2005年06月19日

平和はあまりにも尊い

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toulslane


ポル・ポトの大虐殺の舞台となった、ツール・スレン刑務所とキリング・フィールドを見てきました。
アウシュビッツ、ルワンダ虐殺記念館、そしてここで、世界三大残虐スポットは制・・・って、何の自慢にもなりません。


本当は、今回はもっとノー天気な内容のつもりだったんですが、ここを見た直後に、そんなものをアップするのも気が引けたので、詳しいレポート&感想はHPの方で書くとして(いつアップするんだ?という声もありましょうが・・・まあ待ってて下さいな)、思ったことを少し書きます。


このような場所を見るたびに、人間の闇、残虐性の底知れなさを思います。
そしてそれは、自分の中にも間違いなく存在しているものであると(こんな場所にのこのこ来ているのが何よりの証拠)。
普段は、心の奥の奥の、またその奥の方に潜んでいるものですが、何かのきっかけで、それが表面に出てこないとも限りません。


もしわたしが、ナチスやクメール・ルージュの政権下にいて、権力側の人間だったら?
逆らえば自分の命が危ないとしたら?
残酷な行為が当たり前の日常と化している状況だったら?


わたしは、ヒットラーやポル・ポトにはならなくとも、その下で残虐行為を行っていた無名の一般人にはなりえたかも知れません。
最初はとても恐ろしい思いをするでしょうし、自分を苛みもするでしょう。
でも、ある時点を境に、”パンドラの箱”が空いてしまうかも知れない。人を痛めつけることを、何とも思わなくなってしまうかも知れない・・・。


ラブ&ピース、平和が一番、こんなことは二度と繰り返してはいけない・・・と云うことは誰にでもできるでしょう。
しかし、今だに世界のどこかで殺し合いが行われている、それも、正義という名のもとに平然と行われている事実を、いったいどう受け止めればいいのでしょうか?
自分の利益や保身、あるいはただの快楽のために、平気で他人を傷つけ、殺すことさえできる人間が、過去にも現在にも実際にいるのです。

それを「信じられない」「自分とは違う」「人間じゃない、モンスターだ」として片付けてしまうことは簡単ですが・・・少なくともわたしは、自分の中にも”モンスター”はいるような気がしています。


だからこそわたしは、平和がいかに尊いものかを、痛感せずにはおれません。
”平和は、当たり前のものではなく、人類が努力して守り続けていかなければならない、もっとも大切な宝物である。”
キリング・フィールドからの帰り道、何ということのない日常の営みの風景を見ながら、そんなことを思いました。

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2005年06月11日

こわれかけのVAIO

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うちのVAIO、たびのあいぼうであるパソコンが、しにかけています。


おかげでいま、ひらがなとカタカナとアルファベットしかうてないの。これほんと。
ハードディスクをくいすぎて、かんじのへんかんすらままならないの。
Cが10MB、Dにいたっては5MBしかのこってないのです。これでも、いつもよりはおおいくらいよ(わらい)。
いつもは、Cは0~2MBなの。
しゃしんさくじょすればいいんですけど、げんこうたまってるのとおなじく、しゃしんのせいりができてなくて、オチオチさくじょもできないんですよ(とかいうまえに、ほんとにやらないと。。。それさえやれば、たぶん、まともにうごくはず。。。)


おもえば、バイオは、かなりまえからしにかけていました。
まず、バッテリーは、かって1ねんごにしにました。いらい、でんげんひっこぬいたら、そく、しゅうりょうになってしまい、ていでんのおおいくになどでは、たいへんでした。いちど、CDをやいているとちゅうにていでんがあって、そのときはほんと、はぎしりしました・・・いま、「・・・」をうとうとして、なぜか「ほんと」が4かいでてきた。キーこわれてるのか?やばいなほんと。ときどき、アリがキーボードのうえをあるいたりしてるからなあ(やすやどにしかとまらないのでね、アリだのなんだのが、あそびにくるわけですよ)。


この1ねんは、いつこわれてもおかしくないじょうたいでした。
フリーズはしょっちゅうあるし、しかたないので、きょうせいしゅうりょうもしまくりました。
でんげんいれて、たちあがらなかったことも、なんどもありました。それでまた、でんげんをきょうせいてきにきって、たちあげて、いのるようなきもちでふっかつするのをまって。ふあんのあまり、かおからあぶらあせがふきだしてきますよ。「もう、こんどこそ、おわりなんじゃないか」って。


