2016年04月14日

労働なき世界

テーマ:上京後
年間の80%くらい、あー休みたい……としみじみ、切に思っています。
自分では、比較的頑張れると踏んで選んだ職業ではありますけれども、実はまったく向いていない、いやそもそも、働くこと自体向いていないのかもと思うことが、多々あります。

そんなときに、仕事のことを真剣に考え、わたしの努力が、能力が足りないんだ、わああああもう役に立たないから死んだほうがいいですかねみたいなドツボにはまらないための、処方箋的な本を、今回はご紹介してみたいと思います。
働かないで食べていく系の本はいろいろとありますが、大半は、投資や資産運用やアフィリエイトで途方もない貯金を築いてから(或いは、自動的に稼げるしくみを作ってから)アーリーリタイア、という道筋を提示しています。怪しげな情報商材とかもそうですね。
しかし、そういうのは結局、会社には雇われなくても働かないといけませんし、努力も才覚も必要ですから、やはり選ばれし人しかできないわけです。
ところが下記の本は、純粋に”働かない”ことを追求・推奨するという点で、アーリーリタイア系の本とは根本的に違います。まあ、これはこれで難しいのかもしれませんが、社会的に無能な人間にとっては、いっそ働かないという選択肢もあるのだと思うことで、とりあえず自爆を思いとどまるくらいの勇気は涌いてくるってものです。まあ、共感する人の方が少なそうなので、今回はいつにも増して、横目で読んで下されば。

新宿の「模索舎」は、家から自転車で行けることもあって、予定のない週末にはよく行っています。小さなお店の存続を願う身としては、最低1冊を購入して帰ろうという気構えがあるのですが、あまりに興味深い商品ラインナップなので、予定外の冊数になることもしばしばです。
そんな模索舎で、昨年見つけたのが、栗原康さんの『はたらかないで、たらふく食べたい』。まるでわたしの心境を露出したかのようなタイトルに、かわいらしい装丁も相まって、即決購入でした。
栗原さんは、いま気鋭の、そしてイケメン学者として売り出し中(?)の政治学者です。と云ってもその実態は、30代半ば、非常勤講師、年金暮らしの両親と同居。年収は10万円。月9ドラマ「デート」の高等遊民・長谷川博己を地でいくような人となりなのです。わたしはあの高等遊民に少なからず共感を抱いていたので、当然この栗原さんにも同じように、いやむしろ実在の人物なので余計にシンパシーを感じたのでした(とは云え、仮にも先生であり、本まで出せている人なのでドラマの高等遊民とイコールにしたら怒られそうですが……)。

現代人は働かないでぶらぶらしていることに、ある種の罪悪感を覚えるようしっかり刷り込まれているので、彼のように堂々と、「キリギリスとして生きて何が悪い!」と宣言する言説は、聞く気にさえなれないのではないでしょうか。甘ったれるな、子どもかお前は、社会人として不真面目だ……いくらでも批判できそうです。第一、こんな考えがメジャーになっては、社会が成り立ちませんしね!
……でも、so what? 社会を成り立たせるためにわたしは生まれてきたのでしょうか? 社会の側から見ればそうだとしても、わたしの側から見ればそれはとるに足らないことであり、社会のために生まれてきたなんて思ったら、人生がますます寂しいものになりそうです。人として立派である、という幻想のために、自分を押し殺して我慢して働くことが美徳とされている世界。その世界の一助を担ぐことに人生を捧げているなんて、ああ、今こうして言葉にしただけで、空しさの靄に包まれます(苦笑)。
これはベーシックインカムの是非とも関わってくるのですけど、労働と、賃金=生存のためのリソースが結びついているということが、人間を激しく不自由に縛っていると思います。生存にまったく必要のない服飾(精神的武装という意味では生存にも関わってくるけれども)で散財しているわたしが云っても何の説得力もないものの、生存だけでも保障されていたら、身を粉にして働く必要もないのにな、疲れたら1年くらい休めるのにな、自分のために時間を使えるのにな、って。
彼の論説を、幼稚な戯言だとせせら笑ったところで、わたしも含め大多数の人間に、根深い病理としての奴隷根性があることは認めざるを得ないと思います。
「生の負債化」と彼は説きます。あらかじめ負わされる、労働や結婚、納税、道徳といった、特に理由も分からずに、とにかく生きていくうえでせねばならないこととして認識されているこれらを、栗原さんはばっさりと解体します。

