心のサプリ (本のある生活) 

画家huruhonの病的記録・備忘録ブログ


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フランスの作家、アルフレッド・ド・ヴィニー。
『素晴らしい人生、それは青年時代に考えたことが壮年になってから実現されることである。』


◎資料からアルフレッド・ド・ヴィニー、アルフレッド・ヴィクター。フランス・ロマン主義の作家、劇作家、詩人、伯爵、軍人(最終階級は大尉)。『サン=マール、あるいはルイ13世時代の陰謀』『ステロ』『軍隊の服従と偉大』『アンクル元帥夫人』『チャタートン』などの小説、戯曲とそのほか「モーセ」「海に浮かぶ瓶」「狼の死」などの詩を残した



河合隼雄氏はかつて、こんなように書いた。
「昔は、人生50年、必死に働いて、冠婚葬祭をして、疲れて、それでも満足して50歳で死ぬ事が出来た」と。


 でも、今の時代。

 こんなに平均寿命がのびて、ボケちゃうのは悲しくて、困りますが、健康に年を取る人がどんどん、自分の創意工夫や、ちょっとした健康管理で、好きな道を選ぶことができる。


 あるひとにとっては、良き時代。
 ある別の人にとっては、何をしたらよいかわからない、悪しき時代。
 

 ・・・・・・・・・・


 でも、人生に完成はないと、私は思います。
 いつもでも、未完成の自分を感じて、学ぶこころを忘れたくないものです。






世界の国の平均寿命をすべて観てみると・・・・・・・・



 日本の男性。
 女性に比較すると、おおらかさが足りないのではないか。


 ずつと、肩書きやら、地位やら、そんなものに振り回されて、
 60過ぎれば、ただの人。
 サラリーとったら、ただのマン。

 そこからの、切り替えは、50代頃からやっておかねばいけません。

 女性はそのへん、あまり人生の大きな変化が、ないのが良いのかもしれませんが、 これから、女性の活躍時代。
 今の男性と同じように、働き盛りをすぎて、仕事中毒の女性もこれから、どんどん増えるかもしれません。


 仕事中毒が悪いとは思いません。
 かつて、私もそうでしたから。


 ただ、渡部昇一氏も書いていますが、「ふたつの井戸」を持っている人は、いつまでも、枯れない、と。


 あるいは、ゲーテは言います。「ひとつだけの思想では生きてはいけない」と。



 それにしても、日本人の平均寿命はどんどんのびてきています。
 このまま、のびつづけるのか。
 あるいは、逆もどりするのか。







 縄文時代は、15歳の平均寿命。(1999年当時でさえ、その五六倍に寿命がのびたという計算になりますね。今はさらにのびました。)

 平均ですらか、長くても、縄文時代の長生きした人は、30代くらいではないでしょうか。
 そして、その奇跡的にサバイバルできた人が皆から尊敬されて、
 村かなにかの中心人物として、祭りやら占いやら、あるいは、指示をあたえたり、薬草を教えたり・・・・・・・・・・・・


 ・・・・・・・・・・・・


 ところで、たまたま、テレビをつけたら、郷ひろみの特別番組。
 興味深く感じ入りました。


 60歳からボクは成功するんだ・・・・・・思い込みでも良い、自分を信じて・・・・
 郷ひろみの信念は素晴しいと素直に、思った。



 いまだに、過去の実積は忘れて、ニューヨークでひとり、歌のレッスンに励む彼。

 

 どんな職業でも、晩年・・だんだん作品も描かなくなったり、落ち込んで、なにもしないことで衰退していくアーティスト達もたくさんいる。


 だから、普通の人でもこれは同じだと思う。


 「学んで行くことに終わりはない」 彼の名言だと思う。


 どんなことでも、年甲斐もなくという言葉を嫌って、人生いつも未完成という気持ちで、戦って行く・・・自分の好きなことをやり続けて行く、そんな人に私はいつも、なりたいし、そういう人に惹かれる。


 だから、富岡鉄斎なのだ。
富岡鉄斎『画家も長生きしなければよい作はできない。わしもこのごろどうやら思うように描ける。』




 だから、バルテュスなのだ。



 だから、シャガールなのだ。





みんな、年をとればとるほど、作品は重みを増して、巨大な傑作をつくりあげていく生命力に溢れた、作家たち!!!



