Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...
2011-07-09

Dangerous World Tour 2nd Leg in 1993

テーマ: ┣Dangerous Era
$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~

マイコーを想って私は、
今まで様々な言葉を紡ぎ出して来ました。

言葉にすると新たに見えてくることが
沢山ありました。

自分の中から自然にあふれ出る言葉たちは、
濁りがなく、
人から見ればどんなに稚拙な内容だったとしても
そこにはいつも私のありったけの想いが込められています。

そして今日私はとうとう、
1993年のマイコーに辿り着きました。
今まで私がずっと逃げてきたマイコーに。

「デンジャ期・慈善活動の歩み動画」
【Part3】作成時に、
初めて真っ正面から向き合った1993年のマイコー。

Michael Jackson 慈善活動の歩み
『デンジャラス』期3/3- Will You Be There-




1993年はマイコーにとって、
そして彼を愛する私たちFANにとっては、
栄光と裏切りが表裏一体となって
襲いかかった忘れられない年です。

◆NAACP Image Awardsの授賞式
◆第52回大統領就任祝賀祭典
◆The 20th ANNUAL American Music Awards
◆”Heal LA”Speech
◆Super Bowl Half Time Show
◆グラミー賞”グラミーレジェンド”受賞
◆ソウルトレイン”人道主義者賞”受賞

◆5月には共に「児童/世界救済運動」の共同会長を務める
元大統領ジミー・カーター氏と
予防注射キャンペーン、
アトランタ・プロジェクトの講演のため
アトランタを訪問。


などなど
1993年の前半には、
短い動画では追い切れないほどの
尊い歩みがありました。

詳しくは、
『慈善活動の歩み動画『デンジャ期』【Part2】について』
『1993年ソウルトレインでのマイコーが美しすぎる件♪』
でどぞm(_ _)m

その水面下で着々と進められていた
至上最低最悪の悪事。

私は今日、
避けては通れないこの事件と、
彼を『救済』するために書かれたこの本と、
今一度向き合おうと思います。

救済 マイケル・ジャクソン 児童性的虐待疑惑(1993年)の真相
(ALL THAT’S MJ)/ジェラルディン・ヒューズ



¥1,995
Amazon.co.jp

原書;
『Redemption:
The Truth Behind the Michael Jackson
Child Molestation Allegations』

●2003年の刑事訴追は
正義を捻じ曲げたものであり、
無実の人間に対する
(米国)法史における最も卑劣な攻撃だった。


トム・メゼロウ(弁護士)
(2005年裁判で勝訴したマイケル・ジャクソン側主任弁護士)

邦訳版の巻末に追記された言葉。

..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:

原書は2004年に出版され
マイコー自身も読んだという、
ジェラルディン・ヒューズ女史の
”Redemption”

1993年の事件を
時系列的に詳細に追ったこの告発本から、
再び引用させていただきますm(_ _)m

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

本書を書き終わったとき、
私はこの児童性的虐待訴訟の裏で
企まれていた真の罠は、
エヴァン・チャンドラー、ロスマン弁護士、
メディアやタブロイド紙よりも
もっと深いところにある、と
神が言っているように感じた。

この全計画の核にあるものは、
”世界平和の達成”に向けた
マイケル・ジャクソンの切なる願いと
決意を断念させるための、
悪魔的な力
だと私は信じている。

人はすべて、
自分が創造された意義と運命を持っている。

人生において私たちが自分の定められた運命に
到達できないのは、
無知や愚かさ、何かの妨害による。

マイケル・ジャクソンの場合は、
彼が定められた運命に到達しようとするのを、
”故意的に妨害する行為”
彼を脅していたといえよう。

世界中の人々の平和共存を実現するために、
彼は意識的に
”自身のスーパースターとしての地位を利用”
していたと私は信じている。

この意図は、
宇宙の創造者、すなわち、
神から来たとしか考えられないのだ。

私は非常に強い悪魔的な力がこの地球上にあって、
人種間の溝を埋めて世界平和を推進しようと戦っている者、
全人類の平等を目指して戦っている者を、
誰であろうと破壊しようとしているのだと感じている。

このような平和のメッセンジャーを謀殺するのは、
この宇宙の悪の支配者-聖書的にはサタン(悪魔)ー
が何度も使ってきた手で、

今でもよくある手段なのだ。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

ジェラルディン・ヒューズ女史は、
ここまでハッキリと書いています。

今年の1月に『救済』を読み終えた私は、
1993年に彼に襲いかかったおぞましい
児童性的虐待疑惑について
何も分かっていなかったことを
思い知らされました。

この事件に無関心であったり、
漠然としか知識を持たない人々の中には、
「無実ならどうして和解金を払ったの?」
という愚問を未だに持ち続けている人もいるでしょう。

メディアが真実を報道していると未だに信じている人が…。

和解=有罪
ではない!!

