2015年05月10日

新地の思い出

テーマ:

大阪にあって、東京にないものは?
というお題があったとして、わたしが真っ先に思いつくのは、「新地」と呼ばれる地域です。

日本最大の遊郭地帯・飛田新地はご存知の方も多かろうと思いますが、大阪には他にもいくつか、新地と呼ばれる色街があり、今も稼働しています。
飛田のほかには、松島、今里、信太山、滝井、そして兵庫と云いつつもほぼ大阪文化圏である尼崎のかんなみ、という新地があります(北新地ってのもありますが、ここは大阪の銀座みたいなもので、ちょっと別ジャンルですね)。
わたしが新地の存在を知ったのは、高校を卒業したばかりの頃だったでしょうか。友人(女)がどこからかそんな話を仕入れてきて、好奇心を抑えきれなくなったわれわれは、わざわざ男に変装して(と云っても、すっぴん、野球帽に眼鏡程度)、車で出かけて行きました。
車中から覗いての、時間にしたらおそらく15分くらいの探索だったので記憶の映像はかなりおぼろげですが、「松島料理組合」というアーケードの表示、古い割烹のような風情の日本家屋がずらりと並ぶレトロな景観、さらにはその玄関先がことごとく赤やピンクの照明に彩られ、その中には人形のように鎮座している女の子がいて…明らかに異界に足を踏み入れている、という印象は強烈でした。
ちょっと頑張って車の窓を開けると、家の玄関にいるおばちゃんにいきなり「にいちゃん!」と声をかけられてビビりました(苦笑)。男装はそれなりに功を奏していたようです。

その後、今に至るまで松島を再訪したことはなく、次に訪れたのは飛田でした。
最初はおそらく、通天閣周辺の観光の延長でした。あのあたりは、片方しか売っていない靴や、異様に安いドヤ(宿)に食堂、青空カラオケにスマートボール、やけに高く作られている西成警察署の門…など、外国に来たかのようなカルチャーショックを受けられるエリアで、よく"大人の社会見学”と称しては散策に出かけたものでした。その流れでしぜんに(?)飛田にも足を踏み入れたものと思われます。
飛田も松島と同様に「料理組合」の看板を掲げています。松島よりも大規模に古い日本家屋が通りを埋め尽くすさまは圧巻で、いかがわしいはずのピンクの照明も風情ありまくり。何も知らない外国人なら京都観光のノリで何枚でも写真を撮ってしまいそうです。日本人であるわれわれは、さすがに恐ろしくてカメラなど取り出すことすら憚られますが…。
何しろ、道ばたで覚醒剤が売られているという都市伝説さえある場所です。最もこれは伝説ではなかったようで、何度目かの散策で同行した友人は目撃したと云っておりました(注意力散漫なわたしはスルーしてしまいましたが…)。
そんなわけで、散策にはあくまでもただの通行人としての平静さ・無関心さが求められますが、新地の端っこには昔の遊郭の建物を改装した普通の料亭「鯛よし 百番」があって、ここで食事をするだけなら女性でも怪しまれず新地の空気をほのかに嗅ぐことができます。

この「料理組合」と「玄関先のおばちゃん」と「赤・ピンクの照明」は、新地の様式美とでもいうべき特徴です。
最も謎めいている「料理組合」については、新地は「あくまでも料理屋で、たまたま知り合った男女が恋愛の末コトに及んだだけ」という理屈で成り立っているのだそうです。ゆえに、表向きは「料理屋街」なのですね。
そう云えば、中国の阿里という街でも、似たような風俗街がありましたっけ。昼間は床屋なんですが、夜になると玄関先がピンク色に染まるという…。同じ理屈なのでしょうかね。

それからかなりの時が経って、数年前、アニマル柄の洋服を探しに千林商店街に行った際、一瞬だけ滝井新地に足を踏み入れました。
大阪の新地の中で最もマニアックと思われる滝井は、現在は数軒しかないようで、実家の周辺とさして変わらぬ住宅地のなかに紛れ込むように存在しています。ある程度、検索で当たりをつけて行ったとは思いますが、飛田や松島のように「ここなんか雰囲気違う…」的な分かりやすさは皆無で、角を曲がっていきなり出くわした!という印象でした。例の料亭様式に、玄関から覗く赤い照明。このセットで、分かる人には分かるけど…という感じ。

DSC_0081 1枚だけ写真が残っていました。

そして先日のGW、久しぶりに新地スタンプラリーを更新しました。尼崎のかんなみ新地です。
思えば、尼崎という街とは、これまでまったく無縁に生きてきました。梅田から急行で約10分という近さではありますが、わざわざ遊びに行く場所でもなく、数年前に起きた尼崎事件の際、事件マニアの友達に「尼崎ってどんな街なの?」と尋ねられて、そういえば関西育ちなのに行ったことが無いな…と、軽く驚いたのでした。
尼崎は、わたしがまだ学生の頃、まことしやかに噂されていた「関西三大危険都市」の筆頭格で、もう1つは山科、そして不名誉にも、最後の1つはわが地元だったりしたのですが(苦笑)、最近その話を地元の友人にすると「いや、どう考えても隣のK市のほうがやばい」という答えが返ってきました。噂の真偽はともかく、尼崎にはそのようなイメージがあり、事件の報道を聞いた時は「やっぱ尼崎って危ない街なんやな…」と思ったものでした。しかし、それと同時に、尼崎の街の雰囲気って、実際どんなもんなんだろう…?と、興味がむくむくと沸き起こったのも事実でして、今回の帰省にてその思いを遂げるべく、街を歩いてみることにしたのです。どちらかというと、事件の起きた杭瀬をメインに歩いたのですが、今回はその話は割愛します。
というところで、前置きが長くなりましたが、かんなみ新地は、阪神尼崎駅前から続く大きな商店街を抜けたところにあります。
普通の住宅街に忽然と現れるので、心の準備ができておらず、軽く動揺してしまいました。ちょっと滝井新地を思い出しますが、滝井がもっと、住宅街の片隅にひっそりと在るのに対して、かんなみは、ザ・生活通路といった感じの人通りの多い場所に、昔の文化住宅を思わせるような2階建ての長屋が、ある一角にひしめき合っているのです。建物の大きさに対して室外機がやたらと多いのが、異彩を放っていました。部屋の数だけ室外機があるのでしょうが、だとすると、どんだけ狭い部屋なのか…。
目と鼻の先には小学校があり、まあ吉原だってホテル街のど真ん中に公園があるくらいですから別に驚くことでもないのですが、なんというか、下町の日常に普通に存在している感じがどうにも見慣れない光景で、軽く混乱をきたします。
飛田などと比べると、建物が狭小のため、女の子がけっこう間近に見えます。横目で見るに、化粧濃いめのギャルっぽい娘が多いですが、かわいさはなかなかハイレベルです。新地名物(?)玄関先のおばちゃんもちゃんといらっしゃいます。

 P5064758 決死の覚悟で(?)撮った遠景。

わりといつも、帰省しても梅田や心斎橋で漫然と買い物していることが多いのですが、次回は、残りの新地(今里・信太山)を制覇しようかな…とまた、あまり人から共感されなさそうな野望を抱いております。
そんなに新地が気になるなら、いっぺん働いて来いや!と叱責されそうですが、別に新地に限ったことではなく、行きにくい場所、異世界ほど気になるという旅人的法則(?)が働いているまでのことです。単純に、しらない街に行ってみたい気持ちの延長であり、ただし小心者ゆえ、ちら見だけで終わりたいわけです。化け物のような野次馬根性ですみません。。。
男の人は、お金を払えば入れるからぶっちゃけちょっと羨ましいです。女の人だと、働く以外は完全に部外者ですからね…でも、働くにはなかなかハードルが高いよね…。
余談ですが、ネット検索してたどり着いたどなたかのレポートに「新地の近くには必ず「スーパー玉出」がある」と書いてあって、確かに!と思いました。松島に関しては記憶の彼方だけど、他はみんなそうだったかも?

