2015年10月25日

巡礼風味(2)~聖地編

テーマ:

また間が空いてしまいましたが、天川村の続きです。
朝イチのバスでここを出て、和歌山に行けば午後には着けるか……とぼんやり思いながら眠りにつきましたが、翌朝起きた時点で、その目論見はもろくも砕け散りました。
午前中に周辺の観光をして、12時ごろのバスで出たとして、和歌山に着くのは限りなく夕方に近い午後。さすがにもう1泊して帰るってのも、父親に怒られそうだし……。
わたしの計画では、JR紀勢本線で下市口から和歌山にアクセスすれば効率がいいはずでしたが、どうもNAVITIMEで調べると、ほとんどの時間帯で出てくるのは、「下市口から阿部野橋に戻って、阪和線で和歌山へ」というルート。阿部野橋まで戻るんなら、家に帰った方がよくない? いや、まあ家から阿部野橋だって40分くらいはかかるけれども、宿泊費やら荷物のことを考えたら、いったん家に帰って出直した方がいいんじゃないの?


……まあいいや、午前中は観光しよう。話はその後だ。
ここに来たのがほとんど偶然のようなものだったので意識していませんでしたが、洞川温泉は、女人禁制で有名な大峰山の麓にあり、山登りの人たちにとってはここが起点ともなる場所です。
昨夜、陀羅尼助屋の店主に、なんとなくこの辺の観光について教えてもらうと、温泉街から女人結界門の間に、徒歩で回れる見どころが、いろいろとあるらしいじゃないですか。
ここまで来て、それらをひとつも見ずに帰るなんて……と、昨日とまったく同じMOTTAINAI思考回路で判断し、大峰山の女人結界門の手前にある、母子堂(役行者の母を祀っている寺)をゴールに定めて歩くことにしました。
攻めるべきポイントは、蟷螂/蝙蝠の岩屋、蛇之倉七尾山、ごろごろ水、母子堂です。ざっと3時間あれば見て回れるはず。
最初にさしかかるのは、蛇之倉七尾山です。道路ギリギリまでせり出した御堂が朝靄の中に浮かぶさまには、ゆんゆんと霊気あるいは妖気が漂っていました。おおお、やっぱ大峰山ってなんか、異世界の雰囲気あるなあ。お堂にお参りして、すぐ側の蟷螂の岩屋へ。看板には「大峰山一之行場」と書いてあります。
入り口では、歯の抜けたおじいさんが1人で屋守をしていました。年季の入りまくった懐中電灯を2つ渡され、洞窟の前でおじいさんが般若心経か何かを唱えて祈りを捧げてから、わたし1人で入場。
役行者が山を開く際、仮住まいにしていたという洞窟は、明かりを消すと、非常に純度の高い闇の中に放り出されます。こんなところで飲まず食わずで修行したら、そりゃ超能力もつきそうです。蝙蝠の岩屋のほうは、もう少し大きく、昔行った人によると実際に蝙蝠がわんさかいたらしいですが、このときはまったく姿を見かけませんでした。

P9216054. 蛇之倉七尾山の立派な門構え。

P9216065 右手に見えますのが蟷螂の岩屋の入り口。手作り感あふれる看板に小屋。

その後、母子堂まで脇目もふらずに歩き、目的も果たしたので引き返そうとしたら、お寺の人に「ここから女人結界門まで、たった2キロだよ、行かないの?」と声をかけられ、む、たった2キロの手間を惜しんで引き返すのは旅人の名折れ……と、さらに先へ進むことに。
車道の両側はひたすら杉杉杉で、ところどころ伐採されていたりもするので、景観としてはさほどではないものの、ただ好奇心に駆られて歩いていると、心の底から満ち足りてきます。ああ、いつまでもこうして、ただの旅人として歩き続けられたらいいのに……松尾芭蕉になれたらいいのに……。
茶屋が見えると、その先が結界門です。門の周りには、さまざまな行者講が建てた供養塔が林立しており、わたしが入れるのはここまでです。女人結界門から山へと続く道は、うっそうと茂る木々の影で、あまり先の方までは見えませんでした。
男性なら誰でも登山できるので、神秘的と云っても案外間口は広い気もしますが、世界遺産登録の際、未だに女人禁制というのは女性差別だとして、問題にもなったみたいです。まあそれは正論ですけど、神聖さというのは往々にしてクローズドなところにしか保たれないという側面もあるわけで、日本に1カ所くらい、そんな場所があっても罰は当たらないんじゃないでしょうかね。山に吸い込まれるようにして歩いていく男性の旅人をただ見送っていると、羨ましい気持ちにはなりますけどね。