ふだんでも、たちあがるのには、5ふんくらいかかります。
ふつうじゃないですよね。
あと、わたしは、ネットカフェでじぶんのよみたいげんこうをみつけると、それをフロッピーディスクにおとして、じぶんのパソコンでよむようにしているのですが、さいきん、フロッピーからファイルをよみこもうとすると、パソコンがフリーズすることが、よくあります。
ウイルスかともおもったのですが、たぶん、フロッピーディスクじたいが、いかれているんだとおもう。ディスクそのものか、ディスクのきかいなのかはわかりません(ディスクはしんぴんだしなあ)。


SONYせいひんは、SONYたいむとかいう、じげんばくだんのようなそうちがあるって、よくききます。
つまり、あるいっていのきかんがすぎたら、こわれるようにできているのだそうです。まあ、どこのせいひんもそうらしいけど、SONYはとくに、そのきかんがはやいんだって。
このVAIOかったあとに、そのはなしきいて、「くそっ、なんでSONYのをかっちまったんだ!パナソニックにすればよかった!」とこうかいしたけど、もうおそい。


そんなわけで、まいかい、ひやひやしながら、パソコンをたちあげているのです。
だから、HPのこうしんもおそいんです(うそです、すみません)。

まあねえ。
ここまで、かなりこくししてきましたからねえ。
なんどもなんどもあくろにゆられて、せかいかっこくのふあんていなでんあつにもたえて、そりゃあひどいあつかいをうけてきたVAIOですから。わたしなんかにかわれて、かわいそうなVAIOくん。にほんの、かいてきなオフィスとかではたらきたかったよね、きっと。


ま、こっちゃ、たかいかねはらってるんで、もんくはいわせねーけどな(わらい)。
それが、3ねんはんも、なんとかうごきつづけているのだから、とてもがんばっているとはおもいます。


さて、あと2かげつじゃく?VAIOくんは、ぶじに、にほんにかえることができるのでしょうか。こうごきたい(ていうか、かえってくれないと、マジこまる)。

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2005年06月09日

旅人の時間割

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というものを考えてみました。


旅人は日々、何をやっているのか。
そりゃ「旅している」に決まってるんですが、旅しているとは、具体的に何をしていることなのか。


例えば今日。わたしの行動はこんな感じでした。


10:00 起床(遅っ!でも、いつもは8時~9時に起きてます)


10:30 宿を出て、朝食のパンをかぶりながら、バスターミナルに向かう


11:00 バス出発


12:00 ブッダ・パーク到着。
    
ブッダ・パークというのは、ビエンチャン郊外にある、とある新興宗教の寺です。
ヒンズー教と仏教を融合した宗教だそうですが、とりあえず云えるのは、「教祖、すごいセンスだね...」ってことかな。そう広くもない敷地内に、奇っ怪なセメントの神仏像がにょきにょき生えています。詳しい話はいずれ、本編(HP)で。


像ごとにいちいちツッコミ入れつつ、写真を撮り歩くこと1時間。


何故かここに、夏休みの宿題をしに来ていたラオスの女子高生たちに話しかけられ、そのまま2時間近く話す。


15:00 昼食 カオ.ピャック・セン(ラオスのうどんみたいなもん)とミリンダオレンジ


その後また写真を撮り歩く。


16:00 バス出発


17:00 ビエンチャン到着


宿の近くのシェイク屋で、シェイク飲みながら手紙書く。


散歩する。


19:00 夕食 ラープ(ミートサラダ)とカオニャオ(もち米)とフルーツシェイク(また飲むんかい)


...夕食後、下痢に襲われて急遽帰宿。しばし休む。


20:45 ネット屋に来る





......で、今にいたります。
この後は、帰ってシャワー浴びて、寝るだけです。今の宿、狭いドミトリーだから、パソコン出すのも気遣うし。HPもいいかげん、更新しないといかんのですが...。


ていうか、どうですか、この1日。
働いている人からしたら、どんだけゆるいねん!としばかれそうなスケジュールですね...。
一応、「1日、1仕事を心がけて旅しているわたくしなのですが(今日だったら、ブッダ・パークの観光ね)、改めて書いてみると、いやー...毎日が日曜日だね、旅人って(苦笑)。


こんな毎日を3年以上送ってきて、日本の社会に復帰できるんだろうか。。。

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2005年06月06日

「ラストサムライ」

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何故か、ラオスで「ラストサムライ」を観ることになりました。


