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手のひらの中のアジア
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January 19, 2005

⑨香港ドラゴン航空 361便 15:30発

テーマ:(1)プロローグ

いよいよ旅立ちの日がやってきた。


どんな気持ちでこの日を迎えるのだろうと思っていたけれど、当日の朝はことのほか冷静だった。


成田空港での見送りには、大学時代からの親友トモユキが来てくれた。今は一丁前に社会人をやっているが、彼もかつては旅人だった。


見送りに行くと言ってくれた友達はたくさんいたけれど、僕はどちらかというと一人でさらっと旅立ちをしたかった。よけいに淋しくなるのが嫌だったし、何よりこれからやろうとしていることが恐くなりそうだった。だからあえて平日を選んだし、半分くらいの友人には詳細も知らせなかった。


そんななか、当たり前のように来てくれたのがトモユキだった。時間の都合がついたというのもあるけれど、彼に見送られることはとても自然に思えた。何よりも気を使わず楽だった。


もう一人、見送りに来てくれたのは、同じく学生時代からの友人であるアツコ。八王子方面に住む彼女は遠路はるばるここまで足を運んでくれた。


「来たよ。いよいよだねぇ」


彼女のそんな一言に、出発前の漠然とした不安な気持ちは一掃され、穏やかな気分になった。


出発ゲートに向かうまでの三、四十分、空港内のレストランで最後の食事を採ることにした。食事といっても僕が選んだのはイチゴショートケーキセット。もうちょっと日本的なものを、とも思ったし二人にも「最後にそれかよ」と笑われたけれど、和やかな空気に包まれながら残りわずかな時間を楽しんだ。


「これ持ってけよ」


そう言ってトモユキがくれたのは、旅人として様々な場所を訪れてきた彼が旅で愛用していたブーツの「靴紐」だった。少しほつれ、茶色く変色しかかっていたそれはずっしりと重たい。彼は僕以上にこの旅の意味をわかっている、そんなふうに感じられた。


アツコからは「高幡不動尊」のお守りをもらった。僕が学生時代を過ごした思い出深き場所、高幡不動。その因果な繋がりが、より僕の気持ちを引き締めてくれた。


二人の気持ちをあらためて噛み締めると共に、前日当日とメールや電話で「いってらっしゃい」「いってこいよ」とメッセージをくれたみんなのことを思い、こんなにも素敵な人たちに囲まれている自分をとても幸せに思った。


十四時四十分。二人に見送られ、ゲート前に立つ。


「じゃ、いってくるわ」


「おう、がんばれよ」


「気をつけてね、元気で」


僕はすぐに背を向けて、足早にゲートへ向かった。


―ほんとにありがとう、行ってくるよ


なんだかちょっと涙しそうになる気持ちをこらえながら、そう心で呟いた。


香港ドラゴン航空 361便 15:30発 香港行


僕の旅は始まった。



★書籍『手のひらの中のアジア』の目次紹介



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January 01, 2005

⑧<そして旅立ちへ>

テーマ:(1)プロローグ

 

 二〇〇四年一月も終盤、僕は思い切って会社へ退職の旨を告げた。


 友人たちにもそれを伝えた。両親へは手紙を書いた。途中でまた迷いを生じる要因を作らないように、一つ一つ自分で自分を追い込んでいった。


 もう後戻りできない。そうやって追い込んでいくことによって、自分を前に押し進めた。


 それでもふとした時には、これでいいんだろうか・・・・・・そんな思いがまだ頭をよぎった。それは旅立ち直前まで同じだった。でも、正しいとか間違っているとか、そういうことではないのはわかっていた。これからの自分がどうするかが大切なのだ。この選択がよかったと思えるか、間違っていたと後悔するかは、これからの自分にかかっている。


 正直怖い気持ちもあった。不安に押しつぶされそうになることもあった。前向きな気持ちも後ろ向きな気持ちも両方あるのが正直なところだった。でもそれを今の本当の素の自分としていったん受け入れた上で、新しい道を進んでいくしかないのだ。


