自転車 | 技術的特異点前夜(シンギュラリティ) periscope



六年生の三学期
もうすぐ卒業式
中学は二校に別れて
仲の良い友達とも離ればなれになる

いろいろあったけれど
やっぱり少し寂しいし
窓から見る校庭も見納めだなと
なんとも言えない気持ちになる

その日は筆箱を持って来るのを忘れたようなので
友達にシャーペンとちぎれた消しゴムを借りた
授業が終わり掃除をして
戸締りの当番だった私は窓の鍵をしめる

窓の鍵は長い棒を差し込んで
クルクルと回すタイプのものだった
全ての鍵を閉めて最後に南京錠で前の扉に鍵をする

扉の外には水の張ったバケツが置いてあり
その中を覗き込み茫然としていると
川島さんという同じクラスの女子生徒が
私の肩をポンと叩いた

私はクラスで一番背が低く
川島さんは女子の中では後ろから三番目くらいの
背の高い生徒だった

成績はそんなに良くも無く
少し不良っぽい感じのする女の子で
そのせいか妙に大人っぽく見えた
端正な顔つきで可愛いと言うよりは
美人な姉御といった感じだった

私とすごく仲が良いわけでも無く悪くも無く
近くにいれば楽しく喋るくらいの関係だった

川島さんは袖をまくってバケツの水に手を突っ込んだ
そして私の筆箱をバケツの底から取り上げてくれた
私の手を取って渡り廊下まで行き
そこで筆箱のフタを開けて水を出して
ハンカチとティッシュで拭いてくれた

二人で学校から出て
買い食いをしながら途中まで一緒に帰った

すぐに卒業して別々の中学へと進学した
五月になり友達も出来て
クラスにも慣れ始めてきた頃
家に電話が掛かってきた
川島さんだった

「ひさしぶり!」
いつもの川島さんの声だった
「私、今日、今から自殺すんねん」
え?口調からタダの冗談に聞こえる
私が口をはさむ間も無く
「元気でね。じゃ」と電話は切れた

胸の中に嫌なものが渦巻いた
普通なら親に相談したり先生に相談するのだろう
ひょっとしたら警察沙汰かもしれない
私は大人に相談するような子供じゃなかった

三年生の時に半年続いた苛烈ないじめも
無事に親に気付かれないように隠し通した
親は電話で親戚に
うちの子はクラスの中心で人気者だと機嫌よさげに話していた
私の完璧な演技に隙は無かった

私は自転車を出して町中を走り回った
とにかく高いマンションの屋上を見て回った
ドキドキしていた
日が暮れた

うちは十九時の夕食が門限で
それを超えると引っぱたかれて
こっぴどく怒られる
数日前に十分ほど門限に遅れて
洒落にならないほど怒られた

公園の時計は十九時半
確実にひどく怒られる
胸がソワソワする

大宮五丁目のマンション群から一丁目まで
今市商店街から千林商店街まで
豊里大橋から赤川鉄橋まで
ひたすらペダルをこいだ

外は暗く
たまらない気持ちになってきた
二十二時
自転車に乗りながら
声は出していなかったけれど
泣いていた
ボロボロと涙が止まらなかった

二十三時に親に見つかり
連れて帰られた
私はワケを話さなかった
でももう探せない
自力で探す事が出来ない
見捨てたような気がした
願うしかなかった

翌日から
代わり映えの無い日々に戻った
嫌な噂も無かった

誰かに聞いた
川島さんはバスケ部に入って元気にやっているらしい
それを聞いても全然怒りもしなかったし
よかったと心から思った

数日後に町で偶然に出会った
私はあの日の事を思い出した
その時どんな顔をしていたかわからないけれど
私の顔を見て川島さんは
「ごめん」と言った

背中と後頭部に腕を回されて
あばらが折れるように絞めつけられた
私は何も言わなかった
口に飴を突っ込まれた
小さくなったいちごの飴だった






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