ここバンビエンは、特になにもない、ほんの小さな村にすぎないのですが、ガンジャ目当てに来る外人ツーリストが多いため、レストランやゲストハウスがひしめき合っています。
レストランは、ほとんどがDVD完備。靴を脱いで上がれるお座敷様式になっているため、昼間っから、いや朝っぱらから、欧米人ツーリストたちがテレビの前に陣取り、寝転がって「フレンズ」なんか見ています。”ラオスまで来て何やってんだお前ら”状態。まったく、どうしようもありません(笑)。


わたしが「ラストサムライ」を観たのは、そういう背景があってのことなのです。え?同じ穴のムジナだって?ごもっとも。


いやいや、面白かった。英語放送&英語字幕だったので、半分くらいしか理解できていませんが、そもそものストーリー構造が分かりやすかったので、ちゃんと楽しめました(字幕追うのに必死だったけど・・・)。
幕末&開国前夜の日本で、消えゆく武士道に殉じる男たちの物語ですか。
アメリカ製作映画ながら、男の友情、滅びの美、美学に殉じるストイックさ、気合の入ったチャンバラ・・・などなど、日本人の心を掴む要素がちりばめられていて、こりゃ日本でヒットしたのも分かるなーと思いました。渡辺謙もトム・クルーズもかっこよかったし。小雪さんも美しいし(セリフ廻しは??だったけど、表情がいいよね)。


アメリカ人のトム・クルーズが、不本意ながら渡辺謙の統治する村に引き取られ、最初は”ヘンな外人”として奇異な目で見られつつも、少しずつ馴染んでいく。そのさまが、異国を旅しているやはり”ヘンな外人”の自分と重なって、なかなか興味深いものがありました(ま、わたしはあんまり馴染んでいませんけども)。

すげー微妙な発音で「ハイ」「イキマス」とか云ったり、着物や鎧かぶとを着ているトムが、とても微笑ましかったです(笑)。


そういえば、この映画って、日本ではなくてニュージーランドで撮影されたらしいですね。
でも、ニュージーランドよりも、ここラオスの方が舞台としてはしっくりきそうな気がします。
山がちで緑の多い地形だし、わらぶきの家やら田んぼやらは、わざわざ用意しなくても、いくらでもあるんですもの(笑)。


そんな映画を見ながら、ふと横を見ると、ハッピーピザ(※ガンジャ入りピザ)を食って、休みの日のオッサンのように寝転がって、やはり映画に見入っている日本人男子が2名。一緒にご飯を食べにきた人たちです。
血みどろの戦闘シーンを見ながら、「いやー、こんな時代に生まれなくてよかったよ」とか云っているのを聞いて、これがサムライの国の男子かよ!と苦笑しつつも、そのノー天気な平和さに、何だかホッとするのでした。


戦う男たちの物語はとても美しいけれども、少々軟弱でも、ヘタレでも、平和な方がいいよね。多分。

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2005年05月31日

結婚式雑感

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先日、ここラオスで結婚式に行ってきました。まあ、8割がた観光なんですけども。


田舎の村の結婚式というのは多分、地元の一大イベント的な感じなんでしょうか。結婚式というより、村祭りのようでした。
「ラオラオ」という地酒をつくっている村のためか、ありとあらゆる酒が、がんがんにふるまわれました(笑)。
会場には200人以上集まっていて、誰が誰なのか、ぜんぜん分かりません。ガキはその辺で勝手に遊びまわってるし、犬も猫も鶏も走りまわってるし、おっさんどもは大半が酔っ払ってるし・・・。


この日の花婿は25歳、花嫁は20歳。花婿、かなりハンサム。花嫁、化粧濃すぎ。
二人ともラメラメの服でご登場です。
実家?の一室(というか一室しかない)にて、親戚一同の見守る中、花飾りの前で誓いの儀式がおごそかに行われます。
牧師のような人が、むにゃむにゃとお経を上げて、手を合わせたり何やかんやしていました。
家の中なので、これらの儀式は、全員床に座って行われるのが、何だか田舎らしくて微笑ましい。
誓いのキスの代わりに、二人でご飯とお酒を食べさせあいっこするのも微笑ましい。
ついでに、ご祝儀袋BOXが、マイホームのかたちをしているのも微笑ましい。
儀式のあと、周りの人たちが代わる代わる、白い紐を二人の手首にぐるぐると結びつけるという不思議な風習も見られました。


