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2014-04-10 22:10:03

決定版!愛のSTAP細胞♪

Theme: 思想・宗教
皆さん誤解している!

STAP細胞を生み出したのは、ストレスなんかじゃなく、おばあちゃんの割烹着を着て研究にいそしむ小保方さんの、普遍的な母性愛なのだ!

難病の子供を救いたい、世界中の人が幸せになって欲しい、と願う小保方さんの強い願いが生み出したものなのだ!

ゆえに、人類の幸福のことなんかまるで考えていない研究室や、金儲け目当ての製薬会社などの研究室で再現性がないのは当たり前なのである。

さらに、人類が愛に目覚めて、STAP細胞を体内で無限に自家生産できるようになり、不老長寿を実現してしまったら、病や貧困や戦争に対する恐怖=「死に対する恐怖」を使って、今まで人類を隷属状態においてきた「爬虫人類」の支配者としての地位が脅かされるから、マスコミや原発推進派の学者たちを使ってバッシングをしているのだ。

全ての人間はSTAP細胞を作る能力を有している。

しかし、常識や教育、科学といった世の権力による否定的な洗脳によってその能力をそがれている。

何故ならば、その方が都合が良いから。

しかし、瞑想や祈り、お手あて療法等で余命いくばくもないと言われた難病が治癒した例が、古今東西幾らでもあるように、その否定的な洗脳の呪縛を超えて、人類本来の潜在的能力に目覚めれば、人間は自らの細胞をSTAP細胞に変えることができ、人類を苦しめてきた全てのものから解放されることが出来るのだ。

体内にSTAP細胞増やす一番簡単な方法は、いつもニコニコ、ポジティブシンキングでいることである。

憎しみや怒り、悲しみなどの否定的な感情にとらわれていてはいけない。それはSTAP細胞の生成を阻害する。

いつもポジティブシンキングでいて、かつ他人を広く思いやる気持ちこそが、STAP細胞を増加させ、免疫力をアップするのだ。

つまり割烹着を着たおばあちゃん思いの小保方さんの精神、それこそがSTAP細胞の元なのだ!

信ずる者は救われる!
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2014-03-28 23:04:32

今、思想が可能だとしたら

Theme: 思想・宗教
思想はあなたの正しさを証明するものではない。

むしろその逆である。

あなたがその生き方において証明してこそ、思想は真実になる。

歴史や神においても同じ。

あなたの正しさを先験的に証明してくれる歴史などない。

あなたの絶対的な正義を証明してくれる神も存在しない。

もし存在するとしたら、あなたがその生命をかけてその正しさを証明した時に限られる。

しかも、それはあなたの正しさを証明するだけに過ぎず、あなたの子孫やあなたに続くものの正義までを証明するものではない。

あなたの子孫やあなたに続くものたちは、また1から自らの生き方をかけて、それを証明しなおさなくてはならない。

歴史は勝者によって作られるとは良く言ったものである。

しかし、生まれながらにおいて勝者である者も、敗者である者も存在しない。

過去の七光りにおいて、その正当性を主張する者、戦わすしてその権利を主張する者は、いずれ次の時代を担う者において滅ぼされる宿命を背負っている。

民主主義も基本的人権も自由も神も民族も習慣も、あらゆる価値観がその正当性の基盤を揺るがされている現在において、唯一可能な価値観があるとしら、多分そういうことである。

次の時代に向けて、自らの信ずるところを、闘い生き延びて証明しえた者だけが、正義を主張しえるということ。

それは国家や生命についてもいえる。それは単なる1選択肢に過ぎない。

それは今正しいとされている思想だけではなく、正しくないとされているネオナチなどのレイシズムや新興宗教、過激なアナキズム等、全ゆる思想について、等しくその可能性は開かれていると思うべきである。

ただ旧い価値観を振りかざし、闘うことを拒否した過去の七光りを貴ぶ思想を除いては。

過去の歴史に学ぶことは必要だが、しかし、それは勝てなければ何の意味もないのだ。

勝てない過去の歴史は、一時の思いつきにももとる。

真実はあなたによって作られる。
2014-03-25 00:07:08

大阪市長選の白紙票はタイやウクライナと同じである!

Theme: 政治経済
大阪で野党が候補者を出さずに、橋下市長が再選されたことは、タイで野党側が勝ち目がないからと、大統領選挙のボイコットを訴えていることと同じである。

あるいは、ウクライナで反政府勢力が国民の選挙によらずに新政権を樹立したことと。

橋下市長というお笑い番組出身の弁護士が、問題を起こしているから、あれはお笑いで済んでいるわけで、真面目に考えれば議会制民主主義の根幹を犯す出来事である。

議会が白紙票を投じることで、選挙をボイコットすることを奨励するなら、選挙結果を超えた絶対的な大義を主張するなら、議会制民主主義の意味はなくなってしまう。

そもそも大義というものは、選挙で選ばれて始めて公に認められるものであり、論理的にいくら正しかろうと、選挙で信任されなくては無である。

それが議会制民主主義のルールであり、それを拒否することが、ファシズムは生まないかもしれないが、旧ソ連や中国やカンボジアで起きたようなコミュニズム型の大虐殺を生む。

殺される側にとっては、ファシズムだろうとコミュニズムだろうと同じである。

絶対的な正義の押しつけこそが虐殺と内戦を生む。

それが戦争反対やヒューマニズムでも同じである。

その名の下に幾多の虐殺が繰り返されてきたか。

いずれにせよ、今回の大阪市長選でパンドラの箱は開かれてしまった。

大義を唱えるために、選挙によって民意を問う必要がないということを、大阪市議会が証明してしまったわけだから、同じようなことが、各自治体の選挙や国政レベルでも起こってくるだろう。

例えば、原発が信任されても座り込みやデモのような実力行使によって阻止できれば、覆すことが可能であるというようなことが、選挙より主流になってくるということである。

あるいは1人1殺のテロによって。

そこに大義があれば、全ては許されるということ。そしてその大義は民意が決めるのではなく、自らの思い込みであっても、神が決めても、歴史が決めても、全然OKだということ。

そういった道筋を、大阪市長選挙は開いてしまったということ。

まあ元全共闘の老人は、青春が帰ってきたみたいで、喜んでるだろうけども。

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