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手のひらの中のアジア
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July 19, 2006

カクリ

テーマ:(11)バングラデシュ

kakuri


「くぷくぷくぅ、くぷくぷくぅ」


カクリは時々、そんな歌を歌って僕の前で踊ってみせる。

彼女はルナの妹であるスライヤの娘、明るく元気な七歳の女の子。


僕とカクリはダッカで初めて出会い、仲良くなったのはタンガイル帰郷のバスで一緒になった時からだ。お上品な服を着て、一丁前に腕から花柄の高級そうなバッグをさげて歩く姿が妙にませて見えたのが、僕の第一印象だった。


隣に座った僕がその中身に興味を持って訊ねてみると、カクリは嬉しそうに金色のチャックを開けて見せくれた。中には折れて芯のなくなった鉛筆やプラスティックのハサミ、同じくプラスティックでできたレンズのないメガネ、口紅の形をした消しゴムに壊れて使えない携帯電話のおもちゃ。


よくもまあこんなにも脈絡のない物がたくさん詰め込まれたものだと、僕は思わず笑ってしまった。綺麗に整った外見とは逆にバッグの内側は鉛筆のせいか真っ黒になっている。高級「そうな」バッグでよかった、と僕は思った。その中身はとても子供らしい内容だったことに少し安心して、そんなカクリを大好きになった。


カクリはカクリで僕を気に入ってくれたようだった。自分の宝物たちを披露したことにご満悦だったのか、それからずっと僕の傍になつくようになった。タンガイルに到着してからも、暇さえあれば僕の部屋へやってきて延々と喋る。カクリにとっては僕が言葉がわからないということなどおかまいなしなのだ。


村の人たちは逆にその様子を見て僕を気遣い、「あっちに行ってなさい」とカクリを追い出そうとするのだけれど、僕は「いいんです、いいんです」と言って笑いながらカクリをちょこんと自分の膝元に乗せる。僕にとっては、無邪気なカクリをただ見ているだけでも楽しいものだった。そして時々部屋を歩きまわりながら体を左右に揺らして「くぷくぷくぅ、くぷくぷくぅ」と言いながら何の歌ともつかないその歌と踊りを見せてくれるのであった。


kakuri


村には二百メートル四方の四角い形をした池がある。深い緑色をしたその水はとても穏やかで、時々、扁平なくちばしをしたカモの群れが向こう岸へ渡ってゆく和やかな姿も見られる。村のお婆ちゃんやお母さんたちは昼間の時間、銀色の壷のような形をした水瓶を持ってきて、よくここで水浴びをし体を清めている。池に沿って林立する木々が四方を囲い、ここは村の「聖なる池」であるかのような佇まいを見せていた。


家のすぐ前には池に下りていく板敷きの階段があって、すぐ下の岸には一漕の木造りのボートが杭にくくりつけて寄せられていた。


カクリは僕の腕を引っ張って、「ボート、ボート」と言った。


危ないし、乗ってお母さんに見つかったら怒られるよ、と僕はたしなめるのだがカクリは大丈夫、大丈夫と言ってきかない。


すると後ろにいたアキィがすっと前に出て、意外にも手招きしながら階段を下り始めた。さぁ、早くといった様子で促すアキィ。そんなに積極的な彼女の姿を僕はこれまでに見たことがない。


「アキィ、大丈夫なの?」


僕がそう訊ねると、彼女は首を横にかしげるOKの仕草で、問題ない、と言った。


近くにいた村の少年ナヒィを呼びつけると、ボートを漕いでもらうように頼んだ。「よし、きた」と言わんばかりに飛び跳ねてやってきた彼は村一番のガキ大将。


カクリとアキィとナヒィ、そして僕の四人は岸辺におり立つ。近くで見るボートは上から見ていた時よりも大きく、さらに数メートルは長く見える。船上は思ったよりも広々としている。