marriage


結婚式には、しあわせのにおいがします(結婚には、あまりしない)。
結婚式に集まる人で、死人のように腐った顔をしている人は、多分いません。
花嫁花婿とその身内だけでなく、そこに呼ばれた、少々縁遠い他人たちもまた、なかなかしあわせそうな顔をしているのです。
「せっかくの休みの日にだりーよ」とか「祝儀払いたくねーなー」とは思うものの(激しく思うものの)、結婚式に呼ばれるのは、そんなにイヤだったり、悪いことではない。
他人を祝福することで、自分も何となく、そのしあわせをおすそわけしてもらえるような気がする。それが結婚式のいいところではないでしょうか?


わたしもまた、他人の結婚式を見るたびに、単純に「いいなあ」と思い、「あれがもし”あの人と自分”だったら」・・・などと想像しては、アドレナリンをどばどば放出しています(今回も)。
で、妄想はどんどん飛んで、ウエディングドレスは着たいけど、チャペル婚はイヤだな胡散臭くて、日本人たるもの神前か仏前でしょ、絶対似合わねーけど白無垢着てやるぜ、ドレスは披露宴で着よう、そんで2次会はひらひらのロリ服、いや黒装束か・・・などと、予定の”よ”の字もない結婚式のことを考えて、内心にやにやしているのです。何て気持ち悪い女だろうか(苦笑)。


子供の頃の将来の夢は色々と変遷したけれど、「お嫁さんになりたい」とだけは、いっぺんも思ったことがありませんでした。
お嫁さんになりたいと臆面もなく云う女にだけはなりたくねえ、などと考えるような、生意気なクソガキだったのです。
ちなみに、わたしの小学校時代の夢の変遷は、教師→医者→総理大臣→僧侶→外交官でした。
今考えると、けっこう渋いというか、ハードボイルドな子供ですね。
なのに、歳を取るごとに、結婚したい、ていうか結婚式をやりたいという気持ちが増幅しているのは、いったい何のなせる業なのでしょう?


結婚式をするメリットって何だろう?と考えるに、多くの人に自分たちの関係を知らしめられることではないかと。
これは素晴らしいですよね。愛する人と結ばれたことを、全世界に(でもないが)はばかることなく公言し、のみならず祝福してもらえてついでに金までもらえるなんて、ふざけんなてめーらおとといきやがれ!と思うくらい素敵。


一時期”ジミ婚”なんてのが流行り?ましたが、あれは何だかさびしいなあと思うのです。
式を挙げる金がないなら別ですけども、ジミ婚がカッコいい、みたいな考え方には疑問です。
結婚なんてたかが紙一枚のこと・・・と云ってしまえばそれで全部おしまい、身もふたもありゃしません。

人生には、ある程度のイベント性とか祭りってものが、必要なんじゃないかと思います。
だから、ささやかでも、何かしらの儀式はあった方がいいし、可能であれば派手な方がいいし、キチガイのようなドレスを着てゴンドラに乗って登場した方がいい(よくねーよ)・・・というのが、わたしの意見、というか願望です。


・・・さて、村の結婚式ですが、最初は楽しかったけど、後半5時間くらいはだれだれでした。
ぬるいディスコタイムみたいなのが、もうええかげんにしとけ!というくらい延々続き、わたしは、酒を飲みすぎたのとヒマなのとでとっても眠くなり、本当に昼寝してしまいました(それも、結婚の儀式のあった部屋で・・・誰もいなかったからいいのさ)。


やっぱ、他人のしあわせなんて、退屈なもんなのかも(笑)。

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2005年05月26日

ブログ初心者のつぶやき

テーマ:ブログ

このブログを更新するのも5回目です。
当初は、「3日に1度は更新!」とひそかに息巻いていたものの、旅人ゆえ、更新はその国のネット事情に激しく左右されるもので、田舎国ラオスに入ったとたん、最初の意気込みはあえなくザセツしてしまいました。
まあでも、少なくとも、HP本体よりはマメに更新してゆきたいと思います。あくまでも、思っているだけです。



しかし・・・今ひとつブログのしくみというものが分かりませんな。



トラックバックって何?コメントとどう違うの?
読者機能って何?
公開待ちの読者って何?
文字の大きさってどうやって変えるの?
あと、ブログで金儲けって、どういう意味?(笑)アフィリエイトだっけ?なんかそういうのありますよね?