「これがおもしろいとおもってわれをわすれ、なにかに夢中になってのめりこんだ経験のないひとなんているのだろうか。あとは、それがやましいことだとおもわなければいいだけのことだ」
「なんの負い目も感じずに、好きなことをやってしまえばいい」
自由ってどういうことなのか? 労働に人生を食い潰されていると思うとき、それでもやっぱり働かねばならない、という主旨のどこかで聞いたことのあるような説教を読むよりもずっと、精神がラクになります。
また、一遍上人、高野長英、本居宜長、大杉栄といった歴史上の人物から、少しずつそのノウハウを抽出しつつ、時代を飛び回り、縦横無尽に放談が進むので、じつにドライブ感あふれる読書体験でした。
栗原さんは専門がアナーキズム研究ということで、大杉栄の評伝『大杉栄伝・永遠のアナキズム』も上梓しています。これがまた面白く、それまで興味のなかった「大逆事件」周辺のことを知るよいきっかけになりました。金子光晴御大といい、大正時代はぶっ飛んだ文化人が多数輩出されていますね。そして、つい最近出たばかりの新刊は、大杉栄のパートナー、伊藤野枝の評伝! これも早く読まねばなりますまい。

発売当初、近所の大型書店の新刊コーナーでたまたま目にし、興味を引かれて買いました。
軽い読み物ではありますが、金を稼いでからアーリーリタイアを推奨する本とは違い、ほとんど稼がずにリタイア……いや、“隠居”した男性の実録という貴重な本。しかも、まだ20代!20代本といったら、『20代でしておきたい17のこと』やら『20代で年収の9割は決まる』やら、将来への不安を煽るタイトルが多い中、隠居とは実に痛快です。
もう5年くらい隠居しているそうです。東京郊外(多摩)のアパートに住み、週2回介護施設で働いて、月に7万円台の生活費(家賃などすべて含む)で暮らす。数字だけで見れば、完全に低所得者層になるわけですが……。
本に関するインタビューで、「(自由時間には)どのようなことをしているんですか?」という質問に、「掃除、洗濯、散歩、読書、料理、長風呂、メールチェック、食材の買出し、公園で日向ぼっこ、食べられる野草を摘みに行く……(以下略)」と答える著者の大原扁理さん。その清々しい回答には、低所得者にありそうな惨めさはなく、むしろ、なんて優雅で人間らしい生活なのかと羨ましくなります。
しかも、食材はオーガニックの野菜や玄米、全粒粉パンなど、安かろう悪かろうではないチョイス。そこに無料の野草が加わったりして、質素ながら体によさそうな食生活です。
ゲイの男性なので、この先、家庭や子どもといった問題からはある程度、自由ではあるのかもしれません。普通に子どものいる家庭を望んでいる人間には難しい部分もあるとは思いつつ、それでも、彼の生活のどこが間違っているのかと云われたら、何も間違っていなくて、むしろこれが正しい人の営み、“生活”なんじゃないかと思える。半年くらいは働かなくて済む貯蓄もあるみたいで、ちゃんと堅実さも兼ね備えています。
大原さんはアメブロでブログを書いているので、しっかり読者登録して、時々「いいね!」を押しています(笑)。のんびりと楽しそうに生きていて、完全なる超俗というわけでもない人間味もあって、心が洗われます。
隠居は、完全なる世捨て人ではなく、社会とたまに関わる、そのくらいのスタンスはなんとも心地よさそうです。


