電話予約(遠藤:17~19時、日曜休み)080-3865-3489

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  • 19 Feb
    • 夜泣き、泣き叫ぶこと。原因と対処法。

      昨晩息子ちゃんが夜ずーっと泣いておりました。いつも泣いてるとのことですが、僕は寝てしまっていて…すみませんって感じで。とにかく、昨晩は横について泣いてるのをみていました。泣き声、響き、体の状態、意識の状態…すると、どんどん整っていくのを感じました。声を出すことで、全身運動をすることでバランスの調整をするんだなって思いました。一つ、泣くことで不快感の訴えというのがあると思います。自分でどうにもできないことを誰かにしてもらう。それ以外に、もう起こってしまったこと(溜まったストレス)に対して、消化、発散としての泣きがある。親として、やるべきことやって(僕は妻任せですが…汗)あとはみとく。大切なことだと思います。音というのは、響きです。振動です。お母さんによっては、泣き声によってお腹が空いてるのか、眠いのか…わかるといいます。これは、泣き声が微妙に違うから。人の声には基音(ド)に対して倍音(ソなど)がくっついています。これらの大小、数により音色が変わります。人によって同じドの音でも違うのはここ。人の体は楽器と同じ、声はもちろんのことギターやバイオリンその音を体に共鳴させ音をその人の音、声としていきます。体の緊張する部位、形等によって共鳴の仕方が変わるということです。お腹がすいてる(胃)怪我している(皮膚)等緊張部位によって共鳴の仕方が変わる。つまり、泣き声が変わってくるということです。そして、泣き声は同時にその体のバランスの崩れを整えてる。心地よい音楽聴いてるとなんか落ち着きますよね。心地よいといったって、クラシックだけじゃないです。破滅的なロックだろうが、頭フリフリのパンクでもいい。自分の状態にあった音楽や音をきくと落ち着く、スッキリする。波長があうとは、ここからきてる。それを赤児は人に外に頼らず、自分で激しく泣き叫ぶことでしてる。夜泣きが続くときどうしたらいいか?特別することなければほっとけばいいということです。泣き叫んでストレス発散(ヘビメタ中)に、穏やかなクラシック聞かせて落ち着かせようとしたら、逆にストレスなって永遠に鳴き続けるかもしれません笑もっと深い理論的な話は、オニョロジーにて。

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  • 17 Feb
    • ALSで随意筋が働かなくなり呼吸が出来ないのは何故か?

      ALSという病気を患ってる方の求心力がすごい。アイスバケツチャレンジとか始めたくなる気持ちがわかる。何故かどうにかしたくなる。それはおいといて。呼吸の考察。ALSは随意筋が働かなくなる。そして、呼吸筋が弱り呼吸困難になる。え?ちょっとまって?ホント?僕の医学的な知識が足りないから理解不能。呼吸というのは、延髄の呼吸中枢が、基本的に制御を行っていると習った。随意的に動かすのは、息をしようと思ってする時だけだろう。それ以外は自動的に、それこそ自律的に動いてるはず。ALSは、自律神経は働くんじゃなかったか?随意筋が弱れば、寝てる状態になりそうだが…呼吸筋の支配は、全て随意的?そしたら、寝ると同時に呼吸とまって死んじゃう。呼吸中枢は、運動ニューロンにアクセスしてる?だれか助けて下さい。何が言いたいかというと、随意が強すぎて自律神経を抑えてしまっているのではないかということです。簡単に言うと、うんこ我慢してる状態。で、僕は経験が少ないからALSの方をあまり知らないけれど、見る限りではすごい精神力を感じる。とても魅力的。だからこそ冒頭の求心力があると表現しました。精神力の弱い僕は、すぐうんこしにいっちゃうけど、ALSの方は強い。周りを考えて自分を抑えてるのではないかと。だから、助けたくなる。でも、抑え付けすぎて動かなくなってる。それは、見た目は筋力低下なのだけど…というところです。治療方法がない。と言いますが、僕からしたらやること多過ぎて追いつかないのです。

