判決が出る

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今日は通常のエピソードを中断して、今の私の気持ちをお伝えしたいと思います。
 
平成29年1月31日、最高裁の判決が出ました。
 
「原判決を破棄する」
「被上告人らの控訴を棄却する」
 
養子縁組は「無効」にはならず、これで結審となったので、これ以上長女Jと次女Hが私の子供の戸籍に手を加える事は出来なくなりました。
 
とりあえず、一安心です。
 
しかし、今回の判決で全てが終わった訳ではありません。
 
これからも争いは続きますし、まだ明らかになっていない真実を、私は暴いて行かなければなりません。
 
母が他界してからの5年間、本当にありえない出来事の連続でした。
 
殆どニュースにはなっていませんが、私達夫婦がここまで戦わなければいけなかった理由、それは「知らぬ間に私達の長男の戸籍が書き変えられていた」からです。
 
母が他界してから3ヶ月が経った頃、私は父と、父の女性問題の事でケンカになりました。
 
その直後から家の内鍵をかけられ、私は実家に入れなくなりました。
 
それから更に3ヶ月後、その事件は起こりました。
 
世田谷区から、突然私の自宅に「離縁届受理」の通知が届いたのです。
 
最初は何が起きたのか分からず、私達夫婦はただただ困惑するのみでした。
 
世田谷区の戸籍係から事情を聞き、私の代理人が「提出された離縁届の写し」を取得した事で、少しずつ状況が分かって来ました。
 
まずは、「K市の公務員」である次女Hが、離縁届の「親権者」欄に、私達夫婦に成りすまし、私達夫婦の名前を署名し、捺印。
 
父には「届出人」の欄だけに署名させ、その他全ての欄は次女が記載し、「証人欄」には「長女Jと次女H」の2人がサイン。
 
そうやって作成された「虚偽の離縁届」が、父の手によって世田谷区の戸籍係へ提出されていたのです。
 
事情を知らない戸籍係は、何も疑わず、筆跡を調べる事もなく、父が提出した「ほぼ全てが同じ人物の筆跡」で書かれた「虚偽の離縁届」を受理してしまい、当時1才だった私達の長男の戸籍は「知らぬ間に」変更されていました。
 
夫婦で今後の事を話し合いましたが、最終的に「子供の将来のためにも、この犯罪を無視する事は出来ない」という結論に達し、私達夫婦は父と争う事になりました。
 
これが新聞やニュースで流れた「縁組後に、父と長男の関係が悪化」の真相です。
 
実はその頃、私の代理人が父と電話で話をした時がありました。
 
私の代理人が父に「離縁届を提出したのは何故か?」と質問したところ、父は「長女Jと次女Hから『自分達の子供も養子に入れろ』と責められ、収拾がつかなくなったため、仕方なく離縁届を出した」と答えたそうです。
 
実はこの直後、長女Jと次女Hは元々存在していた遺言書を「全ての財産はJ&Hの2人に相続させる」という内容に書き換えさせていました。
 
彼女達にとって不要な資産は、父に「速やか」に処分させ、長女Jと次女Hが依頼した「佐賀県の弁護士」がわざわざ東京の自宅まで訪ね、父を都内の公証役場まで連れて行き、その新しい遺言書は作られていました。
 
ここまでの行動も普通ではないのですが、私が一番不可解に感じているのは、「何故それまで元気だった父が突然他界したのか」と言う事です。
 
新遺言が作られた約半年後、父は突然「脳出血」で倒れ、他界していました。
 
それも、長女Jと次女Hから「売ること」と指示されていた、「最後の不動産」を売却させられた直後です。
 
長女Jと次女Hは親戚達に「長男には父の死を伝えない様に…」と口止めをしていたらしく、私は誰からも「父が他界した」という事を知らされませんでした。
 
そして、長女Jと次女Hは「葬儀に来るよう長男には何度も伝えたが来なかった」と、地元の人達には吹聴したため、父の故郷である二本松市周辺で、私は「葬儀にも来なかった長男」と言う悪しきレッテルを貼られてしまいました。
 
そればかりか、私は今でも父の墓がどこにあるのかさえ知らされていない状態です。
 
私は、「父の本当の死因」を知らなかったので、父の亡くなった病院に連絡し、父のカルテのコピーを送ってもらえるように依頼しました。
 
手元に届いたカルテの記載にあった、「外傷性クモ膜下出血」と言う診断名を見て、私は父の死因に事件性を疑いました。
 
何故なら、「外傷性クモ膜下出血」は、頭部に相当強い力が加わらない限り、生じることはないからです。
 
「虚偽の離縁届」「遺言書の書き換え」「父の不可解な死」の事を、私は何度も役所や警察に相談しましたが、「家の中の問題だから」と、一切受け付けてはくれませんでした。

 

これからこのブログの中で、今までの出来事を一つ一つ証拠を示しながら、順番に説明させていただく予定です。

 
まずは、この裁判の「一番の被害者」である長男を、大好きな回転寿司に連れて行き、ささやかな慰労会を開いてあげようと思っています。
 
(皆様へ)
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
次回からはまた「エピソードⅡ」の続きを書きますので、宜しくお願い致します。
 
(上:私達夫婦の筆跡 下:次女の筆跡)
 
(私の代理人の陳述書)
 
(長女Jが父に送ったFAX:平成24年11月17日付)
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