杭に結びつけてあった縄を解き、僕とナヒィでボートを力一杯押し出すと、ズズズッという音を立ててボートはゆっくりと動き出した。急いでボートに飛び乗ると、ナヒィは身長の二倍近くもある長いオールを手に取り、池の底を蹴り出すようにしてボートをさらに勢いづけた。


次第にボートは岸から離れ、ナヒィが掻き出すオールの角度に従って進んでいく。風は無風に近く流れのない池の上とはいえ、小さな体でその長いオールを器用にさばく姿はなかなかのものだ。


「へへへ、どんなもんだい」


自慢気な様子でナヒィは右手で鼻をこすってみせた。カクリが右だ、左だと指示を出すのに合わせて、ボートは池を自由に行き来する。ここは彼らが生まれた時からある庭の池と同じ。大人が扱うボートと同じ大きさとはいえ、昔からの遊び場でもある子供たちにとってはすっかり慣れっこなのだ。


しばらくして家の方からカクリのお母さんが大声で呼びかける声が聞こえた。


「カクリぃぃ!!カクリぃぃ!!どこいったんだい!!」


怒鳴り気味に響き渡るその声に、僕は思わずどきっとした。


カクリのお母さんは、娘のしつけには恐ろしいほど厳しいのだ。食事のマナーや返事の仕方やちょっとしたことがあると容赦なく手のひらが飛ぶ。僕がボート乗りを止めなかったばかりにカクリがまた怒られる、と僕は今ここにいることを少し後悔しそうになった。お母さんはそれからすぐ岸辺に姿を現した。


「戻ろう」と僕が言いかけたところで、しかし意外なことにお母さんは、「あら、ここにいたのね」といった様子の顔を見せると「ちょっと出かけてくるからね、あんたは行かないね」というようなことを言い残してすぐにその場を去っていってしまった。


ふぅっと溜息をついた僕の横で、カクリもアキィもナヒィも何てことはない顔をしてボート乗りを楽しんでいる。ナヒィはオールを持ったまま船上に立ち、カクリとアキィはかがみ込んで水中に手を浸し、ちゃぷちゃぷとその冷たい水の感触を味わっていた。


ボートが池のちょうど真ん中あたりに来たところで舵をとるのを止めて、四人ともそのまましばらく流れに任せることにした。風はなく、ささやかな波の気配さえない水上は驚くほど穏やかだった。右に、左にゆっくりと少しずつボートが向きを変えるだけで、大きくどこかへ流されていくこともない。その静穏な佇まいは、ここが聖なる池であることをあらためて僕に思い出させた。


kakuri


子供たちは、遊び方を知っていた。


ダッカの街で出会ったアキィもカクリも、こうして故郷のタンガイルではまた別の顔を見せてくれた。ここへ来なければ、僕はその素顔を見ることもなかっただろう。ルナの息子であるルーモンも、ここへは時々やってくるという。普段、ダッカでは家に篭りがちなルーモンもタンガイルではナヒィと一、二を争うガキ大将になるのだ、と。


アキィもサミィもカクリも、みんなもっと小さかった頃からここで毎日を過ごしていた。こんなに素敵な故郷があって、帰る場所がある。この子たちは大人になっても、この聖なる池でボートに揺られていた頃の気持ちをきっと忘れないだろう。


「くぷくぷくぅ」


カクリが小さく歌うように呟いた。それから、なんだかとても嬉しそうにもう一度右手を水に浸し、その手を水中で軽く左右に揺らした。


ちゃぷちゃぷちゃぷ。


緑色の水面をそよそよと漂う波の模様がゆっくりと広がっていく。時折どこからともなく聞こえてくる牛と山羊の鳴き声。僕らを乗せて浮かぶボートも、池の上でただ静かにその身を委ねていた。


