従泰国来的客人

薬を飲んでいるせいか、ボーとしてしまう。風邪がピークに達したのだ。
体調はそんなに良くないながらも、金曜日はオールナイトで遊んだ。
バンコクから健太君(そう呼ばしてもらうね)というお友達がやってきたのだ。
前回のバンコクでの研修時、とある日本人の集まりで知り合った。
彼はバンコクでもう3年くらい暮らしているのだ。
若いけれどとても責任感のある頭のいい人。
話し方もとても落ち着いていて、見た目だけでは計り知れないお人である。
インド英語がとっても上手で、毎回リクエストしてしまう。
年は離れているけれど、とても楽しくお話できる貴重なお友達になった。
そごうへ行っておみやげを見るということで、ついて行った。
金門島物産展をやっていたので、試食など楽しんだ。
私と店の人の会話がわからない健太君はこんなことを言った。
「今妊娠してるのって聞かれたの?」もう!違うって!
結局、そこで四袋お買い上げに。健太君曰く、宝島の大型の看板は好看だと。
?そう?私はタイの看板のほうがセンスいいと思うけど。色づかいなんか特に。
漢字が新鮮?私も来たばかりの時そうだったかな。
お互いタイよりどうとか、宝島よりどうとかいろんな物を比べている。
タイの方が街はきれいだと思うけどなあ。彼的には宝島だって。
健太君と私そして日本語学科のみなみちゃん、3人で飲みに行ったあと、夜市へ冷やかしに行った。
臭豆腐なるものに初体験した健太君、食べてたよね?
また、茶葉蛋を売っていたおじさんが、私たちが日本人だと知ると、日本語で話し出した。教育勅語ってわかる?それで勉強したんだよって。おじさんは今の天皇と同い年だと言った。
私たちよりもずっと日本に詳しいような気がした。おじさんは私たちに茶葉蛋を一つずつくださった。なんだか申し訳ないような、でもおじさんの気持ちをありがたく受けとった。謝謝。おいしかった。他で食べるのよりもずっと。
そしてお茶して、コンビ二めぐりしてと、時間は無いながらも楽しんでもらえただろうか。団体旅行で来ている彼の予定は忙しい。
次の日はちがう都市へ行ってしまう。
ま、若いから大丈夫よね。多少寝なくても。
みなみちゃんは大丈夫じゃないと言っていた。
彼は最近特にはえぎわが微妙な感じになってきつつある。
可愛い顔(自分で言ってる)と合わなくなると心配している。
彼氏Pも可愛い系の顔だけどもう彼の場合は微妙どころかすっかり上がってしまってるが、それはそれなりにいい感じだと思うが.....(ひいき目?)
頭を使いすぎるのかしら、それともやっぱりすけべだから?
話がずれてきたので戻して、嬉しい事に健太君はたくさんお土産をくれた。
クノールのお粥、タイの泡麺、お菓子などなど、こちらには無いものばかり。
さっそく昨日いただいた。具合の優れない時にはお粥が最適。ああ、おいしかった。本当にいろいろ有難う。
こっちがもてなさなきゃならないのに返ってお世話になってしまったような....... 希望Ni再過来!また遊びに来てくれるかな。
今度は体調も整えておくから、もっといろいろ遊ぼうね。
また、バンコクが恋しくなってしまった。今度はいつ行けるのか。


