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手のひらの中のアジア
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May 22, 2007

インド・ミリクの日々~ボミカ・シャルマ~

テーマ:(12)インド
インド・ミリクの少女ボミカ

シャルマ家と出会ってから四日目のこと。


この日、インドのコルカタからパダムの友人がやってきて、子供たちにプレゼントが手渡された。


バトミントンセットとクリケットセット。新しい遊び道具を手に入れた三人は、それはもう大はしゃぎ。ウッジャルとサーガルはクリケットのラケットを、ボミカはバトミントンのラケットを手にしてそこらじゅうを駆けまわる。


すぐにでもクリケットなりバトミントンなりをやりたい三人は、大人たちの輪の中に入ろうとする僕を無理やり引っ張って外へ連れ出そうとする。やれやれ、と思いながら僕は子供たちの遊び相手をすることになった。


さて、クリケットとバトミントン、どちらから始めよう。クリケットのラケットを手渡そうとするサーガルと、バトミントンのラケットを握らせようとするボミカ。家の外で大声を張り上げる二人の声を聞きつけて、近所の小年たちも集まってきた。


人数が多いことも考慮してか、ウッジャルの一声でクリケットをやろうということになった。僕とシャルマ家の三人と近所の小年たちが四、五人。


家から十分ほどの場所にある空き地へ移動し、チームに分かれてそれぞれの持ち場につく。野球の原型ともいわれるこのクリケットのルールを僕はぜんぜん知らない。言われるがままにボールを投げたり、打ったり、走ったり。


いつどうやって点数がカウントされるのかさえわからないけれど、野球と同じ感覚でボールを打ち返すだけでも案外楽しいものだった。「走れ走れ!!」、「止まれ!!」、「投げろ!!」などと大声が飛び交い、土埃にまみれながらも子供たちはクリケットに夢中になっていた。


そんな中、ふと、みんなの輪から抜けてその場を立ち去ろうとする一人の子供の姿。


ボミカだ。


声をかけてもボミカは振り向かない。とぼとぼ歩く彼女の暗い表情は、ちょっと用事があって家に帰るというふうには見えない。さっきまでみんなと一緒に元気に声を張り上げていたのに、今は明らかに様子が変なのだ。


僕がそのことについてウッジャルとサーガルに訊ねると、「そんなの気にしなくていいよ」と彼らは言う。でもやっぱり気にしないわけにはいかなくて、僕はあとからボミカを追いかけた。


★★★★★


家にたどりつくと、ボミカはすでに部屋にいた。ベッドの淵に腰かけて両手をつき、足を交互にぷらんぷらんさせながら、部屋の片隅にあるタンスを見るともなく見つめていた。僕がやってきても目を合わせようとさえしない。どうしたの、と訊ねてもよけいにそっぽを向いてしまうだけだった。


どうしたものか困り果てた僕が黙っていると、しばらくしてボミカの足の動きがぴたっと止んだ。どこへともなく向けられた遠い視線はそのままに、彼女はゆっくりと口を開いた。


「ねぇ、アンカル・・・・・・」


今にも消え入りそうなほど、か細い声だった。


「わたしはおんなのこよ・・・・・・」とボミカは言った。


「おんなのこはね、クリケットなんかしないの・・・・・・」


ボミカの言いたいことはよくわかった。我慢していたんだろう。みんなでクリケットをやろうと決まってから、ほんとはそんなにやりたくなんかなかったけれど、みんなにあわせて自分の気持ちを心の奥に押しやった。一人だけやらないっていうのも嫌だし、やるからには楽しもうとも思った。だからこそ最初は「走れ!!」「打て!!」などと叫んだりして元気な自分を見せていた。でも、そう長続きはしなかった。どうしていいのかわからなくなって、ボミカは黙ってあの場所を去るしかなかったんだろう。


「そうか、そうか、ごめんな」と言って僕はなぐさめたけれど、ボミカは何も答えなかった。


ボミカが抜け、僕までいなくなってしまったクリケットはそれからすぐおひらきになった。家に戻ってきたサーガルが妹の様子を見てやいのやいのと騒ぎたてると、ついにボミカは泣き出してしまった。しゃくりあげて泣き始めたボミカをもう誰も止めることはできない。延々と泣き続けるボミカは、ようやく静まってきたと思った頃、泣き疲れたのかそのままベッドに横たわってすやすやと眠ってしまった。