 引用するならば、これほど適切な言葉は他にないだろう。


 清沢哲夫『無常断章』収録「道」より


 『此の道を行けば どうなるのかと 危ぶむなかれ 危ぶめば道はなし ふみ出せばその一足が道となる その一足が道である わからなくても歩いて行け 行けばわかるよ』


 世界は広い。


 まだまだ知らないこと、見たことのないものがたくさんあって。


 いつか世界中を旅してみたかった。


 世界中を遊び場にする。


 それが僕の夢だ。



★『香港ドラゴン航空 361便 15:30発』 へ



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January 01, 2005

⑦<揺れる心、原点回帰>

テーマ:(1)プロローグ


 それから二日後、僕は退院し、しばらくの自宅療養を経て仕事にも復帰した。


 十二月初旬のことだった。


 決意の日から何度も何度も自問自答を繰り返した。非日常的な世界で非日常的なことを考えていた、という程度のものでは何の意味もない、すぐに今までと変わらぬ「やっぱり無理だ」という弱い気持ちに戻ってしまうからだ。


 しかし現実の世界に戻ってくると、やはり障害は内に外にたくさんあった。仕事を辞めること、この土地を離れること、この土地で出会った人たちのこと、家族に対すること、将来のこと・・・・・・。僕はまだ、決意をした「つもり」だったにすぎないのかもしれない。現実として、事実として、迷いはまだあったのだ。自分は自分、そう信念を貫けるほどの自信もなかった。


 まわりの皆は普通に生活をしているのに、なぜ自分だけがこのような道を選ぼうとしているのだろうか。それが不安だった。きっと誰でも夢はあったはずなのに、大人になるにつれてそういうことを忘れたり、しまい込んだりして落ち着いていく。


 僕は間違っているのだろうか。会社を辞めてまで旅に出て、帰ってきたらどうするんだ。試してみたいことは漠然とあるけれどそれも自信がないし・・・・・・。自分は逃げているのだろうか。でも何から逃げているのだろう。自分のやりたいことをやり通すことが怖くて逃げているのだろうか。それとも誰もがいわゆる真っ当な社会人生活を歩んでいるのに、自分だけが違う道に進む、それが逃げているということなのだろうか。そもそも、「いいなぁ」って言う人は自分もそうすればいいのに、なぜそうしないのだろう。そんなとりとめもないことを毎日繰り返し考えていた。


 でもある時、思ったのだ。それは、もうこれ以上考えようがなくなり、いったいどうすればいいのかわからなくなってしまった時にふとひらめいたような答えだった。初心に戻り考えて見れば、その答えは簡単なことだった。


 僕は迷っているのではなかった。答えはずっと前から決まっていた。


 理由や正当な答えが欲しくて、探していただけなのだ。入院していた時、必然性にこだわっていたことも、必要なんてなかったのかもしれない。


 本当に必要なことは、ただ「選ぶ」ということだけ。選択すること、覚悟を決めること。覚悟とは、今あるすべてを捨てること。そう思った瞬間、ふっと楽になった。何かが動き出した気がした。実現するために、じゃぁどうしようか、そう考えるようになった。


 それからの行動は驚くほど早く、迷いもなかった。


 僕は今、結婚もしていないし、家庭も持っていない。守るべきものがあったらきっと動けない。だから今しかない。肉体的理由もある。僕は旅に自転車を持っていきたい。それを漕ぐ体力を考えると年齢的にも今しかない。勢いにまかせただけかもしれないけれど、その勢いが大切だった。


 僕は夢の変遷を思い出していた。


 すべてはあれが始まりだったんだ。



★『そして旅立ちへ』 へ

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January 01, 2005

⑥<決意の瞬間>

テーマ:(1)プロローグ


 一週間後、八割がた回復した僕は二時間の外出を許可され、久々に外の空気を吸いに病院を出た。一週間も同じ場所に篭っていたせいか、もう一年くらいどこか違う世界に行っていたような気分だ。