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 今日同学が学生街で置き引きにあった。たまたま通りかかったら泣きそうな顔で
「えびこ~包包盗られた。」って。幸いカバンのなかには財布は入れていなかったのだが、日本語の教科書と上着が入っていたそうだ。お気の毒。ついバイクにカバンをひっかけてパン屋に入ってしまったのだ。私もするかもしれない。
この前も学姉がカバンをひったくられて、財布も携帯も失なってしまった。
けっこう多いみたいだ。
私は日本では関西のひったくり発生率NO.1といわれていた地域で暮らしていた。
その時にはひったくりや置き引きにあったことは一度も無い。
しかしこの夏バンコクで生まれて初めてひったくりにあってしまった。
スーパーのビニール袋の中は新聞しかはいっていなかったが、みごとな手口だった。車の進行方向とは逆に歩いていたのに、後ろからバイクの2人のりが近づいてきて、まずは私の顔を覗き込んで、え?っと思わせられたすきに優しい手つきで指をほどかれ袋を奪われたのだ。一瞬何がおこったのか?わからなかった。幸い中身は新聞紙だけだったので冷静でいられたが、同じ手に持っていた巾着ぶくろを盗られていたら......完蛋了。
 思い出した。宝島に来たばかりの時、自転車に乗っていたら後ろから近づいてきたバイクの男の人にいきなり胸をつかまれた(触られた)ことがあった。
小癪にもそいつのナンバープレートには紙が張ってあった。とてつもなくしょうもな~い計画的(?)軽犯罪であったが、外国で暮らし始めたばかりの私にとってはショックが大きかった。変態め!
友達もそういえば自転車にのっていて、横から近づいてきた同じく自転車にのった人に交差点のど真ん中で信号待ちしていた時、モノを見せられたらしい。
(こっちでは自転車もバイクや車と一緒に車道を走ることが多いので。)
わざわざ彼女にみせるために自転車にのり、パンツを下ろしたのか。変態め!

でもこちらの変態発生率は日本よりは少ないかな。
日本で電車のラッシュ時の痴漢の多さはかなりのものだ。
まあこちらではラッシュにあうことも無いから比べられないか。
ちょっとそれるけど、宝島では立小便する人はほとんどいない。
バンコクや大阪ではたくさん目撃したが。
こっちの人あんまり外でお酒飲まないからだろう。多分。


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 今日統計学の小考が帰ってきた。がーん。やっぱり悪かった。
なんでこんなに間違ったんだろう。? 
もういまさら間に合わないから考えるのやめよう。
やっぱり常日頃からきちんと復習しないからこんな事になるんだよね。
と毎回反省してるのに。
こんな点数P(彼氏)には言えない。
ただでさえ説教好きなのにわざわざネタを提供しなくてもいいもん。
普段は私の英語についてよく説教を頂戴する。
彼と私の共通使用言語は中国語だが、Pは携帯のメールを英語でくれる。
私はもちろん中国語で返事するが、回答がおかしかったら又同じ内容のメールが送られてくる。(無言の圧力)
ちゃんとポイントを押さえていない答えは許されないのだ。
しかもわざと外国人が間違いそうなややこしい用法で書いてある。
(ひがみかしら?)もっと短く簡単にお願いしたいものだ。
でも確かにありがたいことである。
統計学のネックも英語での問題がわかりにくかったり、教科書も英語版を使用しているので(大部分の科目は英語の教科書を使用する)
それも理解していないから点数が取れないのだろう。
まさに努力不足。
中国語でせいいっぱいで英語までまわらないよ~
(実は今スペイン語も勉強中だった)
タイへ行った時は少しは英語で考えられたのに、今また中国語で頭がいっぱいだ。
チャンネル切り替えできないよ。
その点Pはすごい。スペイン語と英語と中国語をあやつれる。
そりゃあ努力してきたし、今もすごい努力してるみたい。。
それだけできたら世の中楽しいだろうなあ。いろんな人と話せて。
そのうち大阪弁も伝授してさしあげましょう。きっと似合うはず。
そうそう人事じゃない、自分の事がまず先だった。
私もPの爪の垢でも煎じていただくことにして、
さ、レポートにとりかかるとしよう。