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  • 13 Feb
    • コリとは何か

      肩凝った〜のコリ。コリコリするコリ。このコリについて書いてみます。僕はコリが何かハッキリ知っているわけではありません。少し知りたいなと思ったので指を走らせます。まず、思いつくのは、モミモミの経験上、コリというのは硬い。(笑笑硬いにもレベルがあって、骨のようにかたくなってるのもある。米粒のもうな感じをうけることもある。なんとなく、動きの支点になっている気がする。本来人の体は動いてなんぼ。それが、支点になることで固定される。動くべきものを固定するのだから、意識の集中が必要だしエネルギーもいる。一点集中。コリ。体の動きの支点は、本来であれば関節であろう。体全体で動けばそのようになるはず。しかし、頭中心。つまり、ルールや社会、法律、道徳等、そういったものを基準に動くと本来の体の動きが制御される。そのため、必要以上のところに支点を作り動かさねばならなくなる。うんこがしたい!!!!!すればいいものを、今はお客さんと会ってるから、トイレがない!!仕事がキリ悪いからもう少し後で…等々、がまんする。したいと思った時にスカーーっとすれば気持ち良いものを頭でとめる、縛る。そういうことによって、体に力みが入る。体の都合の動きではないから、新たな支点を作る。コリのもととなる。だから、コリって何かって考えたとき、何か一つの観念に凝り固まっているとき、その反映として現れるものなんだろな。というところで、おしまい。不思議と言葉にするとスルスルと出てきて答えがなんとなく現れる。でも、これは体動かして、情報集めしてるからだろうな。情報って、グーグルなどで調べた知識ではない。外からの情報ではなく、外の情報に対しての自分が感じたもののこと。人がAIを使うか、使われるか、ここだとおもう。

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  • 12 Feb
    • als、高齢者、半身麻痺等、筋力低下について

      僕は研究者でないし、患者さんを多くみたわけでないという前置きをして。何かあれば、教えて頂けたら幸いです。Alsの方だけでなく、高齢者、脳梗塞後遺症、等…筋力が弱っていると言われている方をモミモミ、グーっと圧してみて感じること。低下は低下なのだけれど、原因は弱くなったというより使い過ぎて使えなくなった。という印象が強いです。使って休ませていない。もしくは、使い続けている。というのが正確かもしれません。心臓は動き続けます。しかし、筋肉の動きをみると、収縮と弛緩の連続。運動と休憩の連続。しかも、休憩時間の方が長い。しかしながら所謂随意筋、表面の筋肉は、体の指示より頭の指示の方が強いから使い続ける。しなきゃ、やらなきゃ、ねばならない、ネバネバねばネバーギブアップ!ということです。(どういうことだ笑笑)ルールはルールであって、一旦縛られるのは大事だけれどその先を。動かさないと動かなくなる。たしかに。でも、新幹線乗ったらいいと言って反対向き乗ったら目的地にはつけません。手を使ってはいけない。からこそ、どう楽しむか。がサッカーの楽しみではないか。ルールはルールであります。話がそれてきました。とにかく、頭で体を縛って動かなくなってきている。使い過ぎて動かないというのは、手をグーの状態にして、グーに出来ますか?というところ。頑張って動かす前に、パーにした方がいい。緩めた方がいい。で、alsの方。ツボ(神経の出口あたり)をあん圧すると、腕、手の方にヒビキが。そして、「力が抜けます」という表現をされます。力がはいってないのに抜けるって不思議ですよね。でも、入り過ぎて動けなくなってると考えたら自然なこと。力が入ってるから抜ける。で、とにかく、筋力が落ちるから!と運動するまえに、緩ますというのを大切に。グーにするには、パーが大切です。

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    • ふと、本屋に寄ったら惹きつけられるように買ってしまいました。#体幹リセットダイエット ...