ナヒィはオールを置き、大の字になって頭の後ろで腕を組み、タンガイルの空を見上げていた。アキィはただ座ったまま、広がっていく波紋をじっと見つめていた。


くぷくぷくぅ、ちゃぷちゃぷちゃぷ。

くぷくぷくぅ、ちゃぷちゃぷちゃぷ。


その横でカクリが、にっこり笑ってこっちを向いた。


kakuri

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July 13, 2006

故郷タンガイル

テーマ:(11)バングラデシュ

kokyo


新たな年を迎えて数日、ダッカでは帰省ラッシュが始まっていた。


バングラデシュでは、いやこの国だけではない、世界中のイスラム圏においては、毎年この時期(イスラム暦の12月)にコロバニイード(イード・アル=アドハー)と呼ばれる盛大な祭りが催される。牛をはじめとして山羊、羊などを神への生贄として捧げる、いわゆる犠牲祭だ。


人々は年末年始ではなく、このイードに合わせて故郷への帰り支度を始める。カウントダウンの控えめな盛り上がりと今の街の騒つきぶりを見比べるだけで、まだそのイードを目にせずとも、この国の人々にとってそれがどれほど大きな位置を締めるものなのかがわかる。


ルナのマンションの四階、五階に住む親戚一同も、何人ずつかのグループに分かれて日をずらし、徐々に帰省を開始していた。ルナたちの故郷はダッカからバスで二時間半の距離にあるタンガイル。思ったほど、遠い場所ではない。


ルナやルーモンは帰らないのかと訊ねる僕に、二人は帰らないと言う。残った兄弟や友人たちとダッカでイードを迎えるのだと。アキィは久々に故郷へ帰るけれど、サミィはジンナーと共にその手伝いも兼ねて、ダッカに残ると言った。


「タンガイル、行きたい?」


とルナは僕に訊ねた。


「行ってみたいな。イードまでには帰ってくるから」


と僕は答えた。


ルナをはじめ、ダッカに来て出会った人たちの故郷タンガイルがいったいどんなところなのか、今そこではどんな生活が営まれているのか、ルナたち兄弟を生んだ両親はどんな人物なのか、とにかく興味は尽きない。


ルナは最初、腕を組んで口を真一文字に結ぶと、うーん・・とうなって迷いを見せた。


「タンガイル、言葉わかる人、誰もいないよ。大丈夫?」


日帰りやちょっと寄り道する程度なら、さして言葉の問題など気にすることもないのだが、ある家庭に滞在してそこで数日を過ごすとなるとそういうわけにもいかない。ある程度のコミュニケーション能力も自ずと求められる。ルナは、僕がそうした環境で楽しめるのかどうかを心配しているようだった。


だが、僕はまったくといっていいほどそれについて心配はしていなかった。これまで中国でもラオスでもタイでもミャンマーでも、ずっと同じようにしてやってきたのだから。


「アキィも行くんでしょ?なら大丈夫。アキィとならなんとなく会話できるし」


僕は笑いながら日本語でそう言った。「なぁ、アキィ」


すぐ傍で床の掃き掃除をしていたアキィは、手を止めてこちらを向いた。でも、日本語じゃわからないと困った様子の表情を見せた彼女は、それからすぐにまた手を動かし始めて隣部屋へと入っていった。


少ししてルナが言った。


「そうね。あなたもここへ来て少しはベンガル語覚えたから、大丈夫よね」


ベンガル語の習熟度という点においては自信など皆無に等しかったけれど、僕はうんと答えた。


kokyo


翌日、午前八時。この日に帰るというルナの妹とその娘ジュリア、妹のカクリ、親戚の叔父さん、そしてアキィ。僕はこの五人に同行する形で故郷タンガイルへ向け、出発した。


普段でさえ出入りの激しいバスターミナルは、帰省ラッシュのこの時期、さらなる混雑に見まわれ、隙間もないほどに埋め尽くされたバスは敷地内から通りに出るだけでも一苦労といった状態だ。家族連れの姿が目立ち、その誰もがまるで引越しをするかの如く大量の荷物を担ぎ、自分たちのバスはどこかと必死になって探し歩いている。