P9216124 この先、女人禁制。


P9216135
 茶屋にて、コーヒーとようかんのセットで朝食。壁には行者講の寄せ書きの布や紙がびっしり貼られています。


あとはもう、来た道を洞川まで下るだけです。
途中、うわさの名水・ごろごろ水を空いたペットボトルに汲みました。採水場は駐車場になっていて、各駐車スペースに1つ、採水用の蛇口があり、みんなタンク持参で車でやってきて、大量の水を汲んで帰るようです。駐車料金がそのまま水代ってことですね。駐車不要の徒歩の人間は無料で汲めます。
その前には、鍾乳洞とそこに至るトロッコがあり、無論心を惹かれたのですが、ここで行ったらもう、和歌山に行くなんてことは無理。諦めて、先に進みます。
蟷螂の岩屋の入り口横に「嫁ヶ茶屋」という店があり、朝通りかかったとき、ウインドウに飾られていた「大峰山一合目 どくだみエキス」というボトルが気になっていたので、立ち寄ってみることに。
ちゃきちゃきしたお店のおねえさんが、よかったらお茶でもどうぞと促すままに着席し、店に遊びに来ているらしい女性と3人でしばし歓談。その女性は、東京のゲストハウスで働いていて、数週間前、大峰にやって来てそのまま居着いているらしい。と云っても、もうすぐ東京には戻るみたいですが、わたしもそんなふうに、気に入ったらしばらく滞在できる暇と金がほしい……。
その人に、七尾山は登りましたか? と訊かれて、いや、朝お寺に参っただけですと答えると、女性禁制の大峰のかわりに登る女性が多いんですよ、そして「霊感とかは特にないんですが、あそこは何か居るって感じます」と云います。
わたしは、霊感があると思ったこともなく、まったくそういうスピ的なものとは縁がない俗物なので、そうなんですかー、と話半分に聞いていましたが、七尾山の開祖が、仙人さまと呼ばれている行者だと云われると、がぜん興味が沸いてきました。


P9216152 一家で採水中。


P9216153 「嫁ケ茶屋」のおねえさんが強力にプッシュする名物・カレーうどん。確かに、絶品です!