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時間管理

 ふう、とうとう感冒がよくならないまま3週間目に突入した。
昨日は一日雨が降り、冷えて症状がよけいに悪化したようだ。
それでも授業は休みたくないし、病院へは行きたくないし、なんとか頑張っている。しかし今日の夜の家庭教師のバイトはキャンセルさせてもらった。
このきつい風のふく中、バイクで市内まで行ったらまた症状が悪化しそうだから。
私はいつまでたっても、この天候になれない。気温はそこまで下がらないのだが、風がきついので体感温度が違ってくる。このタイプの寒さは一番こたえる。
汗をかいたり、急に体が冷えてしまったりと体温調節が難しいのだ。
当地人は問題ないらしい。日本のほうがもっと寒いでしょうと言われて、震えてる私を変な目で見る。寒さの種類が違うの!それに日本では外で風にふかれることが少ないし、室内は暖房がきいてるの!
まいったな。しかも今日はヒューマンリソース(人力資源管理)という講義のグループ発表の打ち合わせがあったのだが、個人の持ちまわり分の文章を金曜の夜までに仕上げなければならなくなった。私たちのグループのテーマは職場でのセクハラ対策である。資料をまとめるだけなのだが、はああ、外国人の私にとってはちょっと大変な作業である。さらに夏休みの実習のレポートもまだ仕上げていない。同じく金曜日の締め切りだ。とりあえずは明日提出のレポート(社会学)をひとつまとめて、それから人力資源の文章にかかろう。あそうだそうだ、あさって提出の作業はいつやるの?もう全部まとめて川に流してしまいたい気分だ。焼いてもいいかも。
時間の管理がいつまでたっても上手にならない。
部屋のなかも最近ひどい状態が続いている。
彼のPは私の部屋に遊びに来たいらしいが、いつまでたっても実現されそうにないね。ごめんね。
 マレーシア行きの計画が白紙に戻って、次に思いついたのが宝島系のホテルだった。確かペナン島にもあったと。
私はその某ホテルの人力資源部にメールで伺った。しかし、紹介者の無い赤の他人のうわごとにはお返事もいただけず、なしのつぶてだった。
その頃私は毎週日曜、アメリカ人のコリーンとブランチを取りながら言語交換していた。
そのことをコリーンに言うと、なんでもそのホテルのマネージャーを知ってるから、聞いてあげると言ってくれた。
そして電話をしてくれた。電話の向こうに明るい人なつっこそうな声が聞こえた。
彼はジョセフといい、業務部副理(アシスタントセールスマネージャー)という肩書きだった。
そしてコリーンと私にホテルのランチブッフェをご馳走してくれるというのだ。!? (ええ人やなあ。)
貧乏学生の私にはホテルのランチなんてめったに食べられない。感謝コリーン!

