2015年12月18日

巡礼風味(4)~性地and聖地編~

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皆さま、どうもご無沙汰しています。
巡礼もようやく最終回です。いつまで放置すれば気が済むのだよ。。。

シルバーウィークの最終日はお彼岸、父とともに、母の墓がある生駒霊園へ出かけました。
いつもなら墓参りを終えたらそそくさと帰宅するところを、かねがね気になっていた隣の寺を見学したり、広大な霊園内を周回したりとにわか観光していましたが、いざ帰路につく段になり、わたしは突然気がついたのです。
信貴生駒スカイライン(有料道路)が、この墓地の目の前にあるということに!

P9236274. 墓地の隣にある寺の堂内で寝ている人。
 
 
このことが、何を意味するか? それは、新地マニアでなければおそらく分かりません。
しかし、わたしが密かに驚いていた矢先、父は父でこの有名なドライブコースが墓のこんなに近くにあるとは思っていなかったようで、「せっかくやから走ってみるか」と云い出し、わたしは何喰わぬ顔で、内心小躍りしながらその提案に乗りました。
スカイラインの先は二股に分かれており、一方が生駒山上遊園地、もう一方が宝山寺へと繋がっています。途中には、大阪平野を一望できる夜景スポットもあります。
宝山寺といえば、ガネーシャが日本風に変化した「聖天様」を祀っていることで有名なお寺。聖天様は、7代先までの子孫の福をかき集めて願いを叶えるという、強力なパワーをもっているそうです。またの名を「歓喜天」といい、その姿はガネーシャ由来の象頭をもつ、男女交合像。一般の参拝客の目の毒になると判断されているのか、宝山寺のみならず、長らく秘仏として祀られてきた神仏なのです。

P9236287 宝山寺の境内。立派な寺です。人がいない瞬間を狙って撮りましたが、この日は参拝客多めでした。

そんな、ちょっと曰くのあるご本尊も気になりますが、この一連の巡礼で宝山寺といったら、それは、関西新地最後の楽園・宝山寺新地に他なりません。しかもこの新地は、宝山寺の参道に存在しており、完全に普通の観光という隠れ蓑をまとって、しれっと新地巡礼を行えるという、唯一無二のエリアなのです。
昨日も実は、ここまで来たら、宝山寺まで制覇したかったな……という気持ちはありました。でも、さすがに昨日の流れで信太山からアクセスするには遠すぎるし、かと云って墓参りが終わって帰宅してまた出かけて……というのも億劫だしで、あまり現実的ではないなと諦めていたのです。いや、それでも生駒霊園というからには、きっと生駒スカイラインもそう遠くはないのだろうくらいの予測はあり、5%くらいの淡い期待もないではなかったのですが、まさか霊園のすぐ隣に入り口があるとは思ってもみず、これも新地の神様(って誰だろ?)のお導きであろうか……としみじみ物思いするのでした。

生駒ケーブルの「宝山寺駅」から寺までの、「観光生駒」(生駒観光ではないところが、なんだかざわざわする怪しさ)と名付けられた参道では、門前町らしく食堂やおみやげ屋、観光旅館が軒を連ね、古きよき観光地といった風情なのですが、この観光旅館の一部(数軒)が、件の新地なのです。
料亭・旅館風看板でそれと分かったこれまでの新地よりも、さらに水面下に潜っての営業形態。何しろ、どこからどう見ても普通の旅館です。その手の旅館かそうでないかを見分けるのは、玄関先に、小さく貼られた「18歳未満お断り」の札のみ。かなり目を凝らさないと分からないレベルです。事前に情報がなければ、おそらく見破ることはできないでしょう。
この日はお彼岸の万燈会で、参道には紙の灯籠が点々と配置され、観光客もそれなりに行き交っておりました。父親がなんの不審もなく、のんきに父散歩(ちい散歩風に、とうさんぽと読んでください)しているその隣で、わたしは観光客に擬態しながら、鋭利な刃物のような視線をぎらつかせていました。どれがそれで、それがどれなのか? まるで標的にブラックライトを当てて光を浮かび上がらせるかのように……。

P923631 関西新地中、最も高度な擬態かもしれません。

 
P9236355 どれも怪しいけれど、どれも怪しくない…。


P9236347 たいへん分かりやすい旅館の案内図。
  
 
聖地のお膝元にある性地。一連の新地巡礼のラストを飾るには、これ以上ないほどふさわしい地ではありませんか。しかも、大峰山と宝山寺は、ともに役行者ゆかりの地であるという繋がりまで!
性と聖には共通点がある。この旅路でうっすらと抱いていた仮定を、ここに来たことでわたしは確信しました。性地と聖地が、ここでは同じフィールドにある。しかも、聖地の本尊が男女交合の秘仏だというのは単なる偶然とも思えず、性と聖が混濁一体となっていることに驚くばかりです。陰陽がひとつの円であるように、正反対でありながら不可分である、性と聖。
新地巡りの動機が、下世話な好奇心であることは認めつつも、同時に、聖地と同じく、俗界とは一線を画する畏怖すべき場所という認識も強く持っているのです。
大峰山の女人禁制と、新地の女人禁制(働いている人たち以外、という意味で)が同じとは云いませんが、大峰山のお膝元である洞川には、かつては”精進落とし”と称して修験の男性たちが売春する遊郭が存在していたという話を聞くと、さもありなんと納得してしまう感じ。今の旅館群はそうではないでしょうが、あのはんなりとした、扇情的とも見える夜景は、飛田のそれにも似ていると云えば似ています。
性と聖の不可分性は、結婚における妻という存在に象徴されているとも云えないでしょうか。すなわち、娼婦と聖女、両方の役割を一人の女に、公式に担わせることでもある……。いや、そもそも女性のみならず人間自体、両方を持っている存在なのか。

聖地に魅了されるように、性地に心惹かれる。
しかし、もう少し厳密に云うならば、歌舞伎町のように臆面もない夜の街や、吉原や雄琴などのあからさまなソープ地帯よりも、これら新地を含むいわゆる「ちょんの間」の、吹けば飛ぶような儚さと、日陰の花のような秘めやかさに、より惹かれます。
売春の社会的道義、通行人のふりをして新地を訪れること、さらにはこんなレポを書くことをどう正当化しようかと考え始めると、甚だしく混乱してくるけれど、善悪の物差しとはまったく関係のないところで、ただ、心を奪われる。世界のどこかにある、まだ見ぬ秘境に憧れるのと同じように、いっそ堂々と、これはロマンなんだと云い切ってしまえたらいいのだけど……。もう少し真面目に云うなら、純粋なる民俗学的探求心なのかもしれません。
関西の新地巡りはいったんこれで終わりますが、わたしはしつこく、絶滅寸前と云われている秋田町や防府を夢見てしまいます。実際に行くかどうかは別として……。
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