資本主義の範疇で自由を求めるのか、資本主義の外で自由になるのか? わたしは後者に強く惹かれながらも、前者の姿勢で生きていて、ストレスを感じるのはそのせいなのかもしれません。
でも、お金を使うことも好きだからなあ……。かのショーペンハウアー先生も、著書では孤独と禁欲を説きながら、実生活では名声や金銭や女を貪欲に求めていたそうですから、なかなかそうした快楽と手を切ることは難しそうですね。ただでさえ、あれを買えこれを買え、これがあると幸せだぞ、と世の中はけしかけてくるのですから。
……となると結局、投資込みのリタイアになっちゃうわけで。そろそろもう、細かい物品においては、だいたい欲しいものは揃ったと思うんですけどねえ…。
それにしても、こんな逸材(しかもほとんど社会と接していない!)にアクセスして本を出させた編集者はすごいです。


著者のume_ponさんとは、共通の友達が何人かいるので、薄く知り合いという感じですが、ここ数年のツイッターの論客ぶりには目を見張ります。政治的な問題が気になったとき、わりと真っ先に彼の立ち位置をチェックしています(笑)。
今は、この本よりもさらに思想が発展していると思いますが、根本的な部分は変わっていないはず。
大量の恵方巻が捨てられ、定期的に断捨離せねばならないほど物に囲まれ、空き家は増える一方。そんなに物が余っているのに、雇用は安定せず、子どもの6人に1人が貧困という世の中は、何かが著しく歪んでいないでしょうか? わたしは、街を歩きながらいつも思うのです、「高級マンションが次から次にバンバン建ってるけど、いったい誰が住めてるの?」と。ベーシックインカムの話になると、決まって財源はどこから?という議論になりますが、少なくとも物資は確実に余っているはず。直近では、パナマ文書によって、富もけっこう有り余っていることが分かったようですし……。
ume_ponさんは、あり余る富と物資を、雇用を媒介せずに、再分配というかたちで広く行き渡らせることを主張しています。貧困に陥っている子どもがいるのに恵方巻を廃棄するのも、まだ使えそうなものをゴミとして捨てるのも、空き家が増えているのにピカピカの高級マンションをバンバン建てるのもすべて、雇用を介して富を分配しようとするから起こる歪み。富と物資を、無駄なく分配することで、今の社会にある不幸の大半は解決すると云ったら云い過ぎでしょうか。
わたしは、能力のない人間は食えなくて当然、自己責任、何なら死ねばいいと思っていそうな世の中の“優秀な”人たちに対して、わたしは能力のない側の人間として、常に相容れないものを感じています。弱肉強食は自然界の掟、人間とて同じという考え方は単純で分かりやすいけれど、じゃあ何のためにここまで社会制度が構築されてきたのでしょうか。別に、徒競走でみんなで手をつないでゴールする必要もないけれど、何も生存まで脅かさなくても、と思います。
「雇用なしに富を与えたら、誰も働かなくなる」という反論が当然出てくるわけですが(生活保護に対する批判と同じく)、人工知能のイノベーションが進めば、人間はますます雇用にあぶれるはず。いや、前向きに云えば、働かなくてもよくなるわけです。まさに、「働かないで、たらふく食べられる」日が来るかもしれない。
しかし、現実はというと、世の中が加速度的に便利になって、いろんな手間や時間が短縮されているはずなのに、週休3日にはならないし、2週間の休みも許されないし、残業も休日出勤もなくなりません。労働という形で、人は本当に幸せになれるのでしょうか。


日本一有名なニート、いや、もう35歳を過ぎたのでニートとは呼ばれないようですが、phaさんの最新刊。処女作の『ニートの歩き方』は未読なのですが、二作目の『持たない幸福論』より、新刊はより整理されて読みやすかったです。
phaさんと云えば、懐かしい「世界一周バイヤー」にもエントリーされていましたっけね……。お会いする機会はありませんでしたが。
本編以上に、冒頭のインパクトが大でした。「10年後や20年後も食いっぱぐれがない仕事を見つけないといけない」「仕事をがんばるだけじゃなくて家庭のことも両立しないといけない」「健康のためにはもっと野菜を食べなきゃ、もっと運動もしなきゃ」「1日は24時間しかないのだからもっと時間を有効に使わなければダメだ」……といった、無数の“しなきゃいけないこと”が書き連ねられた見開きページ。わたしもそうだけど、現代人の頭の中って、きっとこんな感じなんだろうなあと、激しく頷きました。
これは、働かないというテーマとはずれる本ですし、読んでいるというより、お守り代わりに持っているような感じです。もう古い古い本なので、ここに書かれている内容の大半は今の時代にそぐわないですが、“失踪という手段”を覚えておこうという意味で、わたしにとっては有用な本です。
旅が終わって再就職してからというもの、ある日突然いなくなろうかな……というやや危ない妄想にずっと取りつかれています。もちろん、いつもいつもというわけではありませんが、つらくてどうしようもないなら失踪すればいい……そんな考えが、常に心のどこかにあります。結婚したばかりでそんなことを云うわたしはどうかしていますかね(汗)。
友達から聞いた話ですが、とある会社に勤めていた編集者が、ある日、PCをたたき壊して行方知れずになったとか……。これを聞いて、社会人としては「会社の備品を壊して失そうするなんて最低だ」と感想を抱くべきなのですが、わたしはどこか、痛快にさえ感じてしまうのです。

