2016年12月14日

初恋芸人~青春のハリガネロック

テーマ:偏愛

どうも、生きてます。お久しぶりです。
未だかつてないほど更新していないのは、仕事のほうで時間も気力も絞り尽くされて、ブログなど書いている余裕がないというのが最たる理由ですが……そうやって遠ざかると、ますます距離ができてしまいますね。わざわざ閉鎖宣言するほどのブログでもないけれど、もはや半永久的に休眠状態でいることになんの呵責も抱かなくなっております。

 

そんな中、突如このエントリーをアップした理由は、ユウキロックの本『芸人迷子』を読んだからです(久々にログインしたら、アメブロの仕様、だいぶ変わってるやんけっ!)。
少し前から関西出身の友人がお笑いにはまり、ちょくちょくライブに誘われるようになり、「M-1」の観覧も申し込んでくれ!と頼まれ(流石に外れました)……という流れから、M-1を久々に見、いやー今回は白熱してたなあとネットのM-1評を漁っているうちにたどり着いたのが、ユウキロックのコラムでした。M-1評も的確でしたが、何よりわたしの目を引いたのは、もうすぐ新刊が出るというニュースでした。
何故なら、かつて……わたしがいちばんお笑いに夢中になった時期に、いちばん好きだった芸人がハリガネロック、というかユウキロックだからです。彼は、わたしにとって“芸人に恋する”という意味での、初恋の人でした。

 

高校生から大学生、社会人にかけてくらいの間、「爆笑BOOING」「すんげー!Best10」「マジっすか?」「吉本超合金」など深夜に放送されていた若手芸人のお笑い番組を欠かさず見ていました。見始めのころの二大スターは千原兄弟とジャリズムで、特にジャリズムのボケであった現在の桂三度は明らかに天才でしたし、山下しげのりのツッコミも冴えわたっていました。まだ陣内智則がリミテッドとして活動しており、最も面白くないコンビと揶揄されていた時代です。大学生になってからは時々、心斎橋二丁目劇場のライブも見に行きました。確か「すんげー!Best10」の公開録画なんかがあって、友達と帰りの出待ちの人ごみに混じったりもしました。
忘れてはならないのが、今も放送が続く「オールザッツ漫才」、関西人必修の年末特番です。初めて見たのはたぶん94年か95年で、リットン調査団の強烈な記憶しかありません。途中の大喜利コーナーで、「新しい体位を考える」というお題で水野透が「岬めぐり」「仏壇返し」と回答していたのが未だに脳裏にこびりついています。
96年にはシャンプーハットがまさに彗星の如く現れて優勝をかっさらいました。シャンプーハットは結局、関西ローカルに留まっていますが、ルックスはいいしネタは面白いしで、全国で売れてもまったくおかしくないコンビでした。その時のコンビとネタを全解説したレポートが「月刊タルワキ」というミニコミ誌に掲載されていて、ずっと大切に取ってあります。フットボールアワー結成前に岩尾望と後藤輝基がそれぞれ組んでいた「ドレス」と「後藤・天満(後にエレキグラム)」がたいそうシュールなネタをやっていた記録もしっかり残っています。

 

閑話休題。振り返り出すと止まらなくなってしまいました。
関西で生まれ育った人間には、それぞれの“お笑い史”があると思います。わたしは、幼少期からどっぷりというわけでも、ダウンタウンを神と崇めていたわけでもありませんでしたが、自分の人生を時代的な何かに結び付けて振り返るとき、全国的な芸能や音楽、サブカルチャーなどよりお笑いの方がよほど指針になります。
さて、ネタ番組を見漁っていたころは、単純に面白いコンビはみんな好きという、大雑把なお笑い好きでした。それが、ユウキロック(個人的にはユウキロックというよりも松口祐樹のほうがしっくり来るのですが、それはさておき)という1人の芸人に夢中になり、この人のファンであると自覚し、ほとんど恋するような気持ちで好きになったのは、いったいどういう心の作用だったのか……。
怒りから昇華された笑いこそ至高だとわたしは思っています。当時のハリガネロックの漫才にはそれが漲っていました。貧乏とかモテないといった自身のコンプレックスから来る怒り、はたまたイチャコラしているカップルのような世のスタンダートというものに対する怒り。とにかくユウキロックは怒っていて、その怒りのエンジンが漫才に素晴らしい疾走感とキレ味を与えていました。それに応える相方の大上邦博は怒りとは程遠いようなのほほんキャラだったけれど、エアバッグのように軽やかに、ユウキロックを受け止めていました。
加えて、上昇気流に乗っている芸人特有のオーラと色気がありました。暑苦しいほどの野心と気迫が、一歩間違えればウザくなりそうなギリギリのカッコよさを生み出していました。それは、著書の中で何度も書いているように、漫才に人生を賭けている熱量の表れだったのだと思います。
目が離れていて意地悪そうなユウキロックの顔は好みというわけではなかったけれど、文句垂れの毒吐きキャラにはとても合っていて、いい男に見えました。ネタの最後に「センキュー!」と吠えて去るあのフリを思い出すと、恋の死骸を掘り起こしてしまったような狂おしい気持ちになります。
わたしの恋心(?)は2001年くらいがピークでした。旅に出る前、彼にひと目会えないものかと、若手芸人が通うという居酒屋に足を運んだこともありましたっけね……。怠惰でお金もなかったので追っかけをするには至りませんでしたが、2ちゃんねるのハリガネロックスレを目を血走らせながら読み漁って、彼女情報などが出るたびに一喜一憂していました。ああ、恋のゾンビが蘇るよ……。
2002年の3月に外国に旅立ってしまったため、そこからはユウキロックのこともほとんど考える暇もなく、さすがに3年以上も外国にいると忘れてしまいました。でも、外国をほっつき歩いている間にハリガネロックは長い低迷期に入り、久しぶりにユウキロックをテレビで見たのは、「アメトーーク!」の家電芸人企画でした。

