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手のひらの中のアジア
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April 28, 2005

お詫びとお知らせ

テーマ:(5)中国雲南省

このたび、『手のひらの中のアジア』書籍化に伴い、本の内容と重複するブログの関連記事を、誠に勝手ながら削除させていただきました。これまで気軽に読んでいただいていた読者の皆様や、これから読もうとしていただいていた皆様には大変申し訳ございませんが、この本を一人でも多くの方々に読んでいただきたいとの思いもあって、そのようにさせていただきました。皆様のご理解をいただけますよう、よろしくお願い申し上げます。


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April 28, 2005

大理ペー族自治州 「大理古城」

テーマ:(5)中国雲南省

洱海に沿って続く鎮蔵公路(※鎮はサンズイ)を進み、南へ20キロほど。

 

右前方に蒼山の麓に聳える高さ69メートル、16層の方形の塔、その両脇にもう二つ高さ43メートル、八角形の10層構造からなる塔、「三塔寺(サンタースー)」が見えてくる。大理のシンボルともいえるこの塔が見えてくることで大理古城の街が近いことがわかる。

 

大理石の原産地でもある大理。大理ペー族自治州。

 

北門と南門の城壁に挟まれ、西側には三月街の門など。そしてその四角い碁盤の目のように区画された大理古城の町の中心付近は、麗江と同じように石畳が敷かれ前後左右、通りの両脇には民芸品店をはじめ様々な種類の店舗がずらりと並ぶ。ここもまた発展著しい有名観光地といった感じではあるが、多少なり残る古い木造家屋の姿などはやはり赴き深くもあり、心安らぐ景観でもあった。

 

それにしても街中どこを見ても人、人、人。通りを埋め尽くすほどの観光客と屋台や出店の数。異様なほどの賑わいを見せている。

 

それもそのはず、今は大理で年に一度「大理三月街」というペー族最大の祭りが開催されるまさにその時期だったからだ。

 

民族舞踊や歌、演劇など盛大な催し物が行われる4月23~25日の三日間を中心に一週間ほど祭りは続く。雲南中から人々が集まり、中国各地からも観光客が訪れる。8割を占める中国人のほかに僕ら外からの訪問客。それはもうすごい賑わい。

 

本来静かで心安らぐ場所であろう大理古城の街もこの期間ばかりは、そのまんま「お祭り騒ぎ」といった感じなのだ。癒しを期待して訪れたはずの旅行者はこの賑わいを避けて昆明や麗江へと避難していく人までいるほどだ。

 

この祭りが終わると今度は5月初めから中国では日本と同様にゴールデンウィークに入るため、ますます各地は混雑し始める。

 

なかなかこうした時期に「本来」の居心地を堪能することは難しいかもしれないが、逆もまた然りで、こうした年に一度のお祭り騒ぎだからこそ、この時期にしか味わえない貴重な街の姿というものもあるのだ。

 

そんなことを思いながら、お祭り騒ぎで賑わう大理の街を僕もお祭り気分で歩いてまわったのだった。

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April 23, 2005

中国人サイクリスト

テーマ:(5)中国雲南省

「そろそろ行くわ」


昆明から二週間以上も起臥を共にしてきた道ちゃんにはそんな一言で出発を告げた。彼はまだ麗江に留まると言った。だが遅かれ早かれ麗江からは、お互いにまた一人、それぞれの道を進むのだ。一足先に僕が旅立ちを決めた。


「お互い良き旅を」


「おう!良き旅を!」


男同士には、握手で終わる後腐れのない爽やかな別れがよく似合う。


僕は久しぶりの自転車に乗り、出発する。


次の街、大理(ターリー)まではバスなら数時間で一日のうちに到着する。だが自転車の僕はというと、麗江から大理までの間を四、五日かけてのんびりと進む。


麗江を出発した僕は松桂(ソンジャン)に一日、沙平(シャーピン)に二日滞在後、さらに十一キロ南へ下った喜洲(シージョウ)までやってきた。


喜洲は長い歴史を持つぺー族の町の一つで、独特の町並みが広がっている。町は小さく、大通りから細道へと入り、さらに所狭しと立ち並ぶ石畳みの商店街を抜けていくと、町の中心広場に出る。


