とっぽのブログ

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とっぽが日々の気づきを書きつづるブログです。

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僕は一昨年に結婚した時、周りのまだ結婚していない友人に対して優越感を感じていた。

「俺は結婚しちゃったぞ。お前たちはまだなのか?早く結婚してみろよ。」

的な優越感である。(今から思うと、すごく嫌らしい優越感であるが)

自分が優越感を感じていたから、逆に周りから羨ましいと思われたり、妬まれることを、うっとうしいと思っていたし、恐れてもいた。

だから、結婚式には友人を招待しなかったし(海外で挙式をしたから実際には友人の出席は難しかったのもあるが)、結婚式の後、日本で友人を招いての結婚披露パーティーも開催しなかった。

パーティーの場で、みんなから「おめでとう」と言われることに負担を感じていた。

僕には、みんなからの祝福を受け取ることができる器もメンタリティーも欠けていた。

そうは言いつつ、僕には友人を集めて結婚披露パーティーをしないと、友人に申し訳ないなあという気持ちもあった。水くさい感じがしたからだ。

だから結婚式の前から、妻には友人を招いてパーティーをしたいと、それとなく伝えてはいた。
しかし、妻の態度は明らかに乗り気ではなかった。

妻の気持ちも僕と同じで、友だち付き合いとか、そういうことは心のどこかでうっとうしいと感じていたのだろう。

僕も妻も、そんな煩わしいことをするより、心の中で密かに、結婚していない友人に対して優越感を感じてほくそ笑んでいる方が心地よかったのかもしれない。

結局、結婚披露パーティーの件は、僕たち夫婦の間でウヤムヤのうちに立ち消えになってしまった。

始まった結婚生活においても、僕たち夫婦は周りに対して、どこか閉鎖的だった。

僕と妻が、例えば自分の友人にそれぞれ会うことには、お互いに遠慮を感じていた。

結婚生活の中で、確か二度だけ、妻が家に友人を招いたことがある。

その時は、僕は外出していた。
もちろん、その方が僕は気楽だったからもあるが(妻の友人には会ったことがなかったから)、妻にも僕に対する遠慮が会ったのだと思う。

今から思うと、お互いのこの遠慮感覚は何だったのだろうか?

どうして、お互いの友人を紹介し合って、新しい人間関係を築いて自分たちの生活を楽しくしようという発想が浮かばなかったのか?

妻は僕によく「親しい友人はいないの?」という質問をしていた。

僕には親しい友人は少ないし、学校時代の友人とはほとんど音信不通である。
だから、妻にはそのことを率直に話していた。

ケンカした時、僕に親しい友人が少ないネタは、妻の僕に対する格好の攻撃材料だった。
妻によれば、僕に親しい友人が少ないことは、僕にコミュニケーション能力が不足していて人間的に欠陥があることを証明するものだった。

だからこそ、妻は僕を教育して人格を矯正しないといけないと思って、僕に怒っていたのだろう。

僕に親しい友人が少ない理由は、やはり自信のなさに起因すると思う。

素の自分なんか出すと周りに迷惑をかけて嫌われてしまう。
僕にはこんな思い込みがある。

学生時代も、小学校から大学までその時々に友人がいたが、友だち付き合いをするにも、どこか自分を取り繕っていた。
自分を取り繕うことに疲れるのだろう。学校を卒業すると、学校時代の友人とは会いたいと思わなくなるのだった。
今の環境で、今の友だちに自分を取り繕うのに精一杯だから、昔の友だちにまで気が回らないのだ。

そういう自分の性格について、僕はずっと気にしてきた。コンプレックスだった。認めたくない自分の弱点だった。

だから、妻に指摘された時は、すごく腹が立ったし傷ついた。

「私には親しい友だちがいるし、営業の仕事をして成果をあげてきた。」というのが、ケンカの時の妻の決め台詞だった。
だから、私はあなたと違ってコミュニケーション能力に優れた人間なのよと妻は言いたかったのかもしれない。

でも、今から考えると、なぜ妻が僕に対して、そこまで自分の正しさを主張しなければならなかったのか?疑問が残る。

「私は営業の仕事で実績をあげてきたのよ」と自慢する割には、妻の僕の家族に対する態度は、お世辞にもコミュニケーション能力に長けた人のそれではなかったような気がする。

妻にとっても、対人関係のことはコンプレックスだったのだろうか?