その日がやってきた。ロビーに現れた彼は日本で良く見るタイプの人だった。
以前の勤め先の森部長に似ている。頭部が寂しいせいか、ふけて見えるようだ。
?この人この前の電話の人?同一人物とは思えないほど、厳しい雰囲気だった。緊張する~
そうか、一応正装はしてきたけど、これは面接なんだ。気を引き締めなきゃ。
食事をしながらいろいろ話した。
コリーンは時間が余り無く急いでいたので、サラダサラダパスタパスタと一生懸命、普段なかなか口にできない物をすごい勢いで食べていた。私もそこそこに。
(え?普通そんな時は食べないって?)
そして、彼曰く、バンコクはどうか?と言うのだ。
バンコクのほうは30%くらい日本客人がしめる、しかしスタッフが誰も日本語ができないという。あそこの総支配人は以前パリにいたときの上司だし、副支配人も知り合いだからきっと大丈夫だと。
所在地も大使館が立ち並ぶ通りに面しており、治安もいいらしい。しかし、ペナンの方は聞くことは聞けるが、可能性は低いという。とりあえず2通履歴書があるので、聞くだけは聞いてもらえるようにお願いした。だめもとで。しかし!それにしても
バンコクは大丈夫だって?うわー。夢みたい。希望はハウスキーピングかレストランで。もうどっちでもいい!
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そして又もや、返事が無い事無い事。うー。どのくらい待ったのだろう、そろそろ学校に実習の受け入れ先による同意書を提出しなくてはならないというのに。
私はMAYに相談した。
ここで又、宝島マジックがおこった。
「!バンコクにいる副支配人の奥さんは友達だよ、聞いてあげるね。」
そして、その場ですぐ聞いてくれたのだ。奥様は毎晩バンコクのご主人と電話で話すので、その晩聞いてくれることに。
奥様も以前そのホテルでお勤めだった。結婚後はMAYの勤めるホテルで勤めていたらしい。と言う事は私の先輩でもあるのね。(私の去年の実習先)
もともとMAYとは高校の同学で仲良しなのだそう。
なんてこと。あんなに回り道して、結局は一番近い友達と繋がってたなんて。
そしてもう一つ、そのホテルチェーンのある支配人の講義を取っていたので、この老師にも後押しをお願いした。同じホテルの幹部同士は繋がっているし。
それから間もなくこのバンコクの副支配人の同意書を手にする事ができた。
あの時は、必死で、いろいろひやひやもしたけれど、でもやっぱり、絶対大丈夫という、根拠もなにもないのだが確信のようなものが胸の中にあった。それはちょっと不思議な感覚だが。
あまりにも運がよすぎて、貧乏性の私は気が気ではない。
あとで付けが回ってくるのでは.....なんて。
条件はもちろん無給、航空運賃は自己負担、社員寮の宿泊代も電気水道すべて自分で。ただし、員工食堂での食事はフリー。
私は中国客人と日本客人のゲストリレーションをすることに。
そして又、マジックが.....
奨学金を受けることができたのだ。これで渡航費用や向こうでの必要経費がカバーできる。
 天までも私を後押ししてくれた。謝天謝地!
なんだかものすごい力で泰国へ引張られたような.....
 

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後日談というか、結局向こうでの宿泊代水電気代は、すべてフリーになった。仕事ぶりを誉められ、最後には友人と2人ホテルで一泊2食付きで招待もしてもらった。
しかも卒業後は、相談に乗ってもらえるとの事!
これも不思議な感じがする。
そんな、仕事って言っても普通にしてただけだったと思うけどね。
まさに運、超好運。




 今日はスペイン語のクラスの後、私たちの学科(餐旅管理学系Hospitality Management)の主任教授との面談があった。
ちょっと三枝似のこの主任の中国語はいつまでたっても聞き取りにくい。
話し方にあまり抑揚がないのだ。内容によってはわかるが、時には?である。
にも関わらず、わかったフリをしてとんちんかんな回答をしてしまうあほな私である。
今日の面談は今年の夏休みの実習について。私はタイのバンコクへいってホテル研修させてもらったので、そのことを次回、皆の前で発表しなくてはならなくなった。
実は私、中国語で発表するのは大の苦手。緊張して余計に声調がくるうのだ。
とりあえず、たくさん写した写真を見てもらってなんとか10分間ぐらいはもつだろう。この程度の時間でかまわないのである。
主任が最も興味深い点は、私が(このしがない私が)どうやってタイでのホテル研修を実現させたのかだ。またまたこれは長-い話になるのだが、私は元々マレーシアへ行きたかったのだ。マレーシアは好きな国の一つであるし、
去年は台湾でホテル実習を経験したので、今年は他の国へ行ってみたかったのである。去年の実習ではフロントデスクでキャッシャーをさせてもらうことができた。
日本で以前、経理課に勤めていたことが有ったので、そのおかげだろう。
今回の実習では違う部門或は、違う仕事内容につかなくてはならない。
となると、飲食部門或は客室清掃係ぐらいだ実習させてもらえそうなのは。
外資系フランチャイズのレストランでも実習は可能なのだが、この体型であの制服はちょっと無理だろう。(T.G.Iフライデーズなど)
日本へ帰ってもよかったのだが、そこで考えた。海外でのホテル研修とはどうやって探すのだろうと思い、インターネットなどを頼りに調べた。
どれもこれも仲介業者を通して高い料金を払って、しかも居住費なども自分でもたなくてはならないようだ。
更に英語圏などではある程度の英語のレベルが要求される。困った。お金は無いし、英語能力も無い。
そこで、あるマレーシアの避暑地にあるNPOの団体のホームページに出会った。
ボランティアの日本語教師を募集しているのだ。そこは世界の老人が集まるマレーシアでは有名な避暑地であり、リゾートホテルがたくさんある。この団体では地域の人たちとの交流を深める為に、日本語教室を開くなど色々活動されている。私はメールで伺ってみた。そこでホテル研修させてもらえるのなら、空き時間に日本語教師をやらせていただきたいと。私は以前日本で日本語教師の養成講座を修了しており、宝島でもバイトしたりしているので、経験もある。
すぐにお返事を頂いた。そして私の英文履歴書をホテルに渡してくださり、研修の許可も取り付けてくださったのだ。
しかし、残念なことにVISAの問題がありこの話は実現しなかったが、見ず知らずの私に親切にご尽力くださった事に感動した。
だから、世の中は捨てたもんじゃない、私はあきらめないで他の方法は無いだろうかと考えた。
つづきは又明日書く事に......