広場は日本の田舎町にある神社の境内といった様子の雰囲気で、子供たちのはしゃぐ姿や、どこから集まってきたのかお爺さんたちが広場の階段に座り込んで、物思いにふけっている光景が見られる。まわりにはちょっとした屋台や出店があり、ここで食べる喜洲名物のパンケーキは絶品だ。直径三十センチくらいある厚いパン生地に甘いブルーベリーのような食感のジャムが詰め込まれたボリューム、テイスト、プライス(二元)ともに申し分ないパンケーキ。


そのパンケーキを頬張りながらしばらく広場の様子を眺めていたところ、そこへ自転車で旅をしているという中国人サイクリストがやってきた。年齢は五十代そこそこといったところ。自分以外に自転車の旅をしている人に会うのはこれが初めてだ。


おじさんの乗る中国製の自転車は錆つきが激しく、明らかに痛々しい姿をしている。そこへ何十キロもの荷物を載せている、というより強制的に縛りつけてある。ギアの一つもなければ、自転車の材質も特にツーリング用に作られているわけではない。いわゆる「ママチャリ」と何ら変わりはない。これで中国全土を一周するというのだから驚きだ。


おじさんは買ってきたパンケーキを手でちぎりながら僕に言った。


「これからアルハイの湖畔に行って釣りでもしようじゃないか」


なんとも暢気なお誘いだが、こんな出会いもまた自転車の旅ならではのこと。僕はおじさんの誘いを快く受け、広場で少しの休憩後、二人で三キロほど離れたアルハイの湖畔に向けて走り始めた。


穏やかな喜洲の午後。


たまに波打つ湖水の音が聞こえるだけの静かな湖のほとりで、おじさんが持っていた二本の釣竿のうち小さい方の一本を借りて、のんびりと釣りをする。投げた釣り糸の先端に付いている「浮き」がぷかぷかと波に揺られているのをじっと見つめながら、その時間に浸っているだけで気持ちが良い。


おじさんとは引き上げた竿の釣り針に藻が引っかかっているのを見て笑いあうくらいで、それ以外にはほとんど会話もないのだが、それもまた良い。四時間ほどの間に結局、魚は一匹も釣ることができなかった。それでもとてもいい時間を過ごした気がしていた。


宿泊は、近くにあった廃墟のような吹きさらしの建物の軒下で、おじさんはテントを、僕は蚊帳式テントと寝袋を準備する。僕にとっては中国で初、というより旅に出て初となる「野宿」だった。夕食は喜洲の広場でおじさんが買ってきたパンと畑で取れたてといった感じの大きな胡瓜二、三本をかじる。暗くなってくると明かり一つない周辺は真っ暗闇になるため、ランタンを灯す。


深夜、暗闇の中、たまに吹く風が壊れた木製のドアを揺らしたり、梟のような鳴き声がどこからともなく聞こえてくると思わずドキッとすることもあったけれど、テントから時折耳に届くおじさんのいびきが僕を少し安心させた。


朝六時に起きた僕らはアルハイの湖水で顔を洗い、原っぱで歯磨きやトイレを済ませる。それからテントや寝袋を片付けて荷物を積み込む。喜洲の入り口まで二人で一緒に走った後、僕とは逆のルートでこれから麗江に向かうというおじさんとは別れ、僕は大理を目指して走り始めた。


偶然に彩られた自転車の旅ならではの出会い。


寄り道が生んだこうした出会いが素朴な町での僕の小さな想い出を、より大きく貴重なものにしてくれる。寄り道は自転車の旅の醍醐味だ。

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April 22, 2005

ジョーカー

テーマ:(5)中国雲南省

一日一日がとても早かった。


あっという間に四月も下旬。すでにラオスに入国していたはずの予定が延引して未だ麗江に滞在しているという状況は、ハノイの時と同様にここ雲南省でも同じことだった。麗江は、あともう何日でも留まりたくなってしまうほど、居心地の良い街だった。


いつものように僕は道ちゃんと二人、麗江の新市街まで出て食事をした。腹も満たされ、満足した気分で食堂の椅子に腰かけていた時のことだった。


そろそろ行こうか、と店主に勘定を頼む。細かい札を持ち合わせていなかった僕は、毛沢東の肖像が刻まれている百元札で支払おうと店主に手渡した。それを受け取った店主はすぐさまその札を親指でなぞり、上にかざし透かして見る。