      ふと、本屋に寄ったら惹きつけられるように買ってしまいました。 #体幹リセットダイエット #体幹リセット ダイエットの話はあまり興味なかったけれど、これはすごい!! #ダイエット してきれいになりましたってだけの話じゃない!すごい! すっきり纏まりすぎて、すごさがわからないかもしれない。体に関わる仕事してきて、この本でまた一段階あがった。 #佐久間健一 さんやり手やな。ありがとうございます! 多少のコツは必要だろうけれど、オススメです。 ま、僕がオススメするまでもなくめちゃ売れてるみたいですが… #体幹トレーニング Hiromasa Endoさん(@hrmse)がシェアした投稿 - Feb 11, 2018 at 1:52pm PST

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  • 10 Feb
    • alsの呼吸確保

      ALS 筋萎縮側索硬化症。肉体面について。全身の筋力が落ち、手足が動かなり、呼吸不全になると言われている病気。進行が早いと聞いてましたがなかなかホントに早い。胃瘻必要ですか?という頃に胃瘻造設されましたが、残念ながら、、たしかに…という進行の早さ。そして、呼吸が難しくなると、気管切開を行うようです。そうすると、呼吸は確保されますので、生存は可能。あからさまに、苦しそう。呼吸器をつけるもなかなか…声が出にくくなって言葉が聞き取りにくい…バカがつくほど楽天的な僕はどうにかなるだろうと信じている。しかし、そんな僕でも、胃瘻はなんとかなっても、気管切開を行うと回復は難しいのではないかという直感。で、呼吸の方。えいやーと、患者さん同意のもと喉、首まわりの施術。こんなのは、やり方どうこうではない。ただただ、どこをどれだけおしてもらいたいかを観察しておすのみ。超緊張しました。したら、ケロッと言葉が聞き取りやすくなりました。呼吸も楽になったとのこと。一回また聞き取りにくいこともありましたが、また、施術により回復。まだまだ、経験がないし、なんとも言えないけれど、呼吸はマッサージで確保出来るのではないかと実感しています。本人さんもそうではないかと。現代医療では、治療法がないと言われていますが(難病とはそういう意味)僕からしたら、やることが多すぎて間に合わない。今の医療は、頭や理論で走りすぎてるとこはないか。手で触れて身体動かしてたら、必ず答えはみえてくると信じて、これからもモミモミしていきます。問題の後ろに答えはあるから。その答えはあるのだけど、見えてないだけ。みるためには、考えてるだけではダメ。身体動かして、体感して、お百姓さんのように畑を耕すこと。というわけでモミモミモミモミ。

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  • 08 Feb
    • 口から入れて、お尻から出すまでが大事です。

      頭ではわかってる。そらそうだ、頭はわかる場所だから。分かる場所だから。わけちゃう場所なんです。自分と他人を空と山を昼と夜を男と女をでも、本当はわけるところなんてなくて、なんとなく夜になり、なんとなく昼になる。女性らしい男性も、男性らしい女性も。自分の家の土地はここまでです。勝手に都合で決めてわけちゃって。人工的なものが、体にとって良くないとされますが、マヨネーズは、人工的ですか?自然ですか?明らかに人が作らないとできないもの。梅干しも、パンも。それは人工的ですか?僕は、人工か自然かの判断は、繋がってるかわかれてるかという基準を持っています。デジタル処理というのは、ゼロイチ。オンかオフか。つまり人工的。空と山の境はあるようだけど、実ははっきりした境界線なんてない。自然がいいけど、人工もいいよ。わかりやすいから。でも、それでは苦しくなってくる。何故なら、自然の中で、僕らは生きてる。つまり繋がってるってこと。それが分断された気になるとつらくなる。本当は切れるわけないんだけど。あたまが、理解して、わけちゃってる。そういう世界だと思い込んでる。わかった後は、その先、自分の栄養にする。食べ物で言えば、食べた後、消化、吸収と続くわけです。そして、自分の必要なものを取り込んで、あとはお尻からプッと最後にだします。僕は体の仕事をしてるので、体に置き換えるとわかりやすい。美味しいご飯を食べて、バラバラに分解して、ドロドロにして、水分吸い取って、最後プッとお尻の穴から出す。そこまでの一連の流れが大切です。わかっただけではだめ便秘になっちゃう。わかったら自分のものになるよう、試行錯誤を繰り返す。それでこそ、自分の血となり肉となる。最後プッとだしたとき、、初めて「あ!なる!」という体験が出来るわけです。(長くなりましたが、、これが言いたかっただけです)以上!今日も一日頑張りましょう!