仕方がないのでそのまま寝かせておいて、僕はウッジャルとサーガルの二人と共に外でクリケットの続きをすることにした。


★★★★★


三十分ほど経った頃だろうか。


僕がたまたま家の方に目をやると、部屋の窓からこちらを窺っているボミカの姿を発見した。ボミカは僕が見ていることに気づくと、とっさに頭を伏せて隠れた。試しに気づかないふりをしてクリケットを始めてみると、また顔を覗かせてこっそりと外の様子を窺う。僕がもう一度窓の方を見ると、やはり同じようにさっと頭を伏せる。


「ボミカ!!」


少しは機嫌が直ったのだろうかと思って、僕は大きな声で呼んでみた。が、ボミカは顔を見せず、返事もしない。どんな顔をしてこの場に姿を現していいのか困っているのかもしれない。ボミカが戻ってきやすいようにするために、僕はどうしようか考えた。


しかし、そんな状況を打破して先に動いたのは、僕ではなくボミカ自身だった。気がついた時にはボミカは家の入り口にぽつんと立っていて、ただじぃっとこちらを見つめていた。


無言の視線。


それは時々、僕を困らせる。そもそも女の涙と無言の視線というやつに僕はめっぽう弱い。女の涙を見せられた時には、何だか自分が弱い者いじめでもしているかのような気持ちにさせられてしまう。無言の視線を向けられた時には、相手の表情とその時の状況から、相手があえて口にしない内なる言葉を読み取らなければならない。


ねぇ、アンカル・・・・・・。


まぶたを腫らしたボミカは何も言わないけれど、見つめる視線ははっきりと語っていた。


「わたしが今ここに立ってる理由がわかる?」と。


わからない、とは間違っても言えない。ボミカは二本のバトミントンラケットとシャトルを両手にしっかりと抱き、その上でこちらを見つめているのだから。


僕はクリケットを終わりにして、ボミカの方に手を差し伸ばした。もどかしそうにしていたボミカは、どうしようか迷った様子の後、持っていた二本のラケットのうち一本を黙って僕に手渡した。


「バトミントン、やろうか」


と僕はボミカに言った。


それがボミカの望む言葉で、僕はそう言うより他になかったのだ。期待どおりの台詞を聞いたボミカは、ようやくニコっと微笑んでみせた。最後にウィンクのおまけつきで。


それからのボミカは、さっきまでの鬱屈した表情などどこへやら、一点の曇りもない晴々とした顔でバトミントンのラケットを振り回し、そこらじゅうを駆けまわっていた。


最後のウィンクを思い出して僕はおもわず苦笑した。ボミカが空き地を去り始めた時、それは実は彼女の作戦の始まりだったんじゃないだろうか。ボミカの涙と無言の視線。クリケットが途中でおひらきになり、結局バトミントンをすることになった時、すべてはボミカの思いどおりになった。


女の涙と無言の視線は脅威だ。そしてちょっとばかり、ずるい。それが子供であれ、大人であれ。ボミカの行為に意図はないと思うけれど、弱冠8歳にして彼女は、無意識のうちに女の武器なるものを身につけてしまっているわけだ。


天使のような笑顔とかよわき涙、無言の視線。


シャルマ家のお姫様ボミカ。


この子には勝てない、と僕は思った。

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May 11, 2007

インド・ミリクの日々~シャルマ家との出会い~

テーマ:(12)インド


インド・ミリク

湖のある町が好きだ。


メインロードはわずか数百メートル、いくつかの食堂と商店、宿があるだけという町ならもっといい。いつも同じ人たちを見かけるうちに顔見知りになってしまうような町。毎日、町全体の様子が手にとるようにわかるくらいの小さな規模の町。時間という概念なんて人間が勝手に作り上げたものだけど、そんなものこの場所には必要ないんじゃないかと思えるほど穏やかで、ゆるやかな空気の流れる町。


ダージリンからグームを経由し往路とは別の道を下り始めた僕は、標高1,969メートルのミリクという町を目指した。軽いアップダウンを繰り返しながらも徐々に高度を下げていく。最後の大きな坂道を下ってミリクの町に入ると、すぐに湖の光景が目に飛び込んできた。それだけで僕はこの町に最低一週間は滞在するだろうと思った。


ある日、一人の男性に声をかけられて、僕は彼の家を訪れることになった。


パダム・シャルマと名乗る彼の家族は、ここインドの地で生活するネパール系住民の一家。シャルマ家には、長男のウッジャル(13歳)、弟のサーガル(9歳)と妹のボミカ(8歳)という三人の子供たちがいて、おばあちゃんもあわせると実に六人家族。奥さんの実家は、ネパール・カトマンズ近郊のバクタプルにあるという。


