あの時代の記憶・あの時代の記録~明日への遺言 | ひょうたんからこまッ・Part2

あの時代の記憶・あの時代の記録~明日への遺言

『明日への遺言』

Best Wishes for Tomorrow 
(2007年・日本/110分)
公式サイト

人が人を殺めること、それが目的の戦争。

そこで為された行為には、常に殺人と言う大罪が付いて回る。

たとえそれがどのような大義名分の下に行われようとも・・・。

見る視点によっては英雄的行為と讃えられる事も、

ある視点で見れば残虐な殺戮行為。

互いの意志がぶつかり合う限り、

・・・どちら側の意思も正義であり、
・・・どちら側の意思も正義とはなり得ない。

終戦直後、戦勝国の意思のみが「正義」とされた時代。

 その「正義」に真っ向から挑んだ一人の男がいた。

・・・「B級戦犯・岡田資中将」

 あえて戦勝国の理論から視点を変え、

 敵国の将校の弁護を引き受けた男がいた。

・・・「岡田中将の主任弁護人・フェザーストン博士」

ふたりは「戦争」が為した事実を、

人間として自らが犯した罪を、

歪めることなく法廷の場にさらけ出す。

終戦直後、まだ互いの怨恨が渦巻いていた時代。

その恩讐を越え、国籍を越えて、人々の心が動いた。

横浜地方裁判所・戦争犯罪人審判の法廷で、

ふたりの静かな闘争が始まる。 

<監督>小泉堯史
<原作>大岡昇平『長い旅』
<脚本>小泉堯史、ロジャー・パルヴァース
<音楽>加古隆
<主題歌>森山良子『ねがい』
<出演者>
岡田資:
藤田まこと
フェザーストン主任弁護人:ロバート・レッサー
バーネット主任検察官:フレッド・マックィーン
ラップ裁判委員長:リチャード・ニール
町田秀実:西村雅彦
守部和子:蒼井優
小原純子:近衛はな
岡田陽:加藤隆之
水谷愛子:田中好子
岡田温子:富司純子
ナレーション:竹野内豊