 もちろん。木が枯れるように自然体で年をとりたいという人もいて、それでいいのではないだろうか。


 皆、自由に生きればいいのだから。





 佐藤ハツエさんのおにぎり。

 彼女は、みんなを癒す!!!!!  これもまた、すごい、彼女の人生そのものも芸術作品みたいなものだと思う。


・・・・・・・













ところで、やっぱりベルイマン。また見ました。


「不良少女モニカ」


孤独な青年ハリーは、モニカという少女と出会い恋に落ちる。やがて二人の間には子供が出来るが、モニカはハリーと子供を捨てて立ち去ってしまう……。一人の不良少女の行動を、冷たく突き放したタッチで描いた青春ドラマ。



こころのサプリ    
<たしか、ハリウッド・アンデルセン>


おんなの謎。
ベルイマンは五度も離婚して、女の良いところも悪いところも、知り尽くしているというよりは不器用に自分なりの不可解な女へのアプローチを繰り返すタイプなんだとも思う。
ちょいと賢い男ならばバランス感覚をしっかりとって生涯家庭を大事にする筈。
その意味ではまさにワイルドな男だとも言えるかも。
ベルイマンの「ペルソナ」のビデオを見ながらそんなことを考える。




ところで、やはり、モニカも普通の女だ。こころのサプリ    















ゴダール、モラヴィア、ロレンス、人工的で脳てきな男は大地の自然のままの女にみなひれふす。
インテリも女にはかなわない。
自然とはまさにそんな弱肉強食の本質を持っているものであり、おんなもまた口では美辞麗句をふりかざしていても、身体はそのまま自然。
モニカが貧乏はイヤと家をでていくところも、自然。
そんな女をどう飼いならすか、古来、男は試されて来た。


じゃじゃ馬馴らしという言葉もある。








彼女の顔は素敵だ。
けっして、バランスのとれたいわゆるハリウッドの美人女優とはちがうけれども、
ベルイマンの映画には欠かせない俳優であり、また、非常にひきつけられる。
フェリーニの「道」の、名女優・・・ジュリエッタ・マシーナを連想する。
そうあの、ジェルソミーナ役。イタリア語でジャスミンをあらわすとか。・・・




それにしても、フェリーニの、「魂のジュリエッタ」、何回観ても、恐るべきイマジネーション。
ファッション雑誌の画像のようで、そうではない。

なにやら、夢想・・白昼夢のような、けだるい覚醒感がある。
国境を超えて、胸をうつ作品だと思う。


◎◎ジュリエッタ・マシーニ資料から。
文学を学んでいたが演劇に転向、ローマ大学で学ぶ。1943年、ラジオに出演していた時、そのラジオドラマの脚本を書いたフェデリコ・フェリーニと出会い、同年結婚。

映画初出演はロベルト・ロッセリーニ監督作品の『戦火のかなた』。その後『道』などのフェリーニ作品だけでなく幅広く活躍したが、やはりマシーナの魅力はフェリーニ作品、特に『道』の知的障害を抱えた女性大道芸人ジェルソミーナ、『カビリアの夜』の娼婦カビリアなど人間、とくに弱い(立場の)愚かな女性の内面を見事なまでにスクリーンに表現しえた演技と個性(美人というわけではなく、プロポーションも良いといえないが、小柄で愛嬌のある顔立ち)にあった。

1957年の『カビリアの夜』でカンヌ国際映画祭 女優賞を受賞している。1970年代以降、長く女優活動から遠ざかっていたが、1980年代に『ジンジャーとフレッド』などで達者な姿をスクリーンに見せてくれた。

フェリーニとは1993年フェリーニが病死するまで連れ添った(一時期別居していた事はあったが)。マシーナが肺癌で他界したのはフェリーニの死から5ヶ月後のことであった。