そんな家族の話をいろいろと聞いていたところへ、ちょうどタイミングよく下の二人の子供たちが帰ってきた。今、話を聞いたばかりのボミカとサーガルだ。対面した時の二人の笑顔があまりにもニコニコとしていたので、僕は一瞬で惹き込まれてしまった。


ボミカ


かばんをベッドの上に放り投げたボミカが早速僕に訊ねる。


「ねぇ、どこからきたの? 名前は?」


「日本だよ。名前はヒロ」


「ヒロ、ね。わたしはボミカ。こっちは・・・・・・」


「ぼくはサーガル」


と、すかさずサーガル本人が答えた。


まったく人見知りしないボミカとサーガルは、ちょっとませた感じの大人びた喋り方をするところがいっそうかわいらしい。イングリッシュスクールに通っているため、片言しか話せない僕なんかよりずっと上手に英語を使いこなす。聞いていたとおり、ウッジャルという13歳のお兄ちゃんがいるんだよ、と二人は教えてくれた。


「ねぇ、今日からヒロはわたしたちの友達よね」


まるで気に入った「おもちゃ」を見つけた時のように目を輝かせてボミカが言う。いい遊び相手が見つかったとでもいうところだろうか。サーガルも同じように興味津々。わたしのものよ、ぼくのものだよ、といった感じの二人の様子を見て、お父さんのパダムが思わず苦笑する。


「おいおい、ヒロはパパの友達だよ。お前たちの友達になったら、パパにとっては何になっちゃうんだ」


それを聞いて困った様子のボミカとサーガル。


「失礼ないようにアンカルと呼びなさい」


お父さんにそう言われると、ボミカは不服そうに口を尖らせた。僕はというと、その間ずっと「がんばれボミカ」と心の中で応援していた。アンカルというのは目上の男性に対する敬称である。つまり、お父さんの友達ということになると、僕の位置づけは「おじさん」ということになってしまうではないか。まだ二十代(当時)で気持ちは若いつもりなのに、「おじさん」と呼ばれるのはいささか心外だ。


しかし、しばらく納得のいかない様子でささやかな反抗をみせていたボミカも、結局はお父さんに言いくるめられてしまった。


「わかったわ・・・・・・じゃぁ、アンカルでいいわ」


まだ口を尖らせながらもボミカがそう答えたことで、僕はやっぱりアンカルと呼ばれることになってしまった。「おじさん」と呼ばれているのか、と思うと妙に歳をくった気がしてしまう。まぁ、呼び名はアンカルでも、二人はお兄ちゃん、あるいは友達のように接してくれるからいいのだけれど。


夕方、長男のウッジャルが中学校から帰ってきた。荷物を置いた彼と挨拶をすませると、僕は三人と一緒に家から十五分ほどの場所にある教会を訪れた。


僕の右手にサーガル、左手にはボミカ、少し前をウッジャルが歩く。僕の両手に繋がれた二人の手は、とても小さくて、ぎゅっと握ったらつぶれてしまいそうなほど弱々しい。でもその手を握っていると、なんだか不思議な気持ちになった。僕たちは、ずっと前から“四人”の兄弟だったんじゃないだろうか、って。


ボミカとサーガルと

              photo by ウッジャル


僕は小さなボミカとサーガルをひょいと持ち上げて、だいぶ前の方をひとりすたすたと歩いていたウッジャルを足早に追いかけた。


ミリクの町の小さな教会で、僕たちはお祈りをした。横に並び、目をつむり、両手を合わせて。


教会の前で記念写真を撮った時、「ねぇ、アンカル」とボミカが言った。


「神様に、何をお祈りしたの?」


「お祈りじゃないよ」と僕は答えた。「ありがとう、って言ったんだよ」


「どうして、ありがとうなの?」とサーガルが不思議そうに訊ねた。


「それは秘密」


僕は笑いながら、並んで立っていたボミカとサーガルに両手を差し伸ばした。ふぅん、という顔をしていた二人は、まぁいいか、といった様子でまた僕の手を握る。「さ、行こう」とウッジャルが言って僕はうなずき、再び四人でゆっくりと歩き始めた。


ボミカとサーガル


家に帰ってから、夕食をシャルマ家でごちそうになった。ネパールでは皆これを食べるのだ、といって出てきたのは「ダルバート」。ごはんにダル(豆スープ)、じゃがいもをカレーで味付けしたトルカリ(野菜※いろいろ種類がある)とアチャール(漬物)などが一つのプレートに盛られたいわゆるネパール式定食。