監督の小泉堯史さんには、

その作品『博士の愛した数式』 でいたく感動させられた経験を持っています。

その小泉監督の作品とあって早くから鑑賞予定に入れていた作品です。

やっと鑑賞出来ましたが、期待通りのとても良い映画でした。

多くの方に見てもらいたい作品です。

以下物語の内容に触れています・・・。

戦争を法廷で論じること。

その意思は何所に向かっているのでしょう。

戦争犯罪人を断罪するために、その法廷は存在していました。

・・・それまでは。
この大戦が歴史に残したもの。

それは、様々な形で人に教訓を与えています。

日本敗戦の色濃くなってきた頃、

東京は米軍機による大空襲に見舞われます。

東海地区に同様に起きた大規模空襲でも、

町は焼きつくされ多くの市井の人々が命を落としました。

そして起きた米兵の処刑。

主人公の岡田資と彼の主任弁護人フェザーストンは、

個人の刑の軽減や保身を目的とすること無く、

このことが行われたことの背景と、

このことの罪の所在を明らかにするための闘争を始めました。

「戦争」と言う名の元で行われた「行為と結果」そのものを断罪するために。


敵国には、敵国の理論。

日本には、日本の正義があって、

避けようが無くそこに起きた事実。

東京に続き名古屋に起きた大空襲の直後、

パラシュートで脱出降下してきた米軍兵士数名が捉えられ、

岡田が司令官を勤めていた東海軍管区で処刑されました。


米軍兵士たちは、日本の軍人によって斬首されました。

彼らを捕虜として扱わず、裁判の手続きを行うことなく、

処刑したことが殺人の罪に当たるとする米国側。

日本で日本人高官によって取られた調書も

それを認め追随する内容となっていました。

調書を作った人たちの保身に汲汲とする姿が調書の後ろに透けて見えます。


敵国の兵士に捕らえられ、

斬首された米軍兵士たちの恐怖は如何ばかりだったか。

それは、私たちにも容易に想像が付きます。

そして、これは紛れも無く殺人でありその罪が許されるものではないことは、

実際に手を下した下士官たちも、

勿論命令を下した岡田自身も理解しています。

しかし、岡田たちと同様に米軍の兵士たちも罪を負っていました。

自らの意思では無いとしても、命令に従っただけだとしても、

彼らはさらに罪深い行為を行っていました・・・。

闘う力も意思も武器も持たぬ女性や子どもを含む、

多くの罪の無い人々を爆撃し、死なせてしまったのですから。

しかし、これらのことを大罪と考えるのは、日本人の視点。

彼らには彼らの言い分があるのです。


ふたりの裁判は、

この戦争が何を為したのか、何を残したのかと言う事実を、

勝利国の一方的な視線からだけは無く、

敗戦国からの視線でも明らかにしていくことに目的を持っていました。


戦争の早期終結。

そのためには広島も長崎も必要だったと言う戦勝国の理論。

そこには多くの人々が流した血の尊さにも、失われた命の重みにも、

目を向けることの無い驕りの理論が存在します。

そして、空襲と言う本国決戦を経験した日本においては、

広島・長崎以外でも数多くの命が犠牲となりました。

そこに存在した地獄を体験したのは軍人では無く無力な女・子どもであったことを、

爆弾を投下した国の当時の人々は知りません。


法廷で自国の犯した「これらの罪」を
明らかにしていこうとするフェザーストン弁護士

その公正な視点と勇気のある姿勢にまず驚きました。

彼の心の強さと信念が、岡田資と言うひとりの男の強い意志と共に、

法廷の凍った空気を徐々に溶かし、流れを変えて行くところは感動的です。

ふたりは一貫して、

「太平洋戦争におけるアメリカ軍による市街地無差別爆撃は大量殺人」

・・・であると主張し続けます。


しかし一方で岡田資中将

「全ての責任は自分にある」と言う姿勢を崩すことなく最後まで、

処刑に関わった部下の分を含めて全ての罪を背負い続けます。


このふたりの一点の曇りも無い信念と、凛とした態度に、

法廷にいる人々の心も、空気も変わっていきます。

終戦後に東京裁判を始めとして各地で行われた戦争犯罪人の裁判。

この裁判は、その中でたったひとつ起きた奇跡だったのかも知れません。

検察側も、裁判官も、岡田資と言う男が背筋を伸ばして語る言葉、

そしてその姿勢に心を開いていきます。


「戦争・・その大儀の元で展開された自国の理論だけが正義では無い」

認めたくは無いその事実を少しずつ理解すると共に、

一人の人間が命を懸けてひとつの事を貫こうとする、

その高潔な姿に心を打たれるのです。

岡田のために様々な救済処置を取ろうと手を差し伸べる裁判官、

そしてこともあろうにバーネット主任検察官までもが岡田に心を開きます。

彼らには、かつては敵同士で闘い、

同胞を殺害した相手であると言う事実を越えて、

この一人の日本人の将校に対し友愛とも尊敬とも言える感情が生まれていました。

それは彼らが、異なる視点を持つことの出来る柔軟な心を宿していたからです。

そうでなければ、いくら岡田が心を揺さぶろうとも、

他の法廷同様戦争犯罪人を断罪するだけの場となっていたでしょう。


しかし、岡田は自分の罪を心得ていました。

様々な救済措置を退けた後、最後の法廷では、

公明な審議と日本への理解を示してくれた事に対し、

感謝の言葉を検事と裁判官に残して、毅然と処刑の途に着きます。

誇り高い武士としての生き方を、残された部下たちに示しながら。


岡田の部下で岡田の命を受け米兵の斬首を実行した、

下士官の言葉が胸を抉りました。

「処刑した米兵の怯えて自分を見上げるあの目が忘れられない・・・。」

誰もが祝福されてこの世に生まれて来ました。

その命を同じ人間なのに人が奪うことは、

どのような理由があっても、どのような状況下にあっても、

許されることではありません。

それが平然と、堂々と行われていた時代があったこと。

その狂気を、裁く側も裁かれる側も、狂気と感じていなかった時代。

敗戦直後、その狂気がまだ冷めやらぬ頃、

そして法廷に名を借りた復讐も可能だった場で、

かくも公正な審議が尽くされた事実があったと言うことに感動しました。


報復が報復を呼び、

目には目を、歯には歯を・・・の理論で今も繰り返されている戦争と言う名の「殺人」。

911以来、未だに続くこの愚かな諍いはいつになったら終結を見るのでしょうか。

岡田中将が日記にしたためているように、

残念ですがこの世ではずっと続いてしまうことなのか・・・。

互いに偏った自分の視点で物を見続けている限り、

永遠にどちらも相手を理解し許容することはできないでしょう。

明日
ここに表現された物語が綺麗ごとに過ぎる・・・、

そう言ってしまえばそうかもしれません。

あの時代、多くの人が戦々恐々として、

自身の保身に立ち回っていたことも事実でしょう。

例えば、あの裁判のための調書を提出した組織の人たちのように。

でも、私はここに描かれている「人の持つ正しい心」「強い心」

もう一度信じてみたいと思いました。

「相手の立場に立って物を考えることの出来る勇気としなやかな思考力」

この「能力」を持つことが如何に難しいことか、

それは現代の人類の生き方を見ればわかることではあるのですが。

冒頭の胸を抉られるようなドキュメンタリー映像が、

伝えるべきことをしっかりと伝えてくれます。

目を逸らしてはいけない事実がそこにあります。

・・・未だに世界の何処かで起きている事実でもあります。


岡田中将役の藤田まことさんの渾身の演技には、

今年の主演男優賞を、もう既に上げたい気持にさせられています。

弁護士役のロバート・レッサーさん始め、富士純子さんや出演者全てが、

藤田さんに合わせたかのように感情を発露させることなく淡々とした演技で、

ことさらに物語をお涙頂戴に向かわせようとするようなあざとらしさが、

感じられない作りになっていて、ここにも好感を持ちました。


ナレーションの竹野内豊さんは、久々に声だけでも聞くことが出来て嬉しかった・・・。

彼のナレーションには好き嫌いがあるかもしれませんが、

私は作風に合っていて良かったと思っています。

竹野内さんは、もうすぐ主演の新作となる

『あの空をおぼえてる』 も4月に公開になるので、そちらも楽しみです(^^)


バーネット主任検察官を演じているフレッド・マックィーンさんは、

あの往年の名優スティーブ・マックィーン氏のご子息と言うだけあって、

ひと目見てそのソックリぶりに驚かされました。

(ただし、こんな記述もあります★wikipedia

スティーブ・マックィーン氏の『荒野の七人』『大脱走』・・・懐かしく思い出されました。


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ながい旅 (角川文庫 お 1-2)