DSC_0080 今回は写真が少ないので、玉出さんにもご登場いただきました。

わたしは、地元ということでの贔屓以外の気持ちで大阪を特別視することはあまりなく、周囲からの強固な“大阪のイメージ"に戸惑うこともしばしばです(いちばん困るのは、大阪人はみんな面白い・明るいというイメージです!)。
しかし、今回の帰省でふと思ったのは、大阪って、独特のいかがわしさがあるなあ…ということでした。新地があるから、という単純な理由だけでなく、もっと街全体が持っている何かに対してそう思う。決して、けなしているわけではありませんから!(笑)
なんとなく、闇の濃さを感じさせるっていうんでしょうか。地元の方はそうでもないのですが、大阪市内なんかは、ふらふら歩いていると、ふと異界に迷い込みそうな感覚に囚われますし、街なかの雑居ビルを見ると、妖の小宇宙が広がっているんじゃないのかと思って胸がざわざわします。
高村薫の『李歐』や東野圭吾の『白夜行』で描かれる30~40年くらい前の大阪には特に、ある種の隠微さ・或いは淫靡さが漂っていて、当時の風景が残っているような雰囲気の場所に出くわすと、萌えに近いような興奮を覚えます。その妖しさの根拠をいったいどこに求めたらいいのか分からないのですけど、昔から部落や在日の問題を抱えているという背景がそうさせるのか、外から来た人には日本というよりアジアっぽいと感じられるらしい雰囲気のせいなのか、大都市のわりに奇妙に土着臭が色濃いのか…など、推測は尽きません。
まあこれも勝手な“大阪のイメージ"ですけどね…。色気を愛するわたくしとしては、このへん、もう少し探ってみたいところです。また大阪に帰ったら、異界を求めて街をさまよい歩きたいと思います。

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2015年03月29日

久しぶりに、TM NETWORKの長話

テーマ:偏愛

TM NETWORKの30thが、先日(3/21、22)のファイナル公演にて幕を閉じました。
ファイナルのオープニングが、わたくしが死ぬほどヘビロテしている「Just Like Paradise」だったのには度肝を抜かれました(しかも新録! ただし、宇都宮さんの生歌はなかったんだけど…くうう)。そこからの葛城哲哉&阿部薫サポートによる「RHYTHM RED BEAT BLACK」、そして「Children of the New Century」という流れには鳥肌立ちっぱなし。ふおお、何このファイナルでの全とっかえ! 「RHYTHM RED BEAT BLACK」のサビで「RED!!」「BLACK!!」と会場一体となって手を振り上げるところで、早くもライブのクライマックスが来たような心持になりました。
その後はだんだんと2月の流れ(CAROL組曲中心)に戻り、若干のブツ切れ感も否めず、最初の盛り上がりをなかなか更新できませんでしたが、「Be Together」では天井からキラキラテープも降ってきて、再び絶頂を迎えました。この流れで「Dive Into Your Body」または「Self Contorol」だったら個人的に神展開でしたが、さすがに体力的に、そんなメドレーはないか…。まあ、ツアーのファイナルだと思えば、12月、1月と同じ流れになるのも別に何もおかしくはないんですけど、TMにはつい過剰な期待をかけてしまうんですよ(苦笑)。


とか云いつつも、レーザーと映像が多用されたステージは、実にTMらしい派手さと華やかさにあふれていて素敵でした。やっぱTMはキラキラしてナンボです☆
宇都宮さんは、病気もあってまた年を取った印象は否めないけれど、体の線や身のこなしにはやっぱり色気が宿っていてドキっとさせられるし、木根さんは安定のルックスと歌声と存在感、服と髪型もナチュラルにおしゃれで、なんかいい年の取り方だなあと感じました。
そして、いつもライブで涙が出そうになるのは、キーボード&シンセの要塞の中に立つ小室さん。御年56歳になった今でも、眩しく熱い光を浴び、宇宙的な機械群をアグレッシブに操るその姿は、ファンの目には、まごうかたなき“神”として映ります(笑)。年をいくつ取ろうとも、金色の夢を紡ぎ出し続ける蚕のような小室さんを見ていると、小室さんの無限にも見えるエネルギーに遠くからでも触れられると、いつも口を開けば自動的に「ニートになりたい…」という言葉が出てくるわたしも、もう少し頑張ろうかな…と思えてくるのです(ただしライブ時の一瞬)。あんなエネルギー、ほんと、どこから湧いてくるんだろう?? 情熱か、野心か、それとも才能がそうさせるのか…? あまり狂人というイメージはないけれど、常人ではない、とは思う。ファイナルの「Get Wild」前のTKソロは、ちょっと長すぎでは、 とか思っちゃいましたが、こんなパフォーマンスを延々1人舞台でやってのけるところに、小室さんの“常人でなさ”をひしひしと感じて、うれしくなってしまうのでした。
ともあれ、30thは12月、2月、3月と、1回ずつライブに行けまして、TMの3人の姿を拝み、音を体感することができて、ほんとうに幸せでした。さらに云うなら、2012年の武道館以来、3年にわたって楽しませていただきました。武道館のオープニングの「Fool on the Planet」は、今でも思い出すだけで体が震えてきますが、横浜アリーナのファイナルはこの曲で締められ、改めてこの、3年間の物語をしみじみと思い返させるのでした。
思えば、武道館の頃は誰もファン仲間がいなかったけれど、今では、チケットを取ってくれてライブに一緒に行ける友達もできました。これもTMがコンスタントに活動してくれたおかげですね。
デビューの4月21日に、サプライズライブとかあったりして!? なんてファン友達と勝手に盛り上がっていましたが、今のところそれはなさそうで、あとは、『PATi-PATi』『GB』のバックナンバーを収録した11,490円もする豪華本が届くのを待つばかりです。


先月、BSで放送された『名盤ドキュメント』の『CAROL』特集についても言及したいと思います。
同アルバムのマスターテープをメンバーと、作詞家の小室みつ子さん、ミキサーの伊東俊郎さんが解説するという内容で、わたしの家ではBSが観られないので、友達に録画してもらって、1カ月遅れの視聴になりましたが、これが実にいい番組でした。
わたしは何だかんだで『CAROL』がいちばん好きなアルバムなんです。その理由は例えば、コンセプトとメディア展開の面白さ、天才的な感性と職人的な技が同じ高いレベルで拮抗していること、宇都宮さんの声が若さと落ち着きと男っぽさの絶妙なバランスを保っていること、バラードでない木根曲が2曲も入っていてしかも秀逸なこと、エレプロ以来?の小室&木根合作という最強の組み合わせによるバラード(「Still Love Her」ですね)、小室みつ子さんのワーディングの巧みさ、それにも負けていない小室さんの詞……とまあ、いろいろあるのですが、番組を見て改めて、好きな理由が分かった気がしました。
『CAROL』は、いつ聴いても「あれ? こんな音も入ってたんだ!」という発見があります。インストだけ全部聴きたいくらい。それもそのはずで、ボーカルやコーラスも含め機械のように正確なピッチの生音が、32トラックもの数、丁寧に丁寧に重ねられているのですね。木根さんが何度か「(音が)あったかいよねえ」としみじみ呟いていましたが、ほんとうにおっしゃる通りで、緻密だけど温かみあふれる音。まるで秘伝の出汁のような深みであり、重ねれば重ねるほど透明感が増していく極上のファンデーション(って、あるのかしら?)のようです。なんか、当たり前かもしれないけれど、全力でちゃんと作られたものというのは、いつまででも人の心に感動を呼び起こさせられるもんなんだな、それが傑作たる所以なんだなと、たいへん凡庸な感想を抱いた次第です。
アルバムの曲順と、作られた順が同じという話も新鮮でした。オープニング曲「A Day In The Girl's Life」は、いつ聞いても鳥肌とともに高揚感が湧き起こってくる、希望をはらんだ夜明けのような、まさにこれぞオープニング! という音色なんですが、オープニングの和音がひらめいた瞬間がまさにアルバムのスタートであったということ。そして、ラストの「Still Love Her」は、ロンドンレコーディングの終わりに作られた最後の曲と知って、とても腑に落ちるものがありました。アルバムの最後という意味だけでない寂しさを感じさせるのは、そのときの“終わり”の空気がぎゅっと詰め込まれているからなんですね。当時、ロンドンに住んでいた小室さんは、「電気料金を払ってからスタジオに行ってた」なんてエピソードを披露しており(当時住んでいた家の映像付き!)、そのリアルな感じにキュン死しそうになります。また、小室みつ子さんもロンドンに呼ばれ、現地で作詞したという話はよく知られているけれど、みんなで同じ場所と時間を共有して作られた作品だというのがいいですよね。そういうところがまた、何度聴いても飽きない奥行き感を醸成しているのかもしれません。