ここで七尾山に登ったら、もう和歌山どころの話じゃないけれど、シルバーウイークはまだ半ば、アクセスを考えれば、明日出直して、今日のところはとことんこのエリアを極めようではないか。こんな山奥まで来て、見るべきものも見ないで帰るのは、わたしの貧乏根性が許さない。
いいんです、旅の予定なんていうものは、こうして修整され続けていくものなのですから!
寺の脇から始まる、階段になった登山道は、両脇に行者の錫杖を象った柱がびっしりと並び、一種異様な雰囲気です。それは別に、この世のものならざる何かを察知しているわけではなく、単なるイメージなんですけどね。
整備されているけれどどことなく手作り感漂う階段を、黙々と登っていきます。寄贈されたおびただしい数の柱のなかに、『ガラスの仮面』の美内すずえ先生のお名前を発見したり、奥の院を見上げてなんとなくトラブゾンの修道院を思い出したりして、40分くらい歩いたでしょうか。
奥の院の前は小さな広場になっており、「孔雀門」と書かれた門の奥にお堂があります。その先の洞窟内にご本尊があり、案内人なしでは入れません。神様を拝みにいくには、大人一人がやっと入れるくらいの狭さの穴からつり下げられたくさり梯子を上っていきます。神のご加護か、いままで怪我した人はいないそうですが、けっこう不安定で怖いです。しかも、「六根清浄と唱えながら上ってください」と云われ(しかも、♪ドードレミーミー、ソーミレミーミーみたいな音階と節回しあり)、こういうパフォーマンスが極度に苦手なわたしは、余計な冷や汗をかきました。いかにも健やかそうな4人家族と一緒の参拝で、子ども達が素直に唱えているのが、さらにプレッシャーを与えてきました(苦笑)。
梯子の先、洞窟の2階のような場所には、岩が自然に削れて現れたという立ち仏の本尊(真宇王大権現という名前だそうです)、何かを塞いだような岩戸、蛇の神様と称された白い鍾乳石が自然のトライアングルを描いています。、目の錯覚でないくらいにはきちんと仏の姿をしていて、これが自然にできたものなら確かに神のしわざと思ってもおかしくはないかなと思いました。岩戸の奥には、神様の会議室があり、ここに入れるのは開山した仙人さまだけだそうです。物理的に見ると、人間どころか生き物も入れなそうなくらい塞がれていますが、鍾乳石も、洞川には2つ大きな鍾乳洞もあるので、珍しくもないのかなと思ったりしますが、こんなところで妙に冷静になってしまうから、“何かが居る”とか、感じられないんだろうな……。いや、それでも不思議な場所であるとは思いますけどね。そこに一筋の鍾乳石があるというのも、確かに白い蛇とか竜みたいに見えますし。
そんなわけで、スピ体験はなかったものの、お参りのあと案内人の方のお話があり、わたしは今まで修験道というものに思いを馳せたことがなかったけれど、神道でもあり仏教でもありながら、そのどれとも厳密には同じではなく、新興宗教のようでもあるけれど宗教ともちょっと違う、不思議な立ち位置に興味を惹かれました。
この山は、その山口神直さんという仙人さまが開くまでは、村では長年、大蛇が出ると恐れられていた禁域で、開山に反対する声も多かったそうです。わたしは、自分の資質的に霊の存在や神秘体験を信じきれませんが、子どものころ、図書館にあった『日本の民話』というビジュアルブックシリーズを異様に愛読していたためか(数年前、ヤフオクで全巻セットを見つけたときは狂喜乱舞しました)、土地の言い伝えや土着的信仰は単なる迷信ではなく、異次元とつながる鍵のようなものを内包しているのではないかとは思っています。修験道に感じるある種の神秘性も、そういうものに近いのかもしれません。

P9216167 奥の院からの眺望。

山から降りたところで観光にも満足し、と云いつつ麓の龍泉寺にも寄って、いっそのこと洞川温泉センターで風呂でも入ろうかしらと思ったけれどそれはさすがに諦めて、最終の1本前のバスで帰路につきました。
行きは歩きだったので、とんでもなく遠い山奥のように思えた洞川も、バスに乗れば一瞬で天川川合に着き、うとうとしているうちに下市口に到着していました。
帰りの近鉄からは、大きなオレンジ色の夕日が、とてもきれいに見えました。 
  
P9216205 アンパンマン発見。 

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2015年10月10日

たまには人の応援とかね☆

テーマ:偏愛

※最初にアップしていた記事が、なんと、アメブロの検閲(爆)に引っかかって強制非表示になってしまいました。いいね!くださった方、すみません。。。


前回の流れから、いきなり話ぶった切ってすみませんが、お友達が、BL小説の(BLダメな人は今回はスルーしてください)、読者投票式賞レースにノミネートされています。
3人のうちの、月田朋さんという人です。
Charade新人小説賞
今回は、ささやかながらその応援記事を。


