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手のひらの中のアジア
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March 10, 2009

★春が来る前に

テーマ:◎その他
北パキスタンの冬/Pakistan

この3ヶ月ほど、パキスタンの雪深い奥地、いくつかの小さな村を訪問し滞在していた。

あっという間の毎日だった。


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「Hiro going, Everytime snow snow.」


ヒロが出発しようとすると、いつも雪だね。


片言の英語を並べ、シャプリは空を見上げながらなんだか嬉しそうに言う。


「そうだね、確かに」


彼女の横に並んで同じように空を見上げていた僕は、苦笑いしてうなずく。


雪の中、どこかへ出かける支度をしていた兄のアシフが話を聞いていたのか、外に出てきて僕に言う。


「みんな、行ってほしくないって思ってるんだよ」


片方のほどけた靴紐を結び直しながら、しゃがみ込んだ姿勢のまま彼は僕の方を見上げる。


「Everybody likes you. Everybody loves you.」


照れくさいながら、ありがとう、と返事をした僕に彼は微笑みを返す。そして靴紐を結び終えると立ち上がり、つま先で片方ずつトントンと軽く地面を蹴るようにして感触を確かめた後、小口の門を開けて外へ出ていった。


シャプリの方を振り向くと、彼女はまだじっと空を見上げたまま黙って静かに立っていた。音もなく降りしきる雪が、見上げている彼女の顔に次々と舞い降りて、色白い頬の上で雫になって滴り落ちる。それを気にする様子もなく、しばらくして彼女はおもむろに口を開く。


「日本もこんなふうにたくさん雪が降る?」


「いや、僕の街はそんなに降らないよ」僕は答える。「10センチも積もったら、みんな大騒ぎ」

少し驚いたような顔をして彼女は僕の方を見る。


「じゃあ、あなたのお父さんとお母さんがこれを見たらびっくりするね」


「でも、うちの両親の生まれたところは、たくさん降るよ。この村と同じくらい」


「今は別の場所に住んでるの?」


「もう何年も前、今の場所に引っ越したから。シャプリが生まれるよりずっと前のこと」


ふうん、と彼女はうなずき、地面に積もった雪を手にすくいとって軽く握り、それから遠く前方に放り投げる。


「雪は好き?」


彼女は再び同じように雪をすくいとって雪玉を作りながら僕に言う。「私は大好き」


「日本にいる時はあまり好きじゃないけど、ここは好きかな」


「この村が好き?」


「もちろん。それからこの家族が好き。親父さんも母さんも兄弟たちも親戚も友達も、みんな。それから・・・・・」


「それから?」


雪玉を握るために動かしていた両手を止めて、不思議そうな目をして首をかしげ彼女は僕の顔をのぞきこむ。


「特に、シャプリのことが」


いたずらっぽく言った僕に、彼女はとっさに手に持っていた雪玉を顔めがけて投げつける。その後立て続けにいくつもいくつも雪玉を作っては投げてくる。僕も同じように投げ返す。そのうち、本格的な雪合戦の様相を呈してくる。いつものパターンだ。この家の兄弟たちともよく雪合戦をした。雪上プロレスもした。僕も彼らもけっこう本気だった。晴れた日には少し遠出をして一緒に別の村を歩きまわったりした。時々は、屋根の雪かきをしながら、歌合戦や踊り合戦をした。おかげでこの土地の言語で丸々一曲を歌えるようにもなった。ただそれ以降、近所から客人が訪れるたびに、僕はリクエストに応えてその歌を毎日のように披露するはめになってしまったのだけれど。


シャプリは呆れて僕によく言った。


「ヒロは、まるで子供みたい」


いつも弟たちと一緒になって服を破くほど戦ったり、歌ったり踊ったりして。I am big sister.You are small boyだ、と。ひとまわり以上年齢が違う子にそう言われては、頭があがらない。


北パキスタンの冬/Pakistan

訪れた当初は、こんな雪深いところ早く出たいと思っていた。出発しようと試みるたびに雪のため交通機関がストップした。早く雪がやんですべて溶けてくれればいいのにと何度も思った。でも日が経つにつれ、いつのまにか気持ちはまったく逆のことを願うようになっていた。 このまま雪がやまなければいいのに、と。