「時代を超え ここに戻ってきて くれてありがとう」
CAROL組曲のラストに、こんな言葉が流れた(2月も流れていましたが)とき、なんとも温かい感情が湧き起ってきて、ああ、昔からのFANKSの方々は、どんな気持ちでこのメッセージを受け取るのだろう……と想像して胸が熱くなりました。わたしも、最初からTMのファンでいたかったな、という悔しさにも似た思いとともに……。
しかし、わたしもある意味では、時代を超えてTMにたどり着いた謎のファン(笑。未だにTMファンだというと、TMRのことだと思われたりして…)なわけで、時代を超える音を小室さんはずっと作ってきて、今になってわたしもようやく受け止めることができた。それはそれで感慨深いものがあります。
しかしなあ、今回もライブの直前までは仕事に忙殺されていたせいもあって、ほとんど彼らのことは忘れていたのに、ライブ一発であっという間に陥落してしまいました。また本棚の奥からずるずると過去のファンブックなぞ引きずり出して執拗に再読しております。人間って、ひとつの対象に何度でも恋に落ちられるものなんですねえ(笑)。最も、男闘呼組愛はその後、まだ復活の兆しがありませんけど……。


過去にばかり目を向けるのもアレなので、最近は、ツイッターの「てっち衣装部」さんが出している『月刊TECCI』に注目しております。テレビや雑誌、ライブで露出する小室さんの衣装を、スナイパーのように特定するという趣旨のファンジンですが、服好き・TM好きには堪らない内容! 商売柄とはいえ、小室さんおしゃれだもんね! 最近、幅広レンズの眼鏡が欲しいのでどうせなら、小室さんと一緒の型にしたいなあと思ったらDior HOMMEだそうで、気軽に買えないわあ……。でも、この眼鏡をかけたら、いろいろと勇気が湧いてきそうな気がするの!
こちらでは、いまの衣装をレポートしてくださっていますが、個人的には、80年代への興味も相まって、昔の衣装も知りたい!(結局、過去が気になるのね……) いや、知ってどうなるものでもないんですけど、超初期のファンブック『EARTH』のアンケートで、小室さんが「HIS MISS」のコートを着ていると回答していまして、え、HIS MISSってレディースのブランドじゃなかったっけ? 確かに当時の写真とかレディースっぽい服を着てるように見えるけど他にどんなブランドを着てたんだろう? とか、そういうどーでもいいことが眠れないほど気になるのも楽しいよね! 「Dive Into Your Body」のときの小室さんの王子様シャツが欲しいです。

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2015年02月26日

Freedom is having time to live.

テーマ:上京後

引っ越しをしたいのですが、部屋の荷物のことを考えると絶望的な気持ちになり、しかしこのまま物に埋もれて死ぬわけにもいかないのでなんとかせねばなあとちまちま片付けてはいるものの、賽の河原の子どものように途方に暮れて日々が過ぎています。
とっくの昔に期間が終わった電化製品の保証書や説明書などがあることにもウンザリしますが、そんなものは古紙の日に捨てればいい話です。経年劣化によって黄ばんだポーチやいつ買ったのか思い出せない化粧品なんかもまあ、捨ててもよいでしょう。
問題は、本、そして服です。
わたしの部屋の大部分は本と服(服飾品)で占められており、まるで倉庫の中に住んでいるような有様です。近年は開き直って「物にすぐ手が届くコックピット的便利さ」と解釈していましたが、いざ引っ越しを考えているいまは、とてもそう前向きには考えられません。
わたしはこれまで、自分にとって大切な本と服を売ることは、魂を売ること…とまでは云いませんが、かなりハードルの高い行為だと思い込んでいました(それでも服は一度、旅行資金に困って売り、本は二度、一箱古本市に出たときに売っているのですがね)。その心の枷を取り除くのもひと苦労ですが、いざ踏み出そうとすると、売るための選別、梱包、引き取りの予約を入れる…といったステップが途方もなく面倒に思われ、そして買い叩かれたときの精神的疲労は如何ばかりか、などと考えているうちに、「今日はもう寝よう」という結論に達してしまうのでした。
本についてはkindleのおかげで、増殖のスピードは緩やかになったものの、また、服についても職場が原宿から離れたことで少しはマシになったような気はするものの(こっちは気のせいかも…)、“増えている”という事実は変わりません。ということは、売るか捨てるかしない限り、減ることはまずないわけです。こんなの、幼児でもわかる算数です。
『封印されたアダルトビデオ』の隣に『気楽なさとり方 般若心経の巻』が並んでいる様を見ただけでも、己の頭の中の混乱ぶりがうかがえます。さらに、最近は仕事上、凄まじい勢いで増殖している第3のジャンルもあり、もはや止まらない列車に乗っているかのようです。

 

