「中東の笛」に耐えてきて

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「中東の笛」に耐えてきて
―ハンドボール日本代表、宮崎大輔の意地―


【4年前に日本代表が見せたカタールでの激戦】
2004年2月19日。世界選手権の出場権をかけた、第11回アジアハンドボール選手権の準決勝、日本対カタール。前半は15-13で日本がリードしていた。すると、カタールのハンドボール協会員が審判に詰め寄ってきた。
「なんて事をしているんだ?」
2004年に行われたアジア選手権の開催地はカタール。その試合をカタールの王族も見に来ていたのだ。その目の前で、日本に負けることなど許されない。王族は前半で帰ってしまう始末。カタールのハンドボール界からしたら一大事だった。
もちろん、日本でも有名になりつつある「ハンドボール界の中東の笛」は、この試合でも吹かれていた。日本のディフェンスはチャージにされていた。しかし、いつもよりも「ややマシ」。ラインの外でカタールの選手がボールを持ったら、反則になる。その程度の状況で日本代表は前半をリードしたのである。
4大会ぶりの世界大会出場を狙う日本代表のモチベーションは高かった。中東カタールでの試合。審判が不公平なことなど、試合をやる前から分かっている。しかし、日本代表には意地があった。
「負けてたまるか!」
その一心で前半戦を戦ったのだ。


【体が冷え切った日本代表と、アップ済みのカタール代表】
カタールハンドボール協会からの執拗な抗議は終わらず、結局審判団は、そのまま試合終了を宣言した。「後半を戦わずして日本の勝利」。そう告げられた日本代表は歓喜した。そのままシャワーを浴び、クールダウン。選手たちはバスに乗り込んだ。しかしバスはなかなか発車しない。
「どうしたんだ?」
すでに前半終了から2時間半が経過している。試合は終わったはずだ。そう思っていると審判団が急にバスに乗り込んできて、こう言った。
「後半戦をすぐに始めます。」
日本代表に動揺が走った。すでに体は冷え切っており、集中力は途切れている。しかし、それでも不戦敗にされるわけにはいかない。すぐに試合会場に戻ると、そこには準備が整っているカタール代表の姿があった。
「やられた…」
むこうは不戦勝を日本に与えるつもりなどなかった。抗議をして、時間を稼ぎ、さらに日本に不利な状況を作ったのである。
日本代表はアップ不足で、一度緊張の糸は切られている。しかしモチベーションだけは高く保ち続けた。
「絶対に勝つ!」
後半戦も審判はカタールびいき。日本は退場者を出される厳しい展開が続くが、それでも気高いプライドを持って戦った。後半戦、カタールに詰め寄られる時間もあったが、キャプテン中川善雄の8得点の活躍もあり27-23で勝利した。
続く2004年2月21日の決勝戦ではクウェートに敗れたが、このときハンドボール日本代表はアジア2位で世界選手権への出場権を手に入れたのだった。


【エース宮崎大輔の意地】
このカタールでの激闘を、知ったのは2006年の冬。TBSのスポーツ番組で、ハンドボール日本代表のエース、宮崎大輔がスポーツマンNo1に輝いた直後だった。その宮崎大輔にカタールでの話を聞いたとき、僕は悔しくなりネガティブな感情に支配された。
しかし、当の本人である宮崎大輔は、悔しさこそ隠さなかったが、ネガティブな言葉は一度も口にしなかった。
「一番悔しいのは、ハンドボールがメジャースポーツじゃないってことですね。もしこれがサッカーだったらどうなるか? 多分、周りが黙っていないんですよ。ハンドボールがマイナースポーツだからこそ、こんな状況になってしまう。もっと僕たちが注目を浴びれば、変わるはずなんです!」
そして宮崎大輔は続けた。
「でも、次の北京オリンピックのアジア予選は、日本で行われるんです。日本だったらこんなことは起きないはず。絶対にオリンピックに行きますよ。そして、もっとハンドボールをメジャーにします。ぜひ見に来てください!」
あくまでも前向きだった。