陳腐な願いだ。降りしきる雪は、そう長く続くはずもない。そんなこと、僕だけじゃなく、村人は誰もが知っている。親父さんも言っていた。例年、2月の半ばを過ぎたらもうそんなに雪は降らないと。おそらくこれが最後の大雪なのだろう。再び空に晴れ間が広がった時、それが僕の旅立つ時であり、別れの時だ。そしてやっぱり当たり前のようにその日はやってくる。


屋根からドサドサっと雪の塊が滑り落ちる音で目が覚める。窓のカーテンを引くと、目の前の屋根からぶら下がる数本のつららが目に入る。まだ空は薄暗さを残していたけれど、雪はやみ、雲の姿もなく、気持ちよく晴れ渡りそうな一日を予感させる最後の朝だった。


朝一番のジープで僕は村をあとにする。その時間、いつもはまだ寝ているはずの者たちまでもが起きて、家族全員で見送りをしてくれた。再会を約束して抱き合い握手を交わした兄弟たち。親父さんと母さんの潤んだ瞳と、優しく頬にキスしてくれた後、ついに泣き崩れてしまったシャプリの姿をそれ以上見ていられなくて、さっと振り向いて僕は歩き出した。もう何度も繰り返してきた出会いと別れなのに、胸の奥の方がひどくズキズキと痛んだ。まるで鋭く尖ったつららで心臓を何度となく突かれているみたいに。


幹線道路に出てバスに揺られている間も、空虚な気持ちのまま、僕はぼんやりと車窓を眺めていた。ここに居てほしいと言ってくれる人たちがいて、そこに居たいと思う自分もいて、それでもそれらを振り切って好きになった土地を去り、またどこかへ行く。そうやって僕は、いったいどこへ向かおうとしているのだろう。


3ヶ月前に通った同じ場所の景色はだいぶ様変わりしていた。周囲の山々を覆っていた雪が溶け始めて山肌があらわになり、不毛だった茶褐色やグレーの大地には緑の草木が芽生えている。寒々しかった枯れ木は新たな葉をつけ、場所によっては色鮮やかな花々がちらほらと咲き始めている。街の露店には、ブドウ、オレンジ、リンゴ、メロン、ナシ、ザクロ、スイカ、イチゴ、といったこれまた色とりどりのフルーツが並ぶようになった。大都市の街は、世界各国からの旅行者たちで溢れごった返している。


目に映るすべてのものが色濃くなっていく。


ある街でガイドブックを片手に大きなバックパックを背負った日本の学生パッカーたちの姿を多く見かけた。

4月から新たに社会人生活が始まる人も多いのだろう。


「今夜の便でお先に日本に帰ります。4月からは社会人っすね」

「お互い忙しくなりますねえ。いやあ、ひとまずは長旅おつかれさまでした。気をつけて」


そんな会話をしている彼らの声を耳にして、ああ、もう春か、とふと思う。


2009年、春。


僕にとっては旅に出てから5度目の春だ。


そして僕は日本を離れたアジアの地に今もこうして立っている。


まだ癒しきれない胸の痛みを抱えたまま、もうすぐこのアジアの地にも、再びうだるような熱気に満ちた酷暑の季節がやってくる。


Juicy Fruit/India
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October 19, 2008

★アジアの旅は終わらない

テーマ:◎その他
Girl's Smile/Uzbekistan

今年に入ってから、トルコを起点にシリア、ヨルダン、イエメン、アルメニア、グルジアと旅してトルコへ。最近はちょっとヨーロッパ方面に足を踏み入れて、ブルガリア経由でルーマニアなんかをまわってたんだけど。途中で切り上げてまたトルコへ戻ってきた。