最近、遅まきながらソローの『森の生活』を読みまして、いわゆる“片付け本”よりも片付けのモチベーションを刺激されました(最も、下巻は森の描写が大半を占めており、哲学的なことは上巻に集中していますが)。
物にときめき、欲しくなる気持ちはなかなか抑えがたい一方で、常々この、増殖するだけして収拾がつかなくなる物との付き合い方、どうせ永遠には持てない物を後生大事にすることの虚しさ、物の管理とメンテナンスによって人生の大部分を支配されていること…などに疑問を感じてはおり、それは絶えず、心の片隅でアラートとして鳴り続けてはいるのです。そのために貯金ができていないことよりも、いまは、物に縛られ支配されていること自体が問題だと思い始めています。
単に引っ越しの足かせになるというだけでなく、物を持ちすぎていることは人生の自由を少なからず奪っており、物の多さはそのまま人生を無駄に複雑にこんがらがらせている要因でもある。
ただ、いまある物は、それなりの理由があってわたしの手元にあるものですから、ブルドーザーのような馬力で捨て去るのはあまりに忍びない。それらを使い果たすまで何も買わないという方法がほんとうはいちばんいいのです。ただ、これまでのところ物欲のスピードが消化のピードをはるかに上回っているため、無間地獄のように物が増え続けているというわけさ。
物を減らしたいということもそうですが、物だけでなく、あらゆることをもっと選別し、単純化したいというのが切なる願いであり、いまの自分にとって最も必要なことのように思います。体のダイエットの経験がほとんどないため、その苦しみをほんとうには理解できていませんが、きっと、生活や精神のダイエットも、かなりの忍耐と刻苦を伴うことでしょう。悪習慣に苦しめられていても、それを断ち切る苦しみを乗り越える方がたぶん苦しいのです。それでも、克服できれば人生に新しい光が射すはず。
インプットしたい物や情報はいろいろあるけれど、どこかでセーブしないと、腹がはち切れてもまだ食べなければいけない罰ゲームのような苦しみから逃れられません。そして、このままでは、人生が消費と労働と雑事に食い荒らされかねません。消費と労働と雑事以外にやるべきことがあるかどうかはともかく、それを考えるためだけでも、立ち止まりたい。
例えばぜんぜん更新できないブログや、いつまでたっても完結しない旅行記を書くということは、世の中的には何の役にも立たないし生活の糧になるわけでもないけれど、それができていないことが、わたしの心に少なからず暗い影を落としていて、他のことをやめて、そこに集中できればもっと気分が楽になるのに…と思います。“他のこと”には労働もしっかり含まれていて、むしろ、労働が人生の邪魔をしているのではないかと、わりと本末転倒?なことをよく思います。いま、ドラマ『デート』で高等遊民を名乗るニートが主人公になっていますが、わたしの理想もつまるところは高等遊民…というかニートなのかもしれません。労働も遊びも両方フル回転!なんていうのは、わたしのような低スペックの人間には所詮無理。だったら、もうどちらかに絞った方がいいのではないか、そうするとどう考えても遊びの方を選ぶよね…って、そりゃ危険思想ですか(苦笑)。いや、労働をそこまで憎んでいるわけじゃないんですけどね。労働が週4日くらいになったらたぶん、もうちょっと積極的に愛せる気がします。それに、例えば遊びやイベントに誘われたり、頼みごとをされたり、電話がかかってきたりしたとき、労働が暮らしの大半を占めているとそういうのを一瞬「めんどくさいな…」って思ってしまう自分がいるわけです。そんなふうに、ほんとうは思いたくない。心情的には、労働よりそっちの方が大事なのに、極端なときは「もう誰もわたしに構わないでくれたらいいのに…」とまで思い詰める。そんな人生って、何なの?それこそ本末転倒ですよね。まあ、すべての付き合いに全力投球する必要もないんだけどさ…。
「生活を単純化するにつれて、宇宙の法則は以前ほど複雑には思われなくなり、孤独は孤独でなく、貧乏は貧乏でなく、弱点は弱点でなくなるだろう」(ソロー)
わたしが欲しいものは結局、ひと言で集約すると「自由」であり、自由とは、単純さによって生み出されるものなのではないかと、今さらながら思う次第です。なんだかいつにもまして支離滅裂な内容ですが、久々に書いたブログということでお許しを…。

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2015年01月06日

機嫌のいい人になりたい

テーマ:上京後

何だかんだ環境に振り回された1年が終わり、年の瀬は凪のように静かに過ぎていきました。
実家や田舎の祖父母宅にいると、ただ食べて、寝て、会話して、読書して、テレビを見て、気が向いたら外出して、友達と会って…というニートのような生活サイクルになり、ふつふつとニート生活への郷愁が湧き起ってきます。やはりわたしは、ニート、そうでなければせめて種田山頭火ばりの旅暮らしが向いております…。
「ああ、働きたくない…」「もっと休みたい…」という言葉が心の泉から無数に湧き出、実家ライフから出ていくことは、冬の極寒の朝に布団から出る瞬間の100倍以上つらく感じますが、時は決して止まることなく(特に幸せな時は!)、相変わらず眠れない夜行バスで東京に戻り、仮眠を取って出勤。また変わらぬ日常が始まりました。

 

怠惰な暮らしのなかで今年の目標を立てる暇も気もないまま新年が始まってしまいましたが、ひとつだけ決めたことがあります。それは、目標というか基本姿勢として、“機嫌のいい人になろう”ということです。
ネガティブの権化のようなわたくしが云っても説得力ゼロですけれども、無理矢理ポジティブになろうということではなくて、また本当にいい人になろうというのでもなくて(なれよ…)、単に「機嫌がよさそう」であればいいのです。
不機嫌な状態の人と接した時に受けるダメージやストレスは、意外に大きいものです。電話の応対ひとつとっても、そういう人に当たると何だか今日1日不幸が起こりそうな予感がしてくるし(大げさ…)、話しかけるのも憚られるようなオーラを感じると、わたしは何か悪いことでもしたのだろうか、生きていていいのだろうか…と余計なことでしばらく悩んでしまいます。まさに、♪さ~わるものみな 傷つけた~♪ です。
翻って、自分が不機嫌な時は、たいがい自己嫌悪のち自滅というパターンが多い。そりゃまあそうですね、不機嫌な状態の人には近寄りたくないですもの。例え困っていたとしても皆遠巻きにするか、無視するかですから、手助けが真剣に欲しい時は損します。
まあわたしとていつも疲れて不機嫌なわけではないのですが、昔からウォーズマン似と云われるだけあって表情に乏しく(病気なのかも…)、放っておくと不機嫌どころか怒っているふうに見られがちなので、今年は気をつけたいですね…。しかも、しょっちゅう疲れただの強風にイライラするだのといったツイートを灯篭流しの如く流しているので、バーチャルの世界ですらも「なんかあんまり話しかけたくないな…」と思われていることでしょう。
根暗で、礼儀知らずで、愛想も可愛げもない、そして確かにいつも疲れている(笑)わたしが、なんとか到達できそうな理想の姿、それが“機嫌のいい人”なのです。そこまでは確立できずとも、せめて敷居の低い人、とか、気を遣わなくていい人、怖くない人、くらいにはなりたいと思います。
そう云えば、昔、一緒に旅をしたSおねえさん(ちょいちょい登場しますね)は、見るからにご機嫌な人でした。「インドにいると、ご機嫌が止まらなくなるんですよ~」と、ニコニコ話していましたっけね。
その時わたしは、心の中で「わたしだったら、不機嫌が止まらないだろう…」といじましくつぶやいたものでしたが、今思えば、あの人が最強に見えたのは、聖人だからとかいい人だからとかではなく、いつもご機嫌だったからなのかもなあ。

 

年末はいろいろ本を読んだんですけど、このところ本を選ぶ指針にしている「考えるための書評集」というサイトで強力プッシュしていた『楽天主義セラピー』という本がとてもよかったです。
曰く、“思考は選択できる”。思考は所詮は思考でしかなく、妄想と紙一重とも云えるくらいの頼りないもので、放っておけば勝手に流れていく。つまり、根拠のない不安や役に立たない怒りに苛まれた時は、「あ、また来たな」くらいのスタンスで、ムーディー勝山のように受け流すことが幸せに生きる秘訣だということでした。例え不幸な状況そのものは避けられなかったとしても、その時どんな思考を選択するかという主導権は自分にある。それなら、気分がよくなるも悪くなるも、ある程度は選べるということです。ポジティブ・シンキングと何が違うのか? と一瞬疑ってしまいますが、ポジティブになるのではなく、ネガティブから遠ざかる・固執しないという点が違うのでしょう。わざわざ自分から不幸に陥る必要はないということですね。
だから、嫌なことがあっても機嫌よさそうにしていた方がたぶんトクで、それが、自分も他人も不幸にしないひとつの方法なのかな、と思ったりします。時には怒ったり泣いたりすることも必要ですけど、それはここぞという時の懐刀にしておき、普段は「あの人、何も考えて無さそうだね」と思われるくらいでちょうどいいのかもしれません。