「BL作家を目指してる友達に、小説の下読みを頼まれてるんだけど……」
ある友達からそんな相談を受けたのは、もう3年くらい前だったでしょうか。その友達は、まったくBL読みの素養がないのでどうしたものかと思案していたところ、光栄にも(爆)わたしのことが頭に浮かんできたらしい。
いや、わたしはどっちかというと、やおいっ子だけど商業BL読みではなくて、『聖なる黒夜』とか『李歐』とか、どう考えたって怪しいストーリーでありながら、しれっと一般小説として出ているくらいの位置づけのものか、本物のゲイが書いたゲイ小説、あるいは二次創作ものとその原作を主食としているんです!なんて説明は、この世界になじみのない人にしたら、はぁ?だよな……。
ともかく、そんな縁で、わたしは会ったこともない友達の友達のBL小説を下読みすることになり、そのままその子とも友達になって、今に至ります。
わたしも編集者の端っこのさらに端くれ、渡された処女作にはお節介な赤字校正を入れまくって読みました(笑)。文章は上手いけど、構成がぎこちないなとか、なんでこの2人は惹かれあったのかよく分かんないなとか、所々に引っかかって読了した覚えがあります。
でも、その後、彼女はコツコツと小説を書き続けて、新しい作品は書くごとにこなれてきて、小説らしさを増しているのが、適当下読み係のわたしにも分かるようになりました。あ、これが、成長するってことなんだ、と。親かわたしは……。
その後は、無料の小説サイトで作品公開したり、ブログやツイッターもアカウントすら持っていなかったのを、作品宣伝のために開設したりして、地道に、じわじわと読者を増やしている様子。そして今、その処女作を改稿した作品が、商業BLレーベルの賞レースに乗っているのです。きっと、本人的には努力のわりにあんまり報われてないと思っているかもしれませんが、ここまで進んだことは大した前進です、ほんとうに。だいたい、わたしなんかからしたら、ブログの1本書くのもおぼつかないのに、小説という長大な架空の世界を築き上げられるだけでもすごいことです。


あまり小説の内容のことを書くと、読む楽しみがなくなるのでやめておきますが、出色のポイントは、やっぱり受のキャラクターなんじゃないかなと思います。すごく愛情持って描いているのが、ひしひし伝わってくる。
気まぐれで、淫蕩で、なのに侵しがたい気品があって、天才肌で、美形(まあ美形はこの世界のお約束だけど(笑))。これって、ひとつの理想の受タイプだと思うんです。や、人それぞれ理想は違うでしょうし、萌えというのは他人が予想する以上にはるかに細かいものですが、わたしが思い描く受の、理想の典型のひとつってのは、こんな感じ。
でもって、これって自分の彼氏になって欲しい男性像なのかというと、それはちょっと違ってて、どっちかというと自分がなりたい像なのかもしれない。でも、この属性をそのまま女性に当てはめたら、とたんに魔法が解けてしまうんですよね。このへんが、やおい論の難しいところ(なのか?)です。
この典型が、お手本のように、というか、完全にわたし好みに描かれている、教科書にして金字塔たる作品があるのですが、それは残念ながら非商業の同人誌なので、ここではあえて紹介しません。でも、彼女の目指している受像は、わたしの理想の受に近い気がしています。
ちなみに、この候補作には続きがあって、それも無料で読めます。受けキャラの魅力が全開になったこの2作目が、わたしは好きです。
※小説サイトに直リンするとまた削除されかねないので、詳しくはご本人のブログでどうぞ。


まあ、BLもだいぶ世間に認知されてきたとは云え、ダメな人には、ちょっと読むのはキツいかなあとも思うんですけどね。でも、興味のある方は、ぜひサイトを見に行ってみてください! 毎週火曜日更新で、2週目の今は、まだナニのシーンはありません(笑)。
しかし、ほかの2作品も、さすがに選考に残ってくるだけあって巧いし読ませるし、どんな結果になるのか目が離せません……。
昔むかし、世界一周バイヤーとかアルファポリスとかの投票で毎日、一喜一憂していた自分のことを思い出すと、そしてそれを応援してくださっていた方々のことを思い出すと、今度は自分が応援する側になって、ささやかながら力になれたら、と思う次第です。