妻にそう尋ねても、勝気なところのある妻は決して認めなかっただろうけれど…

結局、僕たち夫婦は似た者同士で、お互いに似ているが故に憎み合うところがあったのかもしれない。

(つづく)
妻と生活していて、僕が苦しさを感じていた原因の一つに、僕が妻へ嘘をつき続けたことがある。

妻との性格上の不一致が別居の外面的な要因とすれば、僕が妻に嘘をついていたことは内面的な要因になると思う。

僕が妻にどんな嘘をついていたのか?それは僕しか知りえない。(はずだ。妻にバレていなければだが)

自分が妻を騙しているという感覚が、結果的に僕を苦しめることになり、妻との関係にも影響を及ぼしていたと思う。


僕が妻についていた嘘。それはお金のことだ。

僕には借金があった。銀行からフリーローンを借りていたのだ。その額は300万円近くにもなる。


最初にお金を借りたのは、結婚する直前だった。その時は、200万円を借りた。

新居の入居費用、婚約指輪代や結婚式・新婚旅行の支払い期日が迫っていて、僕の貯金だけでは支払いが苦しかったためだ。
会社で財形貯蓄をしていたのだが、それには手をつけたくなかったこともある。

返済期間は5年で、月々の返済額は2万円ちょっとだから、大きな負担にならずに返済が可能と判断した。

妻には銀行から200万円を借りたことは内緒にしていた。

結婚式を目前にして妻に余計な心配をかけたくなかった、というのは表向きの理由で、実際は、僕のプライドが妻に借金について打ち明けることを許さなかったのだ。

僕には、主人たる者、妻を養うべし、という考えがあったし、長く会社に勤めてそれなりの給料をもらいながら、結婚費用をまかなえるだけの貯金がないことが恥ずかしかった。


結婚の時、なぜ僕に十分な貯金がなかったのか?
その一つの理由は、個人ビジネスがうまくいっていなかったことだ。

僕は、会社勤めをする傍ら、不動産投資をして家賃収入を得ていた。
しかし、思うように入居者が集まらず空室が続いた影響で、家賃収入は赤字となっていた。
しかも、入居者募集のために行ったリフォーム費用もかさんでいた。

妻には、僕が投資用不動産物件を所有していることは伝えていたが、詳しい収支については話していなかった。
妻に「家賃収入は赤字になっていないの?大丈夫?」と尋ねられても、僕は「空室があるけど、収支はトントンで赤字にはなっていない」と嘘をついていた。

自分の意思で始めた不動産投資がうまくいっていないと妻に真実を話すことは、僕のプライドが許さなかった。
また、妻に本当のことを話せば、ただでさえ心配性のところがある妻から何と言われるか?という恐れもあった。

結婚してからも空室は埋まらず、焦った僕は、内装業者に追加のリフォーム工事を頼むことにした。
この工事についても、妻には内緒にしていた。

浴室とかキッチンを部分的に改装したのだが、60万円以上の費用がかかってしまった。
貯金に余裕がなかったので、さらに銀行から100万円を借りてしまった。


僕には、妻にお金のことで心配をかけたくないという思いがあった。
何とか自分でお金の工面をして、自分一人で問題を解決したいと思っていた。

でも、裏を返せば、お金のことで妻に心配をかけてしまう自分が情けなくて、自分を受け入れることができなかったのだ。

また、妻に全てを打ち明けて、納得してもらえるとも思えなかった。

妻に真実を話した結果、もし妻から非難され、借金を早急に返すように言われても、僕にはなす術がなかった。

僕は、心の深い部分では、本当に妻のことを信頼してはいなかったのだ。


つまらない男のプライドと言ってしまえばそれまでだが、やはり男には、女に心配をかけたくない、自分を常に大丈夫なように見せたい、という性があるように思う。


今、振り返ってみると、妻に内緒で借金を重ねたことは、妻への背任に近い行為だったと思う。

妻に重大な嘘をついているという自覚が、僕の首を締める結果となった。


結婚はよく人生の修行と言われるが、自分が隠しておきたいことを、どれだけ相手に打ち明けられるか?という意味において修行なのだと思う。

そして、それができる相手は、本当に限られると思う。

僕には修行の自覚が足りなかったし、修行の相手選びも間違ったのだろう。


これからは、嘘を重ねることのない人生を歩んでいきたい。今、そう感じている。

(つづく)
大きな変化を起こそうとするのではなく、「小さな変化」を継続させよ


人間は、どうしたら変化することができるのか?