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2014年12月24日

おしゃれで優雅な紳士たち

テーマ:かわいいもの

あまり働きたくないという思いから清貧を志しながらも、日々挫折しているわたしに、またしても買い物の口実を与える番組が放送されてしまいました。
NHKの『地球イチバン』で特集された、コンゴの“サプール”。SNS界隈でも盛り上がっていたので、ご覧になった方も多いのではないでしょうか?
サプール(sapeur)とは、ざっくり説明すると、コンゴ共和国およびコンゴ民主主義共和国のファッショニスタ(男子)のこと(番組ではコンゴ共和国のサプールを取材していました)。正確には、フランス語で「おしゃれで優雅な紳士たち」という言葉の略ということになります。
コンゴといえば、わたしが一方的に敬愛を捧げている藤永茂先生が、世界の仕組みを知るうえで最も重要視している地域。世界最貧国のひとつといわれ、政情は常に不安定で、旅人にとっては非常にアクセスしづらい場所でもあります。
そんなコンゴのイメージを払拭する“おしゃれ男子”というキーワード。コンゴのみならず、アフリカとファッションというものが、民族衣装以外ではどうにも結びつきませんでしたが…。

かのポール・スミスがサプールからインスピレーションを受け、コレクションのモチーフにしたというだけあって、モチーフどころかそのままショーに出てもおかしくないほどの卓越した着こなし方には、一度見たら忘れられない強烈なインパクトがあります。
月給の平均が3万円という国で生活しながらブランド物を買い、給料の半分を服に費やす彼ら。センスのよさは到底及ばねど、金の使い方に関してはとても親近感が湧きます(笑)。
前半で密着していたサプール兄さんの、簡素な住まいに足の踏み場もないほど服が収納された4畳半、給料の8年分=300万円を費やしたという大量の服、買い物袋に詰め込まれた大量のネクタイ、「ネクタイは、250本くらいかな…いや、もっとあるな」というコメント……嗚呼、いちいち既視感ありまくりです。わたしもソックスとタイツを合わせたら250足くらいあるかもしれないです! ベルトやらマフラーはノベルティでもらえるペラペラの布の袋にぎゅうぎゅう押し込んでますよ! 長屋のような家に住んでいるところも同じですし!
せっかく早く起きても、何を着ていこうか悩み始めて遅刻寸前、みたいなことが数えきれないほどあったり、誰も見ちゃーいないのにアクセサリーが足りないとか靴下がしっくりこないとか、それでもタイムリミットになったら昼休みに買い出しに出てしまうとか、服に振り回されている自分は超馬鹿みたいだけど、サプールたちの美しくもワクワクするような楽しい着こなしを見ていると、たかが靴下の色にとことんこだわって、悩んでもいいんだな~と思えてきます。
明るく派手な色を使いながらもガチャガチャして見えないのは、“コーディネートに使える色は3色まで”という鉄則があるから。とにかく、配色が絶妙に巧くてシビレます。こんなふうに色を使えたら気持ちいいだろうなあ…。 しかも、黒人は頭は小さいし、手足は長いし、体格はいいしで、服がサマになるうえ、黒い肌に鮮やかな色がマッチして、実に見栄えがいい。
テレビに出ていたサプールの着こなしはどれも、とっても素敵だったのですが、なかでもわたしの目に焼き付いているのは、キルトスカートの着こなし! タータンチェックをこんなふうに優雅でポップに着こなせるなんて、センスよすぎです。ハイソックスも小さなボンボリが着いていたり、幾何学模様だったりして、「マルコモンド」か「キワンダ」あたりで出していそう。サプールのセレクトショップとか出してくれないかな、ハアハア…。


彼らは、娯楽の少ないコンゴでは、一種のスターのような存在なのだそうです。
モデルやストリートスナップのカリスマ、或いはパフォーマーのようでもあるし、土日限定というスタイルは休日に原宿駅前にいるロリータやレイヤーの方々にも通じるものがありますが、舗装もされていない道を、シワひとつないスーツとピカピカの靴で闊歩する姿、蚊が飛びまくっている屋外のカフェ&バーでおしゃれを競い合う姿には、他の何かとは比べられない迫力とオリジナリティがあります。
環境的に恵まれているわけでもない、ファッション業界にいるプロでもない(一人、スタイリストのサプールもいましたが)彼らが、‟たかが服”に己の生き方を託している。日々を生きることさえたいへんそうな国において、生存という意味では衣食住において最もどうでもいいはずの‟衣”に。そういう、一見無駄とも思えるものに生き方や人格を投影させるからこそ、美学が生まれるのかもしれません。

着飾るとは、自分に誇りを持つこと。着飾るとは、良心的になること。着飾るとは、自由であること。
登場したサプールたちの言葉を集約すると、そういうことになるでしょうか。
あるサプールが「おしゃれをすると幸福感があって、良心的になれる」と云っていましたが、自分ができているかはともかく、その心の流れはよくわかる。きれいな服、かわいい服を着ていると幸せだから、その気分を台無しにするような振る舞いはしたくないなと思うもんね。フリフリの服に鬼の形相ってのはやっぱり見苦しいし…。
「いい服はいい習慣を生み、それで人はまた成長できるんだ」と、また別のサプールは云っていました。うう、いい言葉だな~。わたしは、服の量だけはサプールも顔負けなくらい所有しているけれど、習慣や人格に昇華しているとはとても云いがたく、それどころか、家計を常に圧迫している服飾というもの全般に対して、若干、逆恨みのような気分になることもあるくらいで、何だか、家にある服たちがとても気の毒になってきました…。
今後は、服がくれる幸福をもっと噛みしめて、サプールのように本当のおしゃれ人になれたらいいなと思います。

PC233958 直近の買い物、くまのぬいぐるみネックレス。会社に着けて行ったことはまだありません。。。

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2014年11月30日

またまたまたライブやります

テーマ:上京後
もはや告知というよりは備忘録的に。
半年に一度のライブの季節がやって参りました。何だかんだで続いてますね、バンド活動。最も、ライブが終わった瞬間キーボードを仕舞ってしまうため、腕前は一向に上達していませんが…。
今回は、いつものバンド・坊主丸坊主から分派しまして、昨年X-JAPANのコピーをやったちーにーJAPANというバンドで、QUEENのコピーをやります。

毎度、バンド内で一人だけ楽器の練習以上に情熱を注いでいる衣装は、あれこれ悩んだあげく、手持ちのMarbleの服に小物の買い足しで、仮面舞踏会風ゴスロリを予定しております。王道のロリータ&ゴスロリ系は久々かも? 珍しく出費少なめですが、直前でやっぱり物足りなくなって、金髪のウィッグなどを買ってしまいそうな悪寒もしています。ドラッグと同じく(って、やったことはないけど)、コスプレ衣装もだんだん物足りなくなって過激な方向に走りたくなるから怖いですね…。
そういえば、これを書きながらテレビをつけていましたら、御年64歳のいがらしゆみこ先生が、超ブリブリの衣装に金髪で登場されていました。「一生乙女でいたい(はぁと)」とにこやかに宣言する、ハリセンボン春奈にそっくりのお姿に、大いに勇気をいただいた次第です。

ということで、いがらし先生ほどではないですが、30代後半のゴスロリ妖怪を見たいという方はぜひ遊びにきてください♪

日時:12月6日(土)
場所:秋葉原・リボレ2
http://www.studio-revole.com/access/index.php

料金:1,500円(飲み放題、おみやげ付き)
出演バンド:u-san band、徳ちゃんを囲む会、坊主丸坊主、日本代表、ちーにーJAPAN

16:10 オープン
16:30 スタート
16:30~17:00 u-san band
17:10~17:40 ちーにーJAPAN  ←今回の参加バンド
17:50~18:20 徳ちゃんを囲む会
18:30~19:00 坊主丸坊主
19:10~19:40 日本代表

