2017年01月09日

不妊治療のあとさき1

テーマ:上京後

本件のブログは、1回目の胚盤胞に失敗したところで更新が止まっておりますが(なんと3月!…サボりすぎやろ)、治療自体はその後も粛々と続いていました。
さすがにその間は、いろんなことがあったのですが、更新しようと思って途中まで書いたブログも結局アップしないまま、ついに年まで改まってしまいました。いったい、わたしの時間軸はどうなっているのでしょうか。。。
しかし、自分の気持ちを清算する意味でも、一度ここらで気力を振り絞りたいと思います。

 

1回目の失敗の後、わたしは大人しく治療を続けることにして、2回目採卵→4つ受精卵→1つ胚盤胞まで進みました。
1回目よりは一歩だけ、前進です。胚盤胞1つというのはあまりに心許なく、グレードもBCといって決してよくもなかったのですが……。ついでに精子も凍結して、もう夫が病院に来なくてもいいようにしました。この日程の件で険悪になるのがいちいちストレスになるからです。
本来なら、その周期に胚盤胞を戻す(移植する)はずでしたが、あいにく数カ月前から友人との旅行を決めてしまっており、移植は見送って凍結することになりました。たかが旅行などで延期するわたしには、まだ真剣さが足りないのかもしれません。しかし、後で聞けば、凍結胚のほうが着床率が高い(一周期、子宮を休ませるため)ということだったので、まあ結果オーライなのかなと、そのときは思っていました。
ところが次の周期、移植日までは順調に決まったところで、急にその時間に会議が入ったのです。せめて1日、いや午前か夕方にでも、いや30分でもずれていれば移植に行けたのに!!!病院にかけあってみても、その時間に帰れるとは断言できないので、今回は見送った方がいいのではと云われました。旅行で見送ったと思ったら、今度はまた、たかが会議で!しかし、ちょうど新しいチームに臨時で入って最初の合同会議だったため、社畜のわたしはずらしてほしいと云えなかったのです。

 

さらに、見送った次の周期は、生理3日目がゴールデンウィークにかかって病院に行けず、12日目に来院というイレギュラーなスケジュールを取ったせいか、いや、移植判定日の朝まで働いて(校了日だったのです)徹夜で血液検査を受けたせいか、ホルモン値が足りなくて移植は見送りになりました。
「(GWに休んで薬を飲まなかったから)あなたの自力ではホルモン値が上がらないということがわかりました」と淡々と告げられ、その言葉はわたしの脳内では「お前の卵巣はもう死んでいる」と翻訳されました。
この移植日というのがまた、早朝から来院して、血液検査をして、その結果によって午後移植するか否かが決まるという、ほんとうに労働者を振り回すスケジューリングなのです。
この日は、血液を採った後、1時間半も待合室の背もたれのない椅子で、睡魔と戦いながら待機したあげくこの結果となり、帰り道は思わず人生をやめたくなりましたが、おとなしく帰宅して布団に倒れ込みました。

 

そして翌月、ようやく初の移植を行うことになりました。
と云っても、この周期も前途多難でした。まず、前月の仕事のストレスが過大すぎたのか、排卵日が大幅に遅れました。わたしは年齢のせいで黄体機能不全気味みたいですが、生理周期はわりと規則的なのです。それがなかなか卵胞が大きくならず、そのせいで病院の検査も通常より多く行かねばならなくなり、「ちっ、また余計な金が……」といらついておりました。採卵や移植ではもっと大金がかかっていますが、小悪が大悪を隠すがごとく、小さい金額の方がなぜか気になってしまうのが、いかにも貧乏人のセコい性という感じです。
そもそも今期は排卵しない可能性もあると云われ、もはや妊娠どころか体がボロボロになっているのでは……と落ち込みましたが、幸か不幸か次の来院でホルモン値が上がって排卵しました。生理から20日も経って排卵など、ここ何年もなかったのにな……いよいよ閉経に近づいているのかもしれないと思うと、徒労感が募るばかりですが、まずはよかった。