ルナの妹たちも例外ではない。僕はいつも自転車と共に大量の荷物を持ち歩いているけれど、今回は小さなバッグ一つだけの身軽な恰好でやってきた。だが、こうして彼女たちの荷物を見ていると逆に手持ち無沙汰な気持ちになってしまうのであった。体の1.5倍はありそうな重いビニールバッグを担いで歩く彼女たちとピクニック用の軽いナップザックを持つ僕という構図もまた妙に心苦しい感じがして、結局、荷物は交換して僕がビニールバッグ二つばかりを担いで持ち運ぶことにした。


帰省ラッシュの混雑もあり、タンガイルには五時間ほどかかってようやく到着した。


バスのタラップを降りると、冷たい風が身を包み、思わず身震いした。上着一枚で何とかなるだろうと思っていた僕の予想を越える寒さ。タンガイルは真冬だった。日中にもかかわらず、はぁっと吐き出す息はうっすらと白い。灰色の空に見渡す限り三六〇度一面の田畑というのも、この寒さに十分すぎるほどの視覚効果を加えている。その間を突き抜けるようにして遥か続く一本道を荷台リキシャに乗って進んでいく。周囲に遮るものがないせいで、直に吹き込んでくる風は体の芯までかすめていき、そのたびに僕は体を震わせた。


そんななか、途中の田畑では子供たちが元気に走り回り、その近くでお母さんたちが洗濯物を乾燥させるべく、干上がって今は何もない大地に色とりどりのサリーやその他の衣服を広げていた。雨季になるとこの一帯はがらりと様相を変え、別世界になる。場合によっては美しく区画された田園風景どころか氾濫した川にすべてを飲み込まれてしまうといった状態になることも稀ではないという。こうして乾いた大地の上で思い思いに過ごす人々の光景は、まだ乾季である今でしか見られないものかもしれない。


kokyo


ぽつんぽつんと所々にある小さな小屋の商店には村の男数人とリキシャワラたちが一緒になってチャイを片手に談笑している。


「おおぃ、どっからきたんだそいつは」


これまでのバングラデシュ人の傾向からすれば当然だが、通りかかった僕らのリキシャに向かってそう声をかけてくる。


「ジャパン、ジャパン!!」


親戚の叔父さんがそう答え、時々は僕も笑いながら自分で答える。決まって、止まってチャイでも飲んでいけというけれど、今はまだ目的地にも到着していないため、またあとで、と言ってその場を通り過ぎる。村の人たちは、それが部落ごとなのか、ほとんどの人が顔見知りのようだ。


kokyo


三十分ほどしてついにルナの実家へたどり着いた。天に向かって高く突き延びた林の小道を抜け、しばらく進んだ奥にひっそりとたたずむその家は、家というよりはまるで昔ながらの学校のようだった。コの字型をしていて中央は広場になっており、すぐ傍には百メートル四方の湖がある。木造建ての家屋には小さな教室の如くたくさんの部屋が並んでいる。近所に住む子供たちが自由に出入りしていて、彼らが走り回っている光景を見ているともうここは学校そのものといった感じだ。


ちょっと扉の造りや雰囲気の違う校長室とでもいった様子の部屋に案内された僕は、ここでルナの実のお父さんと対面した。隣にはお母さんが座って織物をしている。敷地内へ足を踏み込んだ瞬間に抱いた印象が「学校」であったためか、僕はルナの父親というよりむしろ「校長先生」に面会したような気分だった。


kokyo


軽く挨拶を終えた後、部屋へ案内してくれた。広々として大きなダブルベッド、蚊帳付き、テーブルや長椅子、タンスなど、ひととおりの設備は整っている。もっと簡素で、正直に言って清潔感からは程遠い部屋を想像していた僕は、少々驚いた。


荷物を置くとすぐにコ―ビットが僕をタンガイル散策に案内すると言ってくれた。彼は現在十六歳、アキィやサミィと同じようにやはり小さい頃に両親を失って、それ以来この家でずっと育てられてきた。そうした境遇の子供たちが数人、この家にはいる。複雑な事情はあれど、何より今はここで一緒に生活をする家族なのだ。かつてはアキィもサミィもここで皆と暮らしていた時期があったのかと思うと、僕は皆の過去を少しだけ垣間見れた気がして妙に感慨深くなった。