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  • 06 Feb
    • 淡々と

      淡々と…今年のテーマであります。今年というか、僕の人生のテーマかもしれません。そう思えるほど、僕にとっては避けて生きてきました。たんたんと、目の前のことをこなす。これが、最速で、最短である。そう気づきました。最短でと考えながら、最短ではしたくなかったのでしょう。めんどくさいから。これ以外に道があると思い込んでましたが、この度ないと気づきました。ググッと伸びる植物も、淡々とです。急激に生長するのだってたんたんと。目の前のことをこなすことでしか生まれない。このクソめんどくさいことをしていくしかない。このコリをいかに簡単にとるかって考えてましたけど、これからは真剣勝負、真っ向勝負。その先に何がある気がしてます。晴天です。

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  • 05 Feb
    • 怒りを感じた時に進む二つの方向

      さて。イラっときたとき。イライラーときたとき。もう、このクソーと感じたとき。人はどうするか、一つ目。その相手、自分、環境その他諸々、何かを責める。二つ目。あー腹立つ。クソーとそのままにする。あ、書いてて気づきました。二つの方向ではないですね。苛立ちで終わる人。そこに、何かしらの考え、言い訳、意見、等々つける人。この二つにわけよう。とにかく、起きた出来事に感情が動きます。それに伴って、、体が反応します。そこまでにしておくといいかと思います。そこに、どうのこうの、あーだこーだ。いろいろつけるとわけわからなくなる。子どものように、わーーと泣いて、怒って終われたらケロッとなるはずが、大人は考えてしまう。それだけ、観念、考えに縛られてる。怒るべきでないとか、正しかっただの悪かっただの。考えちゃう自分。そんな時は、それを眺める。明らかに眺める。あきらめる。こういう自分だってあきらめる。そうすると、闇に光をともすように消えてゆく。何が消えるか?自分やら人を責めてしまう謎の観念が。誰かから教わった観念が。いろんな人がいていい。いないとおかしい。いつも怒鳴りちらす患者さんがいます。それでも生きてる。生かされてる。助けられてる。人に優しくしなさい。って教わった。そうでなくてもいい。出来る人はしたらいい。出来ない人はそれでいい。なんでもいい。大事なことは今生きてるってこと。人と関わってるってこと。愛の反対は無関心だって?!ならば、愛は関心ってこと。心が関わるということ。怒りだって、憎しみだって、関わってる。もしかしたら、それは愛の一つなのかもしれない。

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  • 03 Feb
    • 意識の使い方の違い

      車を運転しているといろいろ考えます。ゆっくり走っていると目標に向かって進んでいる感じ。加速するとブーンと景色が動いてる感じ。この意識の持ち方の違いとても大事と思った。周り中心にあわせて、自分が動くか自分中心に周りが動くかこれは、沢山のことに言えること。どちらが心地よいか。人それぞれ。仕事終わりに、夜の高速を走りたくなるのはきっと周りに合わせて動いてるひとなんだろうなと。この二つの意識両方持って生きられたらバランスいいなと。周りに影響されながら、自分中心で生きていく。周りあっての自分だから、無茶はしないはず。バランスよく生きるっていうのは、真ん中を歩くということでなくて、今自分はどの位置にいるか把握しながら生きるってことなんだと思う。右に行ったっていい。左に行ったっていい。周りからみたら偏ってるけど、自分はいつだって真ん中。でも、周りあっての自分だから。そうやって修正しながら、持ちつ持たれつ。ね。

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    • 言葉より大切なもの

      車を運転しながら、言葉より大切なものを、歌っておりました。嵐の人たちってすごいなぁと思いながら…それはそうと「言葉より大切なもの」ですよ。それは、やっぱり存在ですかね。あるってこと。いるってこと。これは大切です。言葉もそのあるもの、いるものの表現ですからね。行間をよめなんて聞いたことあるけれど、そういうこと。人の言葉の表面にとらわれないように。その言葉の奥はなんだ?憎しみか、好意か、怒りか、喜びか、いろいろあるでしょう。その奥はなんだ?その奥は?最後に行きつくのは、自分と他人は一緒っていう「愛」なんだと僕は信じてます。

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  • 02 Feb
    • 居酒屋のおしぼりで顔を拭いちゃう理由