アンデルセンの顔・・・・・・・いいです。




・・・・・・

次なる映画。B級映画ですが、それはそれなりに・・・・・興味深い。




私は、基本、ホラーは苦手なのですが、それは、見たイメージが時によって、こころのなかに残ってしまい、もともと、闇が嫌いな私ですから、いつまでもその映画の残像が残るのが嫌なのです。

ただ、不思議に、夢を扱うホラーはけっこう見てしまいます。

夢にすごい興味があるからでしょうが。


これは不思議に夢にはでてこないというか、たまに見る、怖い映画は、これらの映画を見ようと見まいと、夢にはたまに、怖いシーンがでてくるのは誰しも同じことでしょう。



「悪夢男」



 以前どこかで、マルキ・ド・サドは道徳家なのだと大江氏が書いていたが、その意味では、西洋の悪魔学の本やら映画などはすべてその範疇にはいるのではないか、そう思いますね。
 
 神の気持ちを自分に引き寄せようと、まるで幼児が愛する母親にやるようなふうにして悪を犯すのだ。たしか、どこかの国の思想家がそう書いています。これもなるほどと思う。

 この悪夢男。
 
 最初は、エルム街の悪夢みたいなわくわくする映画かと思いきや、まるで見え見えの駄作。
 C級ホラーなのだが、時間も金も勿体ないですから、先日のシェルタリング・スカイのように、
 プラスアルファの何かを考えつつみることにしました。


A Nightmare on Elm Street





 エルム街も、この悪夢男も、やはり物語りは、先ほど書いたように道徳ですね。


 悪魔がちゃんと出てくる。
 そして、それは人の心のなかに住んでいる。
 それを普段はパンドラの箱のようにして押さえつけているが、精神病などの人などが「そいつ」を外に出してしまうことがある。
 ひょっとすると中世の魔女なんかもそうなのかもしれません。

 でも、悪魔がここまでしっかり出てくると、その逆。神様が意識される。
 悪魔がいれば、神様はいるということになるのが西洋の二元論ですからね。



 つまりこのC級ホラーもその意味では、アメリカでは、ケンタッキーとコーラを飲みながら彼女と車のなかでいちゃつく不良少年達の立派な道徳の映画になっている。




 日本の映画ならばここまで道徳にはならないでしょう。
 不条理が不条理を呼んで、けっきょくほんとうに恐いのが日本映画。



 自分の妻を殺害しようとした偽悪夢男の夫は、結局のところ、この悪魔にすべて見透かされており、
 浮気のことやら、へそくりのことやら、すべて悪魔に言われてびっくりするあたりは、笑えます。

 そして、そんな人間のくずだからこそ、オレの好みなんだというところも爆笑。

 いやあ、痺れるほど悪い物は悪い、そして、最後はやられるのですね。
 子供が見てもこれは自然な道徳の映画になりますね。


 ただ、ホラーにつきものの、女性のヌードシーンがたくさんサービスで出てきますので、子供は見れません。
 しかしながら、シャワーシーンがなんでこんなに恐いのか、不思議ですね。
 必ず、ホラー映画には女性が裸でシャワーを浴びるシーンが出てきますね。
 きっと無防備なところがざわざわするのだし、自分がそうなったらどうしょうというスリルを感じるというところですか。


 この映画は真夜中に見ても全然恐くありません。
 私はこの映画を見たあとで、オーメンやエクソシストとの関連を調べようと思った程ですからね。


◎資料から
 『エクソシスト』(THE EXORCIST)は、1973年のアメリカのホラー映画。
少女に憑依した悪魔と神父の戦いを描いたオカルト映画の代表作である。本国において1973年の興業収入1位を記録した。第46回アカデミー賞の脚色賞と音響賞を受賞(後述)。
題名となっているエクソシストとは、英語で"悪魔払い(カトリック教会のエクソシスム)の祈祷師"という意味である。