「有罪と証明されるまでは無罪」

このごくごく当たり前な哲学でさえ
繰り返される偏向報道と
無知な人間であふれかえる世界の堕落の前に
影を潜めてしまいました。

完璧な人間などいません。
「自身の誤りを認め謝罪し、
許しを乞うことで救われる。」

というのがキリスト教の教え。

私は神様に、
そしてマイコーに許してもらえるのだろうか?

という疑問を日々抱きながら
このブログを書いています。

「はじめに」に記された
著者ジェラルディン・ヒューズ女史の言葉

”真の正義を実現するには
事実を知る必要がある。
その後に初めて本当の癒しのプロセスが始まる”


とあります。
私にとっては、この言葉が全てを物語っていました。

”真実”とは何か。

例え、残酷な真実が其処に待ち受けていようとも
私たちは愛する人の真実から目を反らしてはならない。

そう自分に固く決心しながら、
そんなおぞましい疑惑の最中、
『Dangerous World Tour 2nd Leg in 1993』
アジアからスタートさせたマイコーと
向き合います。

”1993年11月12日”
鎮痛剤依存の治療のため、
Tourをキャンセルするまでの
細かい時系列を
「マイケル・ジャクソン全記録」
より、抜粋ですm(_ _)m

想像を絶するような悲しみと孤独、
そして深い絶望の中、
彼はFANを歓ばす為に、
どれだけのライヴをこなしたのか…。


○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


■1993年8月15日、16日 
アジアツアー皮切りの香港ツアーをキャンセル

■8月17日
ロス警察は
13歳の少年ジョーディ・チャンドラーからの
児童虐待の申し立てを受けてマイケルに対し
正式に犯罪捜査を開始。

※LA警察、カリフォルニア州サンタ・バーバラの
マイケルのネバーランド・バレー牧場、
及びカリフォルニア州センチュリー・シティのコンドミニアムで
令状に基づき捜査を開始する。
両方の家から写真やビデオ・テープが何箱も押収された。

■8月21日
マイケル、午後11時30分タイ・バンコクに到着、
オリエンタル・ホテルにチェック・イン。

■8月23日  
オリエンタル・ホテルで
”Dangerous World Tour 2nd Leg”
の記者会見。

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~

■8月24日  
タイ・バンコクのナショナル・スタジアムで
アジア・ツアー開始1回目。
2回目は脱水症でキャンセル

※8月24日 マイケルの最初の声明文
代読:ハワード・L.ワイツマン弁護士-マイケルの代理人
「Legend of MOONWALK」さんより
http://legend-of-mwfc.la.coocan.jp/93_03.html

[原文]
My representatives have continuously kept me
aware of what is taking place in California.
I appreciate the remarks of Chief Willie Williams
and our Los Angeles Police Department.
I am confident the department will conduct a fair
and thorough investigation and its results will demonstrate
that there was no wrong doing on my part.
I intend to continue with my world tour,
and look forward to seeing all of you in the scheduled cities.
I am grateful for the overwhelming support of my fans
throughout the world.
I love you all. Thank you.

[和訳]
僕の代理人は、カリフォルニアでこれまでに
そして今現在起きている状況の経過を、
絶えず僕へ報告してきてくれました。
警察署長ウィリー・ウィリアムズ率いる
LA警察の思慮深い発言に深く感謝しております。
そして彼らが公正かつ徹底した捜査を行ない、
その結果が僕の行ないには
全く非が無かったという事を証明すると固く信じております。
僕はワールドツアーを今後も続けるつもりであり、
予定されている都市のそれぞれで
あなた方に逢えるのを楽しみにしております。
世界中の僕のファン達による熱烈な支持に深く感謝しております。
皆さんを愛してます。ありがとうございました。


■8月27日 
延期された2回目コンサートを遂行


■8月29日 
シンガポール1回目遂行、 
■8月30日
2回目直前に舞台裏で倒れて延期。

■8月31日
病院で脳検査。

※8月31日 シンガポールにて肉声テープ
 【 前日の公演直前の急病を受けて 】

[原文]
"I was suddenly taken ill last night
and I am sorry for the cancellation of my performance
and I apologize for any inconvenience it
might have caused my fans in Singapore.
I look forward to seeing you at the stadium tomorrow.
Thank you for your continued support and understanding.
I love you all. Thank you."