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2014年11月27日

銭湯だけが楽しみさ

テーマ:上京後

お久しぶりでございます。。。
相変わらず時間にも心にも余裕がなく、ついに先月は1回も更新しないという未だかつてない放置プレイをやらかし、刻々と廃墟化が進んでおります当ブログへようこそ。。。

もうこのままフェイドアウトしようかしら…と思わなくもなかったけれど、なんか、この場を失ったらいよいよ仕事しかない人生になってしまいそうなので、勇気を出して(?)久々に更新します。

 

パンが無いならケーキを食べればいい。温泉に行けないなら銭湯に通えばいい。
ということで、最近の、わたしの数少ない楽しみは、銭湯です。
徒歩圏内に3軒の銭湯があることは前から知っていて、時折、気が向いたら足を運んでいたのですが、先月から新宿浴場組合が「ゆげじい祭り」というスタンプラリーイベントを始めたために、湯船好きかつスタンプラリー好きという二重の嗜癖を刺激され、毎週の休日にせっせと銭湯通いしております。
まあスタンプを貯めたところで、先着4000名にゆげじいグッズが当たるという特典しかないのですが、何ごとも、締切とか制限があるとしぜんに気合が入るもので、今までは漫然と近所の銭湯に行くだけだったのが、自転車で足を伸ばして新規開拓も試みています。
前に、職場周辺のショコラティエを毎日食べ歩いていたのと、やっていることは近いですね。根っからのスタンプラリー体質なんだと思います。旅行も、どちらかというとフラッグハンター傾向がありますしね。

 

新宿区に銭湯がある、というのが、またいいのです。
思えば、新宿に住もうと思ったのは、チュートリアル福田氏の影響でした。ラジオで昔、徳井さんと「東京に行ったらどこに住む?」というトークをしていて、徳井さんは“三軒茶屋”とわりと普通の回答でしたが、福ちゃんは“新宿”と答えていたのよね。徳井さんが「新宿なんか、人の住むとこちゃうやろ」とツッコんで福ちゃんがなんと返したのかは覚えていませんが、そのチョイスはやけに印象に残っていたのです。
実際に住んでみると、新宿(正確には新宿“区”だけど)はいたいそう便利ではありますがちゃんと暮らせる環境もあり、次もやっぱりこの辺に住みたいなあと思います(まあ飽きたと云えば飽きましたが…)。特に銭湯のある辺りは古い民家や商店が残っていることもあり、そういう場所に出くわすと、新宿の知られざるよさを勝手に発見したような気になって、奇妙に得した気分にもなるのです。
そんな(どんな?)、新宿区の銭湯を、ゆるくレポってみます。
休日の夕方に行くことが多いのですが、おお今日は空いてるな~貸し切り状態やな~ということはあまりなく、いつもそれなりにお客さんが入っています。大半、いや95%がご老人なのは、「ふれあいパスポート」なる月4回無料になる券を所持しているからなのか…?
何度も申し上げますように、人とのふれ愛が苦手なわたくしは、銭湯で人生の先輩方と裸のコミュニケーションを取るようなことも特になく、淡々と入浴を済ませて帰ることがほとんどです。ただ、一度ですが隣に座った湯婆婆のようなおばあさんが物も言わずにじーっとわたしを見ていたことがあって、言葉をかけるのも憚られるほど怖かったです。

弁天湯(余丁町)
住宅地のなかに燦然とそびえる煙突が目印。家から近く、前にも何度か行ったことがあるけれど、今まで行ったなかで最も設備充実度の高い銭湯です。ジェットバスの数と種類の多さ、薬湯、水風呂、サウナ(別料金)、そしてなんとっ、露天岩風呂まで! ほとんど屋根と壁で覆われているので、半露天、いや、1/4露天くらいですが、気分はちゃんと味わえます。先日の露天風呂は、ほのかに甘い香りのする「黒糖湯」でした。浴室は「竜宮の湯」「桃源の湯」と2つあり、男女日替わりになるそうですが、わたしはなぜかまだ、「桃源の湯」にしか当たったことがなく、「竜宮の湯」にあるという「オスマン風呂」を一度も体験できていないのがなんとも口惜しい…。脱衣所も広くて、清潔で、テレビが多い(笑)。健康ランドほどくつろげないまでも、コーヒー牛乳の1杯でも飲んでひと息つきたくなる銭湯です。

弁天湯 

塩湯(三栄町)
硬質なタイルの外壁に燦然と輝く看板がかっこいい、町なか銭湯。玄関の坪庭も洒落ています。ここは、新宿区ですがエリア的には新宿というより四谷ですね。後に紹介する若葉湯もそうですが、四谷の銭湯は、なぜかとてもお湯が熱い! 足を浸けた瞬間、思わず「ひゃっ」と引っ込めてしまうような熱さで、体まで沈めるのにしばし時間を要しました。こ、これが江戸っ子の銭湯というものなのでせうか…? 浴槽は2種類で、この日はヒアルロン酸湯でした。

塩湯 

若葉湯(若葉)
四谷と信濃町の間にある小さな銭湯。壁画はモザイクタイルで、馬に王女様だか女騎士だかが乗っている中世風?の絵が、子どもの落書きのようなタッチで描かれています。銭湯の壁画にこれを採用するとは、なかなか興味深いセンスです。番台もちょっと変わっていて、元々あった番台を壁で囲っているのか、おじさんがとても圧迫感ある空間のなかに押し込められていました。。。前述のとおり、ここもお湯が熱くてビックリしました。45度くらいあるのか…?

若葉湯 

  
大星湯(市谷台町)
ここも家から徒歩で行けるので、家風呂の延長的な感覚で、スタンプラリー以前からちょこちょこ行っています。新築っぽいマンションの1階という立地はやや珍しいですが、設備や脱衣所は広めで新しく、なんというかとても平均的な銭湯。ジェットバスにでんき風呂(入るとピリピリする)、サウナと水風呂。壁画は印象派っぽい構図のボート遊びの絵。
ところで、大星湯さんとは何の関係もなく、水風呂についてここでひと言、云いたいことを思い出しました。今年、登別温泉に行く機会がありまして、そこのホテルの風呂に温度32度くらい?の低温風呂というのがあったんですが、これがすこぶる気持ちよかったんですよ。アツアツの温泉・露天風呂をひと通り廻った後のこの低温風呂は、実に絶妙な温冷バランスでして、銭湯も、水風呂ではなく低温風呂だと最高なのになあ…と、毎度水風呂にチャレンジしてはやっぱり冷たすぎて挫折してしまうわたしは思うのでした。

大星湯 

柳湯(牛込柳町)
入口を入ると右に下駄箱、左に番台があるちょっと珍しい造り。浴槽は2つ、脱衣所も浴場もそれほど大きくはなく、壁画は竹林のウォールペーパーと、第一印象はあまりインパクトがなかったのですが、ここの売りはそんな上っ面ではなく、地下水をくみ上げて薪で沸かしているというこだわりの湯。土曜日の「生ハーブ湯」は、薬草の臭いがむんむん沸き立ち、むちゃくちゃ体に効いている感じがしました。肌もつるっとしたような気がします。

柳湯 

東宝湯(新宿)
ここは、銭湯じたいもさることながら、立地というか、風景がいいです。 階段になっている坂のふもとにちんまりとあって、その階段を上りながらふと後ろを振り返ると、ぽこぽこと群生する高層マンションの風景。銭湯の周りはどちらかというと三丁目の夕日的町並みなのですが、まるでそれこそ銭湯の壁画のように、夕靄にけぶるビルの背景は、やけにドラマチックに見えました。銭湯は浴槽が3つあって、ジェットバスも充実。