排卵日(と思われる日)から5日後が、移植日になりました。
何とか仕事もゆるい日に当たってホッとしたのもつかの間、朝の血液検査でのホルモン値が、前回ほどは低くないにしても、微妙なラインだと告げられました。
このくらいの数値の場合、他の人はどうしているんですか?と尋ねると、移植を見送る人もいれば踏み切る人もいるとのこと。しかし、踏み切って着床できたとしても、その後2カ月間は、なんと5日おきに来院してホルモンを補充しないと妊娠が継続できない可能性が高いとのこと。
ど ん だ け 茨 の 道 な ん で す か……!!!
でも、ここで見送ったとして、また同じ薬を繰り返して飲んで(薬は変えないと云われました)、ホルモン値が変わるという保証もない。そのうえ、1カ月後は1カ月分老いることは確実なわけで、それなら少しでも若いうちにやった方がいいのかも……。
「じゃあ、やります」半ばやけくそでした。だって、今日の午後なら会議とかいきなり入らないし。と、もはや目の前のことしか考えられないわたし。

 

凍結卵を解凍する際に、卵がダメになることもたまにあるみたいですが、その関門はクリアできました。
移植は、採卵とほぼ同じく無痛でした(この点、こちらの先生は凄腕だと云われているのも納得です)。それより、採卵の時もそうでしたが、消毒をグリグリつっこまれる方がよほど苦痛でした(この点は凄腕ではないんでしょうか……)。
移植は難なく終わって仕事に戻りましたが、業務がゆるやかな日だったので、つい検索魔になってしまいました。何か症状や兆候はあるのか、このホルモン値でも無事に着床した人はいるのか、着床した後も病院に通い続けている人はいるのか……。しばらく読むこともなかった不妊治療のブログも久しぶりに読み漁って、希望を持てたり、絶望したり。

判定日まで1週間、1日3回、決まった時間に飲む薬が3錠。そして朝昼夜に膣につっこむ膣剤。これらが本当に面倒でした。
飲む薬の方はアラームを鳴らして、膣剤はトイレに行くタイミングで持ち込んで、毎回綱渡りするような気持ちで服用していました。
膣剤はタンポンと同じアプリケーター形式のもので、特別痛いわけでもないのですが、1日3回もこんなものを膣につっこまねばならない(しかも勤務時間中に!)という手間が精神的苦痛でありました。そのうえ、後から後から紙粘土のような白いかすが出てきて、おい、全部流れて来てるんとちゃうの?!と心配になるくらい……。おりものシートは必須ですと云われた理由がよく分かりました。

 

胚盤胞まで行ったということは、それなりに生命力のある卵のはず。というか、ここまでかかった手間とお金を考えたら、せめて着床くらいはクリアしてくれないと報われない。
でも、確率論で見れば、高度不妊治療なんて云っても、50%も成功していないわけで……。冷静に考えたら、大したクソゲーです。大金払って、得られるものは精神的苦痛だけとかね!いくらわたしがM体質でも、全然、1ミクロンも楽しいと思えません。

判定日の前日、友人たちと食事に行ったのですが、わたしが治療していることを知っている人に(まあこんなに大々的に書いてるもんな……)、その後どう?と尋ねられ、思わず、明日判定日なんですよ~と答えてしまいました。帰り際、がんばってな!と云われて、もうがんばることないですけどねと笑って別れた時には、妙に清々しい気分でした。
翌朝、最後の薬も飲み終わって、病院へ。血液を採って1時間半後、診察室に呼ばれました。渡された紙に記されていたのは、hcg0.1という数値。
「残念ながら、着床はしていませんでした」
はい。としか云えませんでした。卵の力が弱かったんですね。はい。次はまた生理3日目に来てください。はい。何か聞きたいことはありますか? いえ、大丈夫です。

 

こうして、初めての移植はあっけなく終わりました。
移植が終わった日、後で改めてカレンダーを見たら、その”着床後5日ごとの来院”日に、自分の結婚式が見事にぶち当たっていて、慌てて病院に電話して「この日はどうしても行けなくて……」などと悲愴な声で伝えたことも、今となっては笑ってしまいます。杞憂杞憂杞憂すべて杞憂!!!