食事をとりながらパダムが僕に言う。


「ヒロ、君は今日はお客さんだ。でも明日からはシャルマ家の家族だ、いいね」


僕はうなずきながら、ダルバートをひとくち口にした。
家族、という言葉が強く胸の中で響く。


午後九時をまわった頃、すでにベッドにもぐり込んでいたボミカとサーガルの部屋を覗いた。


「また明日ね、アンカル・・・・・・」


眠そうな目をこすりながら二人は口を揃えて言う。僕は二人におやすみ、と言って部屋を出た。それからパダムと奥さんにもう一度礼を告げ、家をあとにした。


「アンカル、か・・・・・・」


宿への道を歩きながら僕は心の中で苦笑した。呼び方なんてどうでもいいじゃないか。パダムは僕を家族と言ってくれた。僕にはインドで新しい家族ができたのだ。僕にしてみればパダムは友達というよりお父さんで、奥さんはお母さん。おばあちゃんがいて、ウッジャルとサーガルという二人の弟と、一人のかわいい妹ボミカがいる。


「明日が待ち遠しい」と僕は思った。


そんなことを意識して思ったのは、いったいいつ以来のことだろう。

僕はこの気持ちを、誰にともなく、もう一度感謝したくなった。


素敵な家族との出会いをありがとう、と。


インド・シャルマ家

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May 05, 2007

七つの出会いとカンチェンジュンガ

テーマ:(12)インド

インド・ダージリン


ダージリンでの日々、最初にチベット青年たちとの交流があってから、いくつかの出会いが続いた。


二つ目の大きな出会いは、ブータン人の若者たちだった。


一人の青年と二人の女子学生。彼らとは街で偶然に、という出会いではなく、ダージリンで出会った一人の日本人女性の紹介によるものだった。彼女は僕と同じように旅行者であり、やはりダージリンに魅了された一人でもある。ただ彼女の場合、ダージリンの街そのものというよりも、この街に住む人々に惹かれているといった方が正確かもしれない。


彼女のまわりには彼女を尊敬し、家族のように慕うチベット人家族やブータン人の友人たちがいた。道端でたまたま会った知り合いの現地人と笑顔で親しげに言葉を交わす彼女の姿を見ていると、何ヶ月も何年もダージリンで過ごしているわけではないのに、とてもこの街に“馴染んでいる”ように見えた。


彼女が出会ったブータン人青年カルマの案内により、僕は彼の友人でもあるブータン人女子学生の部屋を訪れた。


チョウラスタ(広場)からさほど遠くない場所にあるアパートの一室は、六畳と八畳ほどの各部屋と共同スペース、キッチンなどがある思ったよりも広いところだった。案内された六畳部屋には大きなダブルサイズのベッドが横たわり、壁にはアイドルのポスターが貼ってある。テーブルの上の小箱には毎日使用しているのであろう使いかけの化粧品が重ねてあり、部屋の隅にはラジカセ、その隣にTシャツやズボンが積み重なって置かれている。


西洋文化を拒み、独自の文化を維持するブータンのイメージからは想像し難いほど、彼女たちの身なりも生活もとても現代的であり、女の子らしくも感じられた。カルマにしても、やはりブータン男性が着る民族衣装の「ゴ」ではなく、シャツにジーンズといういでたちと流暢な英語を話す姿を見ていると、ブータン人と言われなければわからないくらいである。もちろん、ここはインドのダージリンであってブータン本国ではないし、彼らが隣国で学ぶ学生だという理由もあるのだろうけれど。


日本からやってきた僕らのために、彼らはブータン料理を振舞ってくれた。


ジャガイモをチーズで煮込んだケワダチというブータン料理。日本でもすぐに作れるシンプルなものだがとても味わい深く、日本の味に近い。ご飯と一緒に混ぜて出されたケワダチ、僕はこの味を口にした喜びをどう表現していいかわからずに、ただおいしい、おいしいと連呼しながらおかわり三杯をたいらげた。


食事をしながらカルマはブータンについてのいろんな話を聞かせてくれて、そのどれもが興味深いものだった。だがそれ以上に、このケワダチの味だけはけっして忘れられないほど心に残るものだった。ブータンの国を今回の旅で訪れる予定はないけれど、いつかその地に降り立つ日が来た時、僕は初めて出会ったこのブータン人の若者たちのことを思い出すに違いない。