      今日気づきました。題名のこと。遡ること数日前、妻の施術をしておりまして顔面の筋肉、表情筋が凝ってるってことに気づきました。顔には、うすーい筋肉があって表情を作っています。それがコル。同じ顔で仕事してるからですね。爆笑はなかなかしない。クスッと笑ったり、まじめジメジメ仕事していると表情を変えたりしない。だからコル。ふと、今日そんなこと考えながら顔を手で拭ってみた。気持ちよかった。あー動いてる。顔。動きが止まった時、コルわけです。凝り性というのは、同じことに集中するからコルんです。で、タイトルの件。そら、気持ちいいっすよ。仕事が終わり。フーッと気持ちが緩んでるとこにあの温かいおしぼり。マッサージ効果。さらに、あの温かさ。気持ちよいに決まってます。というところで、女性はメイクやら体裁の関係やらで難しいかもしれませんので、おウチで是非。おしぼりは難しくても手でぐーっとおさえつけるように顔のマッサージを是非。泡洗顔で優しくもいいですが、がっつり筋肉ほぐして、血行促進も悪くないと思います。現に妻は次の日肌の調子がよいと言ってました。

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  • 16 Jan
    • 自然体で生きるってどういうことだろうか

      思うがままに指を走らせてみよう。どんな言葉が出てくるか。自然体で生きる。自然の体で生きる。自然に生きる。自然。自ら然り。自らそのまま…つまり、自分の思いで、湧き上がる感情、思いそのまま動くことではなかろうか。自然食なんていうと、体に優しいイメージがある。自然体でいいよね。なんてのもそう。でも、、これって勝手なイメージじゃないか。自然ってのは厳しく、冷たく、、過酷なところでもある。つまり、これが、自然ということでなくてあらゆる事が、そのままに、現れている状態じゃないか。腹が減ったら飯を食い、眠くなったら寝る。腹が立ったら怒り、悲しいときは泣き叫ぶ。人間だけ、そのままでなくても良いように生きられる。つまり、無理が出来る。この権限はすごい。と反対に使い方を間違うと苦しい。落ちるはずのものを止めることができるから。自然の法則に逆らうことが出来る。出来るけど、自然の法則は絶対的にある。その法則に逆らわず、その法則に則っていきることが自然体で生きること。その法則ってのがいろいろあるようで、ないようで、掴み所がない。空気のよう。水のよう。あるんだかないんだか、ハッキリしてるのかきてないのか。そんな風に生きられるのを自然体で生きるっていうのかな。

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    • 自分探しの旅って…

      自分を探しにどこかへ行く。僕はかつてそんなことを思った気がする。そして、どこかへ行っていたような気がする。今振り返ると、それはただの現実逃避だったのではないかと思う。自分探しって…探してるの誰だよ。自分と向き合うって…向き合ってるの誰だよ。おかしな話です。自分なんて探さななくったってここにいる。今ここいる。僕が自分。ただ、その見方、知り方を知らないだけで。そして、見るのが知るのが怖いだけ。見てしまえば、知ってしまえば大したことはない。だって自分だから。今ここでないとこへ、自分を探しに行こうとしたって、それは無理な話。今僕は京都にいる。このまま北海道へ行ったところで、北海道が今ここになるだけで、どう頑張っても僕は、ここではないどこかへは行けない。自分探しの旅に出る。きっと、生まれた時から始まっていて生きている人生そのものが自分探しの旅なんだろうなと思う。どこだどこだと探し続けて、ふと気づく。ここだ。って。目や耳など、五官は外のものを判断するためにある。だから、その性質として外へ意識が向くので、これらを使ってもここではないどこかしか観ることが出来ない。ならば、自分を観るのはどうするか。どうしましょ。五官を通して、感情とともに五感にかえて、じーーっと観じるんですかね。何かを見た時に感じたことが自分?こんな時、こんなこと思うんだって。それを観じてると実は消えちゃって…それは本当の自分ではないって気づく…本当の自分ってある意味無いんじゃないかとも。この先は…今はやめときます。

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  • 25 Dec
    • 肩を〇〇でほぐしてみました。