 普通に考えても、これらのホラー映画はまるで教育映画とも言えます。
 つまり、悪魔が出てくるということそれじたいが、悪魔の反対の天使がいるという・・・・・・・・・
 神がいるということの暗示ですから。


 とある作家が書いていましたが、悪魔がさわぐことで、神の気持ちをひきつける、まるで、わんぱくな悪童たちが、いたずらをして母親の気持ちをひきつけるように・・・・・


 ラストシーンも、たしか、悪魔と人間があたかも戦うように、顔が交代に変容していくシーン
。そして、人間の顔をとりもどした彼は、自分の魂にはいりこんだ悪魔を退治するために、自殺する・・・・・・・・・・・そのように感じました。



  

 つぎなる映画
「エマニュエル夫人」

なつかしい。シルヴイア・クリステル






私は、この映画を、フランスで観ました。
たしか、凱旋門通りの裏口の方のさびれた映画館。

1000円くらいの筈なのに、5000円くらいを払って、あわてて、釣りをとりにもどると、
もはや、まったく受け付けてくれませんでした。

 お客さんのひとりが、私に応援して、いろいろフランス語で、切符売りのおばさんに言ってくれたのですが・・・・・・・・・・

 やはり、語学をもっと勉強しようと思いました。
 



「エマニュエル夫人」は一作目は、1974年の作品ですが、その五年前にイタリアでの「エマニュエル」があるようです。調べてみるとありました。「A Man for Emmanuelle」という作品で、
エリカ・ブランという女優さん。

 シルビア・クリステルは、フランスの女優さんです。







 こちらが、ほんものの・・「エマニュエル」




◎シルヴィア・クリステル資料から
1973年にエマニュエル・アルサンの小説『エマニュエル』が大ヒットし、翌年それを映画化したソフトコア映画『エマニエル夫人』に出演し、世界的な名声を獲得する。

彼女は自らエマニュエルのような役を自分のはまり役と考え、しばしばこのような役を演じている。例としてチャタレイ夫人や第一次世界大戦での女性スパイ、マタ・ハリなどが挙げられる。

彼女には、フーゴ・クラウスとの間に1975年に生まれたアーサーという息子が1人おり、彼もまた映画俳優になっている[4]。彼女は映画で競演したイアン・マクシェーンとともに、息子のアーサーを残して、アメリカ・ロサンゼルスに移住。アメリカでの女優としての成功を目指した。しかし、イアンとの5年間の同棲は結局破綻した。この間にコカインを覚えた。その後、2度の結婚を経験。相手はアメリカ人ビジネスマン(5ヶ月で離婚)と次は映画プロデューサーであった。その後、ベルギーのラジオ番組のプロデューサーと10年間ほど暮らした。10代前半からの喫煙の影響か、2002年に喉頭癌、2004年には肺癌の手術を受けている。

2008年9月、SMAP×SMAPにゲスト出演している。

晩年はオランダのアムステルダムに居住。2012年6月に咽頭癌の手術を受け、その後に脳卒中で倒れてアムステルダムの病院に入院していた。同年10月17日、入院先の病院で死去。60歳没。




 エマニュルを演じたあの女優さんも今は60歳で、亡くなりました。
 寂しいものです。
 この原作は、確か、マンディアルグが匿名で書いたものでしたね。
 マンディアルグの文体は、日本ではかなり愛好家が多く、吉行淳之介氏もかなり褒めていました。
 もう日本では見られない、シネマ、「満潮」も素晴らしいかったですね。
 「黒い美術館」や、「海の百合」なんかはフランスではシネマになったのでしょうか。
 一度見てみたいものです。

 以前、このブログで紹介しましたが、マンディアルグの作品では、アラン・ドロンの作品で、「あの胸にもう一度」というのがあります。
 たしか、日本での原作の題名は、「オートバイ」ですね。


 マリアンヌ・フェイスフルは、大好きな女優さんです。


 









 






  この時代のフランス映画が一番おもしろかったかもしれません。
  ヌーヴェルヴァーグの作品群もアテネフランセでよく見たものです。
  「恋人たち」が一番記憶にありますね。





