2015年11月01日

巡礼風味(3)~聖地to性地編

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天川と洞川、そして大峰山を満喫して帰宅した翌日、わたしは再び、天王寺駅へと降り立ち、しかし阿倍野橋駅から近鉄ではなく、JR阪和線に乗り込みました。
前回、時間的な都合で、天川からのアクセスを諦めた、2つの目的地へと向かうためでした。その地の名は、天王、そして信太山。
ただ漠然と、新地巡りの延長として考えていたその地と、図らずも足を踏み入れた大峰は、わたしの中で、「聖地から性地へ」という標語となって結びつきました。単に語呂の問題ではなく、そこにはなにか、共通点があると思えたからです。

天王寺から約1時間強、紀伊中ノ島は、和歌山駅のひとつ手前にある、とってもローカルな無人駅です。住宅地の中に駅舎型のUFOが降り立ったかのような駅で、駅前らしいにぎわいは皆無です。それでも、住宅地ですから人の気配はあり、何の変哲もなさそうな町に異邦人(ってほどでもないけど)がのこのこ歩いていると不審に思われないだろうかと、余計な心配がわいてきます。
第1の目的地・天王新地は、駅から歩いて5分少々のところにあります。なけなしのネット情報からの推測でしたが、けっこうあっさり見つかりました。駅から大通りにアクセスできた時点でもうゴールは間近。わたしは、大通り越しにその看板を発見したのですが、まったく心の準備ができておらず、しばらくはそこを遠目に見ながらぐるりと外周を歩きました。
新地は、あまりにも小規模で、隠れているのかいないのかも分からないほど密かに、当たり前のように溶け込んで存在していました。しかし、ひっそりと云っても、大通りにでかでかと料理組合のゲートがせり出しているので、何も知らなければ商店街でもあるのかと思って入ってしまうかもしれません。わたしも、"無知なる迷子”として歩くという、1回こっきりのカードを切って足を踏み入れました。車が通れないほど狭い道の両脇に、スナックのような看板を出す、数軒の店。玄関の横にせり出す小部屋にはこたつのような卓があり、決して若くはない女性が1人、退屈そうに座っていました。その距離感の近さは、かつてアムステルダムの飾り窓区域を歩いたときにも似て、ガラス越しとは云え、一気に心拍数が上がりました。
新地はU字型になっていて、Uの底の部分にある1軒では、外の洗濯機で若い女性とやや年輩の女性が洗濯していました。その、あまりにも普通の生活風景に戸惑いながら、息を殺してエリアを抜けました。ゲートからここまでの間、わずか3分程度だったと思います。

 
P9226226 けっこう目立つ入口。

P9226221  ゲートをくぐって坂を下りる途中。ごく普通の、ちょっと鄙びた下町という雰囲気。

 ゲートの隣には、インド料理屋があり、休日の昼時とあってかけっこう繁盛しています。とりあえず、ここで昼食を取ることにしました。すぐ隣に新地があるとは思えないほど、日常的なランチ風景。ここに食べに来ている人たちは、その存在に気づいているのかいないのか……。
かつては、最寄りのバス停はその名も「天王新地」だったようですが、今は変わっています。
ランチの後、反対側のゲートから、もう一度だけ、意を決して、メイン通りではない方の坂を下りました。そこもかつては、店が並んでいたようですが、いまはどこも廃業している模様。目視する限りでは、営業しているお店は4軒のようです。台風か何かで吹っ飛んだらしい、U字の左側のゲートは、修復されないままこの先も放置され続けるのでしょうか。再びここが興隆を極めることはなさそうに見えるので、すべては朽ち果てるままに任せるのかもしれません。
先ほど洗濯機を回していた旅館の前を通り過ぎると、視界の端に、中瀬ゆかりを餅のように引き伸ばした感じの年輩の女性が、小部屋の中で長い髪を乾かしている様子が映りました。そうと知らなければ近所のおばちゃんの日常の一コマのようでもありますが、しっかり塗られた化粧と黒いスリップ姿には、やはりドキッとさせられます。
町にへばりつくようにして、あまりにも密やかに営まれる新地。ネットで初めて見た時に抱いた終末感はそのままでしたが、どこか牧歌的でもありました。それにしても、ここへ流れ着いてくる客の男性、働く女性は、なぜ"ここ”なのでしょう? あえてここなのか、それともここしかないのか……疑問がひときわ涌いてくる新地ではあります。