東宝湯 


蓬莱湯(四谷)
前の職場の通勤ルートにあり、何度か行ったこともある銭湯でしたが、今年の9月末を以て無期限休業に入っていました…!破風造り、木製ロッカーという風情あふれる建物、そして、番台から着替えが丸見えという昔ながら感。浴槽もシンプルに2つ。思えば、新宿にも銭湯ってあるんだ…と気づいたきっかけはここだったかも。併設のコインランドリーは現在も営業していますが、いつか銭湯も再開してくれるといいな…。

蓬莱湯 

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2014年09月30日

反逆の原宿

テーマ:かわいいもの

今日は珍しく、比較的オンタイムの話題をば。
昨夜、NHKで放送された「ブレイクスルー」という番組をご覧になった方はいらっしゃるでしょうか? きゃりーぱみゅぱみゅのアートディレクターとしてすっかり有名になった、増田セバスチャンのドキュメンタリーをやっていまして、今回のブログタイトルは番組のコピーから拝借しました。実際は、「反逆の原宿“カワイイ”」でしたが、「反逆の原宿」というひとまとまりの響きが、何だかいいなと思ったもので…。

原宿の職場を離れて半年弱、MILKの展示会とラフォーレ原宿のバーゲンだけは這ってでも参加しているけれど、原宿で買い物する頻度はぐっと減りました。厚底靴を履いたりデコった名刺入れを使ったりしていると注意される現在の職場で、息をひそめながら(?)手持ちの服を駆使してなんとかやり過ごしている今、新しい服を買うにもいちいち「これは会社に着ていけるのか否か?」を真っ先に考えてしまいます。しぜん、いかにも原宿的な装いからは遠ざかり、このままわたしも大人になって(もういい大人ではあるが!)エレガントな装いとやらに移行していくのだろうか…とため息まじりに思う日々を送っていました。
しかし、こないだ、MILKの予約商品を取りに行くついでにラフォーレ原宿に寄ったら、相も変わらずキラキラとかわいいものがてんこ盛りになっている様子を見て、まるで麻薬でも打ったようにハイになりました。自分の心と脳がすーっと解放されていくのをひしひしと感じ、うっかりJane Marpleで予定外の買い物までしてしまいました。まあそれでも、「会社に着て行けるかどうか」は考えざるを得なかったのですが、やっぱりわたしは、原宿とそのファッションを愛しているのだ!ということを痛感した機会でした。

昨夜、番組を見ながら、わたしはそのことを思い出し、自分がなぜ「かわいいもの」が好きなのかということに、改めて、明確に思い至りました。
かわいいものを愛することが、精神の自由につながる。だからこんなにもこだわっていたんだ、と。
そして、わたしの好きなもの二大巨頭である「旅」と「かわいいもの」には一見つながりはなくて、よく「バックパッカーとロリータって対極だよね」とも云われるのですけど、むしろその2つは「自由」という共通項で分かちがたく結びついているのです(昔、もう少しぼんやりとそんなことを書いた記憶はあるのですが、いつだったか…)。
そんな思いを新たにして、きゃりーぱみゅぱみゅのデビューPV「PONPONPON」を見直すと、そのまるっきり子ども的に作られた世界観に、単に「かわいい!」という以上の感動が湧いてきて、思わず心の汗が噴出しそうになります。

番組がよかったので、ずーっと積ん読になっていた彼の著書『家系図カッター』をもそもそと取り出して読み始めました。適当なところでしおりを挟んで寝ようかと思ったのですが、熱に浮かされたように夜更かしして読み通すことに…。
増田セバスチャンは、どこか仏のような超然とした佇まいがあるなあと感じていましたが、その理由が、本を読んで少し分かったような気がします。本のタイトルと、帯の「子供は作らない。」という強いコピーを見て、幼少時の家庭環境が酷かったであろうことは容易に推測できるのですが、本は番組で言及されていた以上の内容で、大人になってからも家庭の問題はずっと続いていたことを知りました。
ああ、彼の徹底した色彩とかわいさの感覚は、こんなところから生まれていたのか…と、切なくなりつつも、なんだか優しい気持ちにもなったのは、傷ついた心がこんなものを生み出せるのなら、傷つくことも、復讐心を抱くこともそんなに悪くはないのかもしれない…と思ったからかもしれません。そして、最後の著者紹介で、母親と一緒に写った写真が小さく掲載されていたことにも、救われる思いがしました。

今日は誕生日、お店に行く時間はなかったけれど、自分へのプレゼントには6%DOKIDOKIの「革命ブローチ」を買って、お守りにしよう…なんて、10代の情緒不安定な娘かわたしは(苦笑)。
かつて、野ばらちゃんが、ロリータは武装だと云っていた記憶がありますが、ちょうど、そんな気持ちです。かわいいもので、自由な心を守るのです。

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2014年09月20日

2006

テーマ:上京後

時には自分のブログを読み返して、当時どんなことを思っていたのか見直すのも、生きるヒントになるかもしれません。
2006年は上京し、久々に社会人に復帰した年でして、今思い出してもつらい毎日でした。牢獄かと思うほど拘束時間が長く、自身も疲労しすぎて殺気立っていた先輩の元で働くことで、さらなるデフレスパイラルの奈落の底に落ちていました。
それでもまだ、ブログを書いて発散しようという気力はあったようで、すべては書けなかったにしろ、当時のつらさの痕跡が、血痕のようにブログにも残っています。
特に入社してから9月までは地を這い血を吐くような毎日で、9月にはいよいよ本気で進退窮まり、高いお金を払って占いもすがりました。わたしの様子を見かねたのか、後にも先にもこれきりでしたが社長がサシ飲みに誘ってくれましたっけね…。
それがきっかけかどうかはともかく、10月になって急に仕事の環境が変わりまして、その後、紆余曲折はありながらも8年も生きながらえることになります。会社の労働環境が徐々に改善されたこともありますし、つらさを分け合える同僚の存在や、単に慣れというのも大きいでしょう。服装も自由すぎるほど自由が許されていましたし(笑)。ただ、仕事の内容に対する不満と鬱屈をついに解消できず、転職を決めたわけですが…。

 

年を取り経験を積んだ分だけ2006年より心構えはあるのかもしれませんが、今もやっぱり同じようなつらさを感じているわたしは、まったく成長のない人間ということなのでしょうか。
そのつらさは、新しい環境に慣れるためにどうしても避けられないものなのか、この業界にいる限りどこまでもついて回るつらさなのか、そもそもこの仕事に適性がないのか、いやむしろ働くこと自体に向いていないのか……判断がつきかねて途方に暮れ、視界が曇りまくりの毎日です。
つらい理由は複合的なものだと思いますが、大きな問題としては、労働時間の長さと仕事へのモチベーションが反比例していることです。今は本当に、仕事が人生を侵食していると感じています。どこまでも、休日でも仕事が追いかけてきて、仕事が脅迫者のように心と時間を占拠しようとする。仕事=人生と思えれば、或いは仕事を心から楽しめればそれも苦にはならないのでしょうが、なかなかその境地にはなれず、かと云って仕事以外のことに打ち込む時間的精神的余裕もなく…。
今、もしもあと1年しか生きられないことが分かれば、仕事は即座に辞めるでしょう。その期限が仮に10年だとしてもたぶん同じ結論になりそうです。むやみな向上よりも、興味と快楽を優先し、時にはもう少し世の中にダイレクトに役に立つことをしようと考えるかもしれません。
であれば、(今の)仕事を続ける意味とは…もはや、それを考える時間もないくらい圧迫されていますが、本当は今こそそれを考えるべきときなのでしょう。何がしたいのか、どうしたいのか、つらいからこそ聞こえる自分の偽りなき本音を聞かねばなりません。それが分かるならば、今のつらさを耐える価値もあり、むしろいい機会でもあるはずです。瞬時に終わる休息が与えられたとて、そこで麻酔を打たれたように思考停止してはならないのです。

