するかどうかは別として、グラフ上に必ず最高値、最安値が存在していることだけは確かであります。グラフの出発点と、この二点と、今現在を直線で結ぶならば、次のような八つの波形を認める事が出来ます。

720051107基本波動1

1と5は四点が全て異なる場合の波形。その他の波形は出発点、現在値が最高値もしくは最安値になっています。均衡表的に表現すれば、2、3、6、7は二波動、4,8は一波動であります。出発点、最高値、最安値、現在値が別々に存在し、同じ値段の時には

720051107基本波動2

上図のような、もみ合いとして認識されるような波形になります。
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2005年10月29日

カントについて

テーマ:過去のテキスト

 二律背反については相場方向性を問題にする場合肝に銘じておかねばならないと考えます。

基本的には将来の方向、等というものは上げるとも下げるとも、また動かないとも判断しうるものでありまして、多くのテクニカル分析信奉者のように直感的判断で起点を変え、判断方法すら変化させているようでは、結果的に自分の望む(期待する)想定をしがちなのであります。


 そもそも上げる、下げる、という概念そのものに問題があるわけでありまして、一目山人が相場研究の出発点でこれをきちんと整理している点は良くご理解いただきたいと思います。


 それは別として一目山人の哲学への興味は、そもそも仏教に対する興味から始まっているのであります。

明治の日本の仏教界はその存在意義を問われる時代でもありましたから、積極的に西洋哲学を取り入れます。現代では日本仏教学とも言うべき研究成果をほこるものでありますが、山人の若かりし頃はまだなお実験的、その認識が浸透するまでには到っていない気がします。

例えば金子大栄師の大正時代の講演禄などを読みますと一般向けになされているはずの話の中に、いたるところで哲学用語が出て来ます。

何も相場を判りきる為に哲学を勉強せねばならぬという主張が私のエッセイの中にあるわけではなく、人それぞれ思考の流れによって出会うべき思考がありますので、これをきっかけに、先人の優れた思考に触れて頂ければ良いと思います。



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2005年10月28日

テキスト「認識について」

テーマ:過去のテキスト
カント

 へーゲル流に言えばカントは哲学の変革者であります。「神は存在するか否か」を問題にしてきた近代哲学を「人間理性の限界に関する学」として再構築したからです。
 当時のヨーロッパでは産業革命、フランス革命等、次々と起こった激動の時代で、現代に通じる「市民社会」が成立しはじめた時期にあたります。この市民社会が成り立つ為には、自分で考え、判断し、責任を負う、という自己責任が共通認識として存在せねばなりません。
 カントの哲学は時代の要請に応えるものでした。それは、人間は何を知りうるか、何をなすべきか、何を希望してよいか、という問題を通して「人間とは何か」に答える人間学としての哲学です。

 今回はカントの哲学を借りて、一目均衡表の原点を語りたいと思います。現在品切れになっている総合編において、山人は「カント哲学を相場研究のための第一の学とした」と述べておりまして、以前コメントしたヘーゲルやベルクソン以上に示唆してくれるものが多い、と考えるからです。


二律背反

 1766年のカントの著作「視霊者の夢」は超常現象をテーマにしています。超常現象を扱う書物は現在も数多く出版されていますが、論を展開した上で肯定か否定の結論をだすものがほとんどです。しかしながらカントのこのエッセイは超常現象についてどう認識すべきかという認識論に重点を置いていて大変興味深いものであります。

 当時スウェーデンボルグ(1688~1772)という視霊者が千里眼、その他の超能力を発揮したということで、ヨーロッパ中の話題となりました。
 スウェーデンボルグの能力を信じて、その根底にある神秘主義を確信する者と、イカサマと判断して相手にしない者の対立を反映してか、カント自身はキリスト教徒として心惹かれる部分と、学者としてうさんくささを感じる部分の相反する印象を持っていたようです。
 カントはスウェーデンボルグの超常現象について二つの論を展開させていきます。一つはスウェーデンボルグ自身の主張する説明論理を用いた、「超常現象は現実で、スウェーデンボルグは視霊者である」というもの。もう一つはデカルトの仮説を基にした当時としては科学的な説明理論を用いた「スウェーデンボルグは精神障害を起こしていて、幻覚を見ているにすぎない」というものです。

