2012年02月11日

アニメ「ブラック★ロックシューター」に抱く違和感の正体

テーマ:2012冬アニメ

全8話なのでテンポよく展開させているのはよく分かりますし、フルCGのバトルパート自体の出来は素晴らしいと思います。

しかし、何かが腑に落ちないのです。

観ていて違和感を抱いてしまうのですが、その理由を考えてみました。


「身代わり」という軽さ

本作は現実世界を舞台とした日常パートと、ブラック★ロックシューターたちが異世界(精神世界?)で行うバトルパートの二層構成となっています。


2話までの内容から判断するに、日常パートのキャラクターが受ける「心の痛み」を、ブラック★ロックシューターたちのバトルで表現しているようです。

それは人間関係で悩む主人公にスクールカウンセラーがかける以下のセリフからも読み取ることができます。


「胸がどれだけ痛んでも本当に傷つく訳ではない、他の誰かがその痛みを引き受けてくれる。」


つまり、主人公の「痛み」を「他の誰か」であるブラック★ロックシューターが引き受けているということでしょう。


この「身代わり」という考え方自体痛みから逃げる姿勢であって、それは心の成長を生みませんし、むしろ心を病む原因にもなってしまう危険な考えだろうと思います。

たたここでは考え方自体は否定しません。

何が問題かと言うと「身代わり」で戦うブラック★ロックシューターたちが「軽く」感じてしまうことです。


「バトル」において大切な要素の一つは、キャラクターたちが戦いに対する「意志」や「目的」を持つことであると思います。

そうすることでキャラクターは「人格」を持ち、視聴者は感情移入することができます。


本作においてはブラック★ロックシューターたちは「壮絶な」バトルを繰り広げます。

しかし、彼女らが何故戦うのかは不明ですし、今のところ日常パートキャラたちの「身代わり」でしかないように見えます。


自分自身の意思で戦っているのではなく、「身代わり」でしかないのでどんなにブラック★ロックシューターが傷つこうと「軽い」のです。

また、ブラック★ロックシューターたちが痛みを感じていないかのように感情が描かれないことも「身代わり」感―当事者ではない軽さ―を増しています。



心の痛みとバトルの痛みのギャップ

ブラック★ロックシューターが引き受ける「痛み」は日常パートキャラの「心の痛み」です。

この「心の痛み」は人間関係から生じていますが、「他人に悪口を言われた」とか「うまく気持ちが表現できない」といった「若い痛み」といえる種類のものです。


確かに当事者からすれば一大事でしょうし、誰もが同じような経験はしているでしょう。

しかし痛みが等身大であればあるほどに、「その程度か」との思いも同時に抱いてしまいます。


思春期特有の友人関係から生じる「心の痛み」を激しいバトルという形で表現した結果、

バトルが激しければ激しいほどに「現実の痛み」とのギャップが押し寄せてくるのです。


違和感の正体

バトルパートが「身代わり」でしかないこと。

その身代わりしている痛み自体が、激しいバトルとは噛み合っていないこと。


以上の二点が私が本作に抱いた違和感の正体ではないかと思います。


また、フルCGという表現方法はブラック★ロックシューターたちの世界が「異世界」であること、「非現実」であることを強調しています。

表現のレベルにおいても、現実的な心の痛みと、非現実であるバトルの痛みがあまりにも乖離しています。

そのことも、本作の二層構造が噛み合わない理由の一つではないでしょうか。


現実世界と非現実世界をリンクさせて描くという構成自体は面白いと思います、

しかし、2つの世界の描き方、リンクのさせ方がどこかぎこちないために、

視聴者は感情移入や世界の把握がすんなりと出来ず、違和感を抱えてしまうのでしょう。




★放置していたアカウントを再稼動させました!フォロワーさん募集中です。

Twitterボタン

AD
いいね!した人  |  リブログ(0)

huhuさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。