こうした行動はレストランでも売店でも、札、特に百元札の受け渡しが行われる場面では必ずや中国人がする行為である。要は偽札チェックだ。いつものことだと思い、釣銭を渡されるのを道ちゃんと共に待っていた。


しかしどういうわけか、釣銭どころか、渡した百元札はそのまま僕の元へ戻ってきたのだ。


「ダメダメダメ。これ偽札だ」と店主が言った。


「はぁ!?」


僕はあいた口が塞がらない。


偽札が横行しているという話は確かによく聞く。しかしなんでまたよりによって自分が偽札を?

唖然としている僕に店主は笑いながら親切にどこが偽札なのかを説明してくれた。


「毛さんの髪の毛のザラザラがないだろ?それからこうやって透かすと左下の百元マークの印字の色の変化が違うだろ?」


本物の札と偽物の札を交互に触り、実演しながら店主は言う。こちらは一つ一つの返事まで「はぁ、はぁ…」と口をあけたまま、ただうなずくだけ。実際に触ってみると確かに店主の言うとおり、明らかに違いがある。だが、なるほど、と思うもパッと見た感じはどう見ても同じお札でしかない。


「ダメ?」と僕は訊く。


「ダメダメ」と首を横に振り、笑いながら店主は答える。


店主が笑いながら説明までしてくれるところからすると、こうしたことはよくある事で、予想以上に偽札は出回っているのかもしれない。仕方なくこの場は道ちゃんに支払ってもらって店を出た。


しかしなんでこの僕が偽札を掴まされたのだろうか。ババ抜きでジョーカーを引いたようなものだ。だがこれはトランプではない。れっきとした「金」なのだ。百元は約千三百円、馬鹿にできない金額だ。


その日の夕食、今度は別の食堂で本当にこの札が偽物かどうか確かめるため、おそるおそるその百元札を財布から取り出し、差し出してみ…


「ダメよ。これ偽札」


わずか三秒で戻ってきた。


翌日以降の食堂、インターネットカフェ、売店…あらゆるところで出してみるのだがすべて三秒以内に突き返される。やはり中国人の金銭に対する目は恐ろしいほど肥えている。


僕が札を出した後、なぞって透かして突き返す。その間わずか三秒なり。こんなに手強いババ抜きは初めてだ。性懲りもなく一度出したことのある食堂で再びその百元札を出そうとしてみるも、それを見ていた女の子店員がすかさず「ハイハイ、ダメよそれ」と言う。


十三戦十三敗。全敗。オール三秒KO負けだ。


それにしてもなんでこの僕がこんなに気の小さな思いをしなくてはならないのだ。昔から奸知に長けたこの僕がこのままゲームオーバーになる気などさらさらない。


僕はあらゆる手を考えた。


夜暗くなった街の売店で、視力も弱まった老婆相手にババ抜き勝負をする。それならうまくごまかせるかもしれない。または旅行者同士で食事後の精算や両替時にババを引かせる。これは無難で確実だ。しかし同じ立場の旅行者にこれを仕掛けるというのもなんとも気が引ける…。では、銀行での両替時、受け取った数枚の百元札を確認する際に一枚をJOKERとすり替えるのはどうだろうか。「あれ、これ偽札じゃないですか?混ざってました、取り替えてください」といった具合いにだ。時として銀行が渡すお札にさえ偽札がまぎれているという現実があるのだから、そんな曖昧な銀行にはお勉強が必要なのではないか。公安にいったところで「あぁ、偽札だな」で終わるのは目に見えている。ただの紙切れのまま無駄に千三百円も失うわけにはいかないのだ。


そんなあらゆる作戦を考えながら数日。


結局のところ、これらの悪知恵を実行に移すにはいたらなかった。


一週間に渡る「実銭」ババ抜き勝負。


最終的な勝負の結末はどうなったのか。


ジョーカーの行方やいかに。


ただ一つ言えるのは、中国の物は中国へ返還して当然“だった”ということだ。

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April 21, 2005

お詫びとお知らせ

テーマ:(3)中国
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