アジアに戻ろうかな、と思う。


この旅も3年9ヶ月が経過した。ほぼ4年。自分だとあっという間で、ちっともそんなに費やしてる気がしないのだけれど、傍からみるとそれはやはりとても長い時間なのかな。


3年半から4年くらいで世界一周いけるところまで、と最初は思っていたけれど、世界はやっぱり広すぎる。旅の序盤の時点で、こんな感じになることは多少予想がついていたけれど。


アフリカやら中南米やら、行きたいところはまだまだたくさんある。でも旅に出る前に焦がれていたほど行きたいかというと、現時点ではそうでもない。アジアの魅力がまだまだ尽きないこともあるし、単純に新しいものがこれ以上受け止めきれない心のキャパシティの問題もある。


アジアに戻ることを考え始めたのは実はだいぶ前からのこと。その時はまだなぜ自分が「先へ進む」のではなく、「戻ろうとしている」のかがよくわからなかった。そこには感傷的な気持ちからくるものが多分にあって、それじゃぁ何も意味がないんじゃないかという気がして。それからまたしばらく時間をかけて、心の中で自然な形で結論が出るまでは先へ進む(新しい場所へ向かう)ことを選んだ。


そうした流れの中で、結果として、好奇心が「アジアへ戻る」という方向へ向いていることを自覚した、ということか。「(アジアへ)戻る」ことが、すなわち「(先へ)進む」ことなんじゃないか、って。


アジアに戻ることについては、訪れる場所によっては2年半、3年という月日が流れてる。


あれから何が変わって、何が変わっていないんだろう。


自分もまわりも。


少なくともきっと前とまったく同じではないと思うし、同じものを求めてもいない。


「アジアへ戻る」のだけど、それはあくまで「新しいステージ」として臨みたい。


それは「最終の」、という意味でも。


ほかにも話したいことはたくさんあるけれど、ひとまず先へ進むことにする。


また新たな気持で。


最終ステージ、アジア再探訪の旅の始まり。

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June 04, 2008

★便利な "格安ホテルの直前予約サイト" のご紹介

テーマ:◎その他

トルコ以西、ヨーロッパ各地のホテルをネットでいろいろと検索していたところ、知り合いの方からタイミングよく便利なサイトを紹介してもらったので、ここにもまた紹介しておきます。


いわゆる"ホテルの直前予約サイト"ですが、ここは特に海外、ヨーロッパの他にもアジア、アフリカ、北米、南米など世界各地のホテルを網羅してます。ヨーロッパだけ見ても、場所と時期、状況によっては、一泊10ユーロ程度の安ホテルもあったし、手頃な価格のホテルから豪華なホテルまで様々用意されてました。


サイト上でホテルを検索して、その時点での料金がずらっと表示されるのでわかりやすい。また、提示されている料金よりさらに安い料金を見つけた場合、それに合わせるという最低料金の保証もあるし、オンライン予約で手続きも簡単。


信頼できるサイトですので、世界各地の宿、ホテルを探している方、おすすめです。。



"格安ホテルの直前予約サイト"

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May 18, 2008

★ミャンマー・サイクロン災害と中国大地震

テーマ:◎その他
ミャンマーの女性

ミャンマーのサイクロン、中国の大地震・・・立て続けに続いた大災害・・・。


ミャンマーを旅していた頃の動画を見て、ふと出会った人たちのことを思い出した。
同時に、これらの痛ましい災害がより生々しく心に迫ってきた。


ミャンマーの街角で出会ったあの子供たちはいったいどうなったんだろうか。生きてるんだろうか。


ヤンゴン近郊の小さな村。
村を案内してくれたチューチューや白い花という名の女の子パンピュー。
チィニーウェイやメーパーやゼモーシュイ、モーサーナにターセーピョー。
ジャミィとお姉さん、子供たち。みんな、無事なんだろうか・・・。


歩けばみしみしと揺れるような板敷きの床とすきまだらけの木の壁、ちょっと強い風でさえ吹き飛んでしまいそうな小さなほったて小屋に住んでいたみんな。サイクロンがもしも直撃したなら、助かる確率なんてほとんど・・・・・・いや、そんなこと考えたくもない・・・。