P9226231 更地も多く、現役のお店もかなり年季が入っています。

紀伊中ノ島を後にし、次は同じく阪和線に乗って大阪方面へ引き返します。途中の信太山駅までは約50分。
紀伊中ノ島に比べたら、駅前にスーパー玉出や商店群があり、いくぶん駅前らしさはありますが、格別にぎわっている感じはしません。そこから新地までは、徒歩5分。ここに新地がある理由はきわめて単純明快、近くに自衛隊の駐屯地があるからです。
目印は、ファミリーマートと、その先の寿司屋。寿司屋の角を曲がると、いきなりあの世界が広がります。やはり住宅地の中の一角ではありますが、お店の数も多く(ネット情報によると約40軒)、天王新地にはない緊張感が張りつめています。
ここは、今里と同じく旅館形式で、女性は置屋から派遣されてくるので店頭にはいません。ただ、独自システムとして「スタンド」と称した小さなスナックが何軒かあります。ゴールデン街の飲み屋のように窮屈に並ぶスタンドのドアには、「来店お断りします」の小さな注意書き札が。ここは、お店ではなく、女性の斡旋所なのです。
細かく入り組んだ路地には、びっしりと旅館――と云っても、門構え以外はごく普通の住宅の造りですが――が密集しています。どこも、開店したてという感じで、玄関は隙がないほどきれいに整えられていました。たまに、早い時間からのお客さんもちらほら歩いており、店内の奥のおばちゃんにわたしの姿ははっきりと見えないのか、「お兄ちゃん、どんなコがええのん!?」と声がかかり、飛び上がりそうになりました。。。
途中、小さな神社があったのでお参りしようかと思いましたが、密集する旅館のあまりの圧迫感に、立ち止まることは許されないような気持ちになって、ひたすら前に進みました。まだお天道様の高い時間ではありますが、営業中ということもあり、飛田並みに写真などもってのほかな雰囲気です。


P9226244. これはかなり外郭からのショット。ごく普通の住宅地でしかない風景。
P9226252 
P9226252 写真に困ったときは、玉出さんにご登場願います(新地とは関係ないんですけど、新地の近くには必ずあるという法則はここでも発動していました)。


息を詰めるように歩いていたせいか、新地を抜ける頃には、わたしの心臓は緊張によって真っ白に燃え尽きていました。
もう少し周辺を散策してみようと、駅とは反対方向に歩いていくと、巨大な昭和の団地が建っていて、敷地内の公園では、おばあさんが1人でブランコを漕いでいて、哀愁を漂わせています。
団地からぐるっと回って、線路沿いの道路に出てみました。しばらく歩くとたこ焼きスタンドがあり、その隣にある勝手口は、たこ焼き屋のものかと思いきや、"旅館"の裏手になっていて、そこからも入店できるようになっていました。さらに、その隣のマンション(のように見える建物)には「仲居募集」の貼り紙が。普通のマンションは、仲居を募集しないはずなので、ひょっとすると、いや、ひょっとしないでもこのマンションは置屋なのでしょう。この擬態っぷりに、劣情にも似た感情を催すわたしは、心のどこかが病んでいるのでしょうか……。
その後も、あくまで安全圏からの視察を試みましたが、限界を感じて退散しました。とは云え、せっかくこんなに遠くまで来たことだし、普通に町の散策でも……と駅前の案内板を見ると、かの有名な池上曽根遺跡がすぐ近くにあって驚きました。町というものは、実にいろいろなものを共存させて成り立っているのだな……と、妙なところで感心しました。


P9226250  たこ焼き屋と旅館のミスマッチな並び。

P9226267 いちおう遺跡もちゃんと見学。手前に見えるのは、呪いの藁人形……ではなく、神様だそうです。
 

ここで、わたしの関西新地巡礼は、いったん終わるはずでした。
何故なら、翌日は墓参りに行くことになっており、その晩には夜行バスで東京に戻ることになっていたからです。
しかし……奇妙な偶然によって、もう1回、続くのでありました。

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