ここは、全員が家族であると同時に僕にとってはやはり「学校」でもあった。校長先生がいて、教頭を努める奥さんがいる。お母さんや村の男衆は担任の先生で、食事を作る女性たちは給食のおばさん。当然生徒である子供たちがいて、新入りの僕にあれはね、これはねと言っていろいろと世話してくれようとする。なんだか久々の集団生活。ここは実際、伸び伸びと生きる、協調性を学ぶといった点ではこの上ない教育の場でもある。


故郷タンガイル。


僕はここに来て、自分自身がタンガイル学校の新たな「生徒」になったような気がしていた。


kokyou

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July 02, 2006

熱きバングラデシュの商人たち  

テーマ:(11)バングラデシュ

banglaman


ダッカには、無数のバザールがある。


一見どこも同じように思えるそのバザールは、主として取り扱う品物に違いがあるだけでなく、全体を取り巻く雰囲気にもそれぞれ独特の個性がある。一つの街で何種類ものバザールを見ることができるというのは、ダッカバザールという大きなテーマパークを訪れているようで面白く、まったく飽きない。


ある日、僕は買い物をするというルナとその付き添いでやってきた男の友人ディルと一緒に、ダッカで一番大きなカウランバザールを訪れた。


家から歩いて二、三十分のところにあるバザールまでは、途中、線路上を歩いて行く。もちろん今も列車が走り、現役で利用されている線路だ。そのすぐ脇には、そこで生活している人々の住居があり、レ-ルの上でボロボロになった携帯ガスコンロのようなものを置いて鍋を載せ、人目もはばからずに食事の準備をする家族の姿を目にした時、僕はバングラデシュにおける貧富の差をあらためて痛感させられる。服が破れて半分以上脱げ、裸同然といった身なりの子供たちが線路上を行ったり来たり走りまわっている。


バザールへ行き来する地元の人たちも普段からこの線路を利用していて、ここは生活上の主要道路のようになっている。車やバイク、リキシャも入ってこないことを考えると、でこぼこしている以外は逆に歩きやすい道かもしれない。そして線路上で生活する人々にとっては、バザール帰りの人からいくらかのおこぼれをもらう機会も多く、一石二鳥の場所とも言える。その道をひたすら進んだ先、斜め向かいにカウランバザールは見えてくる。


bangla


バザールの入り口に到着した僕たちのまわりには、すぐにザルを持った男たちが寄ってきた。彼らはバザールで買い物をする客に付いて、買った野菜や果物などの荷物を代わりに運ぶのが仕事。今やスーパーマーケットにならどこにでも設置してある「カート」のような役割を果たす彼らは、いわゆる「運び屋」とでもいった専門の仕事人だ。直径一メートル大の大きなザルを頭のてっぺんで抱え、何十キロ分もの品物をその中に載せた状態でふらつくこともなく人だかりを器用にすり抜けていく。その姿はまるで路上の大道芸でも見ているかのようだ。


彼らはバザールにやってきた客との個人交渉で仕事の契約をする。がっしりとした大柄な男から、背中の丸まった爺さん、まだ二十歳前後といった若い青年まで様々。


運び屋の仕事で生計を立てている彼らは、客を獲得しようと皆必死だ。あまり多くの買い物がない客だと彼らの出番もなければ、稼ぎもない。しかし長年運び屋をしていれば、どの客がどれほどの買い物をするかは、おそらく客の顔や身なりを見ればすぐにわかるのだろう。その辺りの目は肥えている。そしてその通り、彼らが目をつけたルナは彼らにとって普通の客数人分に値する稼ぎを期待できる恰好の客だった。


実際、ルナはここで二週間分の買い物をすると言った。さらに毎日家に訪れる多くの親戚やお客へのもてなし分を考えると、その量は半端ではない。運び屋の想像をもおそらく越えているに違いない。