忙死了!

 先週からの喉の痛みはいっこうにひかず、こんな体で毎日を過ごしている。とうとう日本へ救援物資を頼んだ。喉のスプレーを。毎日やることはたくさんあるのにまいったな。 今日の統計学の小考は、喉のせいという訳でもないがあまりできなかった。もう本当に水曜日は朝から昼休みと2時間の空きを除いて、夜の8時まで授業がある。ああもう本当に疲れる。母語ではない言語を聞くのはけっこう集中力をつかう。しかも朝から会計学など頭を使うような内容だし。ああ、疲れた。が、明日提出の課題がまだ手付かずだ。ううう。こんなに忙しくて死にそうなのに、なぜ痩せないのだろう。
 
 今日校内のごみ箱から、丸い取って付きの2段がさねのお菓子入れを拾った。赤い中国の生地(シルクかな?じゃないと思うけど、手触りがいい)が張ってある。
とてもきれい!
なんで捨てたんだろう。それとも当地人はこういうもの珍しくないのか。いつももらてったりして。きっと高級なお菓子が入ってたはず。外国人が好きなものと、当地人が好きなものはあまり同じではないから?おたがい無い物を求めるからね。
拾うなって? うーんでも本当にきれいだから.....

ワンコと上課

昨日の嵐はひどかった。雨は少ししか降らなかったものの、空の雲がびゅんびゅん流されていた。日本へ向かった台風はかなり大きかったのか。私とクラスメイトが暮らすこのマンションもかなり古い為、昨日はエレベーターがおかしかった。1Fでドアが開いたり閉まったりの繰り返しで、動かないのであった。お化けエレベーターか。