次なる映画は「序の舞」。私はもともと、呉服屋におりましたので、この映画にはまいりました。しかも、日本画の世界ですし。
わくわくどきどきしながら、何回も見たものです。
それでも、こうやって、年月が流れてまた、見直すと、いいものです。

まったく忘れているシーンもあります。
でも、名作だから、いつも泣けてきます。

映画なので、実話といえ、かなり娯楽要素を入れては在りますが、それでも、上村松園の人生を感じ取ることは可能です。







 宮尾登美子大好きです。
「序の舞」再視聴です。



  映画の再試聴の良いところ。
 これまでに、見逃していたところや、すでに、すっかり忘れていたところ。
 また、これまで、さほど感動しなかったシーンにジーンと涙したりする。
 年齢によって感銘は、まったく違うのだと思う。
・・・・・・・・・・・・・・





  貧乏なる田舎の9歳の女の娘が、京都の金持ちの家にもらわれていく。
  雪のなか、馬に、ゆらりゆらり、のっかってその娘はいくのだ。
  「おとうはん」「おかあはん」、「よろしゅう・・・」とけなげに、新しい父母に、
  頭をさげる彼女。


  これだけで、ジーンとくる。キモノ姿がまたグッと。

  泣かせるツボをよく知っている。中島貞夫監督。・・・・・・





  名取裕子は、もっともっと、活躍してもらいたい日本の女優さんのひとりです。
  ハリウッド映画なんかには負けてもらいたくないと、そう思います。


 


  キモノ姿が、これだけ似合う女優さん。
  そういるとは思えません。



 宮尾登美子・・・・・・88歳没。
このかたも、年をとっても創作意欲の衰えない人でした。


 私が宮尾登美子の本と言えば、『藏』を始め、まだまだ読みこんではいないので、彼女についてしっかり書くということはもちろんできないのであるが、自分が読んだエッセイの中でこれはと思った事を書く事で、自分の心に栄養滋味を与えることぐらいはしておきたいし、琴線に触れた事ぐらいは記録はしておきたいのだ。
 
 彼女は「筆に託す心」という文章の中で、こんなことを書いている。
 
 私がもしも結核にならなかったら作家になったかどうか、と。
 ご承知のとうり彼女は満州から引き上げてきた時にその「苦渋に満ちた体験」しか当時3才の娘に残してあげるものが何にもないと気づいたというのである。
 
 何も残してあげるものがない。
 
 離婚というその当時の女性にとっての彼女の心の傷は今更言うまでもあるまい。
 
 21歳の彼女はそこで日本にもどり、日々、生きて行くために軀を駆使する一方で満州での血と涙を記録し始めたのである。ところが不思議なもので結核で死ぬと覚悟を決めて子供に自分の体験だけは残してあげたいと書きはじめると、自然治癒で結核が治るのである。ここが自然つまり軀の免疫機能の彼女のパワーを感じるところである。
 
 そしてそれ以後ずうっと書き続けて、今にいたるわけである。
 
 先ほどから書いているように何冊も彼女の著作を読んでいるわけではないが、映画になった、「鬼龍院花子の生涯」や「序の舞」などでも感じる「女の歴史」を見直す姿勢が強さを感じる。男の造ってきた歴史をただ否定するのではなくて、歴史に埋もれた女性達がもう少し書くという習慣を持てばまったく別の歴史の視点が記録として残ったのに残念という巨の意見である。男の歴史はその圧倒的な想像力でマニアックに構築されたのであるが、その男達の「荒々しくも見栄と見果てぬ夢のドラマ」の片隅で、うちやられて記録もほとんど残っていない、庶民の女達の、現実の生活の中で呻吟し料理や井戸端会議や子供達を育てる女達達への優しい目線が彼女の素晴らしいところだと思う。
 