「奥さん、どうだい俺を雇いな」

「何でも運ぶからおいらを使ってくれ」

「俺とこいつ二人で分担ってのはどうだ」


運び屋たちは、ルナの付き人になろうと必死で手を上げ声を上げアピールする。ルナはそんな運び屋たちをぐるっと一通り見回す。まるでねるとんパーティーで告白してきた男たちの中から気に入った相手を選ぶシーンのように見えなくもない。それから、集団のかたまりより少し離れた石垣の淵に腰を下ろしてザルを手に持ち、ただ黙ってじっとこちらを見ていた一人の男に声をかけた。


男は、南アジアの人々のOKサインである軽く首を横にかしげる仕草を見せると、ゆっくり立ち上がってこちらへやって来た。


「奥様、よくぞ私を選んでいただきました」


そんな様子で軽く自分の胸に手をあてたその男は、早速仕事の準備を始める。藁草履と同じ材質でできたプロテクターを頭に装着し、はちまきを巻くように紐を後ろにまわすと、後頭部のところでぎゅっと結んだ。頭のてっぺん部分はグラスを置くコースターのように平らになっていて、頭を保護すると同時に藁を編み上げた表面のざらざらがザルをより強く固定する役割を果たしているようだった。


この辺の装備は誰もがしているわけではない。ザル一つで後は何も持たない男の方がむしろほとんどで、ルナが選んだ運び屋だけが特異とも言える。その男は運び屋という仕事に対する確固たる信念を持っているようだった。他の男が声を上げて必死でアピールをしている間も、この男だけは一歩引いたところでじっと構えていただけだ。


「できないやつほど無駄口を叩くもんさ」


男はそう言いたげな顔をして、茶色く色あせた大きなザルを片手に持つと、準備を終えた。


仕事ぶりは驚くべきものだった。二週間分の食料を買い込むと言ったルナの、その量も驚愕に値するものだったけれど、それにもかかわらず運び屋の男の疲れ一つ見せない淡々とした表情は、慣れているとはいえ思わず感嘆の息が洩れる。レモンやオレンジといった果物からトマト、ピーマン、キャベツ、ブロッコリーといった野菜は一見たいしたことのない重さに見えて、塵も積もれば、である。それぞれ何十個ずつという数のそれらが運び屋の持つザルに積み上げられ、さらに瓶詰めの調味料や米俵といったものまで加算される。


ザルはその都度、地に降ろして品物を詰め込んでから再び運び屋の頭に載せられるのだが、この重量がまた半端ではない。僕は一度手伝おうと思ってこのザルを一人で持ち上げようと試みたが、ぴくりとも動かない。運び屋の男もさすがにそれを一人で持ち上げることはできないけれど、ルナの付き添いで来ていたディルと二人で協力して、再びザルを運び屋の頭の上に載せる。不思議なのは、まるでぴくりとも動かなかったザルが頭に載せてからはいとも軽そうな荷物を一人で楽々と運んでいるように見えることだった。


南アジアの人々は、よく頭の上に荷物を載せて運ぶ。十数リットル入った水瓶を女性が頭に載せて、手で支えることもなく、ふらふらすることもなく器用に歩いて行くといった姿もよく見かける。首が痛くなりはしないだろうかという僕の心配をよそに彼女たちはその姿勢のまま、道端で止まって世間話までしてしまう。なぜ頭から落ちないのか、僕には理解できない。頭のてっぺんの骨格が平らにできているわけでもないし、どこかに見えないロープで体と結ばれて固定されているわけでもない。その不思議な光景は、こうした人々すべてが曲芸の極みに達しているとしか思えない。