悲しんでも1円の得にもならないし。自分を余計に傷つけるだけだし。別にわたしが悪いんじゃないし。これからできることを考えた方がいいし。だから、悲しむことも自暴自棄になることも禁止。
……と云いつつも、しばらく頭がぼーっとして、まただらだら検索魔になりかけていましたが、仕事が立て込んでいたのでそれどころではなくなりました。
仕事のおかげで忘れられる。仕事しているからお金も出せる。でも、仕事のせいでストレスが溜まって、ロクでもない卵しか産卵できないのかもしれない。だとしたら、わたしがほんとうにやるべきことって何なの??

これまでのさまざまな言動や傾向から、わたしは今後、夫とは妊娠・治療・子どもについて、聞かれない限り話さないというスタンスを取ることに決めていましたが、どうしても自分の胸中だけに収めるのが苦しく、こうしてブログを書いて吐き出すにも時間がかかるので、とりあえずメールで最低限の報告だけはしました。
今後のことはまた近々話し合おうという返信が来たので(別居しているので、すぐには話せないのでした)、あまりせっつかないことにし、この件についての愚痴も一切メール・電話はしないと決意を新たにしました。別に夫は、世間一般と比べて特別冷たい反応をしているわけでもないのですが、そして仲もいい方ではありますが、これだけはどうしても、永遠に分かり合えないんじゃないかと思えてきます。

 

徹底的に合理主義、現実主義になる。それしかこの治療を続ける方法はない。
治療は助成金が下りる回数まで(今年はあと2回)。失敗が続くなら転院も考える(仕事しながら今より遠い病院に通い続ける自信がないのですが……)。鍼や漢方、サプリ、代替療法なども面倒がらず試してみる(これは合理的ではないか?)。愚痴はブログ以外では吐かない。過去は振り返らず、未来も心配しない。不妊治療の先輩の話を直接聞く。間違っても「奇跡の妊娠」とかで検索しない。
文字に起こすと頭も多少整理されてくるけれど、ふとした瞬間に、導火線に着火したかのように呪詛と怨念が脳内を支配する。些細なことを思い出して悔しくなったり、自分はやっぱり生きている価値がないと思ったり……。
わたしが最初に不妊治療の話をブログに書いた頃、二人目不妊だという友人からメッセージが来て、お互い慰め合いのやりとりをしていたけれど、気がついたら彼女はとっくに妊娠して出産していたこととか。
数年前、妊婦の友人に「おなかさわると妊娠菌がうつるらしいよ~」なんて云われて素直にさわったりしたものでしたが、今はもう恥辱プレイ以外のなにものでもないと思ったりとか(笑)。
地震の話題になった時、子持ちの人に「野ぎくさんはいいわね~守るものがなくって」とさらっと云われたこととか。
昔、「才能のない人間は繁殖要員なんだからさっさと結婚して子ども作った方がいい」と、まあこれは名指しで云われたわけじゃないけど今さら思い出して心に刺さったりとか(才能も繁殖能力もない場合は死んだ方がいいですか?)。
…って、こんなことにいちいち反応していたら、いわゆる”不妊様”の典型じゃないか…まさに負のスパイラル!
子どもができたって、大して可愛がれる自信もないのにね。夜泣きだ保育園の申し込みだで悩まされたら、それまでの苦労も忘れて「子どもなんか産まなきゃよかった」とか平気で云いそうだし。そんな女のところに、赤ちゃんも来たくないよね……まだ新居すら構えてないしね……。
ただ、このような精神論もきっと妊娠の可否とは関係なくて、単に「BBAだからさ」(シャアの声でお願いします)としか云いようがないのが切ない限りです。

 

次回に続きます。

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