【ハンドボール日本代表の実力】
話は戻り2005年2月。チュニジアで行われた第19回世界選手権。4大会ぶりに出場した日本代表の成績は2勝3敗。おしくも1次リーグで敗退してしまう。
アルゼンチンとオーストラリアには勝利したが、世界のトップクラスのスペインやクロアチアには勝てなかった。とはいえ、どんなチームとも善戦をできるだけの実力は十分にあった。
反対にアジアチャンピオンであるはずのクウェートは0勝5敗。得失点差はマイナス69という体たらく。それに比べれば、日本代表は恥ずかしくない成績と言える。
「中東の笛」だのみのクウェートやカタールは、世界大会に「出ると負け」を繰り返している。おそらく、本来の実力的であれば、日本が中東勢に負けるはずはない。
だからこそ、2007年に愛知で行われた北京オリンピック予選には期待が集まった。
「まさかホームである日本で露骨な中東の笛が吹けるわけがない」
みんなそう考えていたのだ。しかし、その期待はもろくも崩れ去った。


【日本で吹かれた中東の笛】
2007年9月。愛知県のスカイホール豊田で行われた、北京オリンピック予選の日本対クウェート。クウェートの選手がゴールエリアラインの中に入ってディフェンスをしても、お咎め話し。反対に日本代表が軽く接触しただけでファールになってしまう。
「ブー!」
審判に対するブーイングが観客席から鳴り響く。しかし、大会を通じて「中東の笛」は鳴り止まなかった。
結局日本代表は出場5チーム中3位に終わり、北京オリンピック出場権を逃してしまった。
「もっともっとハンドボールをメジャーにして、審判に左右されないような試合がしたい」
宮崎大輔は搾り取るような声で話した。
しかし、韓国と日本の抗議により状況は一変する。ニュースで報じられた様に2008年の1月にもう一度予選が開かれることになった。


【日本ハンドボール協会の怠慢】
今回、ハンドボールの北京オリンピック予選がやり直しになったのは、喜ばしいことだが、当たり前の措置とも言える。今までが異常だったのだ。そして、日本のハンドボール協会は半ばこの異常事態を放置していた。もちろん、何かしらの努力はしていたかもしれないが、結果として何も現れていなかった。
日本で大会が開かれるのであれば、審判のチェック体制はもっと厳しくできたはず。みすみす中東勢の息のかかった審判を日本戦に出させるようなヘマは防げたと思う。傍から見ている分には、協会は何もしていないように感じたが、もうこれは、選手たちに対する冒涜なのではないだろうか?
ハンドボール協会の人々はこの数年間、選手たちが、ファン獲得のためにどれだけ努力をしてきたのかを、知っているはずである。毎試合ごとにサイン会行い、メディアの仕事があれば必ず引き受ける。
中でも宮崎は献身的だった。
TBSのスポーツ番組でナンバー1に輝くと、テレビ、雑誌などに積極的に出演。試合後には求めるファン全員にサインをする。すべてはハンドボールのためだ。ハンドボールをメジャースポーツにして、ファンを多く獲得する。そして、中東の笛を吹き飛ばす。この高い志を、宮崎大輔だけではなく、みんな持っているのだ。


【マイナースポーツだからこそ持っている志】
現在大崎電気に所属する宮崎大輔には、海外からの誘いもあった。もともと宮崎大輔は海外志向のある選手で、日本体育大学時代には、ハンドボールの本場スペインへ留学。下部リーグで腕を磨き、未来への期待を膨らませていた。
「スペインの1部リーグとかの試合を見ると、本当にすごいんです。満員の試合会場の中央に、スポットライトが当たっていて、そこで選手たちが躍動している。本当にあこがれました」
大学を卒業後、大崎電気に入った宮崎大輔だったが、海外挑戦を諦めているわけではない。海外でプレーをすることは自身の実力をアップさせるからだ。
「日本ではできたプレーって言うのが、海外だとカットされる。日本だと、かわして決まったはずのシュートが、ディフェンスの手に当たったりするんです。そういう環境でプレーするのは、本当に楽しかった」
では、チームの事情もあるだろうけど、すぐに海外へ挑戦すれば良い。僕がそう話すと、宮崎大輔はこう答えた。
「もちろん、個人的にはすぐにでも行きたい。成長したいです。しかし、海外へのチャレンジと同じくらい、日本のハンドボールを盛り上げたいんです。少しテレビに出るようになって、見に来てくれる人も増えてきた。今は日本の会場を全部満員にしたい。スペインの一部リーグのように」