・・・ヘルプ(あめまにゅ)読んでみたんですが、分かったような分からんようなで、多分それは分かってないということですね(苦笑)。



”簡易ホームページ”と聞いていたものの、ホームページとは勝手が違うためか、どうも戸惑います。
「ホームページ作るのってむずかしくないですか?」と、旅先で会う人にときどき云われるのですが、ホームページの方がいろいろ融通がきいて、作りやすいというのが、現在のわたくしの印象であります。

少なくとも、本体であるリアルタイム旅行記を、ブログでやっていくのはむずかしそうです。
日付に制限されるところが精神的にしんどいし(まして海外だと時差もありますし)、いつでもどこでもネット環境にありつけるわけではないし(ブログはホームページ以上に、更新頻度がものを云う世界かと)、原稿のジャンル分けも何だかめんどくさいし(テーマの絞れていないときはどうすりゃいいの)・・・。



なので、好きなときに好きな形でアップできるホームページ(ゆえに更新が遅いんだね、分かってるよ)の方が、わたしには合ってるなあ。もともと、日記が向いてない体質なもんで・・・。



あと、ブログ特有の表現とか文章の書き方って、ありますよね?(え、ないすか?)
ブログを始めるにあたって、いくつか、人気のありそうなブログを引っ張って来て、自分のPCで読んでみたところ、



改行したりとか(↑これはいないか・・・)、

 

 

 




 

やたらに空白を開けたりとか(↑こんな無意味なのはいないけど、すんげー空白の空いたあとでどかーんとオチが来るってパターンをよく?見かけた)、



ほかには、2ちゃんねる系の絵文字を多用したりとか、言葉の表現も2ちゃん系が多い気がする(笑)。



ホームページだって基本的には同じですけど、ブログは、文章そのものよりも、”いかに文章を見せるか”がけっこう大事なのかなー・・・と思いました。



ま、でも、猫も杓子もブログやっている時代ですから、そのうちこの世界にも慣れていくことでしょう。
てことで、今後ともどうぞおひいきに。

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2005年05月25日

「1ドル札の裏側」

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 もしかしたら、みなさんすでにご存知のお話かも知れないんですが・・・。


1ドル紙幣の裏側って、見たことあります?こないだ、ある旅行者に云われて見てみたんですよ。
そしたら、こんななってました。


1$


ピラミッド。頂点にある目。そして、ラテン語で「新しい秩序体系」と書かれた文字。


今まで3年以上も、いくばくかのドル紙幣とともに旅してきたのに、これには初めて気がついた。


その人は、「今世界を支配しているのは、たった30人の人間だ」と云っておりました。
この絵は、それを象徴しているのだそうです。
なるほど。30人かどうかは知りませんが、確かに、ごく少数の人間によって世界が動かされているというのは、あながち間違いではないでしょう。


その旅行者いわく、彼らは宇宙人で、地球上のあらゆる利益を吸い尽くして破壊し尽くしたあと、さっさと宇宙に移住する計画だそーです(おいおい、ホンマかいな)。


そう云えば、20ドル紙幣だか10ドル紙幣だかも、ある折り方をすると、「9.11」の絵、すなわちワールドトレードセンターに飛行機が突っ込んでもくもく煙を上げている絵が出てくるんですよね。偶然にしちゃ、ちょっと出来すぎてないか、それ?


あのテロが、”戦争の口実をつくるための狂言だった”という噂は、根強く残っています。あれで亡くなった人の親族や関係者からすれば、「そんなメチャクチャな話あるわけない!」と云いたくもなるでしょうが、あの事件の首謀者とされるお方は、あれから3年以上たった今も捕まっておらず、平気で声明なんか送ってきたりするんです(それも、選挙の前とかに)。”世界の警察”を自認する超大国(”世界の黒幕”の間違いでは?(笑))が、本気で捜索すれば捕まらないワケないと思うんですけど。


・・・世界はいったい、誰のものなんだ?