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2015年10月04日

巡礼風味(1)~生地to聖地編

テーマ:
会社員であること。それは、世間の足並みに合わせた休みしか、基本的には与えられないということです。
分かっていながら、未だに世の大型連休に海外旅行という事業が果たせない、ダメ人間のわたくしです。いつもギリギリまで休みが脅かされてきたトラウマが色濃いこともありますが、単に「計画性が無い」、このひと言に尽きます。
豪雨被害のあった地域へボランティア、という旅も考えられなくはなかったのですが、前夜まで激しく残業が続いたため、申しわけないけれど仕事的なものからは解放されたく……。側溝の泥出しとかは、そこそこ重労働ですしね。
しかし、激戦のチケット争いをしてまで観光・行楽地に行く気力もなく、またも安易に実家に帰ったのでありました。なんだかんだで、時間さえずらせば座れる新幹線の自由席は最強です。
初日は、朝から洗濯作業に追われ、どうせ朝に出発できないんならと原宿へ買い物に行き、大阪に着くともう宵の口。この日は父と天満橋で外食をしたのみでした。

P9195837 天満橋~淀屋橋あたりの川の夜景を見ると、大阪に帰りたくなります。
 
翌日、わたしは完全なる思いつきで、「天川村」を目指すことにしました。
と云っても、ダーツで決めたわけではなく、吉野以南の、いわゆる“奥奈良”エリアに、前々からうっすらと興味があったのです。わたしの中では、日本の数少ない秘境エリアのひとつであり、「天河伝説殺人事件」がまた、そのイメージを増幅させていました。ストーリーも映像もほぼ覚えてはいないものの、金田一耕助風味の土着感漂う雰囲気が、やけに神秘的に感じられた記憶だけはあります。
いや、本当の秘境を目指すのであれば、十津川村か、三重・和歌山・奈良の県境にある飛び地・島津村あたりまで行くべきなのですが、実はもうひとつ計画がありまして、そのルートを選ぶならば天川村あたりが妥当だったのです。
ということで、天川村の中に、映画の重要なモチーフとなった天河神社があるという情報以外、何も知らないまま、大阪阿部野橋から近鉄特急に乗って下市口へ。ここが天川村への鉄道の玄関口です。
そこからさらに、バスに揺られること約1時間で天川村の観光案内所前に到着。下市口の駅前バス停には、わたしの前後にも数十名程度の観光客が、バス待ちをしていました。駅前で待っているタクシーはまる無視状態だったのが、なにやら切なかったです……。そんなわたしも、さすがにタクシーを借り切って天川村へ行く懐の余裕はないのですけど。
地図やら時刻表が充実した観光案内所で資料を一式手に入れ、まずは天河神社を目指します。ほどなく見えてくる天ノ川(てんのかわ、と読みます)は、エメラルドグリーンの川面を湛え、この先の旅路を祝福しているかのようです。
ああ、この感じ、数年前に初めて奥多摩に行ったときと似ているかも!あのときも、軍畑駅を降りてほどなく見える多摩川が、まぶしいほどキラキラしていて、めちゃくちゃテンションが上がった記憶があります。
あまり人は歩いていませんが、河原ではちらほら、釣りをしている人や、バーベキューセットを広げている家族連れも見られます。
途中、新しそうなラーメン屋の看板が出ていたので、ふらふらと吸い寄せられました。人の家みたいな不思議なつくりのラーメン屋でしたが、桜塩を使ったラーメンは美味しく、なかなか繁盛していました。




P9205862 垣間見えるエメラルドグリーン!
 
