2015年07月31日

家族の人生

テーマ:上京後

つい先日、またまた実家に帰っておりました。
ここ数回は、戻りの夜行バスで涙を流すほどの激しいホームシックはさすがになくなりましたが(自宅から近いバス乗り場に変えたのがよかったみたい)、その代わり、確実に流れている人生の時間をいちいち痛感することが多くなりました。
最も、自分の感覚的には、長い旅から戻った後はほとんど時が止まっていまして、まあそれというのも己の成長とかイベントごとがほとんど無いせいもあるんですが、2015年の半年の間にも、わたしが上京時に1ヶ月だけ居候していた親戚宅の末っ子は成人式を迎え、姪は小学生になり、かと思えば近しい親戚が老人ホームに入り、高校時代の友人は結婚して大阪を出…と、周りの人生は目に見えて変わっているのでした。
そうした周りの状況を、わたしはまるで『ポーの一族』のバンパネラのように半ば取り残されたような、傍観者の心持ちで眺めているのですが、バンパネラと違って肉体は確実に年を取っているのですから切ないですね。まあ、本当に心も体も年を取らなくなったら、それもつらいとは思いますが……。


それでも、昔読みふけった本が並ぶ実家の本棚を見ていると、成長ないとか云っても、いちおう自分の人生もいくつかのステージ(段階)を経て変遷してきていることが分かって、なんだか遠くまで来ちゃったなあという気にはなりますね。おそらくもう人生で読み返す時間もなさそうな本を眺めてみると、軽く死に支度に入ったようでもあり、もう長くないのかも…などと、あらぬ想像を始めてしまっていけません。
GWと先日の帰省では、実家の台所を大掃除しまして、わたくし同様捨てられない体質の父親が、溜めに溜めこんだレジ袋、割り箸、謎の書類、謎の薬、その他ガラクタ類を一気に処分しました。自分の部屋は片づけられないのに、他人の(っても実家だけど)空間は容赦なく片づけられたので我ながら驚きました。
実家に降り積もった物たちは、そのまま時間の堆積でもあって、ブルドーザーのように片づけているとまるで父親の人生を削り取っているような感覚がなきにしもあらずで、小さく胸は痛んだのですけどね。まあ、レジ袋が父親の人生を形成しているわけではないだろうから、いっか!
物も事も、どれほど積み重ねてもやがては無に帰するということに、日に日にリアリティが増していくのは、確実に死に向かっている証拠なんでしょうか。そして、実家は今でもわたしにとって「帰ってくる場所」ではありますが、それとて長い目で見れば仮の宿でしかなく、決して永遠ではないことを思うと、もう人生で何を信じたらいいのか分からなくなってきますね(笑)。


ところで今回の帰省には、いちおう目的がありまして、叔母から「じいちゃんがだいぶ弱っています」というメールを受け取ったため、本当は一人でハワイでも行くかな~とぼんやり計画していたのを止めて、祖父の顔を見に行くことにしたのでした(ちなみに母方です)。
ここ数年で別人のように弱った祖父とは、あまり会話らしい会話が成立しなくなっており、正月に帰った時も、完全にボケてはいないのですが常に半分寝ているような、もったりと重なったヴェールの向こうにいるような感じでした。それに反比例するように祖母は本当によく喋り、ちょこちょこと祖父をディスっては、たまに祖父がしゃきっと蘇った時に怒られたりしていました。
そしてこのたび帰省してみると、母屋の従妹が「今回はもうほんまにあかんかと思った」と云っていたのもうなづけるほどの弱り具合。わたしと父のことはかろうじて認識できているようですが、話しかけてもまともな答えは返ってきません。正月まではずっとかけていた眼鏡を外したのも、弱った印象を増長する一因で、「なんで眼鏡かけてへんの?」と叔父に訊いたら、「もう眼鏡かけてまで見るもんもないんやわ」という答えが…。
それでも、わたしと父が帰省すると聞いて少し魂が戻ってきたのか、数日前は起き上がることもできなかったのが、起きてソファに座れるくらいには回復したようで、なんなら家の中を歩くこともできていました。それを見て、みんなが「おお、歩いた!」と歓声を上げるのがまるで幼児に対する反応のようで、"人は赤ちゃんに還るのだ”という言葉を目の当たりにした感じでした。しかし、それを是と取れるほど、わたしはこのような状況に慣れておらず、どうしても"人生って残酷だな”という気持ちのほうが先行してしまうのでした。こんな豆腐の如きメンタルでは、仮に父親の介護などするようになったら、まともにやっていけるのか甚だ心配です。