自分が望む方向に自分を変化させるためには、いったい何が必要なのか?


誰でも、心のどこかに「変わりたい」という思いを抱いているのではないだろうか?

特に現状に満足できない人にとっては、「変わりたい」思いは切実なものだろう。


「変わりたい」 でも 「変われない」


変化したい人が、多かれ少なかれ陥ってしまうジレンマだと思う。

そう、まさに「三日坊主」という言葉があるように。


かくいう僕も、なかなか変化できないうちの一人だ。

サラリーマンじゃなく、自分の好きなことを仕事にして、経済的にも時間的にも、もっと自由な生活を謳歌したい。

何年も望みながら、結局、今でもサラリーマンのままだ。


ここ最近の大きな変化としては、1年前に念願の結婚したこと。

そして、2ヶ月前に思いがけず妻と別居状態になったこと。

幸せな結婚生活を送りたかったはずなのに、現実は真逆になってしまった。


そう、僕は典型的な「変わりたい」 でも 「変われない」人間だ。

ついでに、「変わった」としても、変化が持続しない。。。


そんな僕だが、今でも「変わりたい」と思い続けている。

現状には満足していない。仕事も、プライベートも、時間も、人間関係も。。。

どうしたら自分が変化できるか?考え続けている。


そうして最近、自分なりにたどり着いた答えが、

「自分を変えるためには、今までにない環境に思い切って飛び込んでみること」

「変化を持続させ、進化していくためには、経済的、時間的な余裕を手に入れる必要があること」


でも、これまでと同じ日常生活を送るだけでは、なかなか今までにない環境に出会うことなんてない。

家と会社を往復するだけでは、そんなチャンスをつかむことさえ難しい。

会社の給料だけでは経済的自由は手に入らないし、サラリーマンでは時間的な自由も制限される。


今までにない環境を見つけて自由を手に入れるためには、日常の行動枠からはみ出して行動するしかない。


自分が変化できる環境とは、すでに変化を遂げた人がリーダーがいて、自分を導いてくれるところ。

また、自分と同じように変化への意欲をもった仲間が集い、お互いに励ましあい、支え合うことができるところ。

であるはずだ。


リーダーといっても、雲の上の人というよりも、つい最近まで自分と同じような環境にいながら、数々の出会いと自らの努力、信念で変化を遂げた人の方が、身近に感じられていいに決まっている。


そんなリーダーと仲間に出会いたいと思った方に、一つの機会をご紹介したい。

The Changing

http://www.3sha-re.com/aff/4005/240/264/


ここ数年でインターネットビジネスで収益をあげる仕組みを創り上げ、経済的、時間的な自由を手に入れた二人が、自らの変化の軌跡と変化のコツについて、語ってくれる貴重な場だ。

その二人とは、

Business Name「Yoshi」  
Anomaly Name「サトリ」こと 金山慶允さん


Business Name「ナカムラショウ」  
Anomaly Name「アウン」こと  西祖幸平さん


そんな彼らだが、ネットビジネスを始めた当初から決して条件に恵まれていたわけではない。

どちらも自分の思い通りにならない環境や性格上の問題など、ハンディキャップがある中で変化への道を切り開いた方々だ。


少し前まで、あなたの身近にいるような普通の人だった彼らが、どのように変化を遂げ、今も変化し続けているのか?

その秘訣を知りたい方は、ぜひ、この機会に飛び込んでほしい。

The Changing

http://www.3sha-re.com/aff/4005/240/264/


金山さん、西祖さんについて、より深く知りたい方は、次のブログやメルマガを読んでみてほしい。

金山さんブログ「リバタイズ ~“自由”を楽しむ技術~」
 http://sanoukei.blog.fc2.com/


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 http://www.3sha-re.com/aff/4005/140/136/