 太陽の日差しはきっといつもどおりのはずなのに、とても眩しく感じられた。


 時間がゆっくりと流れているのを感じる。


 少し歩き出し、僕は近くにある本屋に足を運んだ。本屋には、いろんな情報や発見がある。膨大な数の書籍をゆっくりと見てまわり、面白そうな本に出会う瞬間が好きだった。しばらく本屋をゆっくり歩いてまわるということからは遠ざかっていたので、久々の行動にわくわくした。止まっていた時間を取り戻すきっかけを見つけるためにそこを訪れた、そんな感じだった。


 僕はここで、一冊の本を見つけた。


 これもまた必然の出来事なのか、ぷらぷらと書棚を見てまわりながらふと目に飛び込んできたのは、世界一周の旅をした人の本だった。迷わずその本を買い、戻ってわくわくしながら読み始めた。一日で一気に読み切った。読み終えてから、


 「やっぱりやりたいことをやろう。旅に出よう」


 そう思うまでにそれほど長い時間はかからなかった。


 かつて夢見たことを今やろう、今しかない。素直にそう思った。


 今あるすべてを一度捨てる。その時が来た。


 この入院はきっと必然だった。あの老人と出会ったことも、本を見つけたことも。この考えに至るために今があったのだ。勘違いかもしれない、馬鹿げているかもしれない。でも良かったのだ。きっと、納得のいくきっかけが欲しかっただけなのかもしれない。


 決意の瞬間だった。



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January 01, 2005

⑤<真夜中の老人(後)>

テーマ:(1)プロローグ


 深夜三時過ぎ。


 ひどく激しい苦しそうな吐き気の音と低く重い呻き声が聞こえて、目が覚めた。それは、例の老人がいるであろう場所だった。心配で駆け寄ろうかと思い体を起こした時、遠くの医務室で呼び出しブザーが鳴っているのが聞こえた。


 この部屋だろうか、そう思った瞬間、医師と看護師がばたばたと駆け込むようにして部屋に入ってきた。医師の「大丈夫ですか」という問いにももはや返事はなく、「ううぅ・・・・・・ううぅ・・・・・・」という呻き声だけが聞こえてくる。


 自分の鼓動が急速に速くなっているのを感じた。少し前まで喫煙所で熱く語っていたあの笑顔の老人の印象は窺えない。まるで別人だ。その後、医師と看護師らによって、老人はベッドごとどこか別室へ移動されたようだった。


 部屋のドアが閉まると、また夜の静寂が戻ってきた。静まり返った病室には僕の鼓動だけが響いている。


 一夜が明け、明るくなってからゆっくりカーテンを開けてみると、老人がいたはずの場所はただがらんとしていた。その後、二度とあの老人が帰ってくることはなかった。あとで同じ部屋の人の話を聞くと、あの日の翌日、老人は亡くなられたとのことだった。


 あの老人は僕と話していた時、なぜあんなに諭すような話し方をしていたのか。昔を振り返りながら若い頃のことを楽しそうに話していた姿、幸せそうに煙草を吸う仕草、もしかしたら老人は自分の死期をすでに悟っていたのかもしれない。いろんなことを考え始めた。


 自分はいったい何をやっているんだろう、こんなところで。


「常に死を意識すると、生きることに一生懸命になれる」


 その言葉がずっと頭の中で鳴り響いていた。


「限られた時間の中で精一杯の人生を生きる。人生の時間は誰でも皆、限られている。遅かれ早かれ終わりが来る。自分にも、自分の大切な人たちにも。死生観の違い、意識の違い。死を意識することができると生に対して一生懸命になれる」


 そんなメッセージを、僕は自分に重ねて考えていた。


 もし死ぬことになっていたら、どうなっていたんだろう。


 少し前にそう考えた自分がいたことを僕は思い出していた。



★『決意の瞬間』へ



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