 今日は少しおさまった。しかしまだまだ風はきついのだった。これはもう山の斜面に位置する所には避けられない事情なのである。そんな今日のスペイン語のクラスにゲストがやってきた。2匹の犬が教室に入ってきて、一匹は一回りして出て行ったが、一匹は机と机の間の狭いところで眠ってしまった。こんなことは珍しくない。よくある事なのだ。気が付いたら足元に犬が寝ている。Patio式(中国式では四合院造り?だっけ?)の校舎の中庭で犬同士がたわむれ、つかれたら木陰ででーんと横になって眠る。のどかな風景である。彼らはもちろん雑種の流浪狗である。どの仔も大人しくて可愛い。そして誰も犬をいじめたりしない。だから彼らにとっても大學の広大なキャンパスは楽園なのだろう。各学部ごとに校舎があるのだが、やはり各学部ごとに住んでる犬が違う。縄張りがあるのだろう。彼らも私たちの同学みたいだ。
 昨日の夜、南ちゃん(日本語学科の4年生♂)、エリス(某ホテル勤務のMAYの部下♀)、日本人の出差客人T様(あのM様の同僚♂)4人で日本料理を食べに行った。元来南ちゃんと2人でいくつもりだったのだが、エリスから連絡があり一緒に行く事に。日本から来られたお客様と日本料理に行くのは気がひけたが(申し訳ないような)、長い間その店に顔を出していないので行く事にした。富士という店は北海道出身のおやっさんが腕をふるう鍋料理の店で、コストがかかるため料金設定が一般の台湾の鍋料理店より若干高い。が、数ある高級日本料理店よりははるかに安い。(まあメニューもちがうけど、こちらは大衆派)でも気軽に日本の雰囲気が楽しめる嬉しい甜心的店
(甜心的-心を尽くした、にくい演出?スイートハート的?心をくすぐる?)である。
私たちはタクシーで店に向かった。私は助手席に座った。私の中国語を聞いた運ちゃん(古い?)は、
 「えー小姐、当地人じゃないよね。日本人?どうして君が助手席に座って道を説明  してんの?他の人は当地人でしょ?」
 「だって私しか知らない店だから。」
このあと車内はこの運ちゃんのワンマンショウと化した。確かに日本通だよね。
いかりや長さんとか志村けんアイ-ンの話に花が咲く。惜しい人を亡くしたねなんて。彼も大捜査線のファンなのね。
そうこうして店についた。私たちはビールを飲んですき焼き鍋と石狩鍋を注文して皆でつついた。すき焼きは甘すぎたかな。
その後ぶらぶらして、珍珠ミルクティーを飲みに近くの有名店へ。(商品発祥の店らしい)
外のテーブルに座っていたら一塊(10人くらい?)の外国人が通りかかった。
大學の華語中心(チャイニーズランゲージセンター)の面々であった。私も当初はここで学習した。そして一年後に大學部へ進んだのだ。もう私の学んでた当時の同学はほぼ帰国してしまったが、中には出戻り組がいる。アメリカ人アダムがそうだ。この日はアダムの誕生日を祝う集まりだったらしい。彼は当初一年間の交換留学生だったのに、卒業後舞い戻ってきた。居心地いいんだよね。皆親切にしてくれるし。
なにしろここでは外国人男子はもてもて引く手あまただからね。
(違ってたらごめん、アダム)
そんな開放的な考えと保守的な生活習慣のアンバランスさが、なんともいえない新しい文化を生み出しているのだろうか。実際、外国人のボーイフレンドがいる女の子は見かけは地味なタイプも少なくない。えー?と思うことしばしば。外国人(特に西洋系)にとっては純真素朴なアジア女性の方が新鮮なのかもしれない。
実は私の彼も外国人である。私も純真素朴なアジア女性?なんだろう。自分でそう思う。黒髪だし。(お願いだからそういわせてとりあえず、看起来だけでも)
最初、彼は私のこと実際年齢の7歳くらい若いと、美しい誤解をしてくれた。
私はこれでも大学生だしね。西洋人から見た東洋人は若く見えるっていうし。
それに私は幼児体型の中年だしね。(ほっといて!)
彼自身はもう40過ぎ。東洋人の血をひく彼も若く見える。
お互い外国人なので、時には受け入れがたい出来事や信じられないような事があると2人で「奇怪!」なんて、批判したり、ぐちったりしている。
(私の室友にはとても言えない)
彼Pは“食”方面で苦労がたえない。多くの外国人は当地人が普段食べている物が
口に合わない、若しくは体質に合わないのである。西洋系の人はアレルギー体質が
多いらしい。この何でも食べる犬腹の私でさえ度々お腹を壊す。
彼Pは血糖値が上がる事を大変恐れているので(100歳まで生きたいらしい)
店で油とか調味料の量を控えてくれと要求するのだが、あまり守られた事がないらしい。忘れられてるのか、面倒くさがられてるのか、はたまた意地悪されているのか真意の程は謎である。なのでPは普段果物中心に食事をとっている。

私も以前こんな事を経験した。
    私 :「ミルクティーが余りにもぬるいので温めてください。」

黒服の店員 :「小姐、おそれいりますが、これは高級な生乳を使用しているので温        めると風味をそこないます。」(そんな事も知らないの?どこから        来たの?)