      積み木ほぐし。うちのかみさん。ゴリゴリに背中から肩が凝ってまして。彼女の提案により、一昨日、昨日と積み木でほぐしておりました。というわけで、ゴリゴリゴリゴリ…大丈夫かいなと思いながらゴリゴリゴリゴリ…少ししていると、僕もプロ。使い方がわかってきます。積み木が僕の一部として使えるようになり、感覚がつながってきます。ゴリゴリゴリゴリ…木彫りだなこりゃ。と笑いながらゴリゴリゴリゴリ…とやっておりました。そしたら、新しい自分を知れたと彼女。こんなに自分の体はかたかったのかと。頭で知るのと体の情報そのままを感じることの違いですね。今の世の中、簡単になんでも調べられます。というより、自分の考え通りのものを見つけられます。それで、あってるって思い込みやすい。体情報といいますか、体感していないことが自分の頭の中の事実としてありすぎる。いいこともあるけれど、わかったつもりになりやすい。それはもったいない。料理番組みて、それは美味しい!って思ってるのに近い。食べてみて、はじめてわかることがあります。僕が大事にしたいのは体感。積み木でほぐす。そういうものでほぐすと揉み返しがきます。そうだと僕は思ってました。でも、これは必要な時があるし、使い方によってはかなり効果的に使える。という気づきがありました。今回、僕は非常に楽に、しかも僕の体も緩むということがおきました。硬い体に触れると自然とその緊張はこちらに伝わります。結果、僕が緊張してしまうこともある。それが積み木を挟むことで、緊張がブロックされ、ただ僕の意識を伝えることが出来ました。大丈夫かなぁと思っても、やってみるって大事だと思いました。

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  • 16 Dec
    • 腰の痛みの原因は?

      今朝のブログでは、高校の腰痛が出てきたかなぁと書きましたが、仕事をしているとどうもそれだけではない。あ、運転だなぁと。左脚はわりと動かしますがどうしたも右脚は固定しがち。そんなところから腰の重みにもなってるなと。僕は仕事柄か、人の体を自分の体に重ね合わせ感じるようにしています。つまり、人の施術をしながら自分の体も内観してるわけです。そういうクセがついてくると、自ずと痛みの原因は見えてきます。本当は誰しも痛みの原因は知ってるはずなんです。ただ、盲点になってしまっていてみえない。もしくは、みたくない。痛みが消えたらいいといいますが、痛みがあると人に優しくされたり、労ってもらったり、仕事休めたり、行きたくないとこ行かなかったり出来るんです。そういう面もとても大事です。ある面では、病気は自分で作ってるとこあります。だから、そうであればある程度は自分で解決出来るはず。そんなことを思ったのでありました。

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    • 朝起きると腰痛が…

      最近朝目覚めますと腰に違和感があります。その変化を日々観察してるわけですが、どうもこの腰の違和感かなり深いところから上がってきている感じがありまして。なかなかいいところが緩み始めてる気がしています。高校の時の腰痛が出てきたかな?(バレー部当時、めちゃ飛んですごいスパイク打ってた人はみんなコルセット巻いてたの憧れてた記憶が…ただのバカですね笑)とにかく、僕はこの痛みを喜んでるわけです。人は誰しも痛みや傷を抱えて生きてるなんて言いますけど、それは処理の仕方を知らなかったからで…大人になって学んで、あの時、こうだったもんな、あんな考えだったら苦しいわ…そうやって思えるようになってきたら、痛みが再び出てきて消えていくように思います。それをせずに、生きていくということは、それは文字通り痛みを抱えて生きることに繋がります。それを美学というのかもしれませんが、痛いのいや、辛いのいや、出来る限り楽をしたい僕は、出てきたら出来る限りその時に処理しておこうと考えてます。痛みを抑えたりするのも時には結構。それはとても大事なこと。と同時に、痛みを受け取ることも大事。その時々で適切な処理を。