[和訳]
昨夜は突発的な病気で公演をキャンセルし、
シンガポールのファン達にご迷惑をかけてしまい
本当にごめんなさい。
明日スタジアムで逢えるのを楽しみにしています。
たゆまぬご理解・ご支持に感謝します。
皆さん愛してます。ありがとう。

■9月1日
シンガポール延期された2回目


■9月4日
台湾・台北1回目
■9月6日
台湾・台北2回目

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~


■9月7日
日本・福岡到着
■9月10日
日本・福岡1回目
■9月11日
日本・福岡2回目

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~


■9月15日
ロシア・モスクワ1回

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~


■9月19日
イスラエル・テルアビブ1回目
■9月21日
イスラエル・テルアビブ2回目

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~



■9月23日
トルコ・イスタンブール1回

■9月26日
スペイン・テネリフェ1回

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~


■9月30日、10月2日
南アフリカのコンサートをキャンセル
(その間、スイスのジュネーブのリズ別宅に滞在)

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~


■10月8日、10日、12日
アルゼンチン・ブエノスアイレス3回

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~


■10月15日、17日
ブラジル・サンパウロで2回

■10月21日
チリ・サンチアゴは背中の怪我のためキャンセル
■10月23日
チリ・サンチアゴで延期されたコンサート遂行

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~


■10月29日、31日 
メキシコ・アズテクスタジアム
■11月2日
メキシコでの3回目、歯痛のためキャンセル
■11月7日、9日、11日
メキシコ・アズテクスタジアム

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~


■11月12日
鎮痛剤依存の治療のためツアーの残りをキャンセル
虚偽の申し立てから来るストレスのため、
ツアーをこなすのに鎮痛剤に依存するようになったと説明。


○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


ここまでを動画では本当に駆け足でしか
追うことが出来ませんでした…。

本日は上記公演の前半部分
【アジア~中東~ヨーロッパ】
までをご紹介。


まずは2nd Legオープニングの地、
タイ・バンコク

”Wanna be starting something”
Live in Bangkok Aug24&27, 1993




$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~タイでDangerous World Tourをスタートし、
その後シンガポール、台湾と回ったマイコーは、
■1993年9月10日、11日”
日本の福岡ドームでライヴ。

”JAM”
のフルパフォーマンス!!

ラストはチコッと切れちゃってますが、
オーディエンスとのコール&レスポンスは
しっかり入ってます!!

”1992年来日時”
とは状況が全く変わってしまった中での
公演の最中FANの変わらぬ温かい声援に
胸が熱くなります。

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~
『全記録』には、
”ファンの持つのぼりには
「信じているよ」
「いつでも信じているよ」

と書かれていた”
とあります。

そして何よりも、
マイコーのなんら変わることのない
崇高なるパフォーマンスから
限りなく清らかな愛と奇跡をも感じる
貴重な貴重な公演ですキラキラ


”Jam”
Live in Fukuoka dome Sep10&11, 1993



◆2:48
の一瞬の笑顔を捉えてくれたカメラさんに
感謝感激ですキラキラ

この時、
日本初公開”Dangerous!!
だったのですね音譜 

「Legend of MOONWALK」さんの
以下のレポートが、
とってもオモローだったのでチコッと
ご紹介ラブラブ
http://legend-of-mwfc.la.coocan.jp/repo_fukuoka930910-11_dantour.html

━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─

10日は、
VネックTシャツの上に背広を着ていたけど…”

↓これ

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~

11日には、
しっかり白いYシャツと黒のネクタイをしてくれちゃって!”

↓いつものこれ

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~

だそうですあせる

↓このレポートに思わず吹いたっ!!

”この服は、背広の袖口に始めから
Yシャツの袖口の部分だけを縫い付けてある。
だから10日は、Tシャツなのに
袖口だけはYシャツという変てこりんなマイコーだった。”


「Legend of MOONWALK」さん
いつも本当にありがとうございますキラキラ



$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~日本の次は
■9月12日
モスクワ到着。

後に『HIStory』(1995)で発表される楽曲
”Stranger In Moscow”
はこの時、この地で誕生しました。

モスクワでのこの雨のステージは
印象に残っている方も多いと思います。


※過去記事
1996 インタビュー in Thailand

”Jam”
Live in Moscow Sep 15, 1993



『全記録』に記述はありませんが、
マイコーはモスクワでもいつも通り、
小児病院や孤児院を訪問しています。

以下の英文はこちらのサイトより
http://mjjtime.blogspot.com/search/label/1993?updated-max=2010-09-24T00%3A50%3A00-07%3A00&max-results=20

━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~Michael's first show in Moscow was
at the Lyzhniki Olympic Stadium.
While on his Dangerous tour in Moscow,
Russia for his concert there,
Michael postpones his flight out of Moscow,
instead goes to visit a hospital
for mentally challenged children there,
who rejoice at seeing him
and fight for his attention.

Michael holds a few children
in his arms and on his lap,
comforts and plays with them
and wishes to entertain them:

"I'd like to sing with them.
We all know a song together",


he says, visibly emotional.
He also visits children in a nearby orphanage,
who will sing a song to him in Russian,

━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─

ということですm(_ _)m

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~私は、
「みんなが知っている歌を一緒に歌おう」
と優しく優しく言っている時の
マイコーが大好きなのですキラキラ

◆2:31
"I'd like to sing with them.
We all know a song together",

が聞けます~ラブラブ


もちろんこの場面は
「デンジャ期・慈善活動の歩み【Part3】」
に入れましたよ~!!

BBC Moscow 93 reports



先ほどの英文やこの動画の解説によると、
◆2:39
マイコーが子どもたちの歌を聞いているのは、
小児病院ではなく、
近くの孤児院(orphanage)のようですね。

オープニングは、
「シベリアは君を愛している、マイケル!」
という感じ丸出しの歓迎っぷりですキラキラ

◆0:41では
アンソニー・ペリカノ氏も登場。

以下、『全記録』より、

━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─

調査官アンソニー・ぺリカノの告発によれば
”金銭がらみの事件”だとのこと

被害者だという少年の父親エヴァン・チャンドラーは
ビヴァリー・ヒルズの歯医者で脚本家志望だが、
マイケルに自作の映画プロジェクトへの出資を
要請していたものの断られたため、
腹いせに息子に対する性的悪戯の訴えを起こした模様。

マイケルの刑事専門弁護士ハワード・ワイツマンは
陳述をマスコミの前で読み上げた。
この頃から性的悪戯の話題は何カ月も
新聞、雑誌、テレビを賑わすことになる。

━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~モスクワの次は
■9月17日イスラエル・テルアビブに到着。

『全記録』には、

『観光でエルサレムを訪問
”嘆きの壁”では宗教的抗議者たちに迎えられたが
別の史跡である”マサダ”では歓迎された。』

とありました。

その”マサダ”での一枚の写真が
私の心を捉えて離しません。
この時の記事を書こうかどうしようか
ずっと迷っていました。

ユダヤ人が己の誇りを貫くために、
自害した場所。

旧約聖書にある「マサダの戦い」は有名ですね。

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~2000年前、
ローマ人に攻められたユダヤ人
約700名が最後に籠城したマサダ。

ついに力尽きて
千人に近いユダヤ人が自害した場所。
「マサダは二度と繰り返さない!!
がイスラエル軍の合い言葉だそうです。

ユダヤ人の底知れない力はここから始まった?

この要塞は海抜下約400メートルの
死海のほとりにあり、
しかも約600メートルの山の頂にあり
「山城」をなしています。


$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~「山城」というと、
鬱蒼とした緑に囲まれた印象を受けるが、
ここも木一本無い荒野であり、
一見して難攻不落の要塞。

死海のほとりにそびえる岩山状の砦
「マサダ砦」。

一世紀にユダヤ人が
ローマ軍によって滅ぼされた場所で、
マイコーは一体何を思ったのでしょうか?

翌日19日
Hayarkon Parkでコンサート。

”Human Nature”
Live in Tel Aviv Sep 19&21, 1993



20日
テルアビブ子供病院を訪問

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~

21日
テルアビブでの2回目のコンサート終了。


■9月22日
トルコ・イスタンブールに到着。

23日
Inonu Stadiumでコンサート。

”Jam”
Live in Istanbul Sep 23, 1993




■9月24日
スペイン・テネリフェ到着

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~

26日
Port of Santa Cruz de Tenerifeでコンサート。

”Jam”
Live in Tenerife Sep 26, 1993




■9月27日
9月30日と10月2日に予定されていた
南アフリカのコンサートがキャンセルされたため
スイス・グシュタットにある
リズのシャレーに数日間滞在。

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~

この時期に、
休暇がとれたのですね。

ほんの僅かな時間でも
身体を休めることは
出来たのかも知れません。

以上、
【中東~ヨーロッパ】
までのマイコーは、
「Legend of MOONWALK」さんの
以下のレポートを参照させていただきました。
http://legend-of-mwfc.la.coocan.jp/repo_euro4-okkake93_dantour.html

..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:

この後の、
アルゼンチン、ブラジル、チリ、
メキシコ以降と、
1994年のマイコーについては、
次の記事に続きます。

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~

..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:

では最後に、
”1993年Version・黒Jam”
をスペースの許す限り貼ってみる!!

1992年のキラキラVersionも好きだけど、
私はこの黒Versionにより惹かれますラブラブ

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~

$It's All For Love~FUNKなMichael Jackson~

↑この”口”が大好きだぁぁぁラブラブ
PR

[PR]気になるキーワード