  
 P9205874 「ラーメンGOZU」のさくらラーメン。桜塩は入れ放題☆

観光案内所のある天川川合から神社までは3kmなのですが、やっぱ歩くとそこそこ時間がかかりますね。みんなきっと、車で来ているんだろうな……。
にわかにかき集めたネット情報を集約すると、”何かがいる”と感じるパワースポットのようで、”呼ばれていなければたどり着けない"なんてことも書いてあります。
しかしながら、さほど大きくはない敷地内に、それなりの観光客が押し寄せていると、スピリチュアルな何かは消え失せるのでしょうか。神殿の前に能舞台があり、「五十鈴」というこの神社独自の鈴と、芸能の神様という珍しさはあるものの、人を寄せ付けないような霊的な雰囲気は特に感じられませんでした。周りは民家ですしね。オフシーズンだったらまた印象が違うのかな?
お参りを済ませたあとは、徒歩数分のところにある日帰り温泉「天の川温泉」へ。けっこう込み合っています。入浴はそこそこで切り上げ、畳の休憩所で湯冷まし。寝転がって、テレビから流れてくる「どぶろっく」の歌を聞いていると、こういう時間こそが幸せであり平和なのだなあとしみじみ思います。

P9205907 立派な本殿。
  
P9205926 昼寝にうってつけの広間。

神社に温泉、そこまでの川べりの道も歩いたし、なんとなく天川村を制覇した気になったところで、さて、次のアクションをどうしたものか?
このあと、わたしは和歌山にアクセスしようと考えていました。目的を明かすのはしばしお待ちいただくとして、実は和歌山には親しくしている親戚もおりまして、夜はそこに泊めてもらってもいいかなという目論見もあり、少なくとも最終のバスで下市口駅まで戻るつもりでした。
しかし、天川川合に戻ったのは15時半過ぎ。最終のバスまではまだ時間があるし、もう少し散策してもいいのかも……。わたしは脇目もふらず神社を目指しましたが、この辺りの見所は神社よりもむしろ、「みたらい渓谷」というウォーキングコース、そしてここから6km先にある「洞川温泉」なのです。まあ温泉はさっき入ったばっかりだからいいとして、せめて峡谷くらいは見て帰らないと、家から3時間もかけて来た元が取れないのではないだらうか……と、いつものMOTTAINAI精神が、むくむくと頭をもたげてきました。
まだまだサマータイムとは云え、この時間から新たな目的地を目指していいのかよ!?かという不安の声を背中に聞きながら、わたしは歩き始めました。そして、いったん歩き始めたら、戻るのがMOTTAINAIので戻れない、それが貧乏性というものです。壊れた機械のように歩くことをやめられないのです。
みたらい渓谷を過ぎても、わたしの中には「戻る」というボタンが内蔵されていないため、洞川温泉へと至る山道をずんずん歩き進めていました。渓谷で記念撮影をしていた観光客たちの姿もふっつりと消え、けもの道ではないにしろ、そろそろ日の陰り始めた山の中を一人で歩いているとそれなりに不安も募ってきます。
天川村で一泊してもいいかなとはうっすら考えていたものの、洞川温泉に行くつもりはまったく無かったのですが、ここまで来たらもう、行くしかありません。まあ、この一寸先を絶えず変更・更新していくことこそ旅の醍醐味なんですよ! 誰かそうだと云って!
温泉までは山を歩くコースも続いていたのですが、これ以上暗くなると本当にケモノが現れそうなので、車道の端を歩きました。車道は特に見るべきポイントもなく、ひたすら「陀羅尼助丸」(薬)の看板が続くのみですが、それがなにやら山奥の村への妖しい誘いのようにも見えて、ちょっとわくわくします。

P9205948 みたらい渓谷に至る車道からも、こんな川の色が!