★★★★★


さて、ダージリンにおいて三つ目と四つ目の出会いはネパール人で、五つ目の出会いはチベット人、六つ目の出会いはまたネパール人だった。


インドの街にいながら僕の出会う人々はインド人以外の人たちばかり。意図的にインド人を避けているつもりはないし、僕はそのことについて何か理由があるのではないかと不思議に思っていたのだけれど、出会った人たちがそれに関係する興味深い話を聞かせてくれた。


ダージリンは1,947年のインド独立以来、西ベンガル州に組み込まれたがゆえに現在でもインドの街として存在しているけれど、もともとこの地はネパール系の人々を中心にインド人以外の住人の比率が大きいのだという。過去にも何度か独立を求めて衝突が起こり、最近では「今後、ダージリンは自治権を獲得して独立州になる」という話もあるというから、そうなればこの街にも大きな変化の波が押し寄せるかもしれない。


★★★★★


そんなインド・ダージリンでの日々。


ある日の夜、街はしとやかな雨に包まれていた。空気はひんやりとして一段と肌寒く、うっすらと街灯に照らされた道路は雨に濡れて黒く染まっている。


僕はインド人が営む小さな食堂で軽い食事をとり終え、チャイを片手にぼんやりとその様子を眺めていた。


いつまでも止みそうにない雨に見切りをつけて店を出ようと勘定を頼んだ時のこと、ズボンの後ろ右ポケットに入れたとばかり思っていた財布をうっかり宿に置いてきてしまったことに気づいた。


嫌な展開が脳裏をかすめる。そのまま食い逃げすると思われるかもしれない。少なくとも疑われることは間違いないだろう。僕にとってこの食堂はダージリンで唯一といっていいほど居心地の良い場所だった。店の人に嫌悪の情を抱かれることでその居心地の良さが損なわれてしまうことが、僕には何とも心苦しかった。


伝票を持って僕のもとへやってきた食堂のおばさんは、財布が今手元にないという仕草を見せると、案の定、怪訝そうな表情を見せた。


僕は少し考えてから、正直に事情を説明し、いったん宿に戻って財布を取ってくる、その間自分のバッグを身代わりとして店に置いていく、と身振り手振りで伝えた。


おばさんは僕の言いたいことを理解していないのか、よりいっそう僕を不審な目で見つめ、それから何も言わずに食堂の奥へと入っていってしまった。


ややあって、奥から代わりに店主が姿を現した。


「どうしたんだ」


英語で問いただした彼に、僕はもう一度事情を説明した。


「すみません、財布を忘れてしまったんです・・・・・・。今、宿に戻って財布を取ってくるのでその間、バッグを置いていこうと・・・・・・」


僕がそこまで言いかけたところで、店主はその言葉を遮った。


「気にするなよフレンド。荷物なんか置いていかれて何かなくなってしまったらその方が問題だ」と彼は言った。「夜道は暗いし、外は雨も降っている。明日、また来てその時払ってくれればいいよ」


「いや、でも・・・・・・」


「大丈夫。ジャパニーズ、あんたは悪いやつじゃない。そうだろう? それくらい、目を見ればわかる」


店主は自分の目を指差しながら、優しく諭すように僕に言う。「それとも何かい? あんたは日本からやってきた泥棒旅行者だってのかい? それなら話は別だけどな」


そう言って大きく笑う彼に肩を何度か叩かれると、僕はなんだかふっと力が抜けてしまった。説明を受けて事情を理解したさきほどのおばさんも表情を緩めてようやく笑顔を見せた。


「すみません・・・・・・」


僕はもう一度頭を下げ、すぐに店を出た。それからまだ止みそうにない雨の中、急いで宿へ戻り、財布を手にとって再び食堂へ向かった後、今日のうちに支払いをすませた。気にするな、と店主はもう一度僕に諭し、また明日も来なさいと言って送り出してくれたのだった。


これが僕のダージリンでの七つ目の出会い。


この日、寛大なインド人と出会ったことで、僕はこれまでのインド人に対する偏見や心のわだかまりのようなものが解けたのを感じた。


翌朝、目覚めるとすっきりした晴れ空が広がっていた。相変わらず底冷えのする真冬のような寒さにもかかわらず、とても気持ちの良い朝。


ダージリンの街の遠く向こうに、世界大三峰カンチェンジュンガの白い頂がくっきりと見えた。この街を訪れて初めての出来事で、それは僕にとって何かのサインのようでもあった。


この街を出よう、とふと思った。


その選択に迷いはなく、間違いはない気がした。


離れがたく寂しい気持ちを抱きつつ、好きになった街を旅立つきっかけは、そう、いつもこんなふうに単純なものだった。

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