 

旅からも、読書からも、かわいいものからも遠ざかって、わたしはいったいどこに行こうとしているのか…。
今なにか希望を見出すとすれば、時間の経過とそれに伴う経験によって少しは仕事がラクになる(或いは楽しくなる)…だろう…かもしれない…という淡い期待と、浪費体質に多少の改善の兆しが見えていることくらいでしょうか。やっぱり、つらいとき我慢せずに逃亡するためにはある程度まとまった金と、貧乏でも生きていける体質が必要ですからね。
『100万円と苦虫女』のように、100万円貯めたら次の土地へ、それくらい身軽になりたいです。今までの浪費は楽しかったし、まあ今だってラフォーレに行けば瞬時にウン万円を使い果たすことは可能だけど、冷静に考えれば(いや、考えなくても…)大量に服も本も持っているわけで、この後の人生はそれを使い切ることに費やした方がいいんじゃないの?と思います。
今はお金より時間の自由がほしいです。高いランチや休息のためにするコンビニの買い食い、それなりの身なりや化粧品も、働かなければ別に必要のない経費だったりするんじゃないのかしら。保育園だって、せっかく子どもと居られる時間を、お金を払ってまで手放す必要があるのかと、子どももいないのに考えてしまいますね(まあ現実的にはそんなこと云ってられないんでしょうけど…)。
とりあえず、仕事との付き合い方としては、「仕事をあまりしない」か「仕事を楽しむ」以外の幸福はおそらくないだろう…というのが今、改めて思っていることです。むやみな過労とは手を切って、そこの選択をちゃんとできるようになればいいのですが…。

余談:
仕事に行くのがつらい朝(ほぼ毎日かも…)、よく見るブログがあります。
その名もずばり、「働かない暮らし」というブログです(笑)。このワードで検索したらトップに出てきますので、ぜひググってみてくださいませ。「作られた世界」というエントリーが特に秀逸です。
今年になって更新が止まっているので知らない人ながら心配になるのですが、世の中にはこんな人もいるんだなあと思うことで、少し気が楽になります。

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2014年08月10日

帰る家

テーマ:上京後
先日、海外に出るには短すぎるこま切れ肉のような夏休みを与えられまして(ご丁寧に宿題付きだったわ!)、こういう中途半端な休みの場合は、行き先は常に実家一択。
今年は正月、3月の連休、GWに続いて4度目と、かなり頻繁に帰っておりますね。
御年92歳と89歳の祖父母にも、人生であと何回会えるか分からないので、父と二人で田舎にも行きました。正月の帰省時、祖父が風前の灯火といった雰囲気でもう長くないのでは…と思いましたが、デイサービスに通うようになって、急激に元気を取り戻していました。よかった…。

さて、わたしは、3年半の長旅の間、皆無と云っていいくらいホームシックにかかったことはありませんでした。少しくらい、家族や故郷を思って枕を濡らす夜があってもよかろうと我ながら思いましたが、道中つらいことや気の滅入ることが続いても、不思議と「家に帰りたい」という気持ちにはならなかったのです。
ところが昨今、実家に帰ると決まって猛烈なホームシックに襲われます。
ホームシックというのは、遠くにありて思ふものかと思いきや、わたしの場合、実家にいるまさにそのときに罹患するようで、東京に戻る日の前夜と当日は特に重症、帰りの夜行バスでは何かにとりつかれたように涙が止まらなくなり、声を殺して暗闇の中で泣いております(こんな奴がバスの座席で隣だったらやだよね…)。
毎回、最寄りの駅から夜行バス乗り場へと向かう道のりは、夜逃げのような暗い寂しさに満ちていて、物思ふこと限りなく、ちょっとした苦行ですらあります。
それなら新幹線で、もう少し早く帰ればよかろうと思うのですが、金をケチってしまうのと、少しでも長く滞在しようという二重のいじましさが働いて、帰りが猛烈に寂しかろうとも、どれほど睡眠不足のつらい道中になろうとも、翌日の仕事がきつくなろうとも、往生際悪く23時~24時台のバスを選び、1分1秒でも長く実家に居座ろうとしてしまいます。
最も、東京に戻るとわりとケロッと忘れてしまうので、いっそ実家に帰らなければそんな寂しさを味わうこともないのかもしれませんが、故郷を離れる寂しさ、これは忘れてはならない感情なのだと思うことにしています。

東京暮らしもずいぶんと長くなりました。
未だに東京は出稼ぎの土地という感じを拭えませんが、果たして大阪に再び帰って住むことがあるのかと考えると、現実的な期日が浮かんできません。
無論、どうしても帰らねばならない事態になれば、きっと帰ります。でもそういう事態とは親の病気や介護、はたまたわたしに病気が見つかるなどのマイナス要因しか思いつかず、そんなことはさすがに望まないわけです。
実家で、父がテレビを観ている隣で、寝転がって読書をしていると、これこそが本当の幸せの形なのではなかろうか…という気がしてきて、東京に戻って会社で働く暮らしにムクムクと疑問が湧いてきます。自分はいったい何のためにわざわざ離れて暮らしているのでしょう? 帰る家があるのに、倉庫みたいな狭苦しい部屋に家賃を払って住み続ける理由は何なのか…と、自問自答が止まらなくなります。

父は、「わたしと弟(の家族)がいつでも帰って来られるように、元気な間はこの家を守って住み続ける」と云っていました。4人家族のために建てられた家は、全然大きくはないけれど父が1人で住むには無駄な広さとも云え、一時は家を売ってもっとコンパクトな住まいに引っ越すことも考えたようです。
男だし(?)、遊ぶ友達もそれなりにいる父は決して寂しいとは云いません。しかし、実家にいると、ふとした会話や行動の端から、あるいは何気ない日用品や冷蔵庫の食材なんかからも父の無言の寂しさをキャッチしてしまうことがあって、そのたびに固まってしまいます。
昔、実家から戻った翌日の仕事帰りに、父からメールが来ていて、今朝は遅刻しなかったか、とかそんなことのあとに「風呂と洗面所が美しくなっていました。掃除してくれてありがとう」と書いてあり、その文面を見た瞬間、電車内だというのに心の汗をかいたことがありました。わたしを見送ったあと、誰もいない家に1人で帰って、風呂と洗面所がきれいになっているのを、父はどんな気持ちで見たのだろうか…。
でも、わたしはこれから先も父の寂しさを見なかったことにして、父が、または己が死ぬまで無視し続けて生きていくのかもしれない。いや、仮に今わたしが東京で暮らしていなくても、例えば結婚して実家を出ていれば、同じことにはなっているわけで、子はいずれ独立するのがよしとされている世の中では、それを親不孝とは、普通は云いません。ただ、例えば、優秀で世界にも羽ばたいて忙しい子と、そんなに優秀でなくても家に残ってくれる子とでは、果たして親にとってはどちらが嬉しいのだろうかと、ふと考えてしまいます。まあ、わたしは優秀でもなく活躍もしていないのに家にも残らないという、どうしようもない子のパターンですが…。

さすがにニートってわけにはいかなくても(ほんとはそれでもいいんだけど…w)、大阪で仕事を見つけて、戻ってくればいいのにと、実家に帰るたびに思うのですが、一時的に帰ることはできても、本当の意味で帰る道が分からず、長いこと迷子になっているような不思議な気持ちになります。
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