P9205969 写真では明るいですが、一人で歩いているとそこそこ暗くて不安になります。。。
 

結局、6kmですから1時間半くらいでしょうか、歩き続けて洞川温泉街に至ったときは、「村じゃあ!村が見えたぞお~!」と、『日本昔ばなし』のさまよえる旅人にでもなったような気分でした。

しかし、そこは妖しの村でもなんでもなく、わたしはついぞ知りませんでしたが人気の観光地。公共の温泉センターの駐車場にはびっしり車が並び、温泉街のメインストリートを観光
客がそぞろ歩いています。木造旅館が建ち並び、旅館の裏手には川が流れ、昔の宿場町のよう。車道の看板が物語るとおり、旅館と同じくらいかその次くらいに多く「陀羅尼助丸」を売るお店があります。旅館・陀羅尼助屋・旅館・旅館・陀羅尼助屋・旅館・喫茶店・陀羅尼助屋……こんな感じの並びです。陀羅尼助丸とは、修験道の行者が山行の際に携帯する”はらぐすり”で、仁丹くらいの大きさの黒い丸薬です。1300年くらい前からあるらしいです。

P9205999  山奥にこんな立派な温泉街があるというだけで感動します。

 

さて、街歩きをのんびり楽しんでいる場合ではありません。わたしがまずすべきことは……宿探しだ! 今がシルバーウィークだということは重々承知していますが、こんなに旅館もたくさんあることだし、1人が泊まれる部屋くらいあるんじゃないのと高をくくって、どの宿がいいかな~と完全に買い手市場目線で物色していました。

しかし、程なくして「シルバーウィークをなめんてんじゃねーぞこの腐れ旅人が!」と旅の神様から叱責を受けることになりました。5~6軒は続けて断られたでしょうか、小ぎれいな人気っぽい宿は避けたつもりでしたが、そして最初は眼中にもなかった端っこの方の宿にも当たりましたが、どこもかしこも満室! まあ、大型ホテルじゃないし、部屋が有り余っているってことはないよね……。
町外れの、食堂と旅館が一緒になっている、ここなら行けそうと思った宿もアウト。すごすごと店を退散しかけたら、食堂で夕食を食べていた夫婦が話しかけてきました。
「わたしたちが泊まっている宿は、空いてそうだったわよ。ここからも近いし、聞いてみたら?」
これぞ神の声! さっそく、フリーペーパーに載っていたその宿に電話をかけてみましたら、「え? 今晩ですか?」と一瞬ひるまれながらも、一部屋空いてますのでどうぞ、とのありがたいお答えが!!
わたしは、しみじみと思いました。自分にとって"いい宿”の条件。それは、きれいだとか、サービスがいいとか、食事がおいしいとかではなく、「泊まれる」ということである……と。そうだよ。このハイシーズンでもふらりと行って泊まれる部屋がある。これ以上のすばらしい宿があるだろうか?!

宿は、昔からある行者宿のようで、応接間には、行者講の寄せ書き布がたくさん飾ってありました。簡素な和室は、一人で泊まるには十分すぎる広さで、共同浴場も田舎のおばあちゃん家のような雰囲気ではありますが、しっかり温泉。
わたしは、すっかり勝ち誇った気分になって、さっきとは打って変わった足取りで、夜の温泉街を散策しました。
旅館や陀羅尼助屋はいずれも風情のある純和風建築で、オレンジの光がそこここから漏れ、通りに面した縁側では宿泊客が思い思いにくつろいでいます。有名な観光地ではあるんだろうけど、山奥に突如現れるレトロな温泉街は、どこかフィクションの世界のようでもあります。つい安直に「千と千尋的な」とか形容してしまう、そんな佇まい。
洞川の名水・ごろごろ水の店で水のレクチャーを受けたり、亀仙人の服を着たおじさんが焼く炉端焼きの店で子持ち鮎を食べたり、行者グッズのお店に入ったりと、ひととおり観光してから宿に帰ってもまだ9時前。はああ、いっぱい時間があるうう! 家と違って、気が散るようなものもなく、なんというか、無色透明のまっさらな自由時間が差し出されたような気分!
……だったんですけど、明日の予定をどうするか悩んで検索魔になっていたら、あっという間に深夜になっていました。そして、なんだか長くなりそうなので、次回に続きます。

P9206019 名物の子持ち鮎。食べさしですみませんが、とても美味でした!

 P9206025  温泉街のはんなり夜景。 
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