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2 ■Re:働きたくないッ!

>ねのひさん
きゃああ、気がついたらもう6月……、放置しすぎでほんとすみません!!!
記事とは裏腹に、労働ありまくりの世界に生きておりまして…(泣)。

資本主義の外で生きていくことは難しそうだけれど、資本主義となるべく距離を置いて生きられたほうがいいなとは、よく思います。
ほんとうにこの世の現実というのは、富裕層600人と貧困層34億人のようなことが、平気でまかり通っていて、その事実の前にはどんなきれいごともちゃんちゃらおかしいという気がしてきますね。

わたしは旅している間も文明大好きっ子だったので、バンコクとかブエノスアイレスとか、大都会に行くと元気になるタイプでした。
しかし、だからと言って、アフリカに不自由を感じてどうしようもなかった、ってこともないですね。何でもなければないで、慣れるものですから……(まあ、エチオピアの悪路はたいへんでしたが!)。
今ほどネット環境も整っていなかったし、スマホも、SNSもありませんでしたしね。

0か1かではなくて、文明もちょっと享受しつつ、距離を置けるというのが理想なんじゃないでしょうかねえ。まっ、今んとこ、理想とはほど遠い生活ですが!

1 ■働きたくないッ!

野ぎくさん、相変わらず旺盛に本を読んでますね~!
20世紀のはじめ、「あとしばらくすれば、われわれの仕事は機械がやってくれるようになるだろう。われわれは、週に2時間も働けば十分だろう」とケインズが書いていて、ぜーんぜんそうなってないじゃん!
この前、友達とペッパーくんの話をしていて、「ペッパーくんが増えたら、求人、へるんじゃないの?、それ、やばくない?」ということになりました。。。
ボリビアの岩塩鉱で、岩塩のブロックを運んで暮らしている子供がたくさんいるそうです。
もちろん、機械でやることもできます。
でも、子どもを働かせた方が良い。
なぜなら、子どもは機械より安いネダンで働くから。
大人より、もっと安いネダンで働くから。
おそろしい理屈です。
ボリビア政府は児童労働を合法化(今までは見て見ぬフリ)するそうです。
ロボットや人工知能が進歩しても、われわれの暮らしは楽にならない。
われわれは、ロボットより安い賃金ではたらくことになるから…
残っているのは、ロボットにはできない難しい仕事をすることですが、ロボットが進歩すると、それも減っていく。
事務系の求人は、パソコンが普及すると同時に劇的に減っている。
数人がかりでやっていた経理などはソフトを買ってくれば一人でできてしまう。
世界の富裕層上位600人の金融資産を合計すると、世界の貧困層34億人のそれに等しいとか、もういやですね。
上野千鶴子が言っているんですが、この資本主義社会の外部で生きていくことができるか?という問いが出てくる。
ニューギニアやアマゾンのジャングルで暮らしている人たち、サハラ砂漠でラクダを引いて暮らしている人たちがいる。
あるいは、アメリカのアーミッシュのようなクローズドソサエティをつくって抵抗する。
でも今さら、ネットや水洗トイレやエアコンの無い生活ができるか?
野ぎくさん、アフリカとか旅して、文明の利器から離れていたときどうでしたか。
SNSとか、もう面倒だから無くてもいいさ!とか。

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