メイッティーラで出会ったニン。
彼女は、一年も前になるか、わけあってヤンゴン近郊へと上京してきた。


「仕事が見つかったの!!」


そういって嬉しそうに送ってきたメッセージは、それまでインターネットとはほど遠い田舎の村に住んでいた彼女にとって、初めてのEメール。英語が驚くほど上達していることが文面を見てもよくわかった。


しかし、ミャンマーのインターネット事情からか、僕から送るメールは彼女のアドレスには何度試しても届かない。悲しくも、僕がミャンマーを出て以来、僕らはまともなメッセージのやりとりを、会話を、一度もできたことがない。手紙や写真が届いたのかすら、未だにわかっていないほど・・・。仕事も見つかり、いろんなことが軌道に乗り始めたであろう矢先に、突然のサイクロンによって・・・そんなことも想像したくもない。


また帰ってくるから。あいまいながら、そう言ってお別れしたミャンマーのみんな。
残念ながら、というより悔しいけど、現時点で、僕にはみんなの安否を確認する方法が、ない・・・。仮に僕がミャンマーに行ったとして、僕はニンがどこにいるのかもわからないし、ヤンゴン近郊の村については事情あって、僕一人では辿り着くことのできない場所なのだ・・・。


みんなが無事でありますように。


日を追うごとに増していく膨大な死者の数を呆然と眺めるしかない今・・・ただただ祈るばかり・・・。


そうした中、小さな支援とともにミャンマー、中国、今回の被災地域の人々が、また立ち上がって力強く歩き始めるのを信じ、応援したい。



ひらめき電球ミャンマー・サイクロン災害救援金 日本赤十字社(Yahoo!ボランティア)


ひらめき電球中国大地震救援金 日本赤十字社(Yahoo!ボランティア)


日本赤十字社 サイト

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May 12, 2008

★幸福のアラビア ・イエメン 首都サナア

テーマ:◎その他
幸福のアラビア ・イエメン 首都サナア
挨拶でさえ絵になるアラブの侍たち


みずみずしい緑溢れる新緑の季節。
5月に入り、ヨルダン・アンマンから飛行機にて一路、イエメン へ。


余分な荷物を捨て、持っているズボン、パンツ、シャツ、上着をほぼすべて着込んで軽量化、自転車ごと積んで、見事追加料金なしで通過。


UAE乗り継ぎ同日到着予定のはずが、トラブルでシャルジャ空港にて一夜を明かすことに。翌朝さぁ出発だと意気込んでいたところ、やっぱり片道航空券では乗せられないとボーディングパスをびりびりに破かれ、復路チケットを買わされ、、、とまぁすったもんだがあったもんだで、なんとか到着。オマーンに陸路でいけないじゃないか、、。


それはさておき、サナア滞在中、マーリブで日本人誘拐事件が発生。


驚いてあれこれと情報収集にあたるが、サナアのホテル関係者たちはじめ、地元の人たちは意外とのんきな印象、、。まぁ明日になったら解放されるよ、と。その通り、数時間後にはほんとに解放されていたのでまた驚き、、。


危険は感じませんでしたとのご本人たちのコメントからも、実は誘拐した部族の族長とカートパーティーでもやっていたんじゃなかろうか、、、なんて不謹慎なことを言ってはいけないけど、何より無事に解放されたので、現地の日本人旅行者としてもひと安心といったところ。


イエメン旅行のパーミット(許可証)にも影響が出るものと思っていたけど、事件のあったマーリブには変わらず旅行会社はツアーを出している模様。今日はカナダ人が一人で旅立っていったとかなんとか、、大丈夫なんだろうか。


サナアを中心にして北部、東部には危険情報が元々出ているけれど、西部、南部は問題ないと今のところ聞いている。


イエメンで誘拐されることより、その後の日本でのバッシングの方がよっぽど恐ろしいな,とネットを見ていて思わず苦笑い、、。


いずれにせよ、再度情報収集の上、可能な範囲でイエメンの旅を続けます。


イエメン 日本人誘拐事件 現地新聞
現地新聞には一応、1面記事に載ってました。

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