「哲学者とオオカミ」 マーク・ローランズ(1962年生/ウェールズ生まれ/哲学者)
原題:The Philosopher and the Wolf (Lessons from the Wild on Love,Deathand Happiness
副題:愛・死・幸福についてのレッスン
訳者:今泉みね子
2010年4月20日 白水社より単行本初版 ¥2,400
書評(1)
哲学者が書いた著作だけに、オオカミにだけ話の焦点を絞って書かれた内容ではない。オオカミを語りながら、人間が生存する意味を考えるといった従来にない内容。作中にニーチェ、サルトルなどという往年の有名哲学者の名が出てくること自体に際立つ個性がある。
内容が多量であるだけでなく、多岐におよぶこともあり、書評を(1)と(2)に分けることとする。
「人間という動物についての見方をあらたに検討するという画期的な研究だ」と言ったのは批評家のジョン・グレイ。そして、「驚異的な本、著者の思考の深さには感動せざるを得ない、あまりに魅了され、本を手放すことができない」と言ったのはアンドリュー・リンジー。二人の批評家による発言からは「オオカミとの生活を通し哲学的な思考に沈潜した作者の姿勢が窺える、
「ブレーニン」と名づけなられたオオカミは1990年から2000年まで10年以上を一緒した関係であり、両者はアメリカからアイルランド、イングランド、フランスと国境越えを何度も経験している。
以下は作品のなかから目の止まった箇所を記載する:
*一般的に、動物にはサル的な計算づくの狡い動物と、体を張って攻撃することで食料を得る動物とがいる。人間は明らかにサル的である。
*作者は子供の頃から大型の犬、アラスカ産のツンドラオオカミ、カナダ北西部のマッケンジー渓谷オオカミなどを知っていたが、ブレーニンを知って、このオオカミのすさまじさを知った。
*犬とオオカミとの知能は異なる。オオカミは問題解決の課題で犬より優れ、犬は訓練的な課題でオオカミより優れている。犬は困ったとき、必ず人間に頼るが、オオカミにはそういう性質はない。
*犬とのミックスを含め、オオカミにリードをつけて外を歩くことは不可能というのは間違い。私はリードをつけての散歩に10分で成功したし、逆にリードなしの散歩には30分で成功した。
リードなしの場合、作者がブレーニンに命じたのは:
1)Go On 出かけていって嗅ぎまわれ
2)Stay そこを動くな
3)Here ここにこい
4)Out やめろ、ダメだ
の4つだけ。(とはいえ、リードなしのオオカミに道で遭遇した場合のことを想定すると、相等に怖い思いをするのではないだろうか)。
*ブレーニンとの散歩のみならず、作者はオオカミと常時一緒にいた。大学での講義にも同行したが、ブレーニンはおとなしく床に腹這ってj講義を終了を待っていた。
*ハスキー犬やアラスカアラミュートなどのような大型犬をロープで散歩している人がロープをしなかったら、犬は自分勝手な行動をとるだろう。オーナーはそういう犬をコントロールできず、慌てるだろう。ブレーニンにはそういう行為はまったくない。ロープをしなくても、常に飼い主のそばを離れない。
*犬の家畜化も遊びも1万5千年かかって飼養された小児的行動の表れ、棒切れやマリなどを投げてやると喜んでそれを取りに行くなどはその一例。オオカミはこういう訓練を試みてもかれらは反応しない。かれらの好きな行為は他の動物の首をくわえて地面におさえつけること、そのあと、ぬいぐるみのように振り回し、次に自分が同じことを相手にさせる。
*近くにピルトブル種のラガーという大型犬がいて、ブレーニンはラガーより3歳年下で、幼少の頃はバカにされていたが、18か月が経ったとき、仲良しだった関係が闘争に変わった。とくに、メス犬が近くにいた場合、容赦のない戦いが始まった。
こういうとき、ブレーンを放置すれば、相手は必ず死んでしまう。ブレーンのスピードは目にも見えないほどで、その残虐性は息を呑むほど。かといって、ブレーンだけを止めに入ると、ラガーの鋭い牙がブレーンの首の下に食い込んでしまう。両者を同時に止めに入ること以外に惨事を免れる方法はない。
*群れをつくる動物のほうが単独生活をする動物よりも知能は高い。類人猿は陰謀や騙しの能力を有し、一方、犬やオオカミにはない。理由は誰にもわからない。
2009年11月30日に本ブログに書評した「マールのドア」を併せて読めば、興が倍化するだろう。