ここ最近ですが、祖父母の家に来たら必ずやることがあります。それは、昔の写真アルバムを、そこに居合わせているみんなで見ることです。
データの時代になって、なかなかプリントや整理をしなくなってしまいましたが、このアナログアルバムの威力はなかなかにすごいものがあり、何と云ってもいちばん盛り上がるのは家族写真です。逆に、撮っている時はやたらと気合いの入る旅行先の写真(特に風景)は今いち盛り上がりません。
わたしは戦前の写真が見たくて、特に祖父母の結婚式の写真が残っていたらいいなあと思ったのですが、あいにく叔母が持ち出しているとかで、見ることは未だ叶っていません。その代り、祖父の尋常小学校時代の集合写真が出てきまして、さすがにこれくらい古い写真になると、発見しただけで感嘆の声が洩れます。ティーンの頃の祖父の顔なんて分かるはずもないと思いましたが、意外とこれが判別できたりして。
「じいちゃん、男前や~ん!」などと盛り上がるわれわれの傍らで、すうすうと寝息を立てている祖父、その寝顔を眺めながら、当たり前だけど祖父にも子ども時代があって、青年に、壮年になって今に至っているのだなあ…と、祖父の長い長い人生を想像したら無性に感極まってくるのでした。
祖父はあとどのくらい生きられるのでしょう。祖母は元気そうだけど、もう90を過ぎているし、それを云ったら父親だって、まだまだ死にそうにはないものの、いずれは現在の祖父のように、会話もままならなくなるのかもしれません。「みんな、長く生き過ぎたなあ…」と、ふと漏らす父の表情には、確実に老いと死の陰が見えるようで、なんとも云えぬ苦しい気持ちになりました。


祖父は、仕事を辞めた後、1年くらいかけて膨大な写真を整理したそうです。そのおかげで、我が家にさえ無いらしい、父母の結婚写真が出てきたのでもらい受けてきました。
まるで他人のように若い父母の姿を見て、家族だからと云って何でも知っているわけじゃないんだな、むしろ、家族のことなんて何も知らないのかもな…と思いました。むしろ、豊臣秀吉とか小室さんの人生のほうが、遙かに熟知している気がします(苦笑)。
かく云うわたしだって、ネット上の不特定多数には公開しても家族にはまったく告げずに3年半近くも放浪していたのですから、家族についての情報をよく知らないのは珍しくないのかもしれませんが…。
わたしは、死んだ母のことも今ひとつよく知らないままです(仮に生々しい日記とか出てきても読むのを躊躇いますけど…)。そして、以前は「いつか帰ってきそうだな」という曖昧な感覚だったのが、今ではもう、他人のように遠く感じています。アルバムの中にいるいろんな年齢の母を、まるで歴史上の有名人のように認識してしまい、わたしには本当に母親がいたのだろうか…という感覚にさえ襲われます。前に誰かに、「お母さんが夢に出てきたり、ふっと気配を感じたりはしないの?」と聞かれたことがありましたが、そういうのも全くありません。我ながら、人として何か大切な感情が抜け落ちているのではあるまいかと不安になります。
わたしが母を思い出す時、なぜか真っ先に浮かんでくるのが、死の1年前くらいに一人で『オーメン』のシリーズを観ていた後姿です。わざわざレンタルしていたわけではなく、たまたまテレビでやっていたのでしたが、仕事から帰ってきてその姿を見たわたしは、「お母さん、ホラー映画なんか観るんや…」と、なんとも不思議な気持ちになったのを覚えています。その残像ばかりが浮かぶのは、母について実はあまり知らないことへのある種の後悔がそこに象徴されているのかもしれません。この世で最も血が濃いはずの母ですらこれほど他人のように感じられるのに、"血は水よりも濃い”なんて、果たして本当なんでしょうかね? 単にわたしが薄情すぎるだけでしょうか?
そんなこともあって、父親とはなるべく話すようにしているけれど(しかし旅の話題には触れないw)、それでもやっぱり、知らないことがほとんどのまま、別れの日が来るのでしょう。いや、家族どころか、自分のことも結局はよく分からないままで、人生は終わっていくのだろうと思います…って、あきらめたらそこで試合終了ですか。


というわけで、今回は、いつにもまして暗いエントリーですが、特にいま人生が不幸で満ちているわけではありませんので、ご心配は無用です(笑)。

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