【ハンドボールプレイヤーを見る楽しみ】
サッカーや野球など、メジャースポーツのトップ選手たちは「海外挑戦」を良く口にする。あるいは「優勝を狙う」とか「タイトルを取る」という目標を掲げる人も多いだろう。
しかし、宮崎大輔が口にする言葉はもっと大きい。
「ハンドボールをメジャーにする」
僕はこの目標が好きだ。個人の記録でもチームの勝利でもなく、競技のために戦う。大きくて高い志を感じるのだ。
僕はスポーツを見るとき、技術だけの選手にはあまり魅力を感じない。技術はみんなが持っていて当たり前だ。技術を持った上で、どれだけ「魂」を見せてくるのか? プロのスポーツ選手にはそれを求めている。強い心を持った選手、大きな目標を持った選手に、一番惹かれるのだ。


【韓国ハンドボール代表の実力】
2008年1月。北京オリンピック出場をかけた、運命の一戦が近づいてくると、ハンドボールは今までにない盛り上がりを見せるようになっていた。前売りチケットは完売し、代表の練習にメディアが押しかけ、ハンドボールファンが急増した。
「野球とかサッカーの人は、いつもこんな中でやってるんだよなあ」
宮崎が嬉しそうにつぶやく。「何年も前から注目を浴びたい」と願っていたのだ。だからこそ勝ちたいだろう。しかし韓国は強い。
ここ数年日本は、韓国のハンドボールのレベルに迫ってきているが、自力では韓国が上だ。韓国のハンドボールが強い理由はいくつかあるが、その理由の一つに「学校の部活を県や市が決める」という制度がある。
韓国では、「この高校はサッカー部だけ」「この高校はハンドボール」「この高校は体操部」という決まりがある。新しく部活動を始めるためには、市や県の許可が必要だ。この制度があったからこそ、マイナースポーツをする学生が増え、ハンドボールのみならず、全てのスポーツのレベルが上がった。そして、オリンピックでのメダル数は飛躍的に増えた。
韓国のハンドボールプレイヤーは海外でも活躍しているし、「中東の笛」さえなければ確実にアジアナンバー1だ。


【満員の代々木体育館にて、宮崎の涙】
25-28。日本対韓国の北京オリンピック予選は、韓国の勝利に終わった。日本代表は惜しくも敗れ、選手たちは泣いていた。両チームとも全力を出した上での結果だから仕方がない。今までのように、審判の判定で負けたわけではないし、それにまだ次がある。
5月には世界最終予選があるし、そこで勝てば北京オリンピックに出られる。
できれば、この試合を会場で見た人、それにテレビで見た人も、ハンドボールへの興味を失わないで欲しい。この試合で、ハンドボールの面白さはかなり堪能できたのではないか? 僕自身、本当に面白いスポーツだと思う。展開はスピーディだし、人がジャンプする様は美しい。
サッカーが人気スポーツになったのはドーハの悲劇とJリーグ、ジョホールバルの歓喜があったからだと思う。同じように、ハンドボールも実業団プレーオフ、それと世界最終予選の勝利でメジャースポーツになってもらいたい。
「こんなにたくさんの人が応援に来てくれて、本当に嬉しくて」
目に涙を浮かべて試合後にこう話した宮崎大輔には、本当に惹かれた。
悔しさ、嬉しさ、ふがいなさ、未来への期待…
色んなものが混じった良い表情だった。こんな表情が見られるスポーツ、なかなか無い。



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