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2005年05月18日

「恋愛」

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恋愛は売れます。


考えても見てください。「世界の中心で、愛を叫ぶ」にしても、「電車男」にしても「冬のソナタ」にしても・・・・・・ここ最近大ヒットしたものは、”恋愛もの”です。


それも、売れ筋はすべて純愛系なところをみると、もう、日本人は、セックスに関するタブーがなくなっちゃってやりたい放題なんでもアリの無修正になってしまったので、プラトニックラブに新鮮味を感じるんでしょうか?(笑)


まあしかし、前々から、少なくともわたしが生まれた頃にはすでに、恋愛は売れる商品でした。
恋愛映画、恋愛ドラマ、恋愛小説、恋愛ソング・・・が、これでもかこれでもかと産み出され続けてきたのです。
「恋」とか「愛」とか「ラブ」とかハートマークがタイトルについただけで、売上も視聴率も三倍増(そんなワケで、今回のブログタイトルも、ダイレクトに「恋愛」にしてみました、はあと)。
おかげで、世の中は恋愛だらけです。正確に云うと、恋愛関連商品だらけです
そして、商品が増えれば増えるほど、まともに恋愛できない人間が比例して増えていたりします。


みんなが恋愛が好きだから恋愛関連商品は売れるのか、恋愛関連商品を買わされる人たちが恋愛を好きになってしまうのか。
女性誌の見出しを見れば、”モテる女になるための○○”とか”いい恋愛が女を磨く”とかいうコピーが踊り狂っています。
もうええかげんにせんかーーーい!!!・・・と云いたくもなりますが、云ったところで、恋愛至上主義の加速を止めることなんて出来やしません。
そのうち、ファシズムになったらどうしましょう。モテない人間から順に収容所送りですよ・・・。


素朴な疑問。
何で人は、友達のノロケ話を聞くのはうんざりだったり、時にはムカついたり(笑)するのに、恋愛小説とか恋愛映画なんていう”他人の(それも架空の人物の)恋愛”を見るために、わざわざ身銭を切るんですか?
何故、雑誌の恋愛体験談集を、真剣になって読むのですか?
他人の恋愛からは、何を得られるのですか?


しかし、これらの疑問は、まず自分に問いたださねばなりません。
日本を出る前のわたしは、『ソクラテスの弁明』や『カラマーゾフの兄弟』を読まずに、恋愛小説とかエッセイをわりとコンスタントに読んでいました。女性誌の恋愛特集も、けっ、とか思いつつやっぱり読んでました(笑)。
しかし、一抹のプライドと反抗心を持って、なるべく図書館で借りるようにしていました。実につまんねえ矜持ですが。


多分、麻薬みたいなもんなんだと思います(いい商売になるところも、そっくり)。

何となく、欲しくなるときがあるんです。今だって、手元にあったらきっと読んじゃいます。
でも何で?読むと気持ちいいのか?
・・・そこんとこが、自分でもよく分かりません。


(ちなみに、旅は売れません。
旅関連で売れるのは、アメリカとかヨーロッパのパッケージツアーか、旅先でよりよい買い物をし美味しい食べ物にありつくためのガイドブックか、世界遺産の写真集およびビデオだけです。)


・・・どーでもいい話やな、ほんま。こんなこと言うとる場合やない。明日はラオス入りや。

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2005年05月15日

首長族の幽霊・・・なワケないって

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昨日、首長族(正式にはカレン・カヤン族といいます)の村を訪ねて来ました。
今日は、そこから110キロほど離れたパーイという町に来ています。


・・・と、リアルタイム旅行記風にしようかと思ったのですが、メーホンソンからのバスの中であれこれ考えた結果、HPとブログの内容がかぶるのは、どうもよろしくない。あくまでもブログはおまけです。
そこで、ブログでは、「放浪乙女」のコンテンツでは書けなかった、あんな話やこんな話、衝撃の暴露話・・・などではなくて、書ききれなかったこと、一編の原稿としては書くほどでもなかったこと、雑記帳に日々書き付けているよしなしごと・・・ま、要は「どーでもいい話」を連載してゆこうと思います。「旅先むだ話」より、さらにむだ話ってことで、ひとつよろしく。


さて、本題に入りましょう。
わたしは普段、幽霊とか超常現象のたぐいには一切縁がなく、子供の頃は、自称”霊が見えちゃう”友達を、羨望のまなざしで見つめていました。その友達のは、どうも”フカシ”であった可能性が高いのですが(笑)、世の中には、本当に見えちゃう人というのが、少なからず存在しているようです。


で、わたしはまったく霊なんて見えない人なのですが、時々、金縛りには遭います。
これは単に、身体が疲れている時の生理現象とも云われており、わたしも基本的にはその説を信じる者です。
しかし、金縛られるときの恐怖というのは、何だかこの世のものではないような気がする。解けるまでの間、自分が何処か、とんでもない所に行ってしまいそうな感覚に捕らわれます。


昨夜、わたしは久々に金縛りに遭いました。
アッ、やられた・・・と思いつつ、いつものように、大人しく解けるのを待っていたのですが、ふっと意識が元通りに戻って、何気なく窓の方を見ると・・・ひっ、人がいる!!!

