2016年06月14日

わたしと服飾についての小話

テーマ:かわいいもの
1つ前の号の「SWITCH」は小泉今日子特集で、表紙では、赤いジャージを着たキョンキョンが原宿のどこかをバックに立っていました。
わたしはキョンキョンに対してそれほど思い入れはないのだけど、キョンキョンが原宿というキーワードと結びついたとたん、特別な存在にメタモルフォーゼしてしまい、気がつけば本を抱えてレジに向かっていました。思えば、数年前に発売された『原宿百景』というタイトルの、「SWITCH」でのキョンキョンの連載をまとめた単行本も持っているわたくしです。
「SWITCH」では、スタイリストの伊賀大介氏によるひと言コメントがついていて、キョンキョンって、アイドルで女優で、文章も評価されたりしているけれど、実は最高にファッションの人なんだわ!と、なんだか感動を以て納得したのでした。モデルでもない、若くもない、身長も小さいのに、本当に何でも似合ってしまう。ミルク、シアタープロダクツ、メルシーボクー、キャンディーストリッパーでさえも、キョンキョンが着ればまったく痛くないのであります。容貌がいいからってのは大前提としても、40を越えてもさらっと原宿ファッションを着こなす神業……。ちなみに、今回のグラビアでキョンキョンが着ていたミントデザインズ×フレッドペリーのワンピースは、実はわたしも持っております。
同じころに発売された「MEKURU」のキョンキョン特集の方が売れているっぽかったけど、わたしにとっては、ファッションの人としてのキョンキョン、そして原宿を舞台にした「SWITCH」の特集の方が、遙かに重要で、興味をそそられます。
原宿とキョンキョンと云えば、昔、旅仲間と原宿の「大炊宴」で飲んでいたとき、友達が「窓際の席、キョンキョンがいるよ」と小声で囁いてきて、度肝を抜かれたことを思い出します。わたしの席からはとても見づらかったのですが、無理して振り返ってみると、確かにキョンキョンが座っていました。あまりにも普通に連れの男性と談笑していて(恋人という感じではなかったです)しかしやっぱりキョンキョンであるという事実に、胸がざわざわしたのを今も覚えています。

……閑話休題。キョンキョンの話が長くなってしまいました(実はわたしはファンなのだろうか)
「かわいいもの」シリーズと称した爆買いコーナーが、いつの間にかふっつりと途絶えているのはわたしの生活や精神になにか大きな変化でもあったのだろうか? 不妊治療のために貯蓄の鬼と化しているのだろうか? などと思っていた読者の皆さま。安心してください、まったくそんなことはありません(泣)。
単に写真を撮って記事を書いてアップする余裕がないだけで、かわいいもの(主に服飾)道楽は今もなお、続いております。いや、続けちゃいけないだろう! と思うけれど、もはやこれは宿痾……。アルコール中毒者は病院に送られますが、幸か不幸か、かわいいもの中毒者は病人とは見なされないどころか資本主義社会にとってはいいカモなので、野に放たれたまま、病を抱えて生きているのです。

今勤めているの会社の面接を受けたとき、部署の上長から「もし入社されることになったら、服装は変えていただく必要があるかもしれませんね」と、あくまでもやわらかい物言いで、しかしはっきりと云われました。
そして、転職した年は、その言葉が象徴するように服装の自由との戦いになりました(冬の時代)。
最初の頃は自分なりに気を遣って、手持ちの服の中でもなるべく地味なものを選びに選び、その後、新たに買う服も全面ドーナツプリントとかではなく胸のあたりにさらっとMILKのロゴのみ、しかしパフスリーブでちょっぴり主張する程度に留める日々が続きました。Jane Marpleなんかは上のラインのドン・ル・サロンになると大人っぽいものも多いので、これからはこっちの路線にするか……と、自分の中で折り合いをつけようとしていました。
それでもつい、自分らしさ(爆)がちょいちょい顔を出してしまい、耳元にチェリーをぶら下げたり、靴下にイチゴをくっつけたりしているうちに、当局、いや当時の上司からがっちり睨まれ、後から聞いた話では「またあんな服を着て!」と裏でかなり怒られていたようです。いや、裏だけでなく表立って「そんな靴で、○○○○(某高級ブランド)の展示会に来ないでくれる!?」と注意を受けたこともありました。ちなみにこの靴というのは、VOPPER TOKYOの黒い厚底靴で、黒の無地、別珍素材で、わたしの持っている靴の中では比較的シンプルな方なのですが……そんな説明は通用しません。まあ、その後○○○○で見たコレクションは、無地の厚底よりよっぽどぶっ飛んだカラー&デザインの靴がずらりと並んでいたのですがね。

一時は、自分の能面みたいなビジュアルを生かせそうな、シンプル&ユニセックス路線に走ろうかと思いつめたこともありました。それはそれで、悪くないと思いつつも、これまで買い続けてきた好きな服といきなり決別するのは、貧乏根性がしみついていることもあり、身を切るような試練です。
しかし翌年、GUCCIのクリティブディレクターが変わったことで、風向きが変わりました。先輩社員から「今季のグッチ、すごく好きそうな世界観よ!」と興奮気味に云われ、見てみればなるほど、KEITA MARUYAMAを髣髴とさせるガーリッシュなお花や自然のモチーフに、リボンやフリルやレースが多用され、ロリータテイストすら漂わせるコレクション。もしや、ついにフリフリの時代が来ましたか?!
それ以上に、皆さんの目が慣れてきたのでしょう、わたしが自主規制していた服も、おそるおそる解禁してみると、一瞬刮目されはするものの、それほど大騒ぎされなくなりました。それどころか、一部の人たちには楽しみにされ、ついには会社の公式インスタにまで上がってしまったことも……(はわわ)。
まあ別におしゃれな人ということではなく、半分道化みたいな感じなんだと思いますがね……。これで調子こいていたらまた思わぬ落とし穴にはまりそうですが、怒られて委縮しているよりは100倍幸せです。


わたしにとって、やっぱり服、というか、好きな服を着るという行為は、自由の象徴なのです。誰かのために着る服じゃなく、ただ自分のために、自分が好きな服を着る。
一般的に見れば、わたしはMILKを始めとするかわいい服が似合うタイプの容貌ではありません。まして、もうすぐ30代が終わろうとしている昨今など、半ば冗談で云っていた「ミルクを着た妖怪」というホラーは、日々現実化しつつあります。
しかし、あまりにしつこくこれらの服を着ていたがために、もはや、似合わないだの年甲斐もないだのという真っ当な指摘をする人もいませんし、むしろわたしのアイデンティティと一体化しつつあります。
そこに固執するあまり、物理的および金銭的にはとても不自由しているのがなんとも云えず複雑な気分ですが、精神的な意味での自由を支えてくれているのは、やっぱり服飾なのです(あとは旅への思い)。

ちなみに、僕が人生で一番服にお金をかけてたのは、人生で一番貧乏な時でした。逆に言えば、金持ちだから服にお金をかけれるってのは、所詮、服なんかあまり好きじゃないってことでしょう。渇いてる時に求めるものこそ。満たされてる時に与えたいものこそ。

これは、KEISUKE KANDAのデザイナー、神田恵介さんのツイート。まるでわたしを擁護してくれるかのような(笑)。
わたしがいつか、ほんものの自由(ってなんだろ?)を手に入れたら、服飾で武装する必要はなくなるのかもしれません。でも、社会のなかで、せめて心だけでも自由でいたいと思うとき、わたしはどうしても、かわいいものを買って装着せずにはいられないのです。
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