 

そんなことを走馬灯のように思い出しながら、本を読みました。
ベイブルース、みのなが、水玉れっぷう隊、2丁拳銃、ストリーク、ビッキーズ……懐かしい芸人さんたちの名前がたくさん出てきて、この人たちと自分は何の面識も関わりもないはずなのに、その行く末を思って胸が締めつけられました。
低迷するハリガネロックを目の当たりにしなかったことは幸せだったのかもしれません。だって、M-1で準優勝したころ、関西にいたわたしにとって、彼らは間違いなく売れっ子芸人でした。居酒屋でうっかり会えるなんて思う方が間違っている、スターだったのです。わたしは中川家も好きでしたので優勝に異存はありませんでしたし、ハリガネロックは準優勝でも充分に存在感をアピールできたと思っていました。その後、ほどなくして「爆笑オンエアバトル」でのチャンピオンになりましたが、わたしはその頃にはもう旅先にいたので、本当の頂点をリアルタイムで見ることなく今に至っています。
東京に進出して失速した原因は、本にもいろいろ書いていたけれど、とうにファンを離れたわたしには判断のしようもありません。ただ、うっすらと思ったのは、M-1で準優勝だったことが、予想以上に後の活動に大きく影を落としてしまったのかも……ということでした。

 

本では、相方の大上くん(と昔は呼んでいたのでそう書こう)についてもわりと赤裸々に言及されていましたが、予想外ということもなく、確かに大上くんはそういうキャラなんだろうなと思いました。ユウキロックが以前コンビを組んでいたケンドーコバヤシのような強さや個性はないのです。だからこそユウキロックはケンコバではなく大上くんを選び、それがオンバトの頃までは功を奏してもいたのですが、現在のケンコバの立ち位置を見るにつけ、いろんな“If”を、運命の皮肉を、ボタンの掛け違いを考えてしまいます。前述のシャンプーハットのように、関西でそれなりの地位を築き、活動していくこともできたでしょうが、ハリガネロックはそれをよしとしなかった。そして長い低迷の末、解散に至った。そのことを、往年のファンだったわたしは、今さらながらに噛みしめ、心をざわつかせています。
大上くんは家庭を持っていたので、一時は3つもバイトを掛け持ちしていたと書いてあり、低迷期の苦しさがひしひしと伝わってきました。ずっと売れていなかったならともかく、一発屋でもなく、地道にメジャーへの道を進んでいたからこそ、そのエピソードは切実な悲しみを帯びています。
華やかな世界の光と影。ユウキロックが影の側に回るなんて当時は思ってもみなかった。でも、アグレッシブなキャラクターの裏にあった弱さや自信の無さを知って、それでもやっぱりお笑いの世界で生きていこうともがく姿を知って、昔の旅路で、辛くても、惨めでも、つまらなくても、誰にも必要とされなくても生きるんだと決めたときのことを思い出しました。

そして、あの頃、ギラギラしていたユウキロックに胸を焦がしたのと同じくらい、年を取ってコンビを解散し、人生を模索する彼の姿にも、なんだか堪らないような狂おしい気持ちになってしまうのでした。

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コメント

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2 ■Re:久々の

>ユウヒ◎sunsetさん
コメントありがとうございます!
相変わらずレスも更新も激遅ですみません!
深夜お笑い番組に青春をかけ!いやはや、熱い時代でした。関西人にとって、芸人さんはアイドル以上のヒーローなんですよね~。
お笑い好きの友達は東京にもいますが、世代がちょっと違うので…。同時代のお笑い番組を見ていたからこそ語り合えることってありますよね。

1 ■久々の

更新ですね!!私もその世代です。もう今や語る事すらなくなった過去のトキメキの数々が蘇ってきました。2丁目が熱くて、深夜お笑い番組に青春をかけ、出待ち入り待ちしたりなどなど。ちょうど、陣内がまだコンビでリミテッドだったり、ケンコバ兄さんが松口と組んでた時代です。嗚呼懐かしや~♫

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