部屋は真っ暗なので、顔や身体がはっきり認識できるわけではありませんが、明らかに人らしきものがこちらに近づいて来ている・・・。


実は、この部屋では、ほかにも奇妙なことがあったのです。
例えば昨夕のこと、窓をコツコツと叩く音がしばらくあって、風か虫かと思ったのですが、それにしてはいやに規則正しい。人がノックしているとしか思えないのです。恐ろしくなって、宿の人を呼んで見てもらったけれども、窓はとても人が叩けるような位置にはなく、虫か何かだったのか・・・という結論を出して、その話は終わりました。


しかし、その夜、夜中、隣の部屋とを仕切る壁が、みしみしいう音とともに、目に明らかに動いているではありませんか。隣の部屋のテレビの音が聞こえるくらいに薄い壁ではあるものの(バンガロー風の部屋なのです)、隣の人は一体何をやっているのか・・・いや、待て。隣って、誰か泊まってたか???


人為的にはありえない。でも、わたしは、それらはすべて人のしわざだと決め込んでいました。
というのも、過去に某国の宿で、夜中に部屋をノックされ、のぞきに遭ったことがあるので、反射的にそのことを思い出したのです。

「やっぱり誰かがのぞいてたんだ!窓から侵入してきたんだ!(※鍵はかかってました)やばい、レイプされる!!!」
人らしい姿を見たとき、わたしは即座にそう思いました。
恐怖で身体をこわばらせながら(しかも、下着だけで寝ていたのだ・・・だって、暑かったんだもの)、何とか左足を動かして、そいつを蹴ろうとしました・・・が、何の手ごたえもない。
え?確かにこの影は、人だと思ったけど・・・??


次の瞬間、人らしき影は、もう一体現れました。ゆっくりと、膝まづきながら・・・。
そして、また一体。同じ動作。
三体になった時、恐怖はピークに達し、わたしは、ありったけの冷静さをかき集めて、すぐ手の届くところにあるテレビのスイッチを入れました。
ぼんやりと明るくなった部屋には、当然ながら、誰もいませんでした。


翌日(今日ね)、わたしは、逃げるようにしてその部屋を出(部屋自体はよかったんだけどね)、ここパーイまでやって来たワケですが、あれは一体何だったのか?霊現象なのか?
ひとつ、気になるのは、膝まづいた人影の形が、首長族の女性に見えたことです。ちょうど、村に行ったその晩のことなので、単に残像である可能性は大いにあります。
が、もしかすると、村で亡くなった首長族の誰かの霊・・・もしかすると、みやげに買った首長コイルの持ち主の霊・・・ああ、そんなことを考えると、今夜もおちおち眠れませぬ。。。

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2005年05月12日

ブログつくってみました。

テーマ:

えーと、、、急にブログなんぞ作ってみました。

HP本体の更新も遅いのに、今さら何やるんだって?・・・ううむ。うううむ。

まあそれはおいおい考えます。そうだね、帰国までのカウントダウンブログとでもしよーかな(笑)。えらく中途半端な始め方ですけど。

ま、こっちの方はあくまでも「えくすとら(オマケ)」なんで、気楽にやりたいと思いまする。

で、今これを書いているのは、タイ北部のチェンマイという町です。今朝方、バンコクからの夜行バスで到着しました。タイ第2の都市だそーですが、大都会・魔都バンコクに比べると実にのどかなもんです。ここらでゆっくり・・・と思ったのですが、あと1週間足らずでタイのビザが切れてしまうので、そうも言っていられませぬ。ま、メーサイまで行けばビザクリアできるけどさ・・・。

ゲストハウスでゆっくりしたくても、トレッキングの勧誘が来るので、どうものんびりできませぬ。もういいよートレッキングなんてさー。疲れるし、安くもないしさ。あ、でも首の長い人たちは見たいね。エチオピアでムルシ族を見たからには、ここで首長族を見なければ、片手落ちというもの!(?)

というわけで、明日早々にメーホーソン(首長族の村への拠点)に行こうかどうか思案中です。おお、このブログの方がリアルタイム旅行記っぽいじゃんか(笑)。

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