 ところで。
 
 ここで、そのような大きな彼女の視線はさておき、書くことについての、彼女のはっとするヒントを見つけた。
 
 ○まずひとつは。
 文章は人のこころを豊かにしてくれる。どんなに幸せな人でも悩みのない人はいない。その苦悩を口から吐くのには相手がいる。相手がいれば秘密は思わぬところから洩れる。文章だと孤独な作業でこころのすべてを紙にぶちまけることができる。人に秘しておきたければあとでその紙を処分しておけば良い。
 
 ○次にふたつめ。
 立派な家を立て、衣食住が充分に足りていても、あたまがからっぽ、精神が貧しければ生活は豊かとは言えない。書くという作業が一見孤独で卑小と見えようとその実いかに多くの功徳と広がりを持っている事か、日々日記をつけている人ならばどなたも充分感じ取っていただける筈。
 このように素直に現実的に書くということを信じることができる彼女のこころの奥の信念はその満州体験、離婚体験の生活苦からの肉声がいつも胸に響いているからだろう。
 
 私も最近自分史とかいう妙な言葉は別として、自分の昔の記録をつけ始めている。最初はこんなことを今更書いてもどうなることやら、となかなか納得できなくもなかったが、日々続けているうちに、ブログでは表現できない自分の秘の心を書き綴る内に、ある幸福な満足感と広がりを得た。
 
 現代は一言で言えば、自閉と閉塞の管理社会である。
 シネマやSF映画に50年前から警告された未来社会がいよいよ到達しつつある。
 
 「生きていて生きる事の息づまる」世界。
 「のんびりくつろぐことのむずかしい世界」

 こんな時代の「最高の脳爆発の点火剤」が書く事である。「自分だけの癒しと世界の広がりとゆったりとした自身の存在の満足感」
「孤独な作業で孤独から救われること」

 宮尾さんは最後に暖かく優しいこうも書いている。
 
 「きっかけはなんであれ、目的はなんであれ、女もペンを持ち毎日のお金の出し入れや、お惣菜のこと、身近な問題や自分自身のことなどを、つづることはなんと素晴らしい事だろう。字の間違いや文章の巧拙などこの際まったくの枝葉末節なのだと思う。」
 
 ただ、私もこうやって書いてきて、もしも、ただでさへ、肉体的にも精神的にも男性よりも圧倒的に強い女性達にこんなにも宮尾親分からのペン=小刀の力を更に、使っていきなさいというお言葉=指令をここでたくましき女性達に伝えてしまって果たしてよいものか。
 我々男性は更に又不利な立場に追い込まれて行くのではないかという危惧を感じないでもない。
 
 冗談はさておき。

 近未来小説で、世界がこれまでの男性が構築してきた今までの伝統文化の世界Xと、新しく力を持った女性達が、彼女達に支配されることを願う美青年達だけを集めた別の新しき文化・システムの世界Yと、二つに別れていくことも私は妄想することもある。
 
 果たしてその時、神はこの男と女というややこしいSEXの遺伝子をたった一つに統合すること=世界Zの天地創造、をおやりになることを決断するような気もするのだ。
 
 これは私の創作のヒント。
 
 アンドロギュヌスワールド。


 上村松園は、食のあとに、梅干しをすりつぶして粉にしたみたいなものを飲んでいたそうです。
 今で言う、サプリでしょう。私の好きなエピソードです。






 彼女の絵。

 これからはじまり・・・・・・・・




そして、下の絵のような辛い時期を乗り越え・・・・・・・




この「序の舞」にいたります。
絵には、作者の人生がそのまま、乗り移りますから。





私は余り年齢のことは考えぬ、
これからまだ多方面にわたって、研究せねばならぬ事がかずかずある。

生命は惜しくはないが、描かねばならぬ数十点の大作を完成させる必要上、
私はどうしても長寿をかさねて、
この棲霞軒に籠城する覚悟でいる。

生きかわり死にかわり、何代も何代も、
芸術家に生まれ来て、今生で研究のできなかったものをうんと研究する。

こんなゆめさえもっているのである。
ねがわくば、美神の私に齢を長くまもらせ給わらんことを・・・・  上村松園




             FIN
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