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  • 11 Dec
    • 二日酔いの後に

      土曜日は、、忘年会。それはそれは飲み過ぎまして…記憶飛ばして、何故か気づいたら家の風呂で奥様に起こされるという不思議。気持ち悪くって次の日も一日中動けず、娘にも心配され、ただ唸っていました。これは、風邪なのではないか。頭痛くて、胸のムカつき。一年のデトックス。そう信じて、夜になり食欲が出てきたのでタマゴ粥。体に染み渡りました。僕は病人ではないかと思うほど。これは、明らかに、僕の責任なわけです。しかし、自分に起こったことは全て自分の責任だと思うんです。そう思えると、ただ反省の時間、そしてそれは感謝の時間に変わります。あれだけ飲めたのは仲間がいたから、家まで送ってくれたから、奥さんが起こしてくれて、娘が心配してくれてただただ、僕1人のバカな行為を許してくれて支えてくれる人達がいる。とにかく、僕は幸せです。時々僕はいろんな体の不調が現れます。そして、同時に患者さんの顔が浮かびます。あ、こんな感じなのかなと。人のことはわからない。でも、もしかしたらこういう感じかもしれない。この二日酔い。沢山の学びがありました。そして、何よりここ最近気になっていた胸のムカつきが痛みに変わり消えていく実感があります。お気楽と言われればそれまででですが、僕はこの世は悪いようにみえても良くなってるんだろうなって思ってます。というところで。

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  • 02 Dec
    • けん玉と一杯

      けん玉と一杯!いかんせん奥様の肩はマジで強敵でして。汝の敵を愛せよ。と言われたところで、愛せるわけないんですよ。こんなガチガチな肩。情けない話ですが、未だに彼女の肩コリは解消せず。この6年間、本当にこの肩のおかげで技術進歩がありました。そして、この度。大躍進?!僕が寝てる時、積み木でゴリゴリほぐしてるそうな。で、積み木でやったろうかと思ったら積み木は二階。ならばと、目の前にあったけん玉で。そしたら、これがよくて。剣先はもちろん、玉、大皿、中皿等々やばいぐらい使い勝手がよくて、効果も高い。以前やった時は、僕の技術不足で扱えませんでした。が、この度けん玉に僕の意識が通り、自分の手先のように使えまして。それはそれは集中力は入りましたが。で、奥様曰くこの数ヶ月で一番よかったと!(日々進化してますし、その前は比較にならんぐらいあかんということかと)剣先は、ハリに近いと。これはいいんちゃう?違法じゃないですよね?最後の調整。背中は、バキバキバキバキ〜と。「悟りは常に脚下にあり」必要なもの、大事なものは、近くにあるんだと思います。といあわけでけん玉と一杯。ちなみに、けん玉や積み木、物を使うのは本当に危険です。その時気持ち良くても、感覚がなければ揉み返し、悪化となります。もし、利用されるなら自己責任で。

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  • 28 Oct
    • 何もしない大切さ

      なにもしない大切さ。何もしないことで知ることのできる存在価値。この世は行動しないと始まらない。確かにそう。何か思うだけでは何も始まらない。そして、行動してこそ何か生まれ正しいのか間違っているのか理にかなっているのか、無理なのかそういうことがわかってくる。それを知る星。しかし、その大前提として自分の存在の価値を自覚していないと大変なことになる。それは、自分の欠けてる部分を埋めようとして頑張るという方向に向いてしまう。本当はあるのに、ただ出来ていない。つまり、出て来ていないだけなのに。ないと思ってしまう。欠乏感から生まれた行動は、欠乏感しか産まない。それは当たり前の話で、ひまわり植えればひまわりがトマトを植えればトマトがなるという話と同じ。行動の原因が欠乏感ならば、出てくるものは欠乏感。だから、出て来ていないだけ。あるのだけど、まだ目に見えていない。現実としてないだけ。という自覚。そのために、何もしない大切さ。何もしないで生きられている不思議何もしないで生きられているありがたさ何もしないで生きられているなんだろう。とにかく、自分が生きているようで実は大きな大きなとてつもない力で生きています。それは、人体には60兆個の細胞があるということだけでも十分な証拠になるでしょう。とにかく、何もしない大切さ。何かしないといけない現代に大切なことだと思います。

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プロフィール

京都の訪問マッサージ師:えんどう

性別:
男性
お住まいの地域:
京都府
自己紹介:
京都で訪問マッサージ、リハビリをしています。遠藤弘昌です。 僕がこの道に入ったきっかけは、親戚...

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