 カントはこれら相反する二つの論を提示した上で、どちらを真実とみなすべきか判断出来ない事を告白します。どちらも経験概念の限界を大きく超えているから、論理的な正しさは理解出来ても認識はできないものである。すなわち「視霊者の夢」にすぎないというのであります。
 このエッセイは後に二律背反論へと発展していきます。
 人間は、その認識能力を超えて思考したときに、必ず同様に確からしい、相反する、二つの命題にぶつかる。というものです。

a 世界は時間および空間に関して始まり、限界をもつ
b 世界は時間および空間に関して無限である

 これはカントが挙げた二律背反の一例ですが、彼に言わせればa、bは同様に、納得のいく、明白で反抗しがたい証明をすることができるのです。
 具体的には測りようのない、経験しようのない概念を論理として組み立てたところで、その論が論理学的に正しいものであっても判断しようがない。その事をカントは明らかにした訳です。

 これは裏返せば客観的な正しさを私たちは認識出来ない。ということになり兼ねません。なぜならば私たちの経験と、その知識には限界があるからです。それではカントは認識の過程と客観性についてどの様に考えたのでしょうか。(以前コメントしたヘーゲル、ベルクソンの哲学も二律背反に対する彼らなりの解答と見なすことが出来ますのでテキストを読み返してみてください。)


認識論

 カントは人間の認識過程を
1、ある現象を、五感を通じて直観として受け入れる
2、受け入れたものを思考(整理、法則化)して判断を下す
という直観と思考の形として捉えます。共に経験が大きく作用する事はいうまでもありません。

 この経験の作用を限りなく削ぎ落としていった後に共有される直観、思考をカントはア、プリオリ(先験)と呼び、ア、プリオリなものだけで打ち立てられた論理学によって、私たちは客観性を共有できる、と考えたのです。
 例えば犬が走ってくるという現象について考えますと、犬の飼主とそうでない人、犬に詳しい人と犬を見たことすらない人では、直観そのものも異なることが判ります。しかし「何かが近づいて来る」という事はどんな人でも感じ取ることは出来るでしょう。
 感じ取るという感性自体は主観的なものですが、この場合の「何かが近づいて来る」という直観そのものは、知識と経験に作用されることなく共有されるでしょうから、客観性を有していると言えます。
 さらに「何かが近づいて来る」を単純にすると、「何かが位置(空間)を変化(時間)させている。」という空間と時間の形式である事が判ります。

 空間と時間という内なる直観形式こそア、プリオリな直観であり、同様に思考に対してもア、プリオリなものを抽出することで、客観的な正しさを知ることが出来る。という事がカントの認識論の骨子となるのです。


罫線

 相場変動という現象を認識する場合のア、プリオリなモノが何であるかを考えれば、一目山人がカントに惹かれた理由がわかります。
 空間(値段)と時間の形式で直観したものを思考、判断する。というのであれば罫線ほどア、プリオリな直観形式にうったえるものはありません。罫線において、経験的な知識を排除してもはっきり言える(認識出来る)事は波動論であります。次回のテキストで論じるつもりですが、皆さんご自身でも考えてみてください。

2002年3月     細田 哲生


・二律背反からヘーゲルの弁証法は生まれたといっていい。カントが「認識の限界を超えた場合、二律背反に陥る」としたのに対し、ヘーゲルは「全てのものがもともと相反する性質を持っている、だから認識能力を弁証法的に高めていけば正しい判断が出来る」とした。

・ベルクソンはカントの言う直観そのものに批判を加えている。時間を空間と同様に扱うべきではない、として独自の直観を提示した。

・私たちが相場を認識し、売買する上で(客観的な)確からしさを判断出来ない。という場面は多々ある。一目均衡表は論理自体が単純であるだけに、上げと下げ、買いと売り、どちらの説明も可能な場合がある。工夫しながらこの門題はクリアして頂きたい。
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