    私 :「わかります。でもぬるすぎるので温めてください。」
        (この寒いのにこんなの飲めないよ。砂糖もとけないし、器も温め         てなかったくせに!)

   店員 :「本当にいいんですね。かしこまりました。」(真麻煩!)

        --5分後

店員 :「お待たせいたしました。」*無表情

 私 :「謝謝。」(来た来た、?何これ!熱すぎるやん!ほんまに、ぬるい言うた     らとてつもなくぬるいし、あつい言うたらとてつもなくあついし!あんた     ら加減と言うもんがあらへんのんか-!せっかくの高級生乳が、、、、、とほ     ほ。アカンわ、もうええわ、算了!はいはい、もう2度と来たれへんから     な!)

 けっこうお気に入りの店だったので痛かったことを記憶してる。それとも私が
温度まで指定するべきだったのか。

  

看錯了!?

 奨学金の申請用紙にクラスの人数と席次を記す欄があったので、当学科の事務局へ聞きに行った。助教娘(宝島ではアシスタントや事務所の人をこうよぶ。娘はおばちゃんの意味)はいい人なのだが、忙しさと機嫌に大きく左右される、おばちゃんキャラの濃い人である。彼女が手隙になるのを見計らって礼儀正しく聞いてみた。彼女はラックからファイルをとりだして小さくない声で言い放った。「49人中43番。」(他にも人がおるっちゅうねん。)例のごとくプライバシーが守られる事は少ない。テストの点数は張り出され、小テストの解答用紙の裏面はリサイクル活用される。だれもそれを変だとは感じないらしい。小さい時から慣れているようだ。
?そんなに前学期の成績悪かった?それとも他の皆が高得点だったのか。以前は真ん中よりも上だったのに。差太多!ショックではあったがとりあえず記入して学生部へ提出した。
 そして昨晩室友と久々にいろいろ語り合っていたところ、席次の話になった。彼女は私よりも平均点が低い、そして席次は26番だという。?
なんで私は43番?
見間違われたんだ。(なんでやねん!?)
子どものお使いではないというのに(ガキの使いじゃあれへんで)
とりあえず月曜日また確認して、書類は訂正させてもらえるよう交渉しなくては。
まだ締め切りには間に合う。
現在無収入に近い私にとって奨学金はとても有難く大事な制度である。もし室友と
この話をしなければ知らないままで、もし申請者がおおければ、当然席次は問題視される訳で…。そうなるともらえない確率大になってしまう。もらえなかったらはっきり言って苦しい。貯金を食いつぶして生活しているのだから。
助教は悪い人ではない。ただ忙しくなると作業が粗くなる。これは又一つ学んだ。
私はダブルチェックするべきだったのだ。他の学生がそうするように。なんでも確認するのは基本だった。そうだった。
謝謝助教娘、提醒我。(気づかせてくれて有難う)
それにしても、なんでそんな重要な事間違うかな。
 
明日のお伺いは面子をたててこう言わなければ。

 私 :「すみません。席次をもう一度確認させていただけないでしょうか?」

助教 :「えっ?又?(もう麻煩ね)じゃ自分で見て。」

 私 :「あれ?おかしいな?」

助教 :「何なの?(読めないの?)」

 私 :「この前聞いたのと違うなと思って、差が有りすぎるんです。聞き間違えた     んだと思いますが。」

助教 :「じゃあそうなんじゃないの。(これだから外籍生は…。)」


 とまあこんな感じでいこうかな。