運び屋の男は、仕事をしている間「ふぅ、重いな」などと苦笑いすることもないし、持ち上げる際に「よいしょ」といった掛け声を上げることもない。これだけの重労働で汗の一つかいていない。ただ淡々と運び屋たる責務を果たすだけだった。


banglaman


溢れんばかりの人で賑わうカウランバザール。少し離れたところ見えた高架橋は上が線路になっていて、時折列車が走り抜けて行く。バザールへ来る時に歩いてきた線路の延長上でもある。列車には満員で座席から溢れた家族やダッカの若者たちが屋根の上にまでずらりと並んで座っている。時々、列車の屋根にいる若者とバザールにいた若者たちが大声を張り上げて跳びはねながら、お互い声を掛け合ったりしている光景は見ているだけで面白い。


そのすぐ近くで野菜の買い物をしていた僕ら。一列にずらりと店を広げた商人たちは、日本の市場と同じように大声で叫びながら気勢よく客を呼び込む。ふと端の方を見やると、他の男たちとは少し様子の違う商人の姿を見つけた。


男は、目の前にキャベツやホウレンソウ、ブロッコリーといった新鮮な野菜を大きなシートを広げてそこに並べている。だが売り場こそ設けてはいるものの、決して派手に呼び込むといったことはしない。色のくすんだジャケットを着込んで足を組み、マフラ-を巻いて渋い顔で煙草を吹かしているだけ。ただやる気がないだけだと思っていたのだが、客はそこそこ、その男の開く店に足をとめている。値段を聞いたり交渉をしようとする客に、男は相変わらず煙草を口にしたまま多くは語らず、時折首をかしげてOKサインを出すか、それを横に振るだけだった。


しばらくして客がいったん誰もいなくなった頃、まだじっと見つめていた僕はその男と目が合った。


「なんだ坊主、何か用か」


そんな様子で口から煙草の煙りを吐き出した男に、僕は目の前に広げてあった野菜を笑って指差し「けっこう売れてるね」という意味を込めて親指を立てた。男は表情を崩すこともなく、また煙草を一吸いして、ゆっくりとダッカの灰色の空へ向けて煙りを吹き上げた。


「俺んとこにはな、見る目のあるやつだけが来りゃぁいい」


男の醸し出す雰囲気はそう語っていた。


「俺が丹精込めて作ったこいつらを、その良さがわかるやつだけが買えばいい。他のやつらのように無駄に掛け声倒れなんてごめんだしな」


この男もまた、運び屋の男と同じように己の信念を持ち、カウランバザールを自分の居場所として静かだが熱い思いを持って商売に勤しんでいた。後にルナもこの男から何種類かの野菜を買った。

 

banglaman


もう少しバザール内を歩きながら、ところどころで細かい物を買い足し、すべての用を終えた時には二時間が経とうとしていた。


あらためて買った二週間分の食料を見てみるとやはり驚くべき量だ。まわりを歩く人々もじろじろとこちらを見ている。ベビータクシーに荷物を詰め込むと、それだけでほぼ店員オーバーになってしまった。これでは誰一人乗ることができないのでいったん荷物を降ろし、先にルナがシートに座ってから再び荷物を積み込んだ。まるで荷物の一部と化したようにルナは顔も体も見えない。僕とディルは振り落とされないよう気をつけながら車体の外側に掴まって家に到着するまで我慢しなければならない。


横では仕事を終えた運び屋の男が、ザルを脇に置いて藁材質で作られたプロテクターを外し、多少うす汚れたタオルで気にせず顔を拭いていた。男が顔を上げた時、その様子を眺めていた僕とふと目が合った。


「ははは、疲れたよ」


それまで気を張っていたのか、ずっと真剣な目をしていた運び屋の表情が崩れ、はじめて「疲れた」といった顔を見せて苦笑したのだった。僕がベビータクシーに掴まりながら手を振ると、男は首をかしげてOKサインで応えた。一仕事を終えた後の充実感に満ちたとても男らしい顔をしていた。


バングラデシュの熱き商人たち。


彼らは明日も変わらず、己の信念を持ってバザールに立ち、また新たな客をその寡黙な姿で迎えることになるのだろう。


banglaman

01/02 


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