2010-07-15 11:58:31
清水エスパルス特集NO5スタジアム
テーマ:清水エスパルス
今日は、ファミコンの日
1983年のこの日、任天堂が家庭用ビデオゲーム機ファミリーコンピュータを発売した
子供の頃ファミコンよくやったな
子供の頃は1日1時間とか決められてたけど(笑)
そうそう、普通ファミコンといったらこれだけど↓
dodoriaはこのツインファミコン持ってたんよ
プレステっぽくてカッコイくないですか
今回のBlogは清水エスパルスのホームスタジアムのアウスタについて
静岡市清水日本平運動公園球技場
"アウトソーシングスタジアム日本平
Nihondaira Stadium"
通称アウスタ
施設情報
所在地 静岡市清水区村松字大谷3880-1
開場 1991年
所有者 静岡市
運用者 静岡市振興公社
グラウンド 天然芝(135 × 73 m)
ピッチサイズ 105 × 68 m
収容能力
20,299人
歴史
1991年、清水市(現 静岡市清水区)に清水市日本平運動公園球技場(しみずし-)として開場。当初は13,000人収容でゴール裏とバックスタンドの上段部分は芝生席。同年、静岡県で開かれた全国高等学校総合体育大会(インターハイ)ではサッカーの試合会場として使用。
1992年のJリーグヤマザキナビスコカップより、Jリーグ・清水エスパルスのホームスタジアムになりました
しかし、ピッチの芝生が良好な状態を保てないこと、Jリーグで定められた収容人員を満たしていないなど問題点が多かったことから、1994年6月から改修工事が行われ、1995年3月に供用を再開。またこの際、愛称「日本平スタジアム」になり、以後一般向けにはこれが愛称になりました
1996年5月23日には、キリンカップ・サッカー・ユーゴスラビア-メキシコ戦を実施。ただし、改修後も最大収容約2万人という比較的小規模なスタジアムであるため、これまでにサッカー日本代表の試合を開催したことはなかったが、2009年10月8日にAFCアジアカップ2011カタール大会最終予選の日本代表対香港代表戦を開催した(結果は日本 6対0 香港、観衆16,028人)。
2002年のシーズン終了直後から、2003年の1stステージ終盤に掛けて、再び大掛かりな改修工事。このときピッチの芝が冬芝主体の物から、冬芝、夏芝混合のオーバーシーディング方式に変更。以降日本平の芝は常に高評価を受けるようになり、2004年、2008年、2009年のJリーグアウォーズでは、Jリーグベストピッチ賞を受賞している
2003年4月、清水市が静岡市と新設合併し、現「静岡市」となったのに伴い、静岡市清水日本平運動公園球技場に改称。
2008年10月、静岡市が、新たな財源を確保し健全な財政運営とスポーツの振興に資するため、同スタジアムに命名権(ネーミングライツ)を導入することを決定。静岡市と清水エスパルスが共同してネーミングライツ事業に取り組むこと、収入の配分割合を1:1を基本とすることなどを条件に公募をかけ、同年11月に静岡市駿河区の人材派遣会社・アウトソーシングが命名権を取得。2009年より4年間「アウトソーシングスタジアム日本平」の呼称を使用するようになりました
↑
確かに、去年初めて聞いた時はどこだ
って思いましたね
dodo的には未だに日本平だしww
応援スタイル
サポーターによる応援では多くの楽器を用いてサンバを踊るなど、応援に関してはJリーグクラブの中でもかなり特徴的な応援とのこと
特に本拠地の日本平スタジアムで大人数のサポーターが踊るサンバは非常に見ごたえがあるとのこと
ほう( ̄▽ ̄)
また、2008年から試合に勝利するとサポーターが応援の一種であるロコロコ(通称:勝ちロコ。原曲はブラジルのサンパウロFCのサポーター“INDEPENDENTE”が歌っている)を踊るようになり、2009年以降選手・サポーター・オレンジウェーブ・パルちゃん含めて皆で踊るようになりました
ほうほう( ̄▽ ̄)
普段は監督は入らず一部の選手のみが主だが、2009年第23節の静岡ダービーで5-1の大勝をした際普段は加わることのない長谷川健太監督や選手が揃ってサポーターと喜びを共にしました
おやまあ( ̄▽ ̄)
このノリは...
よっしゃー
俺も踊るぜ


もちろん、このBlogはサポーターさんと同じことをするのも目的の1つ
清水サポさんと「アミーゴ」になってきます
スタジアムグルメ
今回ももちろんスタジアムグルメを食べます
ホームページ見て、静岡黒おでん、チョイワルオヤジの富士山麓ケバブ(笑)が気になりましたが、やはりこれを食べな始まらんじゃろうというのは富士宮焼きそばでしょ
また、ガンガン紹介しますよん
ただ、食べ過ぎには注意しよう
iPhoneからの投稿
1983年のこの日、任天堂が家庭用ビデオゲーム機ファミリーコンピュータを発売した

子供の頃ファミコンよくやったな
子供の頃は1日1時間とか決められてたけど(笑)そうそう、普通ファミコンといったらこれだけど↓
dodoriaはこのツインファミコン持ってたんよ

プレステっぽくてカッコイくないですか

今回のBlogは清水エスパルスのホームスタジアムのアウスタについて

静岡市清水日本平運動公園球技場
"アウトソーシングスタジアム日本平
Nihondaira Stadium"
通称アウスタ
施設情報
所在地 静岡市清水区村松字大谷3880-1
開場 1991年
所有者 静岡市
運用者 静岡市振興公社
グラウンド 天然芝(135 × 73 m)
ピッチサイズ 105 × 68 m
収容能力
20,299人
歴史1991年、清水市(現 静岡市清水区)に清水市日本平運動公園球技場(しみずし-)として開場。当初は13,000人収容でゴール裏とバックスタンドの上段部分は芝生席。同年、静岡県で開かれた全国高等学校総合体育大会(インターハイ)ではサッカーの試合会場として使用。
1992年のJリーグヤマザキナビスコカップより、Jリーグ・清水エスパルスのホームスタジアムになりました

しかし、ピッチの芝生が良好な状態を保てないこと、Jリーグで定められた収容人員を満たしていないなど問題点が多かったことから、1994年6月から改修工事が行われ、1995年3月に供用を再開。またこの際、愛称「日本平スタジアム」になり、以後一般向けにはこれが愛称になりました
1996年5月23日には、キリンカップ・サッカー・ユーゴスラビア-メキシコ戦を実施。ただし、改修後も最大収容約2万人という比較的小規模なスタジアムであるため、これまでにサッカー日本代表の試合を開催したことはなかったが、2009年10月8日にAFCアジアカップ2011カタール大会最終予選の日本代表対香港代表戦を開催した(結果は日本 6対0 香港、観衆16,028人)。
2002年のシーズン終了直後から、2003年の1stステージ終盤に掛けて、再び大掛かりな改修工事。このときピッチの芝が冬芝主体の物から、冬芝、夏芝混合のオーバーシーディング方式に変更。以降日本平の芝は常に高評価を受けるようになり、2004年、2008年、2009年のJリーグアウォーズでは、Jリーグベストピッチ賞を受賞している

2003年4月、清水市が静岡市と新設合併し、現「静岡市」となったのに伴い、静岡市清水日本平運動公園球技場に改称。
2008年10月、静岡市が、新たな財源を確保し健全な財政運営とスポーツの振興に資するため、同スタジアムに命名権(ネーミングライツ)を導入することを決定。静岡市と清水エスパルスが共同してネーミングライツ事業に取り組むこと、収入の配分割合を1:1を基本とすることなどを条件に公募をかけ、同年11月に静岡市駿河区の人材派遣会社・アウトソーシングが命名権を取得。2009年より4年間「アウトソーシングスタジアム日本平」の呼称を使用するようになりました

↑
確かに、去年初めて聞いた時はどこだ
って思いましたね
dodo的には未だに日本平だしww
応援スタイルサポーターによる応援では多くの楽器を用いてサンバを踊るなど、応援に関してはJリーグクラブの中でもかなり特徴的な応援とのこと
特に本拠地の日本平スタジアムで大人数のサポーターが踊るサンバは非常に見ごたえがあるとのこと
ほう( ̄▽ ̄)
また、2008年から試合に勝利するとサポーターが応援の一種であるロコロコ(通称:勝ちロコ。原曲はブラジルのサンパウロFCのサポーター“INDEPENDENTE”が歌っている)を踊るようになり、2009年以降選手・サポーター・オレンジウェーブ・パルちゃん含めて皆で踊るようになりました

ほうほう( ̄▽ ̄)
普段は監督は入らず一部の選手のみが主だが、2009年第23節の静岡ダービーで5-1の大勝をした際普段は加わることのない長谷川健太監督や選手が揃ってサポーターと喜びを共にしました

おやまあ( ̄▽ ̄)
このノリは...
よっしゃー
俺も踊るぜ


もちろん、このBlogはサポーターさんと同じことをするのも目的の1つ

清水サポさんと「アミーゴ」になってきます

スタジアムグルメ
今回ももちろんスタジアムグルメを食べます
ホームページ見て、静岡黒おでん、チョイワルオヤジの富士山麓ケバブ(笑)が気になりましたが、やはりこれを食べな始まらんじゃろうというのは富士宮焼きそばでしょ
また、ガンガン紹